「奴は白だ」

晶の言葉に納得にいかない俊彦は隼人を振り向いた。

「は、隼人!」
「晶の言うとおりだ。奴は嘘は言ってない。少なくても、そのサインは出さなかった」

嘘をつくと人間は自分でも気付かないうちに嘘のサインを出してしまう。
口調が変わったり、相手から目をそらしたり、普段しない仕草をついやってしまったり。
隼人はそれらのことから相手が嘘をついているのか見破ることが出来る。
だが瞬は全く嘘のサインを出さなかったのだ。


「奴の脈拍や呼吸は全く乱れなかった。本物の嘘発見器にかけても結果は同じだ」
俊彦はまだ納得しないようだった。
「……二人がそこまで言うのなら、間違いはないだろうな」
直人は、その事実を受け止めたようだ。
「だが、奴が白だとしたら真犯人はどこにいる?」
「さあな」


「真犯人は奴だ。間違いない」


そう言ったのは晃司だった。
「なんだ晃司。オレの見立てが間違っているというのか?」
「ああ、そうだ」
この言い方には晶はムッとしたが、そこでカッとなるほどガキでもなかった。
「そうだな。確かに奴を黒を断定できるものはないが100パーセント白だとも言い切ることもできない。
この世に絶対はないし、奴が特別なパターンにあてはまる場合もある。
証拠が無い以上拘束できないのなら、さりげなく奴を一人にはしないことだな」
「晶、『特別なパターン』って何だよ?」
「奴がオレの予想を超えたプロなら……と、いうことだ」
「おまえの予想を超えたプロ?おい、具体的にもっと話せよ」
俊彦の質問に晶が答えようとしたときだ。




「きゃぁぁぁー!!」




「な、何だ!?」
「倉庫からだ……まさか、F4か!?」

全員、部屋を飛び出していた。




Solitary Island―109―




「……えっと、数は1、2、3……良かった人数分あるわ。
これなら食料は大丈夫。それに水もこれだけの量があれば足りるわ」
一週間ほどは大丈夫な量だ。第一、一週間もここにいるつもりもない。
だが今日明日で脱出できる保証もまるでない。食料と水だけは必要だ。
「この緊急避難エリアなら、連中も来れないし、今夜は安心して眠れそうね」
この島に来てからずっと不眠不休。全員、体力も精神力も限界に来ている。
睡眠をとらないと連中と戦う前に過労死してもおかしくないほどの状況だったのだ。
やっと、まともな睡眠と食事をとれるのだ。


「いい加減に立花くんに付きまとうのはやめてよ!!」
隣の部屋から美登利の声が聞えた。
「付きまとっているのはそっちでしょ。薫は迷惑しているのよ!!」
今度は美和の声だ。


「呆れた……あの二人、こんな時にケンカなんて」
蘭子は溜息をついた。
「あんたはただのクラスメイトに過ぎないのよ。でもあたしは違う」
「何ですって?」
「あんた薫とどこまで進んでいるの?」
「……ど、どこまでって」
「薫はね。あたしとはもう他人じゃないのよ」
「……ふ」
美登利の理性の糸がプッツン切れた。




「ふざけないでよ!!立花くんが、あなたみたいな下品な女相手するわけ無いでしょ!!」
美登利は美和に飛び掛った。もちろん美和も負けてない。
「いい加減にしなよ二人とも。うるさくて眠れやしない」
洸が光子に膝枕してもらいながら口を出してきた。
「第一、立花はどう見ても女に愛情もつタイプじゃないっての。
目を覚ませば?あいつの愛って絶対に金と比例してるから」
同類は同類を知る。洸は薫の目の奥に守銭奴の光を見ていた。
「オレ、眠たいんだよ。ケンカするならさあ、廊下の突き当たりにいってやりなよ」
「「わかったわよ!!」」
美登利と美和は廊下にでて、その最奥まで行くとまたケンカを始めた。
美恵たちがいる食料などの保管室のすぐ隣にあたるその場所で。


「大体、あなたは!」
「なにさ、この陰険女!」
うるさい。美恵はケンカを止めようと蘭子たちとの会話を中断させた。
その時、妙な気配を感じた。

(……何、この感じ)

美恵は慌てて廊下に出た。ほぼ同時に天井を突き破るような音がした。


「きゃぁぁぁー!!」


何かが美登利の胸に飛びついていた。
真っ黒い物体。大きさは猫ほどだが、もちろん猫ではない。
「ひ……っ!」
美和は慌てて逃げようとして、足がもつれ転倒。

「い、嫌……嫌ぁ!!た、助けて、助けてぇぇー!!」




「この……っ!!」
美恵はそばにあったほうきを手にすると、その柄で謎の物体を殴り飛ばした。
それは壁に叩きつけられたが平然としている。そして、再度向かってきた。
今度は美登利ではなく、自分に害を加えた美恵に向かって。
美恵もむざむざやられるつもりはない。再び、ほうきの柄で殴りつけた。
そいつは少しは懲りたのか、先ほど自分が突き破った天井の穴に逃げ込んだ。
気配が遠のいていく。どうやら逃げて行ったようだ。


(……そんな。この避難エリアに侵入するなんて!)


