「どうする川田?ガキたちが落ち着くまでここにいるか?」
「だが、あの生意気なクソガキどもは出発すると言っているぞ。オレたちの言う事など聞く耳持たないだろう」
「それもそうだ」
三村は溜息をついた。自分の息子でさえ扱いきれない。
まして赤の他人の子供なんて何考えているか全く意味不明だ。


「おじさん!」
真一が部屋に飛び込んできたが三村を見て反射的に表情を強張らせた。
だが、すぐに川田に視線を移して、「あいつら、後20分で出発するって言っているぜ」と報告。
「後20分?……たく、短気な連中だ」
「おじさんは反対なのか?」
「反対ってわけじゃないが、あまりにも情報が少なすぎる。おまえはともかく、他の連中はびびりまくって怯えているだろう?
そんな状態で、一番安全なここから出るのは……な」
「おじさんが反対なら、あいつらにそう言ってもいいぜ。
おじさんはいつだって正しいことを正確に言うんだ。だから、オレはおじさんについて行くよ」
「真一、あまりオレを過信しないほうがいいぞ」
「どういうことだよ」


「オレは神様なんかじゃないってことだ。いいか、いざとなったらオレではなく自分を信じて行動しろ」


川田の言葉は中学生の真一にはまだ難しいものだった。
頭ではわかっても心では理解して無いだろう。
ただ真一は川田を父親のように慕い、その言葉は常に素直に受け入れてきた。
だから、「わかったよ」と簡潔に答えた。

「じゃあさ。おじさんは、ここを出ること自体には反対してないんだな?」
「まあな」
「そうか。だったら、オレは出発の準備があるから」

真一は走って行ってしまった。




Solitary Island―116―




「三村、おまえ、真一と再会してから一度もまともな会話してないだろう?」
川田は煙草をふかしながら、三村にとっておそらく一番耳の痛いことを言った。
「相馬でさえ息子とは上手くやっているんだぞ」
「言いたいことはわかるが川田。オレはあいつとは今までもほとんど口もきかなかったんだ。
正直、あいつが何を考えているかわからないし、何を言ったらいいのかさっぱりなんだよ。
ガキのころは親父を恨めしく思っていたこともあるが、今ならあの頃の親父の気持ちがよくわかる。
親子だからって無条件に分かり合えない。むしろ親子だからこそ距離が広がる場合があるんだ」
「それが天才サードマンの言う台詞か?」
「……オレが勝てたのはバスケの試合だけだ。オレは結局は人生の敗者だったんだ」
川田は悲哀に満ちた表情で、「おまえ、まだあの時のことを気にしているのか?」と言った。
「……真一には何の罪も無い。そのくらいわかるだろう?」
「勘違いするなよ川田。オレはあいつを憎んでいるわけじゃない。
憎んでいるのはむしろオレ自身なんだ。オレが……いい加減なことをしなかったら……。
あの時、仲間を死なせることも無かった。オレの責任だ」




三村が真一と向き合えない理由を川田だけは知っていた。
あの当時、三村は今のように複数の女と付き合っていた。
川田は、ほどほどにしておかないと今に痛い目に会うぞ、と何度も忠告していたものだ。
だが三村は、相手も承知の軽い付き合いだと笑っていた。
実際に三村の相手も深い付き合いは望まないことを承知していた。
ただ一人だけ例外がいて、その女は三村に執着していた。
川田は、「おまえさんがそうでも相手がそうとは限らない」と言っていたが、まさにそのとおりになってしまったのだ。
三村がそのことに気付いたときには手遅れで、その女は結婚を要求してきた。
三村としては両親の二の舞となる愛の無い結婚などごめんだった。
まさか、女が本気だったとは思わず、そのことについては謝った。
でも、特別な関係にはなれない、きっぱりとそう言った。


すると女はとんでもないことを言ったのだ。自分は妊娠している。父親は三村だと。
結論から言えば三村は女にはめられたのだ。避妊しているという女の言葉を信じていたから。
子供が出来れば、さすがに三村も折れると思ったのだろう。
だが三村は、責任はとる、認知もするし養育費も払うと言ったが、最後まで結婚は出来ないと言い切ったのだ。
女は少々執念深い女から復讐の鬼と化した。
当時、三村が所属していた反政府組織の情報を敵に売ったのだ。
仲間たちは全員逮捕あるいはその場で射殺され、逮捕されたものも大半が死刑か終身刑だった。
比較的罪が軽いものは数年で出てこれたが、拷問のさいうけた傷が元で体が不自由になった者もいる。


