「早乙女くん、手が」
美恵に指摘されて瞬は右手を見た。三箇所ほど、虫に刺されたような赤い点があり血が滲んでいる。
おそらくF4を撃った時に飛び散った血液が数滴かかったのだろう。
微量だったために、この程度で済んだが。
「あの時に怪我したのね。ちょっと待ってて」
美恵はハンカチを取り出すと、瞬の手に巻いた。
「早乙女くんが来てくれなかったら私も内海さんも死んでいたわ。
本当にありがとう。特に……私は二度も助けてもらったし」
「…………」
瞬は何も言わずに、目線をそらしていた。
「これでいいわ。後で医務室を見つけたらちゃんと手当てするから」
「……そうか」
「きつかった?」
「いや」
瞬が視線を美恵に向けた。


「早乙女くん?」


美恵は妙な違和感を感じた。瞬の視線がいつもと違ったから。
滅多に口も聞かないただのクラスメイト。
顔見知りに過ぎない関係なのに、今の自分を見る目はそうではない。
上手くいえないが微妙に違う。その冷たい瞳の奥に熱いものを感じた。

「――あいつ、美恵に何をしているんだっ?」

瞬の様子がいつもと違う事に気付いたのは美恵だけではなかった。
徹が瞬の態度に疑心を抱き、険しい表情で睨んでいた。




Solitary Island―107―




「あの野郎っ!ふざけたことしやがって、ぶっ殺してやる!!」
勇二はドアを足蹴にした。外から鍵がかかっているドアをだ。
「どけ勇二、ドアを破壊する」
晃司は勇二を突き飛ばすと、暗証番号入力部分に発砲。
ドアは破壊されたショックで誤作動。開いた。
「行くぞ」
全員、外に退避。晃司は懐から薫が持っていた爆弾と同じ形のものを取り出した。


「晃司、あまり使うなよ。基地が壊れる」
晶がすかさず警告する。
「ああ、わかっている。これは爆弾じゃない、発光弾だ。
強烈なやつだから、一度見たらしばらくは目の痛みに耐えられないだろう」
晃司は発光弾を投げると同時にドアを閉めた。
「いいか、あけるぞ。確実に急所を狙え。一匹も逃がすな」
そして、再びドアを開けた。余程眩しい光だったのだろう、F4たちは目元を押さえてのた打ち回っている。
「いいか頭だぞ」
「うるせえ!!わかってる!!」
勇二は怒鳴りつけると、真っ先に部屋に飛び込んだ。
他の者も一斉に部屋に駆け込んで、再び銃声が部屋を包み込む。
物凄い硝煙と、そして酸から発生する煙が部屋中に立ち込め、やがて、銃声が鳴り止んだ。




「……終わったようだな」
酸の血液の流出を最小限に抑えるために、頭部のみを狙ったために部屋中床が解けてはいるが。
それでも被害は押さえる事が出来た。床のあちこちが解けてはいるが、大きな穴が出来ているのは数箇所。
後は、大したことはない。
もっとも、頭部に攻撃を集中させたせいで、グロテスクな光景にはなってしまったが。


「急ぐぞ、F4がこれで終わりとは思えない。奴等もバカじゃない。数が少なくなれば攻撃方法を変える」
晃司に促されて、全員後ろを振り返らずに歩き出した。
途中で不和礼二の死体があったが、礼二を殺した敵はいない。
仲間が皆殺しにされて逃げたのか、それともどこからか様子をうかがっているのか?
勇二は、「オレが殺してやろうと思ったのに、くそ!」と礼二の遺体を蹴り上げた。
「よせよ。もう死んでいる」
俊彦は複雑だった。勇二ほどではないが、見つけたら殴ってやろうと思っていたのに。
それなのに、もう死体でご対面とは。これでは、もう憎む事も出来ない。




