「早乙女、おまえ無事だったんだな。よかった。
千秋を助けてくれてありがとう。オレ、おまえはとっくに奴等に殺されたと思ってたんだ。
本当に良かったよ。協力して生き残ろうな」
幸雄は千秋や美恵のみならず、瞬が無事だった事を素直に喜んだ。
ろくに口も聞いた事のないクラスメイトでも、こんな状況では無事だった事が我が身のように嬉しいらしい。


だが、反比例して徹と秀明は瞬に対して疑心を抱いた。
美恵も瞬の戦闘能力には驚いてはいるが、二人とは大きな違いがある。
美恵は今だに攻介の死を知らない。その命を奪ったのがFシリーズではないことも。
相手は人間だ。銃痕がそれを物語っている。
瞬はF4の集団を一人で倒した。そんなマネは特撰兵士でも簡単には出来ない。
その簡単には出来ないことを瞬はやってのけた。
さらに瞬には単独で行動していた。つまりアリバイが無いのだ。
攻介を殺すことができる戦闘能力を持った人間。
瞬以外に犯人は考えられない。秀明も徹も少なからず、そう思った。
思ったが、物証がない。今のところ完璧な状況証拠もない。
そして、瞬には攻介を殺す動機がない、少なくても思い当たらない。
転入してきたとき、クラスメイトたちのプロフィールは一通り目を通した。
瞬の身元は完璧だった。怪しいところは何一つなかったのだ。
(もっとも、その素性は裏である人間が意図的に操作してでっち上げたものだったが)




Solitary Island―106―




「俊彦、志郎、わかっているな。相手は数にまかせて襲ってくる。
おまけにF4は恐怖感というのが他のFシリーズより欠如しているようだ。
ちょっとやそっと殺したくらいじゃ襲撃をやめないだろう。
皆殺しにする覚悟でやれ。それから、相馬、おまえも今度こそ参戦しろ」
「えーオレも?だったらいくらくれるのさ?」
晶はジロッと睨んだ。
「……わかりました。今、拒んだら報酬どころかオレの命が危ないや」
「わかっているじゃないか。おまえが物分りが良くてよかったよ」
「うん、オレって自分で言うのもなんだけど素直だからね♪」
「俊彦、すぐにドアを溶接しろ。時間を稼ぐ。こんな狭い場所でやりあったら、こっちが不利だ。
何しろ、奴等の血液は強力な酸だからな。すぐ、そばでは殺せない。下手に殺せば、こちらが危なくなる」
「ああ、わかった」
俊彦はすぐにドアを溶接しだした。もっとも、時間稼ぎに過ぎないが。
「すぐに移動するぞ」
晶たちは走った。その後方では溶接されたドアに凄まじい勢いで体当たりを繰り返す音が何回も響いた。














「……ここも壊れている。全く、科学省は基地管理を何だと思っているんだ?
ペットなんかに暴れられて、秘密基地をダメにされるなんて。
薫は全く動かないドアを手動に切り替え、何とかこじ開けた。
廊下をしばらく歩いていると、幸いな事に隼人たちと合流できた。
「立花くん!!」
「薫!!」
薫の姿を見るなり、美登利と美和が駆け寄ってきてすがり付いてきた。
「心配したのよ……もう会えないかと思った」
「バカ、二度とあたしから離れないで」
「ああ、わかっているよ。心配かけてすまない」

ふふ……全く、可愛いな。
まあ、僕に余裕がある間は守ってあげるよ。
君達は人並み以上に綺麗だし、第一財産があるのは魅力的だしね。


「薫、仁科はどうした?」
「……ダメだったよ。奴等にやられた」
薫は済まなそうな表情をした。もっとも、目は冷えていたが。
「……仁科くんにはかわいそうなことをした。僕も全力を尽くしたんだが」
「立花くんのせいじゃないわ!気にしないで」
「薫には何の責任も無い事よ。あいつが運が悪かっただけなのよ」
「でも僕がもっとしっかりしていれば……」
「立花くんは優しいのね……」
「ますます惚れ直したわ薫」
二人の少女とは裏腹に、隼人は冷めた表情で薫を射抜くように見ていた。そして言った。
「薫、次からは、ほどほどにしておけよ」
「…………」

……全部、お見通しってわけか。まったく、君は怖い男だよ隼人。














「……行き止まりか。迂回するぞ」
晃司たちは順調に進んでいたが、急遽ルート変更となった。
しばらく歩いていたときだ。T字路に出たときだ。多数の足音が聞えてきた。
「晃司、あれは」
「ルートを変えたから、途中で会うかもしれないと思っていたが早かったな」
やがて足音の主たちが姿を現した。
「……晃司!」
「どうした晶?まるで何かに追われているようだな」
「似たようなものだ。この先に実験室があっただろう。そこに篭城するぞ。奴等が集団でやってくるんだ」
「そうか。それは急いだほうがいいな」
奴等と聞いて、先ほど理香の無残な死に様を目にしたばかりの誠と雄太は青ざめた。