一方、女にとっては子供は道具に過ぎなかった。
だから、必要なくなったら、もう邪魔でしかなくなっていた。
女は三村の前から姿を消し、半年ほどたったある日のことだ。
マンションの前に生まれたばかりの真一が捨てられていた。
夜風が寒いその季節に、産着を着せられただけの着の身着のままの状態でダンボールごと放置。
それ以来、女からは何の連絡も無い。一度だけ探偵を雇って調査してもらったことがある。
女は三村とは正反対の平凡なサラリーマンと結婚して二人の子供にも恵まれ幸せに暮らしていた。
もしかしたら真一を捨てた事を後悔しているかもしれない。
泣いて真一を引き取るかもしれないという甘い考えがあったのかもしれない。


だが現実はあまりにも残酷だった。
電話をすると、そんな子供は知らない、今の自分には家庭があると青ざめた声で言われた。

「夫には昔のことは何も言ってないのよ。今の家庭が一番大事なの。
それを壊すようなことはしないでちょうだい。私の子供は夫との子供たちだけよ」

早口で一気に言いたい事を言うなり電話を切られた。
だから、三村は真一を育てざる得なくなったと言うわけだ。
でも真一を見ていると死んだり傷ついた仲間をどうしても思い出してしまう。
気が付いたら自分達は同じ屋根の下に住んでいるだけの他人になっていた。




「三村、過去と向き合うことは大事だが引きずり続けたらそれこそ敗者になるぞ」
「川田、人生にはタイミングってものがあるんだ。そして挽回できないものもある。
オレがそうだ。あの時、オレは敗者になった……今も。だけどあいつは違う。
あいつはオレとは違う。川田、おまえがいるからな」

「……三村」
「……あいつのこと頼むな」

川田の脳裏にふっと昔のことが浮んだ。
妻を早くに亡くした川田は一人息子を文字通り男手一つで育てていた。
母親はいなかったが、いやだからこそ精一杯愛情を注いで育てていたつもりだ。
ある日、川田がどうしても家を空けなればならない事情が出来た。
そこで近所付き合いで親しかった家に一日だけ息子を預ける事になった。
明日には必ず帰ってくる。そう何度も約束して。
しかし色々な事情が重なって一日のびる事になった。

その日に息子は死んだ。


預けた家の奥さんに連れられ歩道を歩いていた時、飲酒運転していたバイクが突っ込んで来たのだ。
奥さんはカスリ傷で済んだが、頭の打ち所が悪かった息子は即死だった。
病院の霊安室で川田は冷たくなった我が子の手を握り締めた。
誕生日には帰ると約束していた。五歳の誕生日に。
その日に帰っていたら、こんなこんなことにはならなかった。
そう言って川田は泣いた。
その息子と同じ年齢だった真一を可愛がるようになったのも仕方の無いことだった。
実際、川田がいなかったら真一は真っ直ぐ育たなかったかもしれない。
それでも川田は今だに何とか二人を仲直りさせたいと思っていたのだ。


「三村、何度も言うが……」

『緊急避難、緊急避難。この建物は後48時間で爆破します。48時間以内に避難してください』

「なんだとっ!?」

突然のアナウンスは爆破の警告だった。
二人は慌ててコンピュータルームに急いだ。














ひどい、ひどい!!こんなに愛しているのに!!
いえ薫が悪いんじゃないわ。全部、あの女のせいよ!!
きっと裏で汚い嘘を薫に吹き込んで、あたしが嫌われるように仕向けたのよ!!
だって、あの女、薫以外にも崇拝者がいるじゃない。皆、騙されているのよ!!
許せない、絶対に許せないわ!!
あんなに大勢男がいるのに、薫にまで手を出すなんて。
あたしは、あの女と違って、薫一筋なのよ。遊びで薫を盗られるなんて冗談じゃないわ!!