「……礼二」
千鶴子はかなり複雑そうだった。
うつ伏せなのでよくわからないが、全く動かないことと血の量からとても生きているとは思えない。
屈んでそっと触れると、もう冷たくなっている。
「……礼二……礼二」
純平が学ランをぬいで礼二の頭部にかけた。
「顔は見ないほうがいいよ。元気出して、ね?」
「……ええ」
顔は見ないほうがいいというの正解だっただろう。顔の中央に大きな穴が空いているのだから。
もしも見ていたら、そのグロテスクさに千鶴子は半狂乱になっていたかもしれない。
礼二の死体はそのまま放置されることになった。


「二人死亡か。思ったより少なかったな」
直人の言葉は無神経だが事実でもあった。
「二人じゃない。三人だ」
隼人の声だ。そろそろ合流すると思ったがグッドタイミングだった。
晃司たちのチームより一足早く到着。待っていたようだ。
「三人?……仁科がいないな、奴等にやられたのか?」
「ああ薫はそう言っている」
隼人はなんだか含みのある言い方だった。


「……美和、礼二がやられたわ」
千鶴子は自分と同じ礼二の恋人である美和にその死を告げた。
ところが、恋人と思っていたのは千鶴子だけで、美和はもうそのつもりは全くないらしい。
「そう」
美和が礼二の死についてはなった言葉はたった一言だけだった。
あれほど礼二にベッタリだったのに……今では薫に骨抜きにされて。
もう礼二のことなんて露ほどにも思ってないようだ。
「そろそろ秀明たちと合流してもいいはずなんだが……」
見取り図を確認してみる。
「何をぐずぐずしているんだ?それともアクシデントでも起きたのか?」














「下がってろ、美恵に触れるな!」
「徹、何を言うの!?」

突然、徹が自分と瞬の間に割り込んできて、瞬を突き飛ばした。
「いいか、貴様が何者なのか知らないが、美恵には近づくな」
徹の態度はいつもと違った。
単純に嫉妬しているというレベルじゃない。瞬を完全に敵視しているのだ。
「どうしたの。早乙女くんが何をしたって言うの?」
「いいか、とにかく彼女には近づくな!」
徹は美恵の手を引くと無理やり瞬から遠ざけた。
「徹、どういうことなの?あんな態度失礼だわ。何か、理由があるのなら、きちんと説明して」
それは攻介が何者かに殺されて、奴がその容疑者だから。
なんて言えるわけが無い。


「徹、どうしたの?私に何か隠しているの?」
「何でもない……いいか、奴は危険だ、近づくな」
「だから、その理由を教えて。あなた、何か隠しているでしょう?
何があったの?早乙女くんは二度も私を助けてくれたのよ。
それなのに彼を危険だなんていうからには理由があるんでしょう。だったら、その理由を教えて」
「いいからオレを信じてくれ。理由は……今は言えない」
「……徹」
明らかに態度がおかしかった。
いつもは熱いくらいの視線で見詰めてくるのに、今は美恵の目を見ようともしない。
「少し休憩したら出発だ」
それだけ言うと、「いいか、奴には近づくな」と念を押して美恵から離れた。




美恵も、それ以上は聞く気になれず、部屋の隅に座った。
少しすると隣に誰かが座った。
「……桐山くん」
「どうした?」
「何が?」
「元気がないように見える。オレの勘違いか?」
「……いいえ、多分、桐山くんの想像通りよ」
美恵は徹が何か隠していると感じた。


「……短い付き合いじゃないからわかるわ。いつもは私に甘いのに、あんな態度とるんだもの」
「そうか」
「でも徹が信じろというなら、信じるしかないわね」
「それはあいつを信じているからか?それとも好きだからか?」
美恵は少しだけ目を丸くした。
「私が徹を?」
「ああそうだ。佐伯は天瀬のことが好きなんだろう?だったら、天瀬もそうなのか?」
「……以前」

美恵と桐山の周りには人がいなかった。だから話せたのだろうか?

