「……奴はどこにいるんだ?」
宇佐美は苛立っていた。正直、怖くて怖くて仕方なかった。
自分への憎しみを意図的に植え付けられたⅩ6の存在が。
「……正体さえわかれば……晃司たちを使って」
疲れていた宇佐美はデスクの隅に置いてあった書類を落としてしまった。
「……全く忌々しい」
そっと手を伸ばす。それは晃司たちのクラスに関する資料だった。


「……ん?」
生徒一人一人の顔写真付のクラス名簿。
「……ひ」
数人の生徒の個人情報が目の前に散らばっている。
その中の1人に宇佐美の目は釘付けになっていた。
「……あ、あぁ……っ」
ガタガタと震えだした。
「ま……さか……」
震えながら手を伸ばし、その書類を汗で滑る手で掴む。
「……天瀬……天瀬瞬?」

数十年前死んだはずの男によく似た少年がその写真の中にいた――。




Solitary Island―102―




「な、菜摘……菜摘、菜摘が……っ」
誠は目の前で恋人に死なれかなりのショックを受けていた。
もちろん女生徒たちも同じだ。
菜摘に対して大して感情をもってなかった男子生徒たちも少なからずショックを受けている。
もっとも、そのショックは『いつ自分が同じ目に合うかわからない』というもの。
菜摘本人に対する同情より、自分への気持ちが大きかった。


もちろん特撰兵士たちは、クラスメイト1人死んだくらいでは顔色を変えない。
ただ隼人が勇二に小声で「おまえが軽率な行動をとったからだ。今後は注意しろ」と言った。
もっとも、注意した程度で勇二は全く反省などしない。

「あの女がさっさと攻撃に気付きよければ済んだ事だ。
それが出来ない奴は今死ななくてもいずれ死んだ。オレのせいじゃない」

勇二は悪びれずにそういいきったのだ。
誠はその冷たい言葉を聞きながらも、勇二に口答えなど恐ろしくて出来なかった。
動揺するクラスメイトたちを余所に晃司はメインコンピュータを再び立ち上げた。
もちろん侵入者攻撃プログラムは解除して。
メインコンピュータはこの地下基地全てのコンピュータの源。
よってこれが落ちていると全てのコンピュータから照明にいたるまで電源オフのままなのだ。

「メインコンピュータのデータをダウンロードしたらすぐに下に行こう」

膨大なデータだ。時間がかかる。




「隼人、話がある」
晃司だった。
「何だ?」
「この人数で動くのはかえって行動しにくい」
確かに、20人以上がダンゴ状態になっていてはいざという時動きが取れない。
第一、この先何があるかわからないのだ。
「地下……15階、しかも一階一階のフロアーが無駄に広い」
しかも地下10階のレッドゾーン……これが気になる。
「少し待っていろ」
隼人はキーボードに指を滑らせた。


「……地下10階までの各階のドアが、いくつもロックされているな。
ロックというより……壊れて動かなくなっているようだ。それに、このプログラムは……」
隼人は表情を険しくした。
「どうした?」
晃司の問いに答えずに隼人はチラッと後ろを振り返った。
菜摘の死体をクラスメイトたちが囲んでいる。こっちは……見てないようだ。好都合だな。
「これを見ろ……晶、直人、おまえたちも来い」
隼人は特撰兵士たちだけを集めた。
「オレたちを殺してまで排除しようとして侵入者攻撃プログラムだが……」
そのデータを見て、全員眉を寄せた。




「……どういうことだ?」
一番最初に声を出したのは俊彦だ。
「へえ……君にもわかったのかい、これがどういうことか?」
薫が皮肉を込め、そう呟いた。
「嫌味を言うな薫。それどころじゃないだろう?」
確かにそれどころじゃなかった。
「……侵入者攻撃プログラムだと思ったが違うな」
晶が珍しく声を抑えたそういった。
「これは侵入者を攻撃するというより……『内部から脱走者を出さない為のプログラム』だ」
全員、晶の意見に賛成だった。


