「電気くらいつけばいいのに。今、敵に襲われたらひとたまりもないわ。懐中電灯だけじゃあ足元が不安定よ」
「そういうな相馬。あまり滅多なことは口にしないほうがいいぞ。見ろ、ガキどもが不安そうな顔してみてるじゃないか」
川田は小声で光子をたしなめた。
「何言ってるのよ。こういうときこそ、はっきり言ったほうがいいわ。
あたしの息子は、もっと悲惨なこと言っても全く応えないわよ」
光子にとって中学生の基準は洸なのだ。
「おまえさんの遺伝子持っている坊やと一緒にするな。今はメインコンピュータのある司令室を探して動きが取れるようにすることだ。
その前に、他の子供たちも捜さないとな」
静寂だった。その静寂の中、突然サイレンのような警告音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」


『警告します。この建物は封鎖します。地上に出たい方は一分以内に非難してください』


はるか背後でドアが自動的にしまる音がした。
「……ど、どういうことなんだ!!三村、杉村!!」
川田の叫び声に二人は同時に反応して走り出した。
ドアを閉められては、いざというとき地上に出ることが出来なくなる。なんとしてでも阻止しないと。
だが、二人が走り出したと同時に、今度は建物全体が激しく揺れた。
「きゃぁぁー!!」
少女の叫び声に川田は声の方に視線を送った。先ほどの揺れで、階段を踏み外し落下している。
「……ち、千秋!!」
七原と幸雄が慌てて階段を駆け下りていた。




Solitary Island―103―




「……さて、と。まず最初にやるべきことはわかっているかい隼人?」
「基地のパスワードを手に入れる。多分、最終フロアーに入るのに必要なはずだ」
「だろうね」
薫はチラッと後ろを振り向いて、オドオドしながらついてくる5人を見た。
「で、あの5人の民間人はどうするんだい?まさか、本気で守ってやろうなんて思ってないよね。
僕はともかく、勇二は絶対にそんなことしないよ」
「おまえは守ってやろうと思っているのか?」
「もちろんだよ。それなりにね。曽根原さんは大切な友人だし。
美和も、ああ見えて僕に首っ丈だ可愛いものだよ。だから、守ってあげるよ。まあ、あきるまでは」
「おまえが欲しいのは、あの二人の財産だろう?」
「財産も彼女たちの一部だよ隼人」
薫は美しいくらい歪んだ笑顔で、そう答えた。


(……余裕があれば薫はあの二人は守るだろうな。
だが勇二には期待できない。仁科と安田と鬼頭はオレ一人で何とかするしかない……か。
もっとも、オレにも、いつまで三人を守ってやれる余裕があるかわからないが)


背後では邦夫が必死に「ら、蘭子さんは必ず僕が守りますから」と健気に頑張っている。
もっとも、すでにガクガク震えてはいるが。
「……ストップだ」
隼人が足を止めた。前方にはロックされたドアがある。ドアには何か警告文のようなものが書かれていた。
ドイツ語だ。科学省はドイツ語を母国語の次に多く使用していたから。

(……『F4飼育エリアにつき関係者以外立ち入り禁止』……か)

隼人はチラッと後ろを振り返った。薫と勇二はいいが、他の五人には死刑宣告も同然だろう。
だが隼人は、このエリアに入ることを即決断した。
非情だが、甘い考えで立ち止まっている余裕はない。














「……大原」

拓海は足元に横たわってすでに冷たくなりかけている理香を見て呆然としていた。
自分のミスだ。もっと周囲に気を使ってやっていれば……。




先頭をあるいていたのは晃司だった。その後を、直人と雅信が続いていた。
礼二は逃げられないように直人がしっかり監視していた。
晃司は任務しか頭にないし、雅信も一般生徒を守ってやろうというつもりはない。
そんな状況で、ふいに晃司が言った。


「……背後に二匹いるぞ。注意しろ」

しんがりで歩いていた拓海はハッとして振り返った。だが何もいない。

「高尾、脅かすなよ。冗談はやめ……」


やめろよ。皮肉めいた口調でそういってやるつもりだった。
だが高尾はさらに言った。


「どこを見ている天井だ」


拓海の表情が安堵から一気に恐怖へと変貌した。
天井を見上げようとした拓海だったが、隣にいた理香が「……う!」と呻き声を出した。
その声に反射的に理香を見た。
理香の口の端からつー……と赤い筋が首まで流れ、床にポトッと赤い点がついた。
「……大原っ」
次に拓海が見たものは、理香の左胸がメキメキと音をたて、何かが貫いたグロテスクなシーンだった。

「お、大原っっ!!」

思わず後ずさりしかけ、バランスを崩し倒れる拓海。
その時、見たのだ。天井に見たこともないモンスターが二匹張り付いているのを。


「うわぁぁぁー!!」
最初に悲鳴をあげたのは誠だった。その顔は恐怖を通り越して発狂の域まで達している。
「UMA……UMAだぁぁーー!!しゃ、写真写真……写真とらないとっっ!!カ、カメラ……!!」
雄太は別の意味で興奮していた。