「以前、私、ある男に酷い目に合わされたことがあるの。
攫われて……怪我も負わされた。何より心が傷ついたわ。
その男は軍の人間で、当時の徹たちよりも階級が上だった。
下手に逆らえば徹の立場だって悪くなるのに、徹は私を守ってくれたの。
その男が私を殺して事件をもみ消そうとした時、徹は私を守る為に戦ってくれたのよ。その……あいつが……」
事件のことを思い出したのか、美恵は声が震えていた。
嗚咽に近い声だったかもしれない。


「……私を殺されたくなかったら跪けって言ったのよ。あの徹……に。あのプライドの高い徹に……」


「言うとおりにしたのか?」
「……ええ。頭を下げたわ。でもそれだけじゃないの……。
私をたてに、その男に暴言を吐かれて、暴力もふるわれて……。
それでも私のために、あの徹がその仕打ちに耐えたのよ」
「……好きなのか?」
「最初に出会っていたら、そうなっていたかもしれないわ」

最初に出会っていたら?

「……他に好きな奴がいるのかな?」
「その時はいたの。でも、彼にとっては私は異性の対象ではなかったから」
「そうか」
桐山はそれ以上は聞かなかった。
「そろそろ出発ね」
美恵が立ち上がると、桐山は言った。
「佐伯は天瀬を守ったと言ったな?」
「ええ」
「今度はオレが守ってやる」
「……桐山くん?」
「オレが守ってやる」
美恵は少し驚いたが、複雑そうな表情で、それでも微笑みながら言った。
「ありがとう」














「まるで人の気配がないな。ここも違うようだ」
晃司たちは見取り図を見ながら美恵たちを探していた。
美恵たちを探したら医務設備がある部屋に移動する。
F4たちの侵入を阻止できるような防衛設備の整った部屋。
つまり緊急避難室。通称パニックルームに。
F4たちが暴走した時の場合を想定して基地内には何箇所もパニックルームがある。
「……ち、ドアにバリゲード。しかも溶接されてるぜ。これじゃあ、開く事もできやしない」
勇二は、ここも違う、さっさと行くぞとわめきだした。


「……待て、ドアの向こうから音がする」
「本当か晃司?」
俊彦がドアに耳を当てた。
「本当だ……足音がする」
美恵か!?どけっ!!」
いきなり雅信が俊彦を突き飛ばし、ドアに耳を当てた。
「……足音だ。確かに複数の足音が聞える……。15……20人か?……それに、女の足音も……。
美恵……美恵だ!!間違いない、美恵の足音だっ!!」
雅信は狂喜した。
「本当かよ?」
「……オレの耳に狂いは無い」

(……足音で美恵だってわかるなんて……ある意味、尊敬するぜ雅信)

俊彦は半分呆れ、半分感心した。
ともかく、これで美恵と再会できる。それに攻介とも。
「早く、ドアをぶっ壊そうぜ。手伝えよ、おまえら!!」
ドアが開いた。




美恵っ!!」
雅信の声が大反響した。
その声に、まだ数十メートル先にいた美恵は反射的に桐山の背後に隠れた。
「……あ、あの声……雅信?」
雅信には申し訳ないが、嬉しさより恐怖感のほうが大きかった。
だが、その雅信を背後から突き飛ばして志郎が走ってきた。
美恵っ!!」
「志郎!」
志郎は美恵に飛びつくなり痛いくらいに抱きしめた。


「会いたかった」
「ごめんなさい心配かけて」
「そうだ。もう心配かけるな。これからはずっと一緒にいるからな」
感動の再会と言った所か。
感動の再会を遂げたのは美恵と志郎だけではなかった。


「洸っ!!」
そばにいた七原を突き飛ばして光子が走っていた。
「ママ、どうしてここに?」
「バカね。心配かけさせるんじゃないわよ、このバカ息子!!」
光子は洸を抱きしめた。
(……今だったらお小遣い値上げしてって言えばしてくれるかな?)
そんな不埒な考えもちらほら脳裏に浮びはしたが、感動の再会には違いないだろう。


「鬼頭!!良かった、無事だったんだな!!それに安田も」
伊織は二人に駆け寄った。邦夫も仲のいい伊織の無事は嬉しいようだ。
蘭子は、「あんたも無事でよかったわね」と淡々としていたが。
だが、もちろん感動の再会だけではなかった。
「……なあ、理香は?姿が見えないようだけど」
昌宏の質問に生徒達は表情を曇らせた。
昌宏と理香はまたいとこだった。妹も同然だったというのに。
昌宏の質問につられるように、俊彦もまたある疑問を質問した。


「なあ、攻介はどうした?」


俊彦の質問に美恵はきょとんとなった。

「え?攻介はあなたたちと一緒じゃなかったの?」
「攻介は……」

俊彦は言いかけて言葉を止めた。
美恵の背後で秀明が、ジェスチャーで『止めろ』と合図をしたのだ。

(止めろ?攻介のことを聞くことをか。どういうことだ?)

