「……晃司……っ」
「命令だ。Ⅹ6のことは忘れろ。元々死んでいたはずの男だ」

晃司は冷淡な男だったが、それでも美恵に対しては甘い面があった。美恵の頼みは無下に断らない。
(もっとも、美恵が晃司にお願いをすること自体あまり無いが)
それなのに、瞬の件に関しては全く聞く耳など持たない。そんな雰囲気がありありと伝わってくる。


「……秀明!」

晃司には何を言っても無理だ。直感でわかる。美恵は今度は秀明に視線を移した。
秀明は何と言っても瞬とは父親が違うとはいえ実の兄弟。
第一、厳しい面もあるが美恵に一番甘いのも秀明だった。
見詰められた瞬間、美恵が何を言いたいのか秀明にはわかった。だから秀明は即答した。


「あきらめろ美恵」
「……秀……明」
「奴は敵だ。その事実は変わらない」
「……あなたの弟よ」
「兄弟だからというのなら晃司も弟だ」
「…………」
「オレたちは決して私情では動かない。もう忘れろ」

――もう何も言えなかった。




Solitary Island―115―




「蒼琉、ねえ聞いてるの?」
片手で器用にダーツを三本お手玉のように弄んでいる蒼琉に紫緒が質問した。
「あいつら、ほら僕達を処分しようとした科学省の連中。
まさか、このまま生かしておくわけないよね。ねえ?」
「当然だ。くだらないことを聞くな」
蒼琉は三本同時に的に投げた。綺麗に三本ともど真ん中に命中している。


廃棄処分が出た時、この島にいる科学者たちは7人にばれないように事を進めようとした。
処分されるなんてばれたら反乱を起される。
いくつかの案が出された。
騙して冷凍睡眠した後に殺害、もしくは栄養剤と偽って毒を注射など。
だがF5も馬鹿ではない。特に蒼琉はいつかこういう日がくると睨んでいた。
だから、連中に気付かれないようにコンピュータのデータを盗んでいた。
そして廃棄処分命令が出たその日の内に科学者も医者も全員殺した。
だが脱出手段が無かった。


この島と外部は常に本部から来る船だけによって成り立っている。
ただ非常用の潜水艦が一隻あることはあるが、パスワードが必要だった。
それだけは、どれだけコンピュータをいじっても出てこなかった。
パスワードを知っているのは本部の人間だけ。外部から来る連中を待つしか脱出方法はないのだ。
だから七人は自ら冷凍カプセルに入り、そして待った。
完全に連絡が途絶えたこの島に科学省から哀れな犠牲者が来訪するのを。
そして来た。自分達の天敵Ⅹシリーズが。




「奴等は潜水艦のパスワードを知っているはずだ。
それを手に入れて本島に向かう。その後は科学省の連中を皆殺しだ。
と……言いたいところだがそうもいかないだろう。最初にオレたちの治療法を聞きだす必要がある」
「……やっぱり殺せないのかい?」
「聞き出したら自由にしろ。いくらでも切り刻め、あきらたら殺せばいい」
「さすがに蒼琉は話がわかるよ。好きだよ、君のそういうところ~」
「オレはそっちの趣味はない」
蒼琉は抱きついてきた紫緒を乱暴に蹴り飛ばした。


「いったーい……怨んでやる」
「おまえに怨まれれば本望だ。それより紅夜」
蒼琉は紅夜に視線を移した。
「Ⅹシリーズとやりあう前に、オレともう一度やっておくか?冷凍期間が長かったから体がなまってる。
もしもオレに勝てたら、あの時の約束は取り消してやるぞ」
「やるのはいいが、約束はどうでもいい。約束するまでもなく、最初から、そんなつもりは全くない」
蒼琉は心を弄ぶのが好きだった。
だから以前紅夜と手合わせした時も遊びでこう言った。


『オレが勝ったら、もしも例の女と会うことがあっても絶対にその気になるな』――と。

対して紅夜はこう言った。

『言われるまでも無く、そんなつもりは毛頭ない』――と。


「ああ、そうだ。やる前に、一つだけ用事を済ませておかないとな」
蒼琉はディスクを取り出し、コンピュータにセットした。
「科学省から平和の使者が来たら、ぜひこれでもてなそうと思って作っておいた」
「また悪趣味なゲームか?」
「高尚なゲームと言え」
「フン、どうだか」
ディスクをセットすると、モニター画面に『48:00:00』と表示された。
そして末尾の数字が59、58、57……と、カウントダウンを始めている。