アレはF4だった。F4の幼生だ。
おそらく生まれて間もない、まだほんの子供。
だからこそ、やられずに済んだ。大人だったら、とてもほうきなんかじゃ太刀打ちできない。


「どうしたのさ!!」
洸と光子が走ってきた。
「まるで借金取りに見つかったような悲鳴がしたけど」
「F4の……化け物の幼生が天井から侵入したのよ」
「何だって?」
美登利は半狂乱になって、まだ叫んでいた。
「ひ、ひぃぃー!!こ、殺される……殺されるところだったっ!!」
「生きてるじゃないか。そういう台詞はせめて怪我してから言ってよね」
洸のあまりの酷い言葉に美登利はまた切れた。
「何よ、それが仮にもプロポーズした相手にいう台詞なの!?やっぱり、立花くん以外の男は皆クズよ!!」
光子が、「求婚?」と、少しだけ目を丸くしていた。




「どうした、何があった!?」
他の連中も駆けつけてきた。
「F4よ。まだ幼生だけど天井を突き破って侵入してきたの」
「何だと?」
桐山が廊下の隅にあった消火器を手にすると、その底で天井の穴を広げた。
そして懐中電灯を照らして天井裏を確認する。
(……あれは)
遠くに小さな穴が見えた。近づくと、猫の子一匹やっと通れそうな穴が空いている。
その穴から外をのぞいてみた。
基地内の運搬用のリフトが倒れて壁に突き刺さるようにのめり込んでいる。
そのせいで、小さいながらも穴が空いたのだ。


桐山は壁を軽く叩いた。
(……避難エリアの外壁部分だから、この程度の穴で済んだんだな。
穴のサイズが大きければ、成体が侵入していた。
だが外壁と違って内側部分は標準だから、簡単に天井を破壊できたというわけか)
桐山は戻ると外壁の一部が壊れている事を告げた。
ありあわせの材料で溶接し、さらにバリゲードで塞いだ。
これで一応大丈夫とは思うが、あんなチビでも入ってこられたら死者がでる。
安心して眠れると思っていた生徒たちはショックを隠しきれなかった。














「……まずいな。クラスの奴等びびりだしている。パニックにならなきゃいいが」
一度、安心だと思い込んだ後の恐怖はさらに大きい。
あれほど精神的余裕が出てきたのが嘘のように生徒たちは震えだしていた。
心配する俊彦を余所に勇二などは、「ほかっておけ、うるさくなったらぶっとばせばいい」と悪態ついている。
「こんな時だ。パニック状態になるのが一番厄介だということは、勇二おまえもわかっているはずだ。
敵にやられる前に、自分たちで勝手につぶれてしまう。
そうなったら、自分だけでなく、正気を失っていない周囲の連中まで巻き添えになるんだ」
隼人の言うとおりだった。戦場でもっとも大切なものは冷静さ。
常に平常心を保つ訓練を何度もしている彼等には身にしみてわかっている。


「そうだ晶、おまえ言ったよな。早乙女がおまえの予想を超えたプロなら……って」
先ほどは美登利の悲鳴によって中断された俊彦の質問。
「オレが相手の嘘を見破ることが出来るのは、ポリグラフをほぼ同じ原理だ。
脈拍、呼吸数、発汗、つまり緊張状態に陥ったかどうかで判断する。
だが……たとえ嘘八百をほざこうとも平常心を保つ事が出来る奴ならお手上げだ。
そういう奴はポリグラフにかけても全く反応しない」
「……全く反応しないだと?」

嘘発見器に微かな乱れさえも与えないってことか?