不思議に思ったが、秀明の命令なので止めた。
「ねえ、俊彦、攻介は」
美恵が黙り込んだ俊彦に逆に質問しようとした。
「話は後だ。今はパニックルームに移動するのが先決だ」
晃司が簡単にF4たちが基地内をうろついているから、さっさと移動すると説明した。
これには誰もが賛成した。














「吉田くん、そっとしておいてあげたほうがいいですよ」
邦夫が拓海に諭すように言った。
「……でも、オレのせいで」
「あなたのせいだなんて彼もきっと思わないですから」
パニックルームに移動した後、昌宏は理香の死を知り、部屋の隅で声を殺して泣いていた。
理香と一緒にいた拓海は罪悪感を感じたが、確かに謝ったからといって理香が帰るわけでもない。
「辛いでしょうが、今はここから脱出することを考えないと。
幸い、大人の方があんなに大勢助けに来てくださったのだから。
僕達は運がいいですよ。きっと助かります」
邦夫は川田たちを救助隊のように思ってか、すっかり安心していた。
ともかく一部の者は悲しんだが、それでも非情なようだが喜びのほうが大きいのも事実。
何しろ、この絶望の最中で、やっと生き残っている者たちが全員集合したのだから。
これからは力を合わせることができるのだ。




そんな中、特撰兵士の面々は、「話がある」という秀明に連れられ別室に移動した。
「話はなんだ?他の連中に聞かれるとまずいことのようだな」
まず最初に直人が口を開いた。特撰兵士のみ集めたということは、そういうことだろう。
「他の連中というより美恵に聞かせたくないんだ」
徹が直人の質問に答えた。
美恵に?」
「ああ、彼女には……何も言ってないから」
含みのある言い方に、秀明と徹以外の者はお互いの顔を見合った。
「なあ、話の前にオレから質問させてくれよ」
俊彦だった。
「攻介とは一緒じゃなかったのか?
あいつ、まさかまだ地上をうろうろしているのかよ。心配かけやがって」




「攻介は来ないぞ。いつまで待っても攻介は帰ってこない」




「どういう……ことだよ?」
椅子にまたぐように座っていた俊彦が立ち上がった。
「言ったとおりだ。もう、攻介は二度と帰って来ない」
俊彦は秀明の言葉の意味が理解できなかった。
いや、理解できなかったというより、したくなかったのかもしれない。
だが、他の連中は、その意味がわかったようだった。


「誰にやられた?」

晶がいきなり核心をついた。

「おい、晶!おまえ、何言ってるんだ!?」
俊彦は激怒したが、晶はかまわずに続けた。
「Fシリーズにやられるなんて、攻介も油断したな」
「おい、やめろよ!!」
「Fシリーズじゃない。やったのは人間だ、銃を持ったな。急所に一発。Fシリーズ以外に敵がいるんだ」
「秀明!さっきから、何わけわかんねーこと言ってるんだ!!」
直人が俊彦の肩に手をおいた。


「俊彦、認めたくない気持ちはわかるが、攻介は」
「くたばるわけないだろ!!あいつの強さは、直人、おまえも知ってるはずだっ!!」
「俊彦、オレと徹は攻介の死体を見た。死亡確認するまでもなかった。死後硬直で、あいつは完全……」


「やめろっ!!」

俊彦は秀明の襟首を掴んでいた。




「いい加減なこと言うんじゃねえよ秀明っ!攻介が死ぬはずないんだっ!!」




【残り30人】




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