「……いいのか?失敗すればオレたちも基地ごとふっ飛ぶぞ」
「このまま何もしなくても死ぬだけだ。今更何を言っている?」
「それもそうだな」
蒼琉はククッと笑っていた。やがて、エリア中のドアが自動的に開く音が聞こえ出した。
「Fシリーズが自由に動き回る。奴等にやられることなく、ここにたどり着ける奴が何人いるか」
「紅夜、おまえ、まさか、連中がここに来るまで大人しく待っているつもりか?」
「オレは待たされるのは大嫌いだ」
「だろうな」
蒼琉はソファに仰向けになると、「後は自由にしろ」とだけ言った。
「Ⅹ6はまだ生かしておくのか?」
「ああ、そうだ。もし怪しい行動をとったら手足の一本でももぎ取ってやれ。
それで大人しくなる。だから勝手に殺すなよ」














(……このままだと晃司たちは確実に殺しあってしまう。なんとかしないと……なんとか……)

美恵には耐えられなかった。晃司たちが殺しあうのを黙ってみているのは。
親を知らずに育った美恵にとって晃司たちはかけがえの無い家族。
たとえ敵味方に分かれてもそれは変わりない。
まして瞬は改造プログラムによって洗脳教育を受けた。
改造プログラムの恐ろしさは見た者でないとわからない。
幼い頃から、あんな拷問のようなマネをされてきたなんて考えただけでぞっとする。

(……もしも、私が男に生まれて瞬が女に生まれていれば……。
きっと、今、晃司たちに殺されることになったのは私だったはず)

それを考えても、見殺しになんかできない。
晃司たちを説得するのが無理なら、瞬をなんとか説き伏せるしか方法は無い。
でも……そのためには、全てを捨てる覚悟が必要だった。
どんな形だろうと仲間を裏切ることになるのだ。二度と、仲間の元には戻れない。
きっと、二度と受け入れてもらえなくなる。そして瞬が自分を受け入れてくれる保証もない。

「……結局、私も自分が可愛いのね」

すぐにでも行動に移せばいいのに、迷っているのは自分と瞬を秤にかけているからだ。
美恵は、そんな自分に嫌気がさした。こんなに弱い、見苦しい女だったなんて。




天瀬、どうした?」
いつの間にか桐山がそばに立っていた。
「何かあったのか?」
桐山は美恵の隣に腰をおろした。
「オレには話せないことか?」
「…………桐山くん家族は?」
「父がいる」
「確か兄弟はいなかったわよね」
「ああ」
「……その兄弟が殺しあわなければならなくなったら桐山くんならどうする?」
「コインで決める」
それは桐山らしいといえばらしい答だった。
「……私は簡単には決められないの。最良の方法は止めることなんだけど」
天瀬は止めたいのか?」
「ええ、すごくね」
「だったら、そうすればいい」
簡単に言ってくれる桐山に美恵は苦笑した。


「それが出来ないから悩んでいるのよ。誰も私の意見なんて耳を貸さないわ。
晃司は、いえ……晃司たちでなくても任務が大事な軍人だもの。
仮に自分の気に入らない任務でもやらなければならない義務があるのよ。
上から瞬の抹殺指令が出た以上、私のお願いなんて誰も聞いてくれないわ。
それが彼等の仕事だもの。……徹や隼人でさえ、耳も貸してくれなかった」
「早乙女を死なせたくないのか?」
「……そうよ。だって彼は……」
美恵は目頭を押さえた。それでも涙は隠せない。
「……私の家族なの……どうして忘れられる?」
晃司や秀明は決して止めない。
隼人でさえ、『あきらめろ。おまえも軍に籍を置いているのならわかるはずだ』と言う。


美恵の背中に桐山の手が伸びた。そして、いきなり抱き寄せられた。
「……桐山くん?」
「だったら止めればいい」
「……!」
美恵は驚いて桐山を見上げた。
天瀬がそんなに嫌ならオレが止めてやる。だから泣くな」
「……ま、待って桐山くん。この戦いは簡単に止められるようなものじゃあ……」
天瀬が泣くくらいならオレが止めてやる。オレは軍人じゃない。だから軍が出した命令に従ってやる義理も無い」
「…………」
桐山の言葉は、軍と言う鎖に繋がれている美恵には、これ以上無いくらい力強く聞えた。
誰も軍の命令に背く人間は無い。軍ではそれが普通で当たり前。
だが桐山は美恵を泣かせたくないというだけで、美恵が一番望んでいる言葉を与えてくれた。