「走るぞ」
晃司の声も聞えない。
「早くしないと奴等が来るからな」
だが、奴等が来るという言葉には即座に反応して全力で走り出した。
そして実験室に駆け込んだ。
「溶接しろ」

あのパワーでドアに体当たりされたら溶接しても持つかどうか……。

「……多いな。数十匹はいる。多すぎて正確な数がつかめない」
マシンガンくらいは入手しておきたかったと晃司は言った。




「武器を持ってない奴は下がってろ。邪魔だ!」
直人が言うまでもなく一般生徒たちは驚愕して後退している。
やがてドアが外側から変形しだした。
「……体当たりしてやがるぜ。……くそったれめ。やれるものなら、やってみやがれっ!!」
勇二は今にも発砲しそうな勢いで銃口をドアに向けた。


「……少しまずいな」
「どうした晃司?」

「注意しろ。奴等はドア以外からも入ってくるぞ。囲まれている」
「何だと!?」
珍しく晶が驚いた表情をした。その時、殺気を感じた。
晶は背後に振り向き、「床下にいるぞ!」と叫んだ。だが、訓練を受けていない民間人に反応できるわけが無い。
そして、例え反応できたとしても、奴等の行動はそれよりも早かった。
床が盛り上がったかと思いきや、床下から現れたのだ、あのおぞましい悪魔が。
「うわぁぁぁー!!」
誠の体が沈んだ。いや、引きずり込まれた。
「し、椎名!!!」
拓海が誠の腕を掴んだ。
「た、助けて!!助けてくれ吉田!!頼むから見放さないでくれ!!」
だが、物凄い力で誠は暗闇の中に引きずり込まれる。
誠の腕を掴んでいる拓海の手が滑り出した。




誠が引きずり込まれたのと、ほぼ同時にドアが突き破られた。
「来たぞ、撃てっ!!!」
銃を持っている連中は全員引き金を引いた。はっきり言って誠にかまっている暇はない。
その間にも、誠の体は床下に飲まれ、誠は泣き叫んだ。
「ひ!よ、吉田、は、離さないで……離さないでくれぇー!
お、お願いだ、お願いだ、助けてくれ、助けてくれぇぇー!!
嫌だぁぁー!死にたくない、死にたくないー!!」
「……し、椎名」
限界だ。人間の腕力ではどうにもならない。
しかも、触手のようなものが伸びてきて、拓海の腕に巻きついた。


「な!」

何なんだ、これは!!?

銃声がして、その触手が切れた。
そして誠の姿が完全に飲み込まれ、慌てて拓海は手を伸ばそうとした。
「あきらめろ!おまえも引きずり込まれるぞ!!」
俊彦が、拓海の肩を掴み、それを制止した。
敵は銃に全く恐れを見せず襲ってくる。奴等には、引くという思考能力がないのか?
天井が歪んだ。

「天井だ!天井からも来るぞ、下がれっ!!」

直人が叫んだと同時に天井が崩れ、F4が降って来た。
奴等の数は無制限なのか!?




「クソっ!おまえたち、奴等を食い止めろよ!!」
銃撃の嵐の中、礼二はそう叫ぶと背後にある出口に向かって走り出していた。
この部屋はもうダメだ。これほどの数では殺せば部屋中酸だらけになってしまう。
ここは逃げるしかないだろう。
「いったん引くぞ。多勢に無勢だ」
全員、礼二を追うように走った。そこでとんでもないものを見た。
礼二がドアを閉めていたのだ。
つまり、晃司たちを、置き去りにして奴等の目を釘付けにし、自分だけ逃げようというのだろう。


「れ、礼二!?」
礼二の恋人である千鶴子は激しいショックを受けた。
恋人の自分も、まるでゴミのように見捨てるというのだから。
「礼二、礼二!ここを開けて!!」
千鶴子は必死になってドアを叩いた。
「お願いよ!あなた一人だけ助かろうとっていうの!自分さえよければ、他の人間は死んでもいいっていうの!?」
付き合い始めたのは礼二に口説かれたのがきっかけだった。
口説き文句は、「守ってやるから、そばにいろ」だったのに!
「うるせえ!!女の代わりなんて大勢いるけどな、不破礼二は世界にたった一人しかいないんだよ!
誰もオレの代わりなんてできやしないんだ。だからオレは生きてやるぜ!!」
「何て奴だ!!おまえ千鶴子ちゃんを裏切るのかよ!!
最低だ!オレは男は裏切っても女は絶対に裏切らないぞ!!」
純平まで激怒してドアを叩いたが、もちろん礼二には馬の耳に念仏だ。