「本当に全く反応しないのかよ。そういう奴を見たのか?」


「そいつは上の命令で軍律違反をしていたある高官を暗殺した。
その高官はコネだけで高い地位についているだけのクソ野郎だった。
だから軍はさっさと追い出したかったが、そのクソ野郎のバックが怖い。
で、手っ取り早くこっそり逝ってもらうことにして暗殺したってことだ。
表向きは心臓麻痺になっているがな。
一応、そのクソ野郎が死んだ時間帯に接触した人間は念のためにポリグラフにかけられた。
だが、誰一人としてひっかからなかった。
けどな。その中にいたんだよ、心臓麻痺に見せかけて暗殺した奴が。
そいつはポリグラフをものともせずに、まんまと無罪を勝ち取ったというわけだ」


「やけに詳しいな、おまえの知り合いかよ晶?」
「そうじゃないが知らないといえば嘘になるな」
「変なこと言う奴だな。誰だよ、その嘘発見器を騙した野郎ってのは?」
俊彦の質問に晶はしれっととんでもない答を言った。

「オレだ」
「…………おい」

「だからこそわかる。どんなに大嘘つこうが平常心を保てる奴はいると。
だが、オレと違って奴は民間人のはずだ。
民間人の……それも、まだ年端もゆかない中学生だぞ。
そんな奴が、嘘発見器にすら引っ掛からないような芸当ができると思うか?」
「……思わない」
「だから、オレは奴を白と判断した。判断したが……」
「何だよ……」
「……何でもない」

だが、もしも奴が民間人ではなかったら?
奴のプロフィールが全て嘘だったら?
そんなはずはない。国防省が奴の身元を保証しているんだ。

「何でもないが油断は禁物だと言いたいんだろう晶?」
隼人が口を出してきた。晶の心の葛藤に気付いたのだろう。
晶はプライドが高い上に自信家だ。
それゆえに自分の判断に過ちがあるかもしれないなどとは自ら言えないから。
「オレも晶同様、早乙女に今の時点では少なくても黒と判断するほどの材料はないと思っている。
だが、他に有力な容疑者がいない以上、自由にしておくのも危険だ。
オレたちで、奴に悟られないように交替で見張っておくのが無難だろう」














「ど、どどどどどうするんだよ!!なあ、ここは安全じゃなかったのかよ!!」
先ほどのF4幼生侵入事件により、生徒達はパニック状態にあった。
「お、おおおお落ち着け康一!!真実はかならずそこにあるんだ!!」
「そ、そうだよ!!前向きに考えろよ。UMAを見た生き証人になったんだって!!」
おたく仲間の隆文と雄太が励ましているが、康一のパニックは収まらない。
「どうするんだ!!どうするんだよ、オレたち殺されるんだぞ!!」
殺される、その一言が冷たく突き刺さる。
「見ただろ、あの凶暴性を!!あいつが来たって事は必ず親がくるぞ!!
ジェラシックパークでもジョーズでも子供が登場したら、次に親がきたじゃないか!!」
「た、たたたた……確かにそうだ」
「じゃ……じゃじゃじゃあ……オレたち……殺されるのかぁぁー!?
嫌だ、嫌だよぉ!!まだ、オレ雪男もネッシーも見てないのにぃぃー!!」
おたく三人組は泣き喚く寸前まで来ていた。


「……たく、うるさいなぁ。あーあ、金にもならないことによくそんなに体力使えるよ。
泣き喚く暇があったら体休めたほうがいいよ。
でないと、今度またあいつが来た時に疲労した体じゃ相手できないだろ?」
洸はとんでもないことを言ってしまった。
『今度またあいつが来た時に』、この一言だ。誰もが考え、そして言わなかった事。
今度あいつが来たら……その可能性。
あの時は一匹だった。でも今度は群れで来るかもしれない。
いや、それどころか成体が来たらどうなる?
桐山たちは穴はふさいだと言った。バリゲードを作ったと。
だが、そんなもの、あの化け物たちのパワーに持ちこたえられるのか?
体当たり一撃で粉砕するんじゃないのか?
もし、一匹でも入られたら終わりじゃないか!!




「父さん、オレたちどうなるんだ?」
幸雄が青ざめながら七原に問うた。
「オレ……オレ死にたくないんだ。こんなところで、あんな化け物の餌は真っ平だ!」
「大丈夫だ幸雄、父さんがついている」
「だったら、すぐに脱出しよう。母さんだって待っているんだ!」
「……い、いや……今はまだ……」
「脱出方法はまだ決まってないのかよ!?」
「……実はそうなんだ。でも大丈夫だ、川田がいてくれる。
あいつは頭がいいし頼りになる。川田にまかせておけば大丈夫だ」
「あのおじさんが考えつかなかったら?」
「……それは」

「その時はオレたち死ぬのか?父さん、はっきり言ってくれ!!」

七原は答えられなかった。死ぬかもしれないなんて言える訳がない。


「やっぱり、オレたち死ぬんだ!!蘭子さん、死ぬ前に思い出作らせてくれよ!!」
「ちょっと、抱きつくんじゃないよ!!」
「最後だからいいじゃないか!!」
「根岸!やめるんだ、鬼頭が嫌がってるじゃないか!!」
止めに入ったとはいえ、伊織も精神の限界に来ていた。
純平はそれを見逃さなかった。


