「……早乙女くん、心配してたのよ。私に輸血してくれた後、姿を消したって聞いたから」
「…………」
「お礼遅くなったけど助けてくれてありがとう。それに、また助けてくれて……」
「…………」
「差し支えなかったら教えて。どうやって、この地下基地に入ってきたの?
それに銃もどうして持っているの?……あなた腕も凄いし……」
美恵の質問に瞬は何も答えなかった。


(……計算外だった)

この基地に入ってすぐにF4に襲われた(返り討ちにしてやったが)
ほとんどは殺してやったが、逃げた連中がいたので追いかけた。
その逃げた連中は『巣』に戻ったのだ。
そこで悲鳴が聞えた。女生徒が集団で襲われている。
無視してやろうと思ったのに、鉢合わせしてしまい、結果的には助けることになってしまった。
ただ美恵が襲われるのを見た瞬間、反射的に体が動いていたのも事実だ。
瞬は決してそれを認めないだろうが。


「とにかく話は後でしましょう。今はここを離れないと。他にも大勢いるかもしれないから。
早乙女くん、これからは私達と一緒にいましょう」
「オレは……」

冗談じゃないが、口にするわけにはいかない。


天瀬!!」
美恵!!」

美恵を呼ぶ声がした。


「桐山くんや徹たちだわ。安心して早乙女くん、仲間は大勢いるの」
「仲間?高尾……か?」
「晃司とは別行動よ。でも秀明がいるわ」

(……秀明が!?)

瞬の体がガクッと沈み、その場に座り込んだ。


「早乙女くんっ!!」


俯いて動かなくなった瞬に美恵は焦りを隠せなかった。




Solitary Island―105―




「……戦力は4人。後は役立たずか」
晶は冷静に分析していた。

(……数は……10、11……15匹程度、か)

「晶、あいつらはどうする?」
俊彦はいざ戦闘になった場合を想定して一応確認してみた。
だが、晶とも短い付き合いというわけではない答えはわかっていた。
「気にするな。死ねばそれまでだ」
「……そう言うと思ったぜ。おまえシビアだからなぁ」
俊彦は憐れな民間人たちを見渡した。
「おい、おまえたち」
憐れな民間人たちが俊彦を見た。


「いいか、よく聞け。死にたくなかったら、オレが合図をしたら全速力で走れ。
あのドアだ。あそこまで50メートル弱。入室したらすぐにドアを閉めろ。
いいか、多分敵はオレ達をまず襲う。おまえたちには最初は目もくれないだろう。
その間に逃げろ。オレたちは守ってなんかやれないから自分の身は自分で守れ」
全員、オロオロしだした。ただ一人隆文だけは違った。
ガクガクと震えてはいるが、「じ、じじ自分たちだけ真実の目撃者になろうというのか?」とわけのわからないことを言い出している。

もしかして、ついにいっちゃったのかよ?

「な、なあ……」
純平が震えながら口を開いた。
「も、もしかしてさぁ……今、メチャクチャやばい状況?」
「……ああ、すごくな」
純平はその場にペタンとシリモチをついている。

(……まあ、民間人の温室育ちならしょうがないか)




「話はそこまでだ」
晶が低い口調で言った。
「来るぞ」
その言葉を合図に暗闇から無数の物体が襲い掛かってきた。
「今だ、逃げろっ!!」
俊彦が叫んだ。
「うわぁぁー!!」
あれほど真実の目撃者とかわめいていた隆文が真っ先に猛ダッシュしていた。
しかも、普段の体育音痴が嘘のような猛スピードであっと言う間に部屋に飛び込んでいる。
シリモチをついていたはずの純平も挽回するように全力で走った結果二番目に部屋に突入。
次に瞳、そして康一も転びながら部屋に飛び込んでいた。


「千鶴子ちゃん早く早く!!」
純平が必死に手を振っている。ところが、逃げ出した彼等に気付き、化け物の一部が追いかけてきた。
その恐ろしい姿にびびった千鶴子は思わず転倒。
「あ、危ない!!」
純平は千鶴子に駆け寄り、手を取って立たせると、また走り出した。
「は、早く!!」
だが、ダメだ。追いつかれる、この突進力、とてもじゃないがかなわない!!
パンっ!乾いた音がして、その化け物たちが頭から血を流して倒れた。
「ほらほら、早くしないと」
洸だった。とにかく、三人は部屋に入り、ドアを閉めた。

