「なんだ瀬名?」
「少し話がある。付き合ってくれないか?」
「話?」
「ああ、大したことじゃないぜ。おまえ怪我してるんだろ?話は聞いたぜ。美恵を守ってくれたんだってな、サンキュー」
「どうってことはない」
「手当てもかねてさ。いいだろ?」
「…………」
瞬は違和感を感じていた。
あれから特撰兵士たちは、まだ別室から戻ってきていない。
ただ一人、今自分の目の前にいる俊彦を除いては。
その俊彦だが、口では自分に感謝をしているようだが何かが違う。
(……ばれたのか?いや……オレを蛯名殺しに結びつける証拠はない。ここで断れば、かえって疑われるな)
瞬は誘いに乗ることにした。
「ああ、わかった。話を聞こう」
Solitary Island―108―
――10分ほど前――
「……じゃあ、早乙女が怪しいっていうのかよ」
俊彦は攻介の死を受け入れていた。
軍人として長年この世界で生きてきた。
嫌なことだが、どんなに親しい人間だろうと、その死を受け入れることが身についている。
「ああ、だが証拠が一切無い」
「証拠だと?」
俊彦は秀明に詰め寄った。
「奴以外に誰がいる?それとも他にいるっていうのか!?
不和のように、まだ島の中に潜んでいる人間がいるってのか!?
奴しかいないんなら、それで十分だろ。尋問して吐かせればいい!!」
「尋問すれば美恵に攻介のことがばれる」
俊彦は口を閉じた。
「……美恵には、まだ言ってないんだな?」
「そうだ。言わなければいけないが、今はまだ言ってない。こんな時だ。せめて脱出の算段がついてからと思っている」
「……そうか」
美恵の名前を出した途端、俊彦は大人しくなった。
「攻介殺しの犯人かどうかは別として、奴が何かを隠しているのは事実だ」
晃司は瞬の怪しい行動について詳しく話した。
当然のように、疑心が確信に限りなく近づいた。
「決まりだな。奴だ、少なくても、容疑者には違いない。容疑者を自由にはしておけない。動きを封じておかないと」
「晶、君の言う事はもっともだけど、拘束は出来ないよ。
仮にも奴は美恵の命の恩人だ。乱暴に扱えば、彼女は必ず説明を求めてくる。
それとも、攻介の死をばらして何もかもぶちまけるかい?」
「とにかく、攻介を殺したのが本当に奴なのか、はっきりさせておく必要があるな」
「蘭子さん、オレが守ってあげるから安心してくれよ」
「ああ、うざったいね。他の女を守ってやりなよ」
蘭子はどうも純平が苦手だった。嫌いではないが、節操ない馴れ馴れしさには馴染めないのだろう。
「オレ、本気で蘭子さんのこと好きなんだよぉー。信じてよ。オレのこの目をみてくれ!嘘ついている目か!?」
「その台詞、一体何人の女に言ったんだい?」
「……えーと」
「指折り数えてんじゃないよ」
「オレじゃダメなの?こんなに愛してるのにぃぃ……それとも、他の好きな男がいるのかよ?なあ、そうなのか?」
「いるっていえば、もうあたしには付きまとわないか?」
たまたま近くにいた邦夫と伊織が何だか聞き耳を立てていた。
「あたしはね。口から先に生まれたような男は趣味じゃないのよ。男は寡黙であるべきだと思っているから」
「それじゃあ、答えにならないだろぉ」
「あんたに答えてやる義理なんかないだろ」
寡黙……か。オレはいい線言っていると思うが。
伊織は思った。思ったが、自信がない。
蘭子ほどの美人なら、きっと相当な二枚目でないとつりあわないし。
それに蘭子は怖いおじさんたちに囲まれて育ったから、強い男が好きなのは間違いないだろう。
「ケチケチ言わずに教えてよ~」
「ああ、うるさいね」
そんな二人の会話を切断するように美恵が蘭子に話しかけた。
「鬼頭さん」
「何?」
「今、倉庫を皆で調べているんだけど手伝ってくれない?
武器のほうは男子にまかせて、女子は食料や医療道具を調べているの」
「いいわよ」
面倒だけど助かる為には必要だし、何より純平から逃げられる。蘭子は喜んでOKした。
「カンパン、インスタント食品……あ、タオルとかも必要よね」
すでに千秋と瞳があれこれと棚から引っ張り出していた。
「望月さん、水はあった?」
「うん。さすがにシャワー出来るほどはないけどね」
そういえば、この学校に転入してから、あまり生徒と口を聞いた事が無い。
皮肉なものね……こんな時に普通に会話するなんて。
「天瀬さん、どうしたの?」
「何でもないわ」
「変なの。でも、天瀬さんはいいわよね。王子様がいるんだから♪」
「王子様?」
「またまた、とぼけちゃって。佐伯くんよ、ねえ、本当は付き合ってるんでしょ?」
「違うわ。徹とは友達よ」
「嘘!佐伯くん、いつも天瀬さんにべったりじゃない。
それに、ああいう美少年タイプは現実の世界じゃあ同性からは結構好かれないのよ」
「……同性?」
どうして、この会話の流れで、同性なんて単語が出てくるのか?
