「いつもと同じ量をすでに投与してあります」
「足りない。倍投与しろ」
「はい」
「それでは開始だ。瞬、これを見ろ」
薄暗い部屋。自分を照らしているライトだけが異常なほど眩しい。
またいつものように実験用のベッドに寝かされている。両手足は拘束具で自由を奪われベッドに固定。
「瞬……よく見ろ。そして脳に焼き付けるんだ」
一枚の写真。同じ年頃の少年が写っている。
「おまえの最大の敵だ。わかるか?高尾晃司だ」
「……高尾……晃司」
もう何度も見せられている。
「そうだ。殺せ、こいつを殺すんだ」
「…………」
「よし電流を流せ」
「!!」
瞬間、全身が麻痺した。
「うわぁぁぁー!!」
「よく覚えておけ!!こいつは敵だ、完全に消し去るんだっ!!」
「っ……ぐぅ……っ!!」
「もっとだ、もっと電圧を上げろっ!!」
「しかし博士……これ以上やったら死んでしまいます」
「かまわん!そのくらいでなければ連中は倒せないっ!!よく覚えておけ瞬、こいつらがおまえの敵だっ!!
こいつらを殺さなければ、その後ろにいる奴等は殺せない!憎め瞬っ!!必ず殺すんだこいつらをっ!!」
全身に走る痛み……いや、痛みなんてレベルじゃない。
覚えているは――。
「よく覚えておけ、この顔をっ!!おまえが殺さなければいけない人間だっ!!」
覚えているのは――。
「情けは無用だっ!!一切、容赦するな、滅ぼしてしまえっ!!」
覚えているのは――殺せと刻み付けられた人間の顔だけだった――。
Solitary Island―101―
「っ!!」
ガバッと上半身を起した。
「……はぁ……はぁ……」
汗……?いつの間にか寝ていたのか?
『憎め、憎め瞬!!』
またあの声が頭に響く……。
瞬は頭を押さえた。
(……忌々しい)
いつになったら、この声は消えるんだ?科学省を倒せば消えるのか?
(……美恵)
――今度おまえと会った時は、それはおまえを殺すときかもしれないな。
(……ここから先は上にいた連中より格上の化け物がいる)
本来の人格でいるのは正直疲れるが仕方ない――な。
瞬はチラッと壁にかけられている鏡を見詰めた。
自己催眠で自ら作り上げた『早乙女瞬』という別人格。
『天瀬瞬』と基本的には変わらない。早い話が特殊な人間である自分の普通人バージョン。
どうしても必要だから作り上げた。
なぜなら『天瀬瞬』では、あの薄汚い老博士・塩田は殺せなかったから。
塩田はモルモット以下の扱いをしている『天瀬瞬』がいつか自分を殺すかもしれない危険性を考えていないわけではなかった。
だから物心ついたときから洗脳処理を施して自分を殺せないようにした。
瞬がそのことに気付いたのは7歳の頃だ。
毎日行われる拷問同然の扱いに耐えかねて、ついに塩田に牙をむいた。
シャーペンでも喉に突き刺せば簡単に殺せる。瞬は塩田を殺しにかかった。
しかし、途端に頭が割れるような痛みが瞬を襲った。
塩田に対して殺意を抱くたびに、それが起きた。
塩田は洗脳によって絶対に自分を殺せないように瞬を改造していたのだ。
だから、どんなに酷い扱いをしても自分は殺されない。よって、限界を超えたことも平然とできる。
なぜなら、幼い日から施したマインドコントロールによって体がそれを拒否するのだから。
だが、そんな塩田に一つだけ計算外のことが起きた。
自らが完璧な人間兵器として育て上げた瞬の能力を見くびっていた事だ。
決して、自分を殺せない、なぜなら自分が施したマインドコントロールは完璧だから。
その過大評価、そして瞬に対する過小評価が塩田を殺した。
瞬は科学省が作り上げたリーサルウエポンの遺伝子の結晶。
瞬の父親にあたる人間はかつて初代高尾晃司の抹殺部隊の隊長に選ばれた人間。
母親は同じ科学省のリーサルウエポンで催眠術など心理戦に優れた女だった。
その血を瞬は間違いなく受け継いでいたのだ。
瞬は毎日行われる戦闘訓練と拷問同然の精神改造教育に疲れ果てていた。
ある日ナイフを握ったとき思った。
(……オレは)
瞬はナイフを無意識に左手で持っていた。
(オレは……左利きだったか?)