「そ、相馬……おまえ、戦うんじゃなかったのか?」
「オレ、戦うなんて一言も言ってないよ♪」

















「早乙女くん、どうしたの!?」
瞬を揺さぶったが、まるで反応が無い。
懐中電灯の光が見えた。そしてドアの穴から桐山たちが姿を現した。
天瀬、無事だったんだな」
「桐山くん」
美恵、心配したよ!」
徹が駆け寄るなり美恵を抱きしめた。
「……徹、痛いわ」
「君が心配させるからさ。それより……」
徹は真剣な表情で、懐中電灯で部屋を照らした。


「……何だい、この死体の山は。まさか、君がやったんじゃないよね?」
「……こいつらは彼が。彼が私たちを助けてくれたのよ」


「……彼?」
徹は瞬を照らした。
「……早乙女。どうして、彼がここにいるんだい?」

あの時、ふいに姿を消してから行方不明になったから、てっきり死んだとばかり思っていた。
第一、Fシリーズを民間人が一人で片付けた?

「銃まで持っているし、どういうことかな?」
「……拾っただけだ」
瞬が立ち上がった。

(……何、どういうこと?……雰囲気がさっきまでの早乙女くんと違う)

美恵はその違和感に気付いた。何かが違っていた。




「拾っただって?」
「この施設の中を当ても無く徘徊していた途中で発見したのさ。
こんな時だ。武器は必要だろう。だから持って来た」
部屋の外が騒がしくなってきた。どうやら、他の仲間も来たようだ。


「千秋!!無事なのか千秋!!」
「お、お父さん!!お父さん、ここよ!!」

千秋の声を聞きつけ、七原が部屋に飛び込んできた。


「良かった無事だったんだな」
七原は千秋を抱きしめた。
「怪我はないか?本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。天瀬さんと早乙女くんが守ってくれたから」
「そ、そうか。ありがとう」
七原は娘の無事が全てだったらしく、それ以上のことは詮索する気にはなれなかった。
一時的とは言え、徹の質問が中断して内心ホッとしていた瞬だったが、ドアの向こうから、もう一人現れた途端に目つきが変わった。


美恵、無事だったみたいだな」
「秀明」

秀明が美恵のそばまで来て、軽く頭をゲンコツで叩いて、「二度とするな。無謀だぞ」と言った。
「ごめんなさい」
「もういい。それより……」
秀明がチラッと瞬を見た。
「なぜ、貴様がここにいる?」
「……おまえたちがここに来ただけだ」
「秀明、早乙女くんは私を助けてくれたのよ」
秀明は部屋中の死体を見つめた。
「おまえがやったのか?」
頭部に一発。無駄の無い殺しだ。

「おまえ――何なんだ?」














ドアの向こうで銃声と悲鳴が聞える。洸以外の者たち全員床に座り込んで耳を押さえていた。
それほど恐ろしい絶叫だったのだろう。やがてシーンと静まり返った。
「……終わったようだね」
洸がドアを開くと、三人が部屋の前に立っていた。
「ご苦労さん」
「……おまえ、なぜ逃げた?」
「なぜって瀬名が逃げろって行ったから」

確かに言ったけど、おまえ銃持ってただろ?戦うつもりはないのかよ?

「急ぐぞ、数匹逃げた。おそらく仲間を連れて戻ってくる。今のうちに移動しておかないと後々厄介だ」
晶を先頭にまた歩く事になった。
あんなことがあった後だ、普通の生徒はたまらない無いだろう。特に女生徒は。
いつもは明るくて能天気な瞳も黙って俯いている。さらにヤバイくらい蒼白くなっている奴もいた。
「…………っ」
隆文だ。ぶつぶつと小声で何かを繰り返し呟いている。
「隆文」
「…………っ」
「隆文」
名前を呼んだくらいでは振り向きもしない隆文の肩に康一はポンと手をおいた。


「うわぁぁー!!」
途端に隆文は絶叫。康一を突き飛ばした。
「オ、オオレを殺しても真実は曲げられないぞぉー!!オレは決して政府に魂を売ったりしない、そうだろモルダーっ!!」
「お、落ち着け隆文!」
「……なんだ康一か。てっきり謎の未確認生物かと思ったじゃないか」
隆文はずれかけた眼鏡を人差し指で直してフンと息巻いた。
そして、前を見た瞬間思わず猛スピードで3歩後ずさりした。
(康一にぶつかり、後ろ向きに転んだ)
それでも尚、恐怖に満ちた目で前を直視している。志郎が銃を向けていたからだ。


「うるさい。敵の強襲かと思った。今度意味無く叫んだら撃つぞ」
「……よせよ志郎」
俊彦が、「銃をやたらとひとに向けるなって習わなかったか?」とたしなめた。
「誰も言わなかった。撃たれる前に撃てとは教えられたが」
「はいはい、わかりました」

