「出来れば、もう少し休んでいきたかったけどね」
「しょうがないじゃない。こんなところに長居は無用よ」
「あーあ、本当にそうよ。なんでまたこんな最悪なことに巻き込まれたのかしら。
こんなことなら、ダイヤの一つや二つ貢がせておくんだったわ」
「バカね。帰ってから貢がせればいいじゃない」
「ああ、それもそうね。うちの常連はお金持ちばかりだから杉村くんと違って」
「なんですって光子!それじゃあ、まるで弘樹がダイヤの一つも買えない甲斐性なしみたいじゃない!!」
「あら、違ったの?」
「確かにあいつは人並みの給料しか貰ってこないわよ。でもね、あいつの良さは、そんなものじゃはかれないのよ。
弘樹は普通の男とは次元が違うのよ。あたしが選んだ男なんだから!」
そんな会話が聞えてくる。


女生徒たちは、すっかり震え上がってしまい、ほとんど役立たずだ。
無理もない。半日にも満たない間に二人の死人が出たのだから。
でも、この二人の女性は、あのプログラムを生き抜いただけあって、とても肝が座っている。
今もこうして美恵と一緒に出発の為の準備をしてくれているのは貴子と光子だけなのだ。
武器はいくらあってもいいが、さすがに三十人近い人間の人数分はない。
食料だけはたくさんあるが、荷物になるので、それほど持ってもいけないだろう。


瞬は一体何処に行ったのか?
瞬の目的がどうであれ、クラスメイトを二人も殺してまで何かをやろうとしていることは間違いない。
そして、何故そこまでしなくてはいけないのか?

やはり、それだけは知っておきたかった。
美恵は晃司たちに、もう一度、そのことを話そうとコンピュータルームにやってきた。
ドアを開けようとしたときだ。


「早乙女瞬がⅩ6ということは美恵には黙っていろ」

そんな声が中から聞えた。


(……Ⅹ6?)


科学省のⅩシリーズの誕生記録の中でしか見たことがない呼称。
死産だった。記録には確かにそう書かれていた。


「……早乙女くんがⅩ6……じゃあ、じゃあ彼は私の……私達の……」




Solitary Island―114―




「早乙女の……あれの狙いはF5の覚醒だろう」
秀明は静かにそう言った。
「F5は科学省が始末したんじゃなかったのか?」
「抹殺命令は出ていた。だが、その直後、この島からの連絡が途絶えた。
だが、早乙女……いや、瞬には奴等しか味方になる奴がいないからな。
科学省に捨てられた者同士が手を組んでも何もおかしくない」
「早乙女の狙いはわかった。だが一つ腑に落ちないことがある。奴の素性は国防省が証明しているはずだ。
科学省に処分されかけて逃げ出したⅩシリーズに国防省が手を貸したことになる」
そこまで言って、徹は薫や雅信を睨んだ。


「どういうことなんだい?まさか、おまえたちもグルじゃないだろうな?
国防省は昨年予算を大幅に削られ、その分科学省が予算を獲得した。
だから科学省の汚点である奴を利用して科学省を潰そうなんて腹じゃないだろうな?」
途端に薫が反論した。
「バカなことを言うな。僕がグルなら、奴はもっと上手くやっているよ。奴のしたこは明らかに単独犯じゃないか」
「どうだか。案外、君がグルだったから、こんなに早く奴は尻尾を出す羽目になったんじゃないのかい?」
「何だって?徹、その台詞は聞き捨てならない!」
二人の言い争いは、いつの間にか個人的ないがみ合いに発展していた。


「国防省か……一つだけ恨みを買った覚えがあるな。
あれから一年以上たっているから、過去のことに過ぎないと思っていたが」


晶の言葉に薫と勇二と直人、それに志郎以外の全員の顔つきが変わった。
『一年以上』、その単語に酷く反応している。




「……おい、まさか……あの時の?」」
俊彦は二度と思い出したくない過去の記憶を脳裏から引き出していた。
「あの男の最後の言葉は今でも覚えている。
『オレは死んでも復讐する』……奴は確かにそう言った。
上手く処理したはずだった。実際、あの事件の後、変わったことは何一つ起こらなかった。
だが、オレたちがしたことが、奴の遺族にばれていたら早乙女と手を組んでいても不思議は無い」
「さっきから何の話だい晶?」
薫の問いに代わりに答えるように直人が静かに言った。