「どいてろ」

晃司が三人を押しのけて、そのモンスターに飛び掛っていた。
理香を殺した奴は晃司を敵と認識。理香に突き刺していた尻尾を抜くと、晃司に飛び掛る。
理香にしたように、その鋭い尾で晃司を串刺しにしようとしてきた。
もちろん、晃司はそれを避ける。尾は避けたが、モンスターは勢いに任せて晃司に飛びついてきた。
そして、口を大きく開く。鮫のように歯が何十にも並んでいるのが見えた。




「晃司!」
モンスターが晃司の首に噛み付いた……ように見えた。
「……口を閉じきらなければ牙なんて役立たずだ」
晃司は両手で、モンスターの上顎と下顎を掴んでいる。
モンスターの顎の力は協力なはずなのだが、晃司の腕力のほうが上だったようだ。
晃司は右足を少し上げると、モンスターの鳩尾に思いっきり蹴りを入れた。
モンスターが数メートル飛んでいく。間髪いれずに発砲した。モンスターの頭がふっ飛ぶ。
それを見たもう一匹が激怒したのか晃司に向かってきた。


晃司は背面飛びでモンスターの背後に着地した。
そして懐からピアノ線を出すと素早くモンスターの首に巻きつけ一気に引いた。
くっ!とうめいてから、カクッと頭をたれる。
晃司は、その死体を蹴り飛ばすと念のためか、その頭部に発砲した。
直人と雅信は平然とした表情で、他にそいつの仲間がいないか確認の為周囲を見渡している。
誠だけが今だに叫び続けていた。雄太も拓海もショックを受け、黙り込んでいるというのに。
ショックとは理香が死んだことだけじゃない。ショックというより衝撃だったのだ。
何しろ、そのモンスターから流れた血液(赤くは無かったが)が床を溶かしていたのだから。


「……な、なんなんだ、こいつは」
「死体に近づくな。そいつの血液は強力な酸だ。触れたら火傷するぞ」

直人が忠告してくれたが、忠告なんてされなくても触れる気にはなれない。
ややショックから立ち直った拓海は理香に駆け寄った。
心臓を貫かれたのだ。生きているわけがない。
それでも、はっきり確認しなければ、それを認めたくなかったのだろう。

「大原!」

理香はピクリともしなかった。助かるわけは無い。
だが、少しは反応があると思っていたのかもしれない。完全には死んでいないと。
でも理香は動かない。まだ温かいのに。

「……オレのせいだ。一番近くにいたのに守ってやれなかった」

拓海はガクッと座り込んだ。そんな拓海に晃司は冷淡すぎる口調で言った。

「先を急ぐぞ」














「晶、美恵や攻介たちとはいつ合流できるんだ?」
俊彦は仲間のことは一切口にしない晶の態度に業を煮やしていた。
美恵は、きっぱりあきらめたとはいえ初恋の人。攻介は大切な戦友だ。
「さあな。縁があれば、そのうち会えるだろ」
晶の答えは実に淡々としていた。
「おまえは美恵のこと心配じゃないんだな。オレはおまえももしかしてと思っていたときもあった」
「何の話だ?」
「おまえは、あの時、あいつらを皆殺しにしろといいだした徹の話に乗ったから」
かつて美恵を苦しめた連中に俊彦たちが壮絶な復讐をした時、晶もそれに加わった。


「おまえ、あの時オレが言った事忘れたのか?あんな連中を生かしておいては将来軍のためにならない。
だから、オレは先行投資のつもりで、徹の復讐劇に手をかしたんだ」
「……そうかよ」

そうだよな。この冷淡な男が女の為に無償で危険な行為をするはずがない。
よくよく考えたら、晶が誰かに恋するなんて、とてもじゃないが想像できない。

(……もっとも、誰かれかまわずに恋するような奴も問題だが)
俊彦は呆れたようにチラッと背後に振り向いた。




「千鶴子ちゃん、疲れてない?ほら、オレがおぶってあげるよ」
「……え、でも」
「ほら、いいからいいから」
「……いいわよ」
純平が笑顔で千鶴子に愛想振りまいている。
「……あなた、どうして私にそんなによくしてくれるの?」
「え?どうしてって……やっぱり好きだからかなぁ?」

(……よく言うぜ。オレ、転校してきてから、何度同じ台詞聞いたか。
しかも、あの女は出会ったばかりで、その上、不和の女じゃないか)

礼二が醜態をさらして事実上破局になったとはいえ、すぐに次の男とはいかないだろう。
人間なんて、そんな単純なものじゃない。まして、この危険な状況では尚更だ。
そう、思いながらも、例え冗談半分とは言え、あれだけ好きだと連発できる純平が俊彦は少しだけ羨ましかった。

(ほんと……幸せな奴だぜ。オレも少しは見習いたいものだ)