「せいぜいオレが逃げるまでの時間稼ぎしてな」














「爆発音がしたが、おまえ何をした?」
「ああ、これさ」
薫は先ほど使ったライターほどの大きさの小型手榴弾を出した。
「数は少ないから、滅多には使えないけど、相手が大勢さんだかったから」
「あまり使うなよ。ここは野外じゃないんだ」
「ああ、わかっているよ」
薫の袖を美登利が軽く引っ張った。
「立花くん……あの、手榴弾って、そんなものが?」
「軍が作り出した最新のものだよ。僕の父が軍の関係者だから手に入れることができたのさ」
本当は父親ではなく、薫自身が関係者だからだが。
(父親は成金企業の社長だ。金はあるが軍とは直接関係は無い)


「……私、武器なんて持ってないから不安で」
「そうだね。曽根原さんのことが僕が守ってあげるから必要ないとは思うけど。
でも、万が一の場合を考えて一個渡しておくよ」
薫は一つ渡して、簡単に使用方法を説明した。
「薫、あたしには?」
美登利だけが薫にものをもらうことに美和は反発したらしい。
すぐに自分もねだりだした。薫は美和にも一個だけ渡しておいた。
「そうだ。鬼頭さんも持っていたほうがいい」
薫は蘭子にも差し出してきた。公衆の目のある場所で女一人だけを差別する男を演じるつもりはない。
ただ、それだけの理由だった。
つまらないようだが、薫は(表面上だけとはいえ)フェミニストを気取ることが彼の美学だったのだ。




「……ありがとう」
こんな時なので、蘭子も薫の好意(プレイボーイの面子といった方が正しいが)を素直に受け取った。
「薫、話はそのくらいにしろ先を急ぐぞ」
隼人はすぐに歩き出した。
「立花くんと違って氷室くんって何考えてるかわからないわ。
こっちの体力も考えずに、ただ急ぐぞの一点張りなんだもの。
少しは女の子の体のこと考えてくれればいいのに。
氷室くんみたいに丈夫じゃないんだから。立花くんの優しさの半分でもあればいいのに」
「そうね。薫は本当に優しいもの。比べて、あの彼、ちょっと冷たすぎるわ」
犬猿の仲の美登利と美和だったが、薫に関しての意見は一致していたようだ。
二人とも、隼人が聞えないと思って言いたい放題だった。


「もう、敵だって追ってこないんでしょ?立花くんが退治してくれたんだもの。それなのに、何を焦っているのかしら」
天瀬さんのことが心配なんだろ」
蘭子が二人の会話に口を挟んできた。
「はっきり言ってひとの悪口は聞いていて気分いいものじゃないよ。
自分達だけじゃ何もできないくせに陰口叩くのは止めときな」
美登利は、「何よ」と文句を言ったが、逆らおうとも思わなかった。
何しろ相手はヤクザの娘。相手にしないほうがいい。


「……あの、蘭子さん、氷室くんは、もしかして」
邦夫が蘭子だけに聞える声でこっそり聞いてきた。
「ああ、彼、彼女のことが好きなのよ。だから心配なんでしょ」
「それで急いでいるんですね。でも、どうして蘭子さんが知ってるんですか?」
「見てればわかるよ」
「……氷室くんはポーカーフェイスだし、天瀬さんとはほとんど口もきかないし。
だから、僕は全然気付きませんでしたが」
「……ちゃんと見てればわかるわよ。あの男、彼女しか見てないんだから。
転校してきてから、ずっと他の女には見向きもしなかった」














「高尾や周藤の野郎、でかい口ほざいたくせに大したことなかったな。
結局、頼りにならなかったじゃねえか。期待させやがって。
まあ、オレが逃げることが出来ただけでもよしとするか」
礼二はF4たちは全員、晃司たちに気をとられ自分は完全に上手く逃げられたと安心しきっていた。
後は、最初の予定通り、見取り図のルートにそって先を急ぐ。
そして、美恵たちと合流すればいい。そう考えていたのだ。
こんな所で、いつまでも一人ではいられないから。


「ま、悪く思わないでくれよ。オレも死にたくないんでね」
ボトっ……と、何かが肩に落ちてきた。
「……何だぁ?」
手を伸ばすと、何だかベトっとしたものが肩にくっついている。
粘っこくて、透明な、謎の液体。
「……なんだ、これ?」
すると、またボトッと落ちてきた。
今度は首筋に……だ。さらに、何かの呼吸音のようなものが上から聞えた。
「…………」
礼二の顔から、急速に血の気が引き出した。

「……ま」

まさか、その一言が出ない。
だが、その何かの呼吸音はさらに大きくなり、さらに謎の液体もボトボトと落ちてくる。
礼二は恐怖に満ちた目をこれ以上ないくらい拡大させて天井を見上げた。


「うわぁぁぁぁー!!」


F4が一匹、天井にへばりついて、涎をたらしながら礼二を見ていた。
そして、礼二の悲鳴が終わらないうちに牙をむき出し飛び掛ってきた。
礼二の感情は『恐怖』を最後に途絶えた。
感情だけではなく思考も何もかも。


――残されたのは血の海だけだった。




【残り30人】




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