「それに瀬名くんも、あなたに夢中みたいだし」
千秋は羨ましそうに、そう言った。
「え?瀬名くんもそうなの?全然気付かなかった。
いいなぁ、モテモテじゃない天瀬さん。立花くんも、鳴海くんもそうだし。
でも一番愛してくれてるのって佐伯くんでしょ?」
「氷室じゃないの?」
突然、蘭子が会話に入ってきたので瞳は少々驚いた。蘭子はクラスの女子たちとも常に距離を置いていたから。
「氷室くん?」
瞳はきょとんとしたが、美恵は別の意味で驚いていた。
「何、言ってるの?氷室くんって恋愛に興味ないタイプでしょ?」
だから、あたしが同人誌の中で恋愛させてあげてたのに、と瞳は思った。
「彼女に対する態度が違うから、そう思っただけだよ」
「……鬼頭さん、あなた」
「驚いた?あいつ、演技上手いから、皆気付いてなかったようだね。
でも、あんたに対する態度、他の女と全然違ってたわよ。
あんたを見る目は優しかった。あたしや他の女には本当にクールな目なのに」
(……ああ、そうか)
美恵はそこまで気付かなかった。
隼人の、あの目をいつも見てたから、それが普通だと思っていた。
「本当に……あんた、愛されてるんだね」
「……そうね。でも、鬼頭さんだって愛されてるじゃない」
「あたしが?まさか、あの根岸になんていうのはやめてよ」
「違うわ」
どうやら、伊織と邦夫の事は全く気付いてないようだ。
「私が言っているのは」
その時、美恵は妙な気配を感じた。
「おい、連れて来たぜ」
瞬が入室するなり、全員瞬に視線を集中させた。
普通の人間なら、その居心地の悪さにびびってしまうだろうが、もちろん瞬には当てはまらない。
(……特撰兵士全員でオレを尋問する気か?)
だったらすればいい。オレには今更恐れるものは何も無い。
こっちは最初から背水の陣でやっているんだ。
おまえたちと違ってオレはゼロどころかマイナスの位置からここまで来た。
「早乙女、おまえ地上でF2に襲われて怪我したんだろ?
ほかっておいたら壊疽を起すかもしれない。見せてみろ」
直人が切り出した。
「それなら必要ない。上で医療設備のある建物を発見した。手当てならもうしてある」
瞬は、学ランを脱ぐとYシャツのボタンを上二つだけ外して包帯を見せた。
「そうか」
「おい直人……まどろっこしいことしてないで、包帯取らせろよ。本当にF2にやられた傷なら見ればわかる」
俊彦が小声で直人に要求した。
「だったら、おまえが言え」
仕方なく俊彦は、「傷見せてみろよ」と単刀直入にいった。
「おまえは男の裸に興味があるのか?」
「あ、あるわけないだろ……っ!」
「だったら変なこと言うな」
俊彦が自分には誘導尋問は一生できないと悟った瞬間だった。
「おい、てめえ、何で勝手に姿を消したんだ?美恵たちと一度は合流したのに、その後、姿くらましたそうじゃないか」
勇二の質問にも瞬は全く動じなかった。
「姿をくらましたんじゃない。たまたまそうなっただけだ。
森の中で何かに追われて、慌てて逃げているうちに迷ってしまってな。
元の場所に戻ろうにも、地図もないんだ。わかるだろ?」
一応つじつまは合っている。だが勇二には納得できないらしい。
「てめえ。ふざけてるのかよ。てめえはF4を皆殺しにしたんだろ?地上にいる連中にびびって逃げたっていうのか?」
「当然だろう。オレは何の武器も持っていなかったんだ。まさか、素手で化け物と戦えというのか?」
「てめえは銃を持ってるじゃねえか!!」
「聞いてなかったのか?オレは言ったはずだ。
この地下基地を徘徊しているうちに、たまたま発見した銃だと。
それとも、おまえはオレが修学旅行に銃を持ってくるような危険人物だと思っていたのか?」
「……ち!ムナクソ悪い!!」
勇二は悪態をつくと、壁を蹴って、そのまま目線をそらし床に座り込んだ。
口では勝てなくなると、いつも物に当たるのが彼の習性だった。
「ねえ早乙女くん、君どうやって、この基地に入ってきたんだい?