確か右利きだった……はず。思い出せない。
精神改造教育の副産物。それは人格が不安定になり分裂症になりかけていた。
その時に気付いた。
(……人格……オレ以外の人格を意図的に作り出すことができれば)
それが始まりだった。瞬は毎日鏡と向き合うようになった。
そして、本来の自分を意図的に精神の奥に押さえ込む術を身につけた。
さらに、本来の自分の代わりにもう一つの人格を作り上げた。
塩田によって精神改造をされたのは『天瀬瞬』、よって新しい人格に塩田が施した仕掛けは通用しない。
塩田は『早乙女瞬』によって殺された。
自分は絶対に殺されないと安心しきっていた塩田の恐怖と驚愕は凄まじいものだった。
そして塩田が息絶えた時全てが終わった。いや――終わるはずだった。
(……声が消えない)
物心付いた時から脳に刻みつけられたものはどんなに自己催眠を施しても消えなかった。
それどころか年々声はでかくなる。でかくなったのは声だけではない。
元凶たる科学省に対する憎悪。それこそが一番巨大化していった。
(……オレが生まれたとき、完全に闇に葬り去っておくべきだったな。
ゴミのように切り捨てたはずのモルモットに喉を食い破られるんだ)
塩田がオレを見くびって死んだように。おまえたち全員オレを見下したせいで死ぬんだ。
それを邪魔する奴は誰だろうと殺す。
その為に、あんな胡散臭い女とも手を組んだ。
はっきり言って科学省に復讐さえ出来れば、あの女の頼みなどどうでも良かった。
利用するだけ利用して放り出してもな。
蛯名攻介……おまえは運が悪かった。オレの後をつけなければ死ぬこともなかったのに。
いや……美恵がオレのターゲットの一人である以上、遅かれ早かれあいつらは邪魔になる。
どっちにしろ殺さなければならなかった……か。
(オレ一人では晃司たちを殺すのは不可能だ)
せめて一人ずつならまだしも、あいつらは大抵三人一緒だからな。
(奴等を覚醒させれば一気にオレが有利になる……だが)
だが……奴等とⅩシリーズは天敵。遺伝子が磁石のように反発する。
まるで前世からの仇のように相容れない関係。覚醒させた途端に自分を襲うかもしれない。
「大きな賭け……だな」
「徹、少しいいか?」
10分後に出発しようと言った直後に秀明が小声でそう言った。
「何だい?」
「おまえに話がある。ここでは出来ない」
他の連中の前ではできない話……か。
「美恵のことか?断っておくがオレは絶対に認めない。彼女はオレのものだ。
オレや彼女は絶対におまえを認めない。わかったなら、さっさと身を引いたほうが賢明だよ」
「全然違う。別の話だ。とにかく来い」
その否を言わせない口調に徹はムッとした。
ただでさえ美恵のことで秀明に対する感情はドロドロしているというのに。
しかし、だからこそ何の話かわからないが無視するわけにはいかなかった。
「どういう話か少しくらいいいなよ」
廊下を歩きながら徹はキツイ口調でいった。
「その部屋だ」
廊下の一番隅にある部屋。ドアを開けると徹の表情が変わった。
「……血の臭い」
秀明はスタスタとあるき、シートに包まれているあるものを指差した。
そして、そのシートを掴み取った。その下から現れたモノを見て徹は表情を凍らせた。
「……攻介」
それからすぐに顔を歪ませた。
「……特撰兵士の称号を持っている人間があんな化け物なんかに」
特撰兵士の誇りと面子が台無しだ。何より、美恵が知ったらどれだけ悲しむか。
徹にとっては単なる横恋慕男でも、美恵には仲のいい友達だったのだから。
「何があったか知らないが油断したんだろう。特撰兵士らしからぬミスを……」
そこまで言いかけて徹はハッとした。そして近づくや否や、攻介の胸元を掴みあげた。
「……これは」
銃痕……胸を銃で撃たれている。
つまり……やったのはFシリーズではない。銃を持った人間の仕業だ。
「どういうことだ?」
自分達は軍人だ。だからいつこんな死に方をしてもおかしくない。
しかし、それはあくまでも、この島以外の場所での事。
この島にはテロリストもゲリラもいない。なぜ、そんな場所で銃殺されるんだ!?
