晶は美恵の視線に気付くと、美恵を一瞥して背を向け歩き出した。
美恵は慌てて後を追った。


「晶……待って!」


「何だ?」
「桐山くんはまだ……」
「まだ何も知らない……今はな。だからオレも何もしない」
「…………」
「だが、奴が全てを思い出したら、オレは奴を殺す。それがオレの仕事だ。悪く思うな美恵」
「……そんな」
「おまえも、こっち側の人間ならわかるだろう。それから、もう一つ忠告しておくが早乙女には近づくな」
徹と同じ忠告。
「なぜ?」
「くだらない質問はするな。ただ、したがっていればいい」

「何を隠しているの?攻介はいつ戻ってくるの?」
「……そのうちに話すさ。今はまだその時じゃない」




Solitary Island―111―




(……あの雑魚がオレの正体に気付いている?まさか!)

隆文など瞬にとっては全くの問題外だったはずなのに。
だが、奴は確かに言った。瞬を政府が作り出した特殊な人間だと。
信じられないが、自分の正体に気付いている……いや気付きかけているのか?
あんな小者ほかっておいても障害になるとは思わないだろう、普通なら。
そのくらい小さな芽に過ぎない。
だが、どんなに小さな芽だろうと不安分子は取り除いておかないと。
やるからには徹底的にやる。
オレはすでにアクセルを踏んだんだ。もう二度とブレーキは踏めない。
もし、オレが止まるときがあるとすれば、それはオレの命が終わったときだけだ。


「早乙女」

瞬が顔を上げると秀明が立っていた。

(……秀明!)

秀明と一対一というのは瞬にとっては特撰兵士全員に囲まれた先ほどの状況より居心地が悪かった。
晃司よりも志郎よりもだ。他の誰でもない、秀明が瞬にとってもっとも憎悪の対象だったから。

「少しいいか?」
「何だ?用件はさっき終わったはずだろ?」
「オレは個人的におまえに用がある」
「なんだ?」




「おまえ、何なんだ?」




「……っ!」
瞬は何も答えなかった。いや答えることが出来なかった。
先ほどの尋問ではスラスラと返答できたのに。

「もう一度言うぞ。おまえは何だ?」
「……言っている意味がわからないな」
「おまえは意識的に本当の自分を押さえつけているだろう?」

瞬の心臓が大きく跳ねた。それを表情に出さなかったのは上出来だったろう。


「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。多重人格者はほとんど自分の意思とは無意識に別人格を生んでしまう。
だが、自らの意思で別人格を作り出し、さらに自由にコントロールできる人間もいる。
そういう人間をオレは知っている。オレのドナーがそういう女だったと記録で読んだことがある。
これは科学的に実証されていることだ。そういう人間は確かに存在するんだ」
「……それとオレがどういう関係がある?」
「関係ないのか?」
秀明の言葉一つ一つがナイフのように感じられた。

(……さっきは乗り切ったが、オレを疑っているのは変わりないってことか)

あれから何時間もたつが、片時も離れずに特撰兵士の連中がそばでこちらを見ている。
かわるがわる交替に。
さりげなく距離を置いている為、素人目にはわからないが、瞬にはわかっていた。
自分を見張っている――と。


ドン……っ!……ドン……っ!!


「……何だ、あの音は」

瞬と秀明の会話はそこで中断された。
秀明は立ち上がるとすぐにコンピュータルームに急ぐ。














「何があったの!?」
慌ててコンピュータルームに駆け込んだ美恵に晶は済ました顔でとんでもないことを言ってきた。
「F4が大勢さんでお越しだ。例の壊れかけた壁に体当たりしている」
やはり、あの逃げたF4の幼生が仲間を呼んできたらしい。
「甘ったれたガキはこれだから嫌いなんだ。
てめえが勝てねえと身内に告げ口するんだからな!」
勇二などは、すでに不機嫌モードに入っている。
「だが、まずいな。一応、穴はふさいでおいたが、この勢いでは時間の問題だ」
一匹でも入られたら被害は必ず出る。やがて、何かが突き破られるような音がした。


「……来たな。美恵、君はオレのそばに」
徹が美恵の腰に手を回して引き寄せた。
「どうするつもりなの?」
「後は天井裏に設置しておいたセントリー銃が持ちこたえられるかどうかだけさ」
徹の言ったとおり、マシンガンの凄まじい銃声が聞えてきた。
「……まるで射撃場並じゃない」
「奴等は命を失う事を恐れない。ちょっとやそっとじゃ引かないだろうね。
大丈夫だよ。君だけはオレは守ってあげるから」

……せっかく、安全圏に避難できたと思っていたのに。




(F4の襲撃か……今なら、この騒ぎに乗じてここから脱出できる)

瞬は悟っていた。もう一刻の猶予も無いことを。
「おい早乙女、おまえ、どこに行くんだよ?」
だが非常口付近に来た途端、俊彦に呼び止められた。
「こんな時にこの緊急避難エリアから出ようっていうのか?」
「……まさか」
「だったら、こっちに来いよ。今は離れない方がいい」