「……水島克巳か?今だに奴を殺した人間は手掛かりすら掴めていないが」

「直人、おまえ何故知っている?俊彦、おまえが喋ったのか?」
俊彦は慌てて、「オレは何も言ってない」と否定した。
「言わなくてもわかるさ。美恵の反応を見ればな。水島克巳が謎の死を遂げて、まだ日が浅いとき、オレは美恵に会っている。
その時、何気なく、水島の名前を出したら、あいつは異常なほど怯えていた。
水島克巳は……異性関係は薫と同じくらい問題のある奴だったからな」
薫が、「心外だ!」と抗議をしたが、誰もそんな戯言に耳を貸す奴はいなかった。


「水島の一族は国防省の要職についているものばかりだ。
奴の母親も幹部クラスだしな。水島を殺したのがオレたちの仕業だとばれれば。
水島の遺族が黙っているわけがない。何が何でも復讐するだろう」

「冗談じゃない!!逆恨みもいいところだぜ!!
てめえの息子が美恵に何をしたかわかってるのかよ!!」

俊彦の言い分は最もだが、納得できない男もいた。
それは自分の知らぬ間に科学省の、そして美恵絡みの揉め事に巻き込まれた勇二だった。




「……ちょっと待てよ。じゃあ何か?……てめえらが、あのキザ男殺したことが元凶なのかよ!?
あのナルシー野郎が殺されようが知ったことじゃねえが、それにオレは巻き込まれたってことか!?
てめえら、水島のクソ野郎に何しやがったんだっ!?
どんなにムカつく野郎でも、奴のバックには国防省が付いていることくらいわかってただろう!!
それを承知で奴に危害加えたのか?ふざけるな、腹たったくらいで殺しなんてしやがって!!」
「勇二、おまえなんかに何がわかる!?このさいだから言っておく。
オレはもしも水島が千回生き返ったら千回殺してやるっ!!
それだけのことを、あいつは美恵にしたんだ!許せるものか、絶対にっ!!」
徹はこれ以上ないくらい感情的になって叫んでいた。
「じゃあ聞くが、それだけの何をしたって言うんだ!?
くだらねえことに巻き込まれたんだ。オレには知る権利がある話せ!!」
途端に徹は口をつぐんだ。徹だけではない、一年以上も前の、あの事件に関わった者全てだ。


「……おい、今度はだんまりかよ。話せよ、オレはもう部外者じゃねえんだ!」
「よしなよ勇二。君は想像力が足りなさ過ぎる。
水島先輩は僕と違って女性との付き合い方が品行方正じゃなかった。簡単に想像つくだろう?
それに……水島先輩が亡くなった頃だったよね。
美恵が極度の男性恐怖症にかかって、しばらく軍から離れることになったのは」
薫は溜息をついて、続けた。
「……何かあったとは思ったんだ。まさか殺しまでしていたとは思わなかったけど。
ともかく、この事は彼女には黙っていたほうがいいね。嫌なことを思い出させることもないだろう?」
薫の意見に珍しく皆賛成した。勇二はかなり納得いかない様子だったが。




「それよりも早乙女のことはどうするんだい?彼女にとっても彼は他人じゃない。
やっぱり、早乙女のことは正直に話しておくほうがいいと思うけど」
「早乙女瞬がⅩ6ということは美恵には黙っていろ」
それまで、ずっと黙っていた晃司が突然強い口調でそう言った。
「晃司、なぜだ?美恵には知る権利があるぞ」
志郎は理由がわからない。
「Ⅹ6は……早乙女瞬、いや天瀬瞬は美恵にとっては特別な人間だ。
美恵が知ったら面倒だ。何も知らない方がいい」
そこまで言って晃司は何かに気付き、ジェスチャーで『静かにしろ』と合図を出した。
全員、口を止め、そして晃司の視線の先であるドアを見詰めた。晃司は足音を立てずに近づくとドアを開けた。


