五年の月日が流れ多くの犠牲を払った人類と巨人の最終戦争はついに終焉を迎えようとしていた。
「巨人の生き残りどもはあれで全部か?」
「はい兵長」
負傷してない調査兵は一人もいない。誰もが体力を消耗し流血にマントを染め、それでも勝利を望む意思だけは喪失せず今ここにいる。
「リヴァイ、指示を」
ガスは残りわずか、刃もボロボロになりそう持たないだろう。
「ああ、これで最後だ」
リヴァイは胸ポケットから血で染まったボロボロの紙切れを取り出し広げると、一瞥し再びポケットにしまった。
「かかれ!!」
号令をかけると同時にリヴァイは最初に巨人に向かって飛んだ。多くの仲間を魅了した芸術的な立体起動は最後まで美しかった。
その横には、常にリヴァイと共に生き抜いてきたハンジの姿があった。
数時間の死闘の後、調査兵団の勝利で戦いは幕を閉じた。
それは100年以上にわたる人類の家畜生活が解消された瞬間でもあった。




ごろつきの初恋




「兵長……やりましたね、兵長。一匹残らず巨人を駆逐してやったんだ。もう自由だ!」
エレンが刃こぼれしたブレードを高くかかげ歓喜の雄叫びをあげた。
エレンに続く者もいれば、熱い涙を流す者もいる。
民衆から罵倒され、己の肉体を酷使し、最愛の仲間を失う苦しみを味わってきたものだけが知っている、友情努力勝利の涙だった。
「リヴァイ?」
そんな中、リヴァイは仲間から距離を取り、ある地点をめざしていた。
数十メートルほどで歩みを止めると、リヴァイはその場に片膝をついた。小さな花をつけた野草が一本生えている。


「……ファーラン、勝ったぞ」


リヴァイは万感の思いを込めて、その地に触れた。忘れもしない、五年前、ファーランが巨人に命を奪われた場所だった。
そしてファーランから託された幸福リストから『巨人を絶滅させる』という項目が削除された。










調査兵団の凱旋に何十万という民衆が駆けつけ盛大に出迎えた。かつては税金泥棒とまで揶揄された彼らは誰もが認める英雄、いや救世主となったのだ。
押し寄せる人の波、沸き上がる歓声、道の両脇から止まずに降り注ぐ花のシャワー。その熱気はリヴァイが姿を現すと、さらに急上昇した。
「リヴァイ兵士長!」
「兵長、ありがとうございます!!」
喜びにむせる群衆の中には、かつて巨人によって短い生涯を終えたリヴァイの部下たちの遺影を手に「これで、ようやく娘も報われます」と落涙する遺族の姿もあった。
「ファーランから引き継いだリストから、また一つ項目を削除できそうだね」
リヴァイは小さな声で「わかってる」と返事した。
「兵長は何をなさってるんですか?」
パレードさながらの民衆の熱狂的な出迎えをくぐりぬけ、ようやく調査兵団本部にたどり着いたリヴァイは幸福リストから『おおぜいのひとのかんしゃされる』に横線をひきながら、「何がだ?」と呟くように言った。
「それですよ」
エレンは不思議そうに幸福リストを指さしてきた。説明するのも面倒くさい。



「それはリヴァイが昔の仲間にたくされた10の夢だよ」
横からハンジが代わりにエレンに話して聞かせた。
「へえ、兵長はやっぱり仲間思いなんですね」
「でも本人主観だから、『それは違うでしょ』っていうのもあるんだよ。『みしらぬこじにしんせつにする』っていうやつだけどね」
ハンジは笑いを堪えていた。
「何とエレンを審議所で半殺しにしたときに削除したんだから。本人はあれが親切だって思ってるんだよ」
リヴァイは露骨に不快感を表明し舌打ちしたが、それ以上にミカサは修羅の形相をありありと見せつけた。
「え?……い、いえ……兵長の機転がなかったら、俺殺されていたんで……感謝してます」
「エレン、目を逸らさずに言え」
ハンジは堪えきれずに大声で笑いだした。仏頂面のリヴァイとミカサ、そして作り笑顔のアルミンとエレン。一見、気まずそうだが、調査兵団では、よくある日常風景だった。
「そ、それで兵長は、それは全て叶えられたんですか?」
この空気を打破しようとアルミンがとっさに会話の方向性を変えにでた。
「どうなのリヴァイ?」
「あと一つ残っているが、近いうちに片づく」
リヴァイはぶっきらぼうに言ったが、ハンジには内心喜んでいることくらいお見通しだった。










「リヴァイ、ハンジ、それにエレンたちも本当によくやってくれた」
「兵士長、分隊長、お帰りなさいませ。本当にお疲れさまっでした」
隻腕のため戦闘に加わることができなかったエルヴィンが留守を守っていた兵士たちと共に出迎えリヴァイたちをねぎらった。
「分隊長、お子様たちがいらっしゃってますよ」
「そうか。早かったね」
ハンジの顔が自然と緩んだ。
「早馬がおまえたちの勝利を知らせた直後に使いを出しておいたんだ。この日のために何年も耐えてきたんだろう、おまえも、あの子たちも」
エルヴィンは目を細めていった。冷徹な団長ではなく、まるでハンジの父親のような顔だった。
「早くいってあげなさい」
「うん、ありがとうエルヴィン」
疲れも忘れ満面の笑顔のハンジ、反対にリヴァイは呆然と目を泳がせた。
「行こうかリヴァイ」
「…………」
「……リヴァイ」
ハンジに手を握られリヴァイは、はっと顔をあげた。
「リヴァイ、早く行きなさい」
「……ああ」
エレンたちは驚愕している。