(……こんな時までオレの見張りは解かないということか)

やがてセントリー銃の銃声が止まった。




「……食い止めたらしいな。さすがの奴等もあきらめたらしい。
いや……と、いうより今はいったん引いて別の入り口を探しに行ったということろか」
隼人の推測通り、F4はいったん引いたに過ぎない。またすぐにやって来るだろう。
「もう一度穴をふさがないといけないな。それから各非常口には24時間見張りを立てよう」
もちろん見張りは自分達がやるしかない。
一般の生徒にただでさえ精神力を使い果たしている今さらに労働を強いても不可能だろう。
まして貴弘から受けた暴行で男子生徒たちは気を失って寝込んでいる者もいるのだ。
(貴弘に簡単にのされた隆文と康一はダメージが少なかったらしく、もう起きていた。
だが抵抗した幸雄と拓海は他の者より強烈な制裁を受けてしまい、今もおねんねだ)
「この緊急避難エリアに連中が入り込める隙間なんて無いと思うが……。
直人、念の為に、コンピュータから見取り図を読み取って調べてくれないか?
奴等が入り込めそうな空気ダクトや床下、それに天井裏も全て調べなおすんだ」
「了解した」
直人を残して、他のものは非常口に向かった。


「直人、私に何か手伝えることある?」
美恵は直人の隣に座って、アシストを申し出た。
「だったら、他のコンピュータと接続できるか調べてくれ。
特にメインコンピュータだ」
「わかったわ」
美恵は早速調べた。結果は散々だ。おそらく配線があちこちで切断されているのだろう。
繋がらないものがほとんどだったが、幸いにもメインコンピュータとは接続している。
「不幸中の幸いだな。データを全て取り込めるか?」
「無理よ。このコンピュータではメインコンピュータの膨大なデータを拾いきれないわ」
「そうか。面倒だが少しずつ調べていくしかないな」
「直人」
「どうした?」
「メインコンピュータに受信記録があるわ」
「何だと?」
直人は即座に立ち上がり美恵の背後から画面を覗き込んだ。


「ほら……以前のものじゃない。今日、受信したばかりのものよ」
「……科学省が送ってきたんだ。きっと重要なメッセージに違いない」
二人は早速、そのメッセージを確認することにした。
「直人、早乙女くんがいないわ」
二人がメッセージに気をとられた僅かな間に瞬の姿が消えていたのだ。
(……しまった!)

あいつからは目を離すなと言われていたのに!!




美恵、おまえはメッセージを確認しろ。オレは少し席を外す」
直人は急いで部屋を後にした。
「……直人」

やっぱり早乙女くんを見張っていたのね……でも、どうして?
疑問は深まるばかりだが、それより先にメッセージを確認しよう。

美恵は再び画面と向き合った。
(……え?)
そのモニター画面に人影が映っていた。
学生服しか見えないが、自分のすぐ真後ろだ。全く気配などないのに、確かにいる!
慌てて振り向いた。だが、その瞬間、首筋に衝撃を受けたかと思うと美恵は意識を手離した。


「……科学省からのメッセージだと?」


瞬だった。瞬は部屋から姿を消したのではない。気配を消して部屋の中に隠れていたのだ。
直人は瞬が部屋から出て行ったと思い込み、慌てて探しに行った。
部屋の中には美恵だけ。女一人気絶させるくらい、瞬には朝飯前だった。

(……どんな内容か確認しておかなければな)

瞬がマウスに手を伸ばすと同時に廊下から人の気配を感じた。
それも一人や二人じゃない。複数の気配だ。
しかも、今、この部屋のドアの前にいる。入室して来る気だ。
瞬は美恵の体を抱き上げると、部屋の隅に身を潜めた。




「ここにもいないわね。こんな時にどこ行ったのよ、あいつは」
「蘭子さん、きっと部屋に戻ってますよ。一度帰りましょう」
「……オレにはわかる。きっと宇宙人が拉致したんだ」
「隆文……いい加減にしろ。幽霊は存在しても宇宙人は存在しないんだ」
その集団は、姿を消した伊織を探していた蘭子、邦夫、隆文、康一だった。
伊織はというと、簡単に貴弘に負けたショックでただいま男子トイレの鏡の前で落ち込んでいる。
非常時なので川田に、「いいか絶対に一人にはなるな」と忠告されたので心配して探しているというわけだ。
「じゃあ……鬼頭と安田はいったん部屋に戻れ」
「そうしろ。オレはトイレも探してみる」
隆文はさっさと行ってしまった。蘭子と邦夫もその場を離れた。