「……あ」
美恵……聞いていたのか?」


美恵は俯き、何も答えられない。それだけで返事を聞く必要も無かった。
「……本当なの?本当に……早乙女くんが?」
「聞いたのなら仕方ないな。本当だ」
「……で、でも……Ⅹ6は死産だったと……」
「事実は違う。死産ではなく廃棄処分だ。だが担当博士がその決定を不服としてⅩ6を連れて出奔した。
そして改造プログラムで洗脳教育して育てたらしい」
「……改造……プログラム!?」

科学省にいる者なら知っている。それがどんなに残酷なものなのか。
かつて、とあるテロリストが生きたまま捕らえられ科学省によって洗脳された。
そのテロリストは自分の組織に舞い戻った直後に自爆している。
それほど強力で非情なマインドコントロールだったのだ。














「蒼琉、おまえの言った通りだったな。科学省は必ずⅩシリーズを送り込んでくる、と」

蒼琉と呼ばれている腰まであるストレートな銀髪にアイスブルーの男は不味いレトルトを食べている。
Ⅹシリーズとは対極にあたる位置にいる7人の人間兵器。
リーダー格は深水蒼琉(ふかみ・そうりゅう)。通称ブルーと呼ばれている。
今は亡き不和礼二が言っていたブルーと呼ばれる怪物だ。


「やるのか?」

赤毛で、キツイ目をした男が単刀直入に言った。
不知火紅夜(しらぬい・こうや)。蒼琉とは全く正反対の男。
気性が激しく目的の為なら手段を問わない残忍な性格。
残忍というだけなら蒼琉も決して劣らないが、蒼琉は感情よりも目的を優先させ常に沈着冷静だった。


「Ⅹシリーズだけでなく特撰兵士全員来てるって話じゃないか。
ああ、一人はくたばったか。あの早乙女って奴がぶっ殺したんだろ?」

向陽紫緒(ひなた・しお)。銀色のサイバーヘアに紫色の瞳。
小柄で華奢で一見すると女ように見えるが、性別上はれっきとした男だ。


「それで、どうするんだい?この島から脱出する千載一遇のチャンス。
まさか、それを見逃すことはしないだろう?でも、その為には血を流す事になる」

アルビノの特徴である白い髪に真紅の瞳のせいか、一見するとケンカなんてからきしダメとしか思えない。
むしろ偏見かもしれないが病弱にさえ見える少年。名前は美月珀朗(みづき・はくろう)といった。


「どうでもいいけどⅩシリーズってハンサム?それなら、あたし会ってみてもいいなぁ」

紅夜に「尻軽女め」と悪態疲れてもニコニコしている金髪の少女の名は砂金沙黄(いさご・さき)。
蒼い目をしているが、肌は南国の女性のようだった。


「早乙女瞬……って言ってたわよね彼。なかなかだったじゃない。
その身内なら突然変異でも起こらない限り色男でしょう」

沙黄とは対照にエレガントな風貌。それを際立たせる漆黒のカールの内巻きヘアに翠の瞳。
その女・樹森翠琴(きもり・みこと)は蒼琉の肩に手をおいて、「ねえ、どうするの?」と色っぽい声で聞いた。
もっとも、「ちょっかい出したかったら他の男にしろ」と呆気なくはね付けられていたが。


「……あーあ、ここにはろくな女いないしな。……いやになってくるぜ」
「何よ、それ。二度と相手してやらないわよ!」沙黄が怒って頭を殴ってきた。
「……痛い……っつーの。だからろくな女じゃないって。なあ?」
土岐黒己(とき・くらき)は頭を押さえて溜息をついた。
「……科学者たちがほざいていたⅩシリーズの美女も一緒だったら良かったのに」




「早乙女瞬が言うには、Ⅹシリーズを含む特撰兵士は全員来ているらしいが……。
そのⅩシリーズの女は来てないって話じゃないか。無いものねだりはよせ黒己」
リーダー格の蒼琉の言葉は、どんなものでも命令に近いものだった。
だから黒己も大人しく従うものの、それでも愚痴だけは続けたいらしい。
「……あー、そうですね。でも……な、一度くらい見てみたいじゃないか。
オレたちとは対極に位置する女だろ。彼女ってのは、はるか彼方の女って書くんだぜ。
……まさに夢の中の女じゃないか。手に届かない位置にいる女ほど……見てみたい」
「……黒己」
紅夜が立ち上がって黒己の前に来た。