物凄い形相の美和が医務室に現れた瞬間、女生徒のみならず男子生徒も真っ青になった。
美恵は薬をバックに詰めていたのだが、その美恵を見るなり飛び掛ってきたのだ。


「この泥棒猫!!」

が、偶々そばにいた洸が足を引っ掛けたので見事に転倒。

「事情は何となくわかるけど今はそれどころじゃないしやめたら?」
「……な、なんですって……?」
「どうせ立花にふられたんだろ?で、自分は悪くない、他の女が立花を誘惑してかすめとったんだ。
そう思い込んでいる……ってところかな?」
「冗談じゃないわ!!殺してやる……薫に色目使いやがって!!」
美和の悲劇は、その場に徹がいたことに気付かなかったことだ。
再度飛び掛った途端に徹に首根っこ掴まれた。


「……久しぶりに見たよ。おまえみたいなバカ女は」


徹の目は完全に据わっていた。美恵がこんな徹を見るのは初めてではない。
かつて美和のような女に対して徹がどういう仕打ちをしたか。それを思い出して美恵は少々青ざめた。




「久しぶりにイナバウアーを見てみたくなったな……」
「徹!!」

美恵は慌てて徹の腕を掴んだ。

「君もアレ見るのは久しぶりだろう?あの時は惜しくも途中で中止したけど」
「徹、あなたが言うと冗談に聞えないわ。やめて!」
「オレは本気だよ。オレは女嫌いだけど、特にこういう女は絶対に生かしておけない。
あの時と違うのは、今の状況が異常だということだ。とち狂って、これ幸いに君を殺そうとするかもしれない」
徹ははっきり言って本気だった。
自分の命が危ないという状況なら精神錯乱して何しでかすかわからない。


「よ、よせよ佐伯!彼女だって本気じゃなかった……と、思うぞ」
幸雄は止めに入ったが、徹が睨んだせいか語尾が小さくなっていた。
徹の目が語っていた。『邪魔すれば、おまえも殺す』――と。
「ちょっと、止めなくていいのかい?」
見かねた蘭子が部屋の隅でその様子を見ていた隼人に小声で言った。
「そ、そうですよ。佐伯くんを止められるのは氷室くんしか……」
邦夫も蘭子の意見を後押ししている。
「関係ないな。徹のいうとおり、あの女は危険だ。
いっそのこと、ここで死んでもらったほうが後々面倒なことにならないかもしれない」
二人は普段は温厚そうな隼人の非情な言葉に驚いた。


「今は平和な日常とは違う。戦場では危険分子はなるべく早く駆除したほうがいい」
「……あんたの口からそんな言葉がでるとは思わなかったよ」
蘭子は驚くと共に、「……よっぽど天瀬さんのことが大事なんだね」と呟いた。
「おまえは大事な人間がいるか?いるならわかるだろう。
状況が状況だ。オレにはもう他の人間を守ってやるつもりも余裕も無い。
もうオレたちを当てにするな。おまえも自分のことだけを考えろ」


「イナバウアーが嫌なら今すぐ頭だけトリプルアクセルしてもらってもかまわないけど」
徹の殺気に美和は半狂乱になった。

本気だ!この男、本気であたしを殺そうとしている!!


『緊急避難、緊急避難。この建物は後48時間で爆破します。48時間以内に避難してください』

その時、アナウンスが聞えた。


「爆破だと!?」
徹の手が緩んだ隙に美和は猛スピードで逃げ出した。
「どういうことだ?」
軍基地に自動爆破装置が付いているのは常識だ。
だが、どんなに基地中壊れた状態でも、アレだけは誤作動しない作りになっているはずだぞ。
「徹、すぐにコンピュータルームに行くぞ」
「あ、ああ」
二人は駆け出した。しかし、自動ドアが突然閉じる。
「何だ?」
閉じたかと思うと、再び開いた。
「……ドアが誤作動している。ますますわからない、どういうことだ?」


誤作動しているドアはそれだけではなかった。
基地中の自動ドアがそうなっていたのだ。
つまり、緊急避難エリアの防衛も何の役にも立たなくなっているということだ。
ちなみにパニックになって逃げ出した美和は誤作動して開いたドアをそのまま走り抜けていた。
自分が緊急避難エリアから出ていることなど気付かずに。
正気に戻ったときには帰り道すらわからず、一人ぼっちになっていた。














「どうした、一体何があったんだ!?」
コンピュータルームに駆け込んだ川田と三村が見たものはコンピュータのモニター。

『さあ……ゲームの始まりだ。時間内に爆破を解除しなければ諸君等は間違いなく死ぬ』

そんなふざけた出だしの文章が表示されている。

「な、なんだと!?」

『ゲームは簡単だ。一定時間ごとに各階のエリアが爆発する。
もう地上には出られない。諸君等の逃げ道は下階のみだ。敵を倒し、パスワードを手にいれ、爆破を解除せよ』


「……くそ!何とか止めないと……メインコンピュータに指令を」
川田はキーボードに飛びついた。
「……ダメだ」
「どけ川田!」
三村は川田を押しのけるとキーボードを叩いた。
「……コンピュータウイルスだ。そいつが全てのコンピュータを支配している!」
「駆除できないのか?」
「無理だ。このウイルスを作った奴は天才だ!」
激しい振動が二人を襲った。