「基地になにか異常事態が起きた場合、基地全体がロックされる。
『何か』を外に出さないようにする為にだ。
侵入者を攻撃したのは、侵入者が封印を解く事によって、その何かが逃走するのを阻止する為。
……ふざけた話だ。つまりオレたちは、その『何か』の為についでに命を狙われたということになる」

そうだ。コンピュータのターゲットは侵入者ではない。
この基地から出ようとする『何か』。

「……だが、これで話は見えてきたな」

直人が冷たい口調で言い放った。仕事をするときの直人はいつもこういう冷たい口調になる。
俊彦は思った。マジになったってわけかよ直人――と。




「科学省がこの島と連絡が途絶えて焦っていると聞いていたが。
実験動物が暴走して、科学者たちは全滅した……と、いうことだな。
だがメインコンピュータが自動的に本部にデータを送り続けていた。
その為、何があったのか、科学省は知っていたはずだ。そうだな晃司?」
「ああ、そうだ。Fシリーズが暴走した。だからオレ達は後始末に来た」
「後始末……か。本当にそれだけなのか晃司?
科学省はプログラムに参加させるべき生徒たちを全員死亡とでっちあげた。
そして、この島に『エサ』として送り込んでいたんだ。
処分するべき実験動物にわざわざエサを送り込む飼い主がいるのか?」
「オレが処分を命じられたのは上にはいない。
連中が外に出る前にコンピュータが全てのドアをロックして閉じ込めた」
「そうか、道理で上にはF3以下しかいないわけだ。
つまりF4はこの下に眠っていてオレたちが来るのを待っている。そういうことでいいんだな晃司?」
「ああ、そう思ってくれてかまわない」
「F4は凶暴な猛獣だ。あの民間人たちは時間の問題だな」
直人は冷たく言い放った。
直人が特別非情ではなく、全員が思っていることを代弁したまでのことだ。


「10階に行くまで何人残るかな?」
薫はクスクスと笑ってさえいる。
「よせよ薫」
俊彦が表情をゆがめた。
「それよりさぁ、何だよ、このレッドゾーンって」
「ある生物の実験および居住エリアだ」
「ある生物?」
「F5だ」














『……アレはまだ眠っておるのか?』
『はい博士』
『起せ……次のステップに進むぞ』
『しかし、先ほどの実験で気を失ってまだ……』
『かまわん……すぐに起せ。時間が勿体無い。
高尾晃司たちを殺せるのはアレしかおらんのだ』





「……忌々しい」

死に損ない。ガキの頃からずっとそう思っていた。
年寄りだが、実際の年齢より老けて見えた。
猫背で、醜いシワだらけで、何より目が異常なほどギラギラしている。
その醜い男が下等生物をみる目をずっと自分を見ていた。
お望み通り、Ⅹシリーズは殺してやるさ。だが、それは貴様の命令だからじゃない。
オレ自身の理由の為だ。
科学省を潰すためには、奴等は邪魔者、だからだ。
その為には、まず、あいつらに会わなければならない――。
瞬は半分溶接されているドアを力任せに開けた。中から異臭がする。思わず鼻と口を押さえた。


(――いる)

暗闇の中、ゆっくりと何かが動いている。

(1、2、3……随分と大勢さんだな、囲まれている)

足元を見ると、卵のようなものがあった。
すでに誕生しているようで、中身は空だ。

(気配は感じるが見えない……位置を把握しきれない)
瞬は赤外線スコープを装着した。
(……いない。まさか、赤外線でも見えないのか?)
そう思った瞬間、背後から何かが覆いかぶさってきた。

「……っ!!」














「三つのチームに分かれて行動してもらう」
大勢でいたほうがいい、戦闘経験のない一般生徒たちはそう思っていた。
だから、突然少人数にという意見に涙ぐむ者さえいる。
「み、みんな一緒にいたほうが……」
邦夫が(こんな時だというのに律儀に手を挙げて)意見した。
「下に行くルートはいくつかあるが、それが全て安全だという保証がないんだ。だから分かれる。
いざというとき損失を最小限に抑えられるだろう?一つのチームが全滅しても、残りの二チームは無事だ」
その冷たい言葉に隼人が「脅すな晶」と、言った。もちろん晶は反省も後悔もしていないが。