「どういうことだ秀明?」
「見てのとおりだ」
「ここにFシリーズ以外の敵がいるのか!!?」
「一目瞭然だろう。Fシリーズは所詮は動物だ、銃は使えない」
「……誰なんだ?」
この島に来たときすでに人はいた。だが不和礼二以外は全くの素人。
不和礼二以外にもまだオレたちが見つけていないプロがいてそいつが島を徘徊しているのか?
それとも、まったく違う人間がこの島に来ているのか?
考えられない事じゃない。現に川田章吾たちは独自のルートでここにきた。
可能性は低いがゼロというわけじゃない。
だが、攻介を殺す理由がわからない。ただ一つわかっていることがある。
「攻介を殺したんだ。オレたちも狙われている可能性があるな」
「ああそうだ」
「このことを知っているのは?」
「オレと桐山だけだ。口止めしておいた」
「奴も知っているのか?」
「ああ、死体を見てしまったからな」
「……ふん、面白くないな。あんな奴と秘密を共有するなんて。それから秀明、美恵にはしばらく黙っていてもらうよ」
「なぜだ?」
「なぜだって?こんな時だ、ただでさえ精神的にまいっている。
そんな時に攻介が死んだなんて知れば美恵がどれだけ傷つくか」
「そうかわかった。美恵には黙っていよう」
なんて気が利かない男だ。やっぱり美恵は絶対に任せられない。
「とにかくすぐに晃司たちと合流しなければ……。
攻介は仮にも特撰兵士だ。その攻介をこんなに簡単に殺せるなんて只者じゃない」
「ああ、そうだな」
「オレクラスの人間なんてことはまずないと思うが、隼人か晶レベルの可能性は考慮したほうがいい」
「おまえは隼人たちより強かったのか?知らなかったな」
「……なんて失礼な人間だ。当然だろう?」
「そうかわかった。とにかく、そういうことだからオレは美恵から目を離せなくなった。
だから他の連中のお守りはおまえがやってくれ」
「……君、オレにケンカを売っているのかい?」
「覚悟はいいな、おまえたち?」
晃司の言葉にその場にいた者は完全に二つに分かれた。
『当然だろ?』と言わんばかりの者。はっきりって恐怖におののく者。
もっとも臆病者にかまっている暇なんてないが。
晃司は地下への扉に例のカードキーを差し込んだ。
「おい!!」
捕虜となり今だに両手を縛られている不和礼二が叫んだ。
「忠告しておいてやるけどな、そう簡単には入れねえぜ!!
何しろ、オレが送り込んだ連中は全員『ここ』でくたばったんだからなっ!!」
礼二の言葉に理香は「最低!」と叫んでいた。
自分の目的の為にクラスメイトを平気で死なせたのだから最低呼ばわりも当然だろう。
「この縄ほどいてくれ!!でないとここで死んじまう!!」
礼二は必死になって叫んでいた。どうやら逃げる為の嘘ではないらしい。
「本当らしいな。どういうことだ?」
隼人が質問した。
「……ドアを開ければわかるさ」
礼二はガクガクと震えている。
「開ければわかる……か。そうかわかった」
隼人は礼二に近づくとナイフを取り出した。
「ひっ……!殺す気か!?」
ナイフが振り落とされる。しかし礼二は無傷、そして縄が切られて落ちていた。
「…………」
礼二は信じられない目つきで隼人を見つめた。
「縛られたままでは死ぬんだろう?」
カードキーが差し込まれた。瞬間的に薄暗かった廊下に一斉に電気がつく。
そして非常音らしいものが鳴り響いた。
ドアが開き、まず最初に晃司が足を踏み入れた。
(……コンピュータルーム……か)
数十メートル先にまたドアがある。
(赤外線が張り巡らされている。このままではセンサーに引っ掛かるな)
晃司はコンピュータのキーボードを叩いた。赤外線センサーを解除するために。
『センサーを解除しますか?』
当然YESをクリック。その途端、コンピュータの画面が全面赤くなった。
『センサーを解除することは禁じられています』
「なんだと?」
『なぜだ?』キーボードでそう打ち込んだ。
『第一種非常体制に入っているからです』
『第一種非常体制とは?』
『その問いに答えることは禁止されています』
「どうした晃司?」
隼人も画面を覗き込み表情をしかめた。
「どういうことだ?」
「さあな」
『では地下に通じるドアのロックを外せ』
『第一種非常体制のため禁止されています。直接手動で開けてください』
「話にならなねえな……お望み通り直接こじ開けてやるぜ」
勇二が歩き出していた。
(……1、2……全部で7箇所壁に穴がある。
赤外線センサーに触れた途端に弾がとんでくるってわけかい。残念だが、銃口さえわかれば……)
勇二は一気に走り出した。
「機械なんかにオレは撃たれやしないぜっ!!」
何十にも重なっている赤外線の中に突入した。
途端にビービー!!と嫌な音が、その広い空間に鳴り響いた。
そして背後に嫌な音。生徒に一人が振り向くとなんと今しがた入ってきたドアが自動的に閉まっている。
「ひっ!!ドアがっ!!」
その嫌な雰囲気に一度は覚悟を決めた生徒たちが一斉にドアに向かって走り出した。
閉まりきる前に出なければ!!