「何だよ、山科だって本当は理性の殻を破りたいんだろ!?」
「何言ってるんだ!」
「じゃあ助かるって本気で思っているのか?思ってるのかよ!!」
「……そ、それは……」
「言えよ、どうせ、おまえも、もう終わりだと思ってるんだろ!?」
「……う、うるさい!!オレだって、こんな時に冷静なんかでいられるか!!
ああ、そうだ。こんな状況になったら、もう後は時間の問題じゃないか!!」
純平の予想以上に伊織は切れだした。
「や、山科くん、落ち着いて!」
「安田、おまえだってそう思っているんだろ!?見ただろ、あの化け物の赤ん坊を!!
きっと他にも大勢いる!!不安にならないわけがないんだ。あんな化け物に勝てるわけがない!!」


ここにきて貴弘の表情が一気に不機嫌モードに入った。
しかし、そのことに気付くものはいない。
何故なら、どいつもこいつもパニックモード全開なのだから。


「いい加減にしてくれよ!!泣きたいのはこっちだ!!
オレは、おまえたちよりずっと前から、この地獄にいたんだ!!」
またいとこの理香の死で余計に精神張り詰めていた昌宏もついに精神が限界を超えてしまった。
「おい、よせよ。おまえが焦ったら死んだ大原だって喜ばないだろ」
拓海は、とにかく柿沼を落ち着かせようとしたが、これが失敗だった。
「ふざけるな!!理香の一番そばにいたのに、あいつを見殺しにした奴に言われたくない!!」
「……な、何だとぉ!!」
罪悪感があるからこそ拓海は余計に切れた。
「だったら聞くが、おまえこそ、ずっと安全圏で隠れていただけじゃないか!!
オレはおまえと違って何度も化け物と戦う羽目になったんだぞ!!
わかってないようだから言ってやる。奴等の強さはハンパじゃない!!
オレたちなんか、あっと言う間に殺されるだろうな!!オレが保証してやるぜ。
どうせなら、今から皆で昼寝でもするか?大人しく殺されるのを待つのも一興じゃないか!!」




ガタン……!と、大きな音がした。
各自叫びまくっていた連中が口を止め、その音の方を見た。
椅子に座っていた貴弘が勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れたのだ。


「……随分と言いたいこといってくれるじゃないか、おまえたち」

完全にブラックモードに突入した貴弘を見て洸はクスクス笑っていた。

(あーあ、完全に怒らせちゃったよ。誰だよ、最初にパニックになった奴は。
そいつの責任は重大だね。多分、血を見るよ)


洸は笑っていたが、もちろんパニックに陥っていた連中は笑ってなどいない。
むしろ叫びまくっていた男子生徒はまだマシなくらいで。
美登利は正気を失うんじゃないかというくらい泣き叫び。
(川田が鎮痛剤を打って、別室にて看護してやっている)
瞳や美和や千鶴子、それに普段はしっかり者の千秋ですらショックで別室にてガタガタ震えて声も出ない状態。
(貴子が見てやっている。だから杉村も一緒だ)
こういう時こそ、男がしっかりしてないといけないのに、この様だ。


「吉田、山科、楠田、服部、内海、横山、柿沼。話がある、ついて来い」
「……は、話って何だよ」
「ついてくればわかる」
パニックになった連中を連れ出し、貴弘は部屋を後にした。
「何だか、面白そうだな」
洸は相変わらず笑っていた。




「おい、こんなところに連れ出して何の話だ?」
貴弘は緊急避難エリアの一番隅にある小さな部屋に七人を連れ込んだ。
「いいから入れ」
七人は渋々言うとおりにした。
そして、最後の拓海が部屋に入ると、貴弘はドアを閉め、後ろ手でロックした。
「……杉村?」
ガチャ……と、いう不吉な音に全員嫌な予感を感じ貴弘を見た。
部屋の中は静寂そのもので、ただ怪しい雰囲気だけが流れている。
「おまえたち言ったな。殺される、ただ死ぬだけだと」
「……確かに言ったけど」


「オレはな。何も行動起さないうちにわめき散らす奴は大嫌いなんだ。
安心しろ、おまえたちは、あの化け物に殺されることはない。オレが保証してやる」


七人は呆気にとられた。保証してやる、殺されることはない、貴弘はそう言った。
言ったが、その冷たい表情からはとても命の保証をしてやると言っているようには見えない。
それが7人を不安にさせ、さらに恐怖心をあおりだしたのだ。

「……なあ杉村……それ、どういう意味だよ?」

拓海が勇気を出して質問した。
だが、質問した直後に、拓海はそれを後悔するような答を耳にする。

「簡単だ。あの化け物に殺されるのを待つ必要はない」


「感謝しろ。今すぐ、オレが殺してやる」




【残り30人】




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