「……じゃあ、オレも、もう一回りして……ん?」
康一はコンピュータ画面に気付いた。
「なんだ、なんだ?」
康一はUFOオタクの隆文や超常現象オタクの雄太と違ってコンピュータには疎かった。
だから、そのままコンピュータなど無視すればよかった。
しかし、つい興味から、マウスを触った。
たった、それだけの行為が康一の運命を変えた。
「……なんだ、これ?」
メール……だよな?何だよ、ほとんどカタカナで読みにくいことこの上ない。
「えっと……何々?『Ⅹシリーズニ……』」
何気なく読んでしまった康一だったが、その短い文章は見てはならないものだった。




『Ⅹシリーズニキンキュウメイレイ。サオトメシュンヲタダチニシマツシロ。
ヤツノショウタイハⅩ6ダ。タダチニショブンシロ――』




「……Ⅹ6?早乙女が?何のことだよ……ん?」
瞬間、隆文の戯言が脳裏に過ぎった。
「……う、嘘だろ?……ま、まさか、本当にハイブリッド……いや、無敵兵士?」
それは全く見当違いの答だったが、見てはいけないものを見たという事実は変わらなかった。

「た、隆文の言っていたことは本当だったんだ!こ、こうしちゃいられない、すぐに教えてやらないと!!
奴は……早乙女は、政府が作り出した特殊な人間だと!!」

康一はクルリと向きを変えると走った。
だが、その途端、何かにぶつかり、その勢いで尻餅をついた。


「な……何だ?」
障害物なんか何もないはずなのに。
「……ん?」
目の前に人が立っている。そうか障害物じゃなくて人間だったのか。
どうやら、背後に人が立っていて、そいつにぶつかっただけのようだ。
尻餅をついた体勢だったので、そいつの腰から下しか見えないがセーラー服じゃないから男だということだけはわかる。
康一は顔を上げた。


「……ひっ!」

そして見た。自分がぶつかった人間の顔を。

「……あ、あああああああ」

これほどの恐怖を康一は知らない。
貴弘に殺されかけたときより、はるかに……はるかに恐ろしかった。
それほど凍りついた表情をした瞬が自分を見下ろしていたのだ――。














美恵、美恵、しっかりしろ!」
「……ん」
瞼を開けると心配そうに自分の顔を覗き込んでいる徹の顔があった。
「……私」
「大丈夫か?済まなかった、オレがそばにいてやっていたら」
徹は美恵の髪の毛を優しくなでると、ギロッと直人を睨んだ。
「頼りにならない男なんかに君をまかせるんじゃなかったよ」
直人も人間だ。ムカッとこないわけじゃない。
しかし、自分がついていながら、美恵を一人にしてしまったのだ。
その間に、美恵が誰かに襲われたのだから、反論も出来やしない。
これが勇二なら盛大に言い返しているところだろう。


「……そうだわ。私、突然、当身をくらわされて」

確か早乙女くんが姿を消して、直人が部屋から出て行って。
その直後だったわ。そうだ、早乙女くんは……?

直感で瞬に何かが起きたと感じた。
「早乙女くん……早乙女くんは?」
美恵、君はしばらく休むんだ」
「彼はどうしたの?」
「いいから」
「徹……私に何か隠しているでしょう?」
美恵は起き上がった。ここは医務室だ、すぐにコンピュータルームに向かわないと。


「横山が殺された」


「……え?」
「首に一撃。たったそれだけだった。首の骨を折られて即死さ。
直人が発見した時は、もう完全にダメだった。
横山なんかが死んだところでオレにはどうでもいい。
でも、奴の死体が転がっている部屋の隅に倒れている君を見つけたときは心臓が止まるかと思ったよ。
横山と同じように君も死んでいるんじゃないかってね。気絶していただけで、本当に良かったよ」
クラスメイトがまた一人死亡したということは美恵にとってはショックだった。
たとえ、それがろくに口をきいたことも無い相手だろうともだ。
だが、非情かもしれないが、美恵にはもっと気になることがあった。


「……誰がやったの?」
この緊急避難エリアに外部から敵が侵入して殺したのか?
しかし、その場合を想定すると、徹がこれほど余裕なのは不自然だ。
F4たちが、このエリアに侵入できるルートを発見したのならば、こんな所で油を売っている暇などない。
F4たちではないとしたら?

「徹……誰がやったの?」
「……わからない。でも、疑われている奴はいるよ」

その時、美恵は先ほど直感で瞬に何かあったと感じた事を思い出した。
慌ててベッドからおりると徹が止めるのも聞かずに走り出した。


「おい!おまえたち、銃をおろせ!!」
川田がやけに焦って怒鳴る声が廊下まで聞えてくる。
美恵はコンピュータールームに飛び込んだ。
一斉に、みんなの視線が美恵に集中する。
しかし、美恵には、そんな視線など見えていなかった。
美恵の目に映っていたのは、瞬を囲み、銃を突きつけている特撰兵士の面々だったのだから。
「皆、何をしているの!?」
美恵、おまえは医務室に戻っていろ」


「証拠なんか必要ない。たった今から早乙女を拘束する」




【残り29人】




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