一番ドアに近い位置にいた菜摘が真っ先に走っが、その菜摘の額に何かが当たった。
(あれは……赤外線っ!)
隼人が叫んでいた。
「伏せろっ!!」
「え?」
菜摘はそれが自分に対してはなたれた言葉とわからなかった。
そして次の瞬間、ドンッ!!と大きな音が脳に響いた。
菜摘には何が何だかわからなかった。
だが、菜摘のすぐそばにいた誠にはわかった。菜摘の額に風穴が空いたのを。
「うわぁぁぁー!!」
菜摘の体が後ろに倒れた瞬間誠が叫んだ。それに呼応するかのように女生徒が悲鳴を上げる。
「な、菜摘っ!」
し、死んでる!頭を撃たれて死んでるっ!!
突然の恋人の死に誠はパニックになった。
「ド、ドアがっ!!」
そして、菜摘に気をとられ一瞬目を離した間にドアがしまった。
「ひ……っ!!」
し、死ぬっ!!オレたち菜摘のように死ぬんだっ!!
「……クソ!!」
隼人はキーボードを素早く打ち込んだ。
『対侵入者用赤外線攻撃装置を解除しろ』
だが『不可能。解除はメインコンピューターのみの権限』と非情な文字が表示されるだけ。
『メインコンピューターの位置は?』
コンピューターの画面に見取り図が表示される。その位置を見て隼人は叫んだ。
「勇二!さっさと、そのドアを開けろっ、その向こうにメインコンピュータがあるっ!!」
「何だと、オレに指図するんじゃねえっ!!」
カッとなった勇二の横を晶が走り抜けていた。
「この間抜け。自分のしでかしたことくらい責任持て」
そして懐から銃を取り出すと、壁から出ていた銃口目掛けて発砲。
ドアに辿りつき、手動に切り替えて開けた。
その向こう側の部屋はこちらのお飾りのコンピュータルームとは全く違う大型のコンピュータがあった。
晶はすぐにそのコンピュータに近づく。
『マッテ』
「!」
女が現れた。それも作り物のような完璧な美貌の女が。
完璧なのは当然といえば当然。それは立体型コンピュータグラフィックなのだから。
おそらくメインコンピュータが自らを擬人化したものだろう。
『ワタシニナニヲスルノ?』
「対侵入者用のシステムを停止するだけだ」
『オネガイヤメテ』
晶はその声には耳を貸さずにコンピュータを操作しだした。
『オネガイダカラヤメテ。デナイトコウカイスルワ』
晶は相変わらず無視してキーボードを叩いている。
『シニタイノ?』
「死にたい?おまえが作動している攻撃プログラムを止めなければ今死ぬんだ」
『コウゲキプログラムヲカイジョスルトワタシモテイシスル
ワタシガテイシスレバスベテノコンピュータガボウソウスルワ。ソウナッテカラデハオソイノヨ』
「オレたちを殺そうとしている奴の言う事に一々したがってられるか」
晶はプログラム解除命令のENTERを押した。
対侵入者用プログラムが解除した。同時にメインコンピュータが凍結。
晶の目の前の美女が最後に一言だけ言って消えた。
『オマエタチハココデシヌ――』
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