「……最上階が爆破したようだな。脅しや冗談じゃない。このウイルスを作った奴は本気でここを爆破するつもりだ」
川田たちに続いて全員集まってきている。もちろん美和を除いてだが。
「か、川田、どういうことなんだ!!」
「どうもこうもあるか。ふざけた奴がふざけたゲームを提案してきたんだ」
「ゲームだと?オレはもうそんなものこりごりだ!!」
「七原、オレもこりごりだが、どうやら受けて立つしか道はなさそうだぞ」




(……瞬?……いえF5の仕業?どっちにしても瞬が関わっていることは確かだわ。
止めないと。こんなバカなこと止めなければ……)

全員、コンピュータのモニターに釘付けになっている。
今なら、気付かれずに動ける。レッドゾーンに行かなければ。行って瞬を止めなければ。
美恵はこっそり廊下に出た。だが、運が悪い事に最後に駆けつけていた直人にバッタリ遭遇。


「どこに行く美恵?」
「……直人」
「あいつのところか?」
「…………」
「行かせないといったらどうする?」
「……直人、私は」
「いいかよく聞け……奴は、あいつだけはダメだ!!
絶対に行かせない、おまえの人生にオレが口出す権利はない。
おまえがどんな選択をしようと、誰を選ぼうとオレは何もいわない。
だが、あいつは、あの男だけはダメだ!あいつのところだけには行かせない。どんな手を使ってでもだ!!」
「直人……っ!」
「あいつだけはダメなんだ!いいか、よく聞け……」
直人は多少躊躇したが、したが美恵の両肩を掴み、はっきりと言った。




「あいつは攻介を殺したんだ」




「……何を……言って……」

美恵は足元がグラッと揺らぐような感覚を感じた。康一と伊織を殺したのは瞬だということは知っていた。
だが攻介は何も知らない。攻介はそのうちに戻る、そう皆は言っていた。


「攻介は……後で合流すると」
「あれは嘘だ。どうして死人が戻ってこれる?」


攻介の泣いたり笑ったりした顔が頭に浮んだ。

死んだ?殺された?……瞬が殺した?


「だから、いくらおまえの兄弟でも助ける事は出来ない。あいつはすでに宣戦布告をしたんだ」


美恵が何か言おうとした時だ。「奴等が来るぞ!!」と誰かが叫んだ。
侵入探知機が非常警報を出したのだ。
全ての侵入経路がオープンになったせいでF4が大勢さんで乗り込んできた。もう一刻の猶予も無い。
「行くぞ!」
直人は美恵の手を取ると走り出した。もちろん、他の連中も猛ダッシュだ。














「……ここ、どこよ」
美和は暗がりの中を震えながら歩いていた。爆発音にびびって、そばにあった非常用階段を駆け下りた。
駆け下りたはいいが、そのせいでますます自分の現在位置がわからなくなったのだ。
「……薫……助けて……」
ガタ……っ。
「……ひ!」
物音がした。ずっと遠くからだが確かに物音が。
「ま、まさか……あの化け物?」
美和は再びパニックになって走り出していた。
さらに美和の嫌な予感は的中していた。廊下のずっと先から二匹のF4がこちらを見ている。
そしてダッシュで追いかけてきた。


「い、いやぁぁー!!」

美和は走った。だが行き止まりだ。
もうダメだ。美和は意識を保っているのが精一杯だった。
その時――奇跡が起きた。
行き止まりのはずの壁面の一部が、まるでSF映画のワンシーンのようにパカッと開いたのだ。
それは非常用の隠しエレベーターの入り口で、コンピュータがウイルスによって誤作動した為に開いたのである。
当然、美和は中に飛び込んだ。そして、夢中でボタンを押しまくった。
どの階に下りるかなんて決めていられない。ただひたすらボタンを押し、そしてドアは閉じた。
エレベーターは動き出したが、美和はとりあえず助かった事実にホッとし、その場に座り込んだ。


やがてエレベーターは止まった。そしてドアが開いた。
美和はチラッと視線を投げる。視界に足が飛び込んだ。人間の足だ。

(……良かった。どうやら皆の元に戻れたみたいね)

安心して美和は顔を上げた。

「……っ!!」

が、すぐに息が詰まりそうになった。


どう見ても大東亜共和国の者ではない人間たちが立っていた――。




【残り28人】




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