はぁ……本当に純粋というか融通がきかないというか。

「ほら立てるか?悪かったな志郎が悪さして」
俊彦は隆文に手を差し出したが隆文は、その手を取ろうとしない。
「どうした?」
それどころか疑りの目で俊彦を凝視している。




「……腹を割って話そうじゃないか瀬名。おまえたちは一体何を隠している?」
「何だって?」
「誤魔化そうとしても無駄だ!オレはついに真実にたどり着いたんだ!!
この島は政府が裏で行っている秘密実験場なんだろうっ!!」
俊彦の目つきが変わった。

(……こいつ、結構鋭いじゃないか)

「いいか国民には知る権利がある!!どんなに隠したって真実は隠し通せないんだ!!」
俊彦は思った。まずい、これ以上変なこと言ったら晶が口封じに殺しかねないと。
晶は何も言わずに、こちらを振り向こうともしなかったが確実に聞いている。
「オレは全てを公表するぞ!!真実の為なら死んでも悔いはない!!
怖いのは死ぬことじゃなく、恐怖という見えない敵に屈することなんだからな!!」
(……まいったな)
俊彦は晶に近づき小声で言った。


「……おい、いいのか?あいつまずいんじゃないのか?」
「ほかっておけ。確かに勘はいいが、あいつの場合ネジが一本ずれているから警戒する必要も無い」
「いいのかよ?」
「ああ、最後まで話を聞けばわかる」
隆文はさらに熱弁をふるった。
「オレは知っているぞ!!空軍基地で起きた大規模なテロリスト篭城事件!!
あれは政府がでっちあげた嘘だ!!本当は空軍の戦闘機がUFOと接触して墜落したんだろう!!」
「……はぁ?」
空軍基地で起きたテロ事件って確かテロリストNが基地を占領したあの事件だよな?
攻介が基地を半壊させた(表向きはテロリストが破壊したことになっているが)




「政府は異星人の死体からDNAを採取して、この島で培養させブラックオイルを作り出したんだろう!!」
(ブラックオイルとはⅩファイルに何度も登場するオイル型異星生物のことである)
「……あ、あのなぁ」
「オレにはわかる!!モルダーが求めていた真実がここにあるんだ!!」
俊彦は晶がほかっておけと言った意味を思いっきり理解した。
隆文はこの異常な体験をⅩファイルの実体験中くらいに思っているらしい。


「……隆文……おまえ、いい加減に変なこというのはよせ……。
友達として警告しておいてやる……おまえが言っていることは、単なるマニアックな妄想だ。
もっとオカルトとかホラーとか現実味のあることに目を向けろ……」
「何だと康一?いいか、モルダーは言ったんだ。政府は異星人の存在を隠していると。
いや、隠しているどころじゃない。異星人による地球人拉致を黙認している。
自分たち一部の人間だけが来るべき地球植民地化において助かる為に。
その為に、同胞である国民を奴等に売っているんだ。モルダーは命をかけて政府と戦った。だからオレも最後まで戦うぞ」

……何とかしてくれよ、こいつの頭。
オレは志郎の面倒だけで手一杯なんだ。

「……俊彦」
「なんだよ晶」
「近づいてきている。どうやら、さっき逃がした奴らしい」
「……マジかよ。あれからまだ五分もたってないじゃないか」
「予想外に素早かったな。犠牲者もでるかもしれないぞ」
「……よしてくれよ。縁起でもない」














「……おまえ、何なんだ?」
「……言ってる意味がわからない」
「秀明」
美恵が心配そうに秀明の袖を掴んだ。
「……美恵」
それから瞬が美恵の輸血をしてくれたことを思い出した。
「おまえは美恵の命を助けてくれたんだったな。だったら、オレは礼を言うべきなんだろうな」
「おまえに言われる必要は無い」
「いや、美恵はオレの妻だ。だから言っておく」
「……何だと?」
途端に瞬の顔色が変わった。


美恵はオレの妻だから、守ってやるのは本来オレの役目だ。それを代行してくれた相手には礼をいうのが筋だろう」
「…………」
瞬は、やや驚いた表情で美恵を見詰めた。
美恵は困ったように目をそらした。

(……秀明が美恵の相手?)

わかっていた。晃司では美恵の相手は出来ない。
だから秀明と志郎しかいない。だったらより優秀な秀明が選ばれるだろうとわかっていた。

(……皮肉なものだな。オレは失敗作、そして、おまえは芸術品、か)


――同じ血を持って生まれたはずなのに、おまえは全てを持っている。




【残り31人】




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