この基地はね、カードキーがないと入れないんだよ」
薫はさも含みのある言い方で質問してきた。
「そんなことオレが知るか。オレは隠れていた洞窟の中で壊れかけたドアを発見した。
なんとかこじ開けて中に入って歩き回っていたら、天瀬たちの悲鳴が聞えた、それだけだ」
「……ふーん」
……嘘はやめなよ、って言ってやりたいけど、無難な答だね。
基地中、壊れているんだ。非常口の一つくらい壊れていてもおかしくない。
「おまえが倒したのはF4といって上級レベルの化け物なんだ。
その化け物をおまえは簡単に倒したな。普通の中学生にそんなマネが出来るわけが無い。
どこで、そんな特殊な訓練をつんだんだ?」
隼人の質問にも瞬はさらりと答えた。
「オレの親父が軍の特殊工作員の狙撃手だから、ガキの頃から親父に連れられて特殊な射撃訓練場でな」
「特殊な射撃訓練場?」
「国防省の対テロリスト要員だ。オレも詳しいことは何も聞いてない。ただ……001チームだという事だが」
国防省に所属している連中は眉をひそめた。
「直人、001チームって何だよ?」
俊彦が小声で直人に聞いた。
「……秘密工作員だ。特に001チームは厳重にその活動内容やメンバーの顔写真を隠している。
何しろ、テロ組織に潜入捜査をする奴が所属するようなチームだから。
だから、そこのメンバーは家族にも自分の任務は一切漏らさないのが鉄則だ。
そして同じ国防省の者にもほとんど接触しない」
「……だったら、おまえでも奴の親父の素性は一切わからないってことか?」
「ああ、早乙女の父親の名前を聞き出してもオレも薫も雅信も何も出来ない。
その人間が存在しているかさえも断定できないんだ」
瞬はプロフィール上は、父親が軍人ということになっている。
だから、その父親のことを聞き出して、少しでも矛盾があれば、それを指摘するのが目的だった。
特撰兵士は多かれ少なかれ、自分が所属している部署のことくらいは把握している。
もし下手な嘘をいえば、すぐにわかったのに。
(もちろん、瞬の素性にボロが出ないように、瞬に裏で手を貸している人間がそう仕組んだのだ)
(……限りなく怪しいが、嘘だと思える矛盾は一切ない。
だが……表面上の言葉はつくろえても、はたして心の中まで嘘はつけるかな?)
晶は用意していた救急箱を持つと瞬の隣に座った。
「美恵を助けたときに怪我しただろ。きちんと手当てしないと」
「悪いな」
瞬は手を晶に差し出した。
晶は、その手をとって、おそらく俊彦が一番聞きたい質問を言った。
「ああ、そうだ。最後に一つだけ聞いておきたいことがある」
「なんだ?」
「おまえ、攻介を見なかったか?」
その質問に、全員が瞬を射抜くように見た。
瞬が攻介殺しの犯人なら、何か反応があるはずだ。だが……。
「いや見なかった」
瞬は全く間をおかずに平然と答えた。
「そうか。攻介もおまえのように行方不明でな。何か知ってると思ったんだが」
「知っていたら、とっくに言っている」
「それもそうだ」
晶は笑いながら言ったが、俊彦はもちろん笑ったりなど出来ない。
「もう質問はいいのか?」
今度は瞬が皆に質問してきた。
「そうだな。これ以上は何も聞く事はない」
俊彦が何か言いたそうだったが、これ以上は聞いても無駄だ、何も出てこないだろう。
「何もないなら、オレは戻らせてもらう」
瞬は立ち上がるとさっさと部屋を出て行ってしまった。
そしてドアが閉まると、皆、晶のそばに来た。
「おい、どうだった!?」
俊彦が期待を込めた目で晶を見た。
「おい、さっさと言え、わかったんだろう?奴の化けの皮を今度こそ剥いでやるぜ」
勇二など、先ほど言い負かされたのが余程気に食わなかったのだろう。
攻介殺害は関係なく、もはや個人的に瞬の事が気に入らないようだ。
もっとも勇二が気に入る人間など、この世に存在しないだろうが。
「勿体ぶらずに言いなよ晶。人間嘘発見器の周藤様ならわかったはずだろ?
早乙女が真実を語っているのか、それとも嘘を言っていたのか」
薫は嫌味も含んだ口調で言った。
晶は攻介の質問をした時に、手当てに乗じて瞬の手首に触れた。
それで瞬が事実を言っているのか否か見極めようとしたのだ。
どれほど言葉で嘘を並びたてようと、人間は心まで偽る事は難しい。
それを利用して誕生したのが嘘発見器だ。
嘘発見器は人間の血圧、呼吸、脈拍などに反応する。人間は嘘をつくと緊張状態に陥るから。
晶は、その微妙な脈拍や呼吸、発汗などの変化を掴むことが出来るのだ。
もしも瞬が嘘を言えば、どれだけ見かけは平然としていようとも何らかの変化はある。
脈拍や呼吸が乱れたら瞬を犯人と断定して闇に葬るつもりだった。
攻介の仇をとると息巻いている俊彦は今か今かと晶の答を待った。しかし――。
「残念だったな俊彦」
俊彦の目が期待から一転失望に近いものに変化した。
「奴は限りなく白だ」
【残り30人】
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