そこまで考えて俊彦は全身に電流が走るような感覚を覚えた。


「晶!!」
「……おまえも気づいたか?」


「……ああ。囲まれているぞ。いつの間に?」
二人の会話に志郎が割り込んできた。
「三十秒前だ。おまえ鈍いぞ俊彦」
嫌味としか思えない言葉だが、志郎には全く悪意はない。仮にあったとしても腹を立てる余裕など全く無い。
「……んー、何だか大勢さん御出迎えだね。これは困ったな」
洸が懐から銃を取り出して、そう言った。

「……おまえ、何者だ?」

晶の口調が低くなっている。


「……おまえは普通の民間人とはあきらかに違う。一体なんなんだ?」
「オレ?オレはちょっと繊細で傷つきやすい、ただの美少年だよ♪
何者って言われても、オレは周藤に大人しくしたがっているからいいじゃないか。
長いものには巻かれろって、ね。周藤が強いうちは周藤の下にいるつもりだよ」

洸はニコっと笑みを見せた。














「千秋、千秋!!」
千秋は全身に痛みが走るのを感じた。ほんの一瞬だが、意識が飛んでいたようだ。
(……あたし、階段から落ちて)
千秋は辺りを見渡した。真っ暗でよく見えない。
上を見上げると、懐中電灯の光が見えた。
「千秋、大丈夫か!?無事なのか、返事しろっ!!」
「お、お父さん!!助けて、お父さん!!」
千秋の声。よかった無事なようだ。
「お父さん、暗いわ、何も見えない!!」
「大丈夫だ。すぐに助けるから安心しろ」


懐中電灯を持ってない千秋には自分が今いる場所がどこかなんて、全くわからなかった。
千秋は階段から落ちた。そして床に叩き付けられたのだ。
幸い、そう高い位置ではなかったこと、打ち所が良かったのか一時的に気を失っただけ。
ただ千秋は床に落ちたとき、その床に小さな穴があって、その中にさらに転がり落ちていたのだ。
中学生の女の子一人がやっと通れるような穴が。
あまりにも不自然な、その穴は、晃司がモンスターを殺した際に出来た血液によって溶けたものと酷似している。
もっとも、そんなこと千秋にも七原にも知る良しもなかったが。
そのような理由で千秋は、床に空いた穴を通して一階下まで落ちてしまったのだ。
「待ってろ、すぐに降りるから」
七原は穴から下に降下しようとしたが、片足しか入らない。
「父さん、オレが行くよ」
だが、幸雄もサイズが大きい。




「二人とも無理するな。その穴、それ以上大きくならないのか?」
川田は道具を取り出した。
「床を焼ききって穴を広げる。どいてろ」
溶接具で穴をさらに広げる川田。

「何か近づいてくるぞ」

静かな声が静寂の中響き渡った。


「一匹じゃない……複数だ。今、この下にいる」


桐山だった。そして『下』とは、もちろん千秋が今いる場所だ。
七原と川田の顔色が変わる。


「確かに近づいてきているな。二匹、三匹……七匹ほどいる」

桐山の言葉を証明付けるように秀明が言い放った。
「……川田」
七原の声に明らかに焦りが出だした。

「……わかってる」
「川田っ!」
「わかってる!!」
「早くしてくれ!!」
「ああ、わかってる!!」

七原は必死になって娘を懐中電灯で照らした。

「大丈夫だ千秋。いいか、すぐに助けてやるから、そこを動くな」
「……うん」


「遅かったな。もう、内海の背後に来ている」


桐山の、その言葉が終わらないうちに千秋の叫び声が。


「千秋っ!!」


七原は川田を押し飛ばすと、その穴に上半身を突っ込んだ。
照らした懐中電灯の光の中には何も無かった。
数秒前までいた千秋がいない。影も形も全く無い。




「くそぉ!!」
七原が半狂乱になった。川田が羽交い絞めで無理やり引き上げる。
「落ち着け七原!!」
「まだ生きている!!助けるんだ、まだ千秋は生きているっ!!
殺すつもりなら、今殺したはずだ!!でも奴等は攫っていった!!
すぐには殺さないんだ、千秋はまだ生きている、生きてるんだっ!!」
「ああ、そうだ。おまえの娘は生きている。だが、今のおまえに何が出来る!?」
七原は思わず息を呑んで川田を見上げた。


「冷静になれ。でないと助けることも出来なくなる」
「……クソっ!」
「とにかく下の階に急ぐんだ。この穴からじゃあオレたちではサイズが小さすぎて降りられない。
階段を探して、そこから行くしかない」
「そんな回り道をしていたら千秋を見失うじゃないか!!」

「どいて、私が行くわっ!!」

川田と七原はハッとして声の主を見上げた。

「私は内海さんと同じくらいの体型よ。私なら、その穴を通れるわ!!
早く、そこをどいて。でないと手遅れになる!!」

美恵だった。


「冗談じゃない!!オレは反対だ!!」
徹が即座に反対したが、その言葉を無視して美恵は穴に飛び込んだ。

美恵っ!!」
「私のことが心配なら、他の通路を探してここまで来て」


それだけ言うと美恵は暗闇の中に消えた――。




【残り32人】




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