「なんだ?」
「くだらないことを言うな」


「……へえ、おかたい紅夜にはそう聞えたか?相変わらず男のロマンのわからない奴」
いきなり胸倉を掴まれ、持ち上げられた。
「……よく聞け。今度、その女のことを口にするときは死にたい時に言え」
「…………あ、ああ」
紅夜は黒己を壁に投げ飛ばすと、その場から立ち去った。
「ちょっと紅夜どこ行くのよー。あたしも付いて行こうか?」
沙黄が愛想よく声を掛けるも、「絶対来るな。絶対だ」と念を押された。
レッドゾーンの奥にある独房。懲罰用に作られた、その小さな個室。
紅夜はその部屋のドアを開けた。




「死んだのか?」

部屋の隅でグッタリとして動かない男に紅夜は声を掛けた。

「……勝手に殺すな。あの程度の攻撃で死ぬか」
「普通は死んでいる。蒼琉はプログラムで、あの一撃で相手を内臓破裂させてきた」
「そいつらは民間人の中学生だろう。オレは違う」
早乙女瞬だった。

「おまえは一撃どころか三発くらった。やせ我慢はよせ」
「何の用だ?オレとの話し合いに応じる気になったのか?」
「オレならおまえはすぐに始末した」
瞬の目つきが僅かに険しくなった。


「だが蒼琉はおまえをとりあえずは生かしておく気らしい。運のいい奴め」


瞬は内心ホッとしただろうが、もちろん表情には出さない。
それに命の保証がなされたわけでもない。
あの男……深水蒼琉と言ったが、どう見ても気分屋だ。
さっきはかろうじて生かしてもらったが、もしかしたら三十分後には死刑宣告を受けるかもしれない。


「……もう一度聞く。何の用だ?」
「本当にここに来ているⅩシリーズは三人だけなのか?」
「……何が言いたい?Ⅹシリーズは元々三人だ。オレを抜かして」
「女が一人いるはずだ」
「……その女はⅩシリーズには含まれない。今頃は科学省の施設にいるさ。
なぜ、気にする?おまえ、会ったこともないんだろう美恵には」
バタン!紅夜は返事もせずにドアを閉めた。
それも壊れるのではないかというくらいに乱暴に。


(……今頃、山科の遺体が発見されているだろう。もしかしたら、オレの正体もばれているかもしれない。
だが、もう手遅れだ。オレは奴等の鎖を解き放った。もう奴等は止まらない。奴等が勝つか……それとも晃司たちか。
二つに一つ……ゲームオーバーまで血の雨は降り止まない)














「……早乙女くん……いえ、瞬をどうするつもり?」
美恵は震えながら晃司の答を待った。待ったが……その答など本当は知りたくもなかった。
答えなど、聞かなくてもわかっているから。
「抹殺する。それが上の決定だ」
「!」
「おまえが気にすることじゃない」
「こ、晃司!!」
美恵は必死になって晃司の服を握り締めた。


「やめて!!彼は……Ⅹ6は私達の肉親よ、兄弟じゃない!!
それを殺すの?いえ……あなたや秀明や……志郎が傷つくかもしれない。
お願いだからやめて!!家族で殺しあうなんて……っ!!」


「奴は塩田の徹底した洗脳教育を受けている。仮にこちらが戦闘を放棄しても奴は止めない。
絶対に見逃すわけにはいかない。それがオレたちの仕事だ」
「改造プログラムのことは私も知っているわ……でも……でも……っ。
話せば……説得すればわかってくれるかもしれない。
まだ、洗脳される前の心が残っているかもしれない……。
だから止めて。お願いよ晃司、私の一生のお願いだから!!」
「やるのはオレじゃない。秀明だ」
美恵は全身がガクッと沈むのを感じた。


「……秀明が?」
「そうだ」
「……秀明は……彼の兄よ……兄弟で殺しあうの?」
「そうだ」
「秀明はそれでも平気なの?」
「それが秀明の仕事だ」




「命令だ美恵。二度と奴の事は考えるな。奴はこの島で死ぬんだからな」




【残り28人】




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