「時間がないから適当に決めるぞ」
そして本当に適当に決まってしまった。
隼人、薫、勇二、美和、美登利、悟、邦夫、蘭子。
晃司、直人、雅信、礼二、理香、誠、雄太、拓海。
晶、俊彦、志郎、洸、瞳、千鶴子、純平、康一、隆文と、それぞれに別れた。


「なあ隼人」
「なんだ晶」
別れる前に、晶は含みのある口調で切り出した。
「おまえはお優しい奴だが甘い奴じゃない。こういう時は冷酷非情になれる男だ。
オレはおまえとは合わないが、そういうところはちゃんと評価してやっている」
「何が言いたい?」
「オレたちプロは動きやすくなったが少人数だと民間人は死ぬ確率が高くなる。
それを承知でやっただろう?おまえは本当に見かけや物腰と違って恐ろしい男だ」
「大人数で動いたとしても生存確率は高いとはいえない。
だったら脱出までもっとも生存数を残せる方法はオレたちプロが最大限に動けるようにするしかない」
「そうだな。戦場は弱肉強食、弱い奴はさっさと死ぬだけだ。
だったら個人より全体を優先。おまえは本当に……甘さのない男だよ」














天瀬……瞬?」

宇佐美は滝のように汗を流しながら立ち上がった。

「あの顔……あの目……同じだ、あいつと」

同時に、あの時の記憶が鮮やかに蘇る。
もう何十年も前のことだ。宇佐美も、まだ若かった。
あの事件を実際にしっている者など現役では自分の他は数えるくらいだ。




『我が科学省が誇る高尾晃司が……科学省を、いや国家を裏切った!!』
当時の科学省長官は怒り心頭で叫んだ。
『殺さねばならない!裏切り者は処分する、我等の面子もたたん!!
奴をこのままにしておいては総統陛下に顔向けできぬ。いや……我等の首が飛ぶかもしれん!!』
当時はまだ青二才だった宇佐美だったが、もちろん例外ではない。
このままでは自分も重い処分を受けると震え上がっていた。
『……残った者全員で高尾晃司を始末する。天瀬瞬!!」
まだ二十歳にも満たない少年。その少年が前に出た。


『おまえを隊長として高尾暗殺部隊を組む。必ず高尾を処分しろ!!』
『――了解した』
『いいか、絶対に逃がすな。同情もするな』
『オレたちにそんな感情はない。そう育てたのは誰だ?』
『そ、そうだったな……おまえは高尾の従兄弟だから少し心配になっただけだ』
『オレたちに、そんなものはない。任務了解した。必ず高尾晃司を抹殺する』

それが宇佐美が天瀬瞬を見た最後の瞬間だった。
彼は帰ってこなかった。
いや正確に言えば冷たくなって帰って来た。
そして遺伝子のサンプルとなった。墓も無い――。





「……似ている……まさか、こいつは……誰かっ!誰かいないかっ!!」
「はい、ここに」
ドアの前に待機していた秘書が入室した。
「調べろ……この早乙女瞬のDNAを。髪の毛一本手に入れれば簡単だろう。
すぐに調べるんだ。そしてDNA鑑定にまわせ」
「DNA鑑定?……誰のDNAと?」
天瀬瞬だ」














「晃司、晶」
隼人はディスクを放り投げた。それを人差し指と中指で華麗にキャッチする二人。
「メインコンピュータのデータはバックアップとしてコピーしてそれぞれ持っておいたほうがいい」
「ああ、それが一番いい」
「晃司、おまえはまず秀明たちと合流しろ。
オレ達は先に地下をめざす。レッドゾーンの入り口でまた会おう」
こうして、それぞれのチームは出発した。
それから、ほんの数分後だった。
ピーピー……。
メインコンピュータが緊急信号を受信したのは。




『Ⅹシリーズニキンキュウメイレイ。サオトメシュンヲタダチニシマツシロ。
ヤツノショウタイハⅩ6ダ。タダチニショブンシロ――』




【残り32人】




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