「……ありがとう桐山くん」

たとえ本気じゃなかったとしても嬉しかった――。

「オレは本気だ」

美恵の心の声が聞えたのか、桐山はそう言った。美恵は驚いて桐山の顔をもう一度見上げた。

「だから、おまえは何も心配するな」














「……くそ、徹の奴……今に見てろ」
先ほど、徹から瞬と通じていると疑いをかけられた薫は憤慨していた。
「ねえ薫、どうしたの?」
美和が苦虫潰したような顔をしている薫の腕に自分のそれを巻きつけてくる。
「何かあったの?」
「…………」
「あたしで良かったら話して。あなたの為なら何でもするわ」
普段の薫なら、「最高に嬉しいよ」と額にキスでもするだろう。
だが、今の薫は徹に対する怒りのせいで本性むき出し。
はっきり言って、いつもは嬉しいはずの女の媚びた態度すらイラつくのだ。


「ねえ薫。あの女……あの曽根原って女も天瀬って女も遊びなんでしょ?
一番はあたしよね?ねえ、そうでしょ?薫の口からはっきり言ってよ」
「……さい」
「え?何か言った?」
「うるさいって言ってるんだ、この売女!!」
薫は美和を突き飛ばした。
「……か、薫?」
「ちょっと相手してやったくらいで僕を手に入れたと勘違いしやがって!!
おまえ程度の女なんて、僕の相手には星の数ほどいるんだよ!!
利用できるから利用してやろうと思っただけさ、図に乗るな!!
僕が今、どれだけ虫の居所が悪いのかさえわからないのか?
そんな女、もう必要ないよ。二度と、僕に触れないでくれ、汚らわしい!!」
薫の言い分に美和はこれ以上ないほど焦った。そして薫の足に縋りついた。




「ご、ごめん……ごめんなさい薫!!あたしが悪かったわっ!!
お願い、許して……お願いだから捨てないで!あなたに捨てられたら、あたしもう生きていけない!!」
「ふん……どうせ口先だけだろう?」
「違うわ!!あなたの為なら、あたしなんでもする!!」
その言葉は、薫の腐った性根に刺激を与えた。
「本当に僕の為なら何でもするのかい?」
「ええ、本当よ!!だから、薫のそばにおいて!!」
「そんなに僕のそばにいたいのかい?だったら証明してごらんよ、その愛情の深さってやつを」
「ええ、何でもするわ。だから、だから薫……っ!!」
「君がそこまで言うのならチャンスをあげるよ」
薫は優しく美和の肩を持つと立たせた。


「さっきは悪かったね。僕を散々侮辱して恥をかかせてくれた男がいるんだ。
そいつのことを考えたら、腹がたって……つい、君に当たってしまった」
「そうだったの……なんて、奴なの、その男は。最低よ!!」
「そうとも最低だよ。そういう最低男には制裁を与えないといけない。
そう思うだろ。なあ美和?」
「思うわ!」
「あそこに立っている男だよ」
薫は廊下の突き当たりに立っていた徹に指差した。
「美和、僕が受けた屈辱を倍にして奴に返すべきだと思わないかい?」
「思うわ。あなたを侮辱するなんて、償うべきよ」
「そうか良かったよ」
薫はニッコリ笑った。
「じゃあ、僕のお願い聞いてくれるかい?」
「あたしに出来ることなら何でもするわ」
「そう……じゃあ」


「徹を誘惑しろよ美和」


「……え?」
全く予測してなかった薫に言葉に美和は思わずきょとんとなった。
薫は美和の髪の毛に自分の指を絡ませながら、「ふふ」っと笑った。
「何簡単さ。あいつはああ見えて恋愛経験が少なくてね。
君のように美人で魅力ある女性に誘惑されればすぐにのってくる。
だから、あいつを骨抜きにしてメチャクチャにした挙句ゴミのように捨てて欲しいんだ。
そうだな。行為の後、『ヘタクソ』って罵ってやるのもいいかもね」
「……ちょ……ちょっと待って薫。それって……。あたしに、あなた以外の男と寝ろって言うの?」
薫に骨抜きになっている美和はさすがに躊躇した。すると、すかさず薫は不機嫌な顔をした。


「……僕のお願いは何でも聞くっていったのに、やっぱり嘘だったんだね。
所詮、その程度の愛情だったんだ。もういいよ。
上手く事が運んだあかつきには、君の事一番好きになりそうだったのに」
「私が一番?」
「ああ、そうだよ。なんなら島から脱出したあかつきには大きなダイヤの指輪をプレゼントしてもいい」
薫は微笑みながら美和の左手を取った。
「君のこのしなやなか薬指にはさぞかし似合うだろうね」
左手の薬指!美和の目つきが変わった。
「……あたし、やるわ」
「本当かい?」
「本当に……本当に成功したら、あたしにくれるのね?」
「ああ、約束するよ」

一言も結婚とか婚約なんて単語出してないのに。
これだから頭の軽い女は扱いやすくて便利だよ。




「じゃあ善は急げだ。ほら、徹がこちらに来るよ。
ここで待ち伏せして、廊下の角を曲がったら抱きついてキスでもすればいい。
それだけで、あいつは腰砕けさ。後は君の腕次第」
「……わかったわ」
美和はすっかりその気になって廊下の角に身を潜めて徹がやってくるのを待った。
それを見ながら薫は心の中で大笑いしていた。

(フン、女嫌いだった徹が、あの程度の女にひっかかるものか)

まして毛嫌いしている自分にベタベタしている女なんかに……だ。


薫はわかっていた。美和は必ず失敗すると。
実は薫が今いる廊下の先から、悲しそうな表情をした美恵が歩いてくるのが見えた。
だから、咄嗟にあほらしい作戦を考えたのだ。

(要は美和が徹に抱きついてキスする場面を美恵が目撃すればそれでOKさ。
こんな時だ。美恵はきっと心底精神的にまいっている。
そんな時に、自分に言い寄っている徹が他の女と軽薄なことをしているのを見たらどう思うか。
考えるまでも無い。徹!せいぜい美恵に嫌われろ)

薫はこみ上げてくる笑いを必死に堪えていた。
一方、廊下を歩いていた徹は靴紐が解けたので、その場に屈んだ。
そして、その横を勇二が通り過ぎていた。ただ、それだけだったが徹と勇二の位置が変わった。
でも薫からは死角になっていて見えない。
一方、美和も緊張して待ち構えていたので、全く気付いてない。
そして、人影が角を曲がった。
美和は、その男に抱きつき、唇を奪った。それもディープで!!


(ざまーみろ徹ぅ!あーははははっ!!せいぜい美恵に嫌われろ!!)


「……え?」
だが、そのシーンは薫が思い描いていたものとは少々違っていた。
美和に強制的にラブシーンをさせられた男は青ざめている。
ちょうど薫の後ろの位置に来ていた美恵も驚いている。
イメージ通りだった。ただ一つ違うのはターゲットであるはずの徹が今頃角を曲がってきたことだ。
そして、「勇二、君、何色事に走っているんだい?」と冷ややかな反応をしていることだった。
徹は美恵を見ると、すぐに駆け寄って、「お邪魔だから向こうに行こうか」と美恵の肩を抱いて連れて行ってしまった。
後には唖然としている薫と、真っ青になっている美和と、そして怒りで震えている勇二が残された。
勇二は見た。美恵が立ち去る瞬間自分を見たあの表情を。完全に誤解された。それだけはわかった。


「……おい」
勇二のドスの聞いた声に美和は思わず「ひっ!」と叫んだ。
「……てめえ、どういうつもりだ?」
美和は後ろを振り返って目で薫にSOSを出している。
「……どういうつもりかって……」
勇二の目の色が真っ赤に染まった。
「聞いてるんだ、このクソ女ぁぁ!!」
「きゃぁぁー!!」
もしも悲鳴を聞きつけて川田が駆けつけてなかったら美和は間違いなく殺されていただろう。
怒り狂う勇二は隼人と秀明に抑えられ、とりあえず部屋に閉じ込められた。
そして最終的には美和と薫だけが取り残された。




「……か、薫」
「…………」

薫は非常にご機嫌斜めだった。
せめて勇二ではなく晶だったら薫も笑って許してくれていただろう。
「ご、ごめんなさい薫……今度は上手くやるわ。あの男を絶対に誘惑するから、だから……」
「…………」
「何か言って薫、お願いよ!」
「うざいんだよ!!」
薫はすがり付こうとしてきた美和を突き飛ばした。


「今度という今度は君には愛想がつきた」
「……そ、そんな!」
「君のような愚かな女の相手をしていたなんて自分でも嫌になる。その目障りな顔、二度と僕に見せないでくれ」
「ごめんさない、ごめんなさい!!許して薫、お願いよ!!」
「これ以上、僕に君を嫌わせないでくれ!!」
「……か、薫」
「……所詮、君の価値なんてその程度さ。やっぱり美恵が一番だよ」
「……え?」
他の女の名前を出された美和はガクッとその場に膝をついた。


「ど、どういうこと?」
「どうもこうもないよ。やっぱり僕と心底愛をわかちあえるのは彼女だけってことさ。
彼女は誰よりも僕を愛し、僕も誰よりも彼女を愛している。浮気はするものじゃないね。だから罰があたったんだ」
「あ、あの女……あの女があたしよりいいの?」
「ああそうだよ。はっきり言っておく。君なんて、もうコリゴリさ」

美和は泣き叫びながら走り去っていった。
薫は溜息をついただけで美和を追おうともしなかった。
そして、これが後に美恵を危険にさらすとは薫は知る由もなかった。




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