「お子様たちって……ハンジさんって子持ちだったんですか?」
「うん、これでも二児の母だよ。もう、ずっと寂しい思いをさせてきたんだ。あ!」
ハンジが何かを見つけ声をあげた。エレン達もいっせいに、その方角に視線を合わせると女性兵士が二人の子供を連れ、こちらにやってくる。
「もしかして、あの子たちがハンジさんの?」
「そうだよ」
「あの……お父さんは?」
エレンがベテランの兵士たちを見渡すが誰もが答えられなかった。エルヴィンだけが知っているようだ。
「ママ!」
子どもたちが駆けだした。はっきりと容姿が確認できる位置までくるとエレンたちは、さらに驚いた。
女の子はハンジによく似ていた。そして男の子はリヴァイにそっくりだった。
エレン達は二人が只ならぬ関係だとは一度も聞いたことがなかったのだ。










――五年前――

「結婚?」
ハンジの妊娠も、その相手も承知しているエルヴィンは一つの可能性としてリヴァイとハンジの婚姻も考慮していたはずなのに、なぜか渋い表情だった。
ハンジの幸せはエルヴィンにとっても悪い話ではない。何より生まれてくる子供を私生児にせずにすむのだから、ハンジ一人で子供を養育することに危惧していたエルヴィンの肩の荷が一つおりるはずだ。
それなのに溜め息すらついている。
「とりあえず戸籍上だけでも今すぐ正式な夫婦になっておきたいんだ。保証人になってくれ」
リヴァイが肝心の話を切り出すとエルヴィンは辛そうに顔を左右にふった。
「俺たちの結婚に反対なのか?」
「……そんなはずないだろう。だが、今はまずい」
エルヴィンは、リヴァイとハンジに今まで隠してきた上の思惑をきかせた。



シーナの特権階級は自分たちの藩屏として優秀な兵士を欲している。訓練兵の上位成績者が、なぜか巨人ともっとも離れているシーナに憲兵として任に就くことでもわかるように。
しかし実際に本物の強さをもった兵士などシーナには、ほとんど存在しない。訓練兵時代の優秀な技能など憲兵としての自堕落な生活の中で、すぐに錆びつき瞬く間に穀潰しと成り果てていった。
「リヴァイ、おまえに紹介状という名の女の斡旋状が山ほどきている。人権にかかわる暴挙だと今までは私が止めていた。しかし最近は露骨に権力をふりかざしだしている」
リヴァイは即座に眉間の皺の数を倍増させた。ハンジにいたってはそれ以上に険しい形相に変化している。
「所詮、憲兵団は凡人の集団。いざというときには役に立たない。だから奴らは今度は誕生の段階で都合のいい人間を作ろうと思っているのだろう。
おまえの遺伝子を受け継いだ子なら、さぞかし優秀な兵士になるだろうからな」
「冗談じゃないよ!」
かみついたのはハンジだった。



「リヴァイは私の夫だよ!そりゃ、まだ正式な夫婦じゃないけど、私たちは生涯をともにすると誓いあった伴侶なんだ。私の大事なひとを種馬扱いしやがって!
だからシーナの特権階級の連中は嫌いなんだ。あんな奴らにリヴァイを利用されてたまるか!」
「ハンジ、おまえが鼻息を荒くしなくても、リヴァイは黙って利用されるような柄じゃないだろう?
私もそこのところを強く主張して奴らを黙らせてきたんだ。元々、地下街で自由気ままに生きてきた人間、妙なことを押しつけようとすれば、いつでも姿をくらまして元のごろつきに戻るだろうと。
そうなれば大きな損失だ、あなた達は人類の希望を失ってもよろしいのですか?とね」
エルヴィンは味方だ。ハンジは幾分冷静になり「ごめん、あなたに罪はないのに」と詫びた。
「君が激高するのも無理はない。ただハンジ、そういうわけだから君たちの結婚は承知できない。まして今の君の状態が知れたらどうなると思う?奴らはリヴァイの子を喉から手がでるほど欲しがっているんだぞ」
リヴァイは愕然となり、ハンジは思わず腹部を守るように抱え込んだ。
「噂で聞いたことがあるが、シーナには対人制圧部隊といって闇の憲兵ともいうべき連中が存在しているらしい。奴らがハンジの腹にリヴァイの子が宿っていると知ればどうなる?」
それは決して杞憂などではない。冷たい響きを伴った現実をエルヴィンはあえて突きつけてきた。



「俺が守る!ハンジにもガキにも手出しさせねえ!!」
「落ち着けリヴァイ!相手は、おまえが知っているボンクラの憲兵とはわけが違う。殺人の精鋭集団だぞ!!
いくらおまえでも24時間ハンジを守り抜けると言い切れるのか!?」
リヴァイはぐっと言葉を飲み込んだ。
「仮に退団して二人で逃げたとしても、今や有名人のおまえの居場所など、奴らはすぐに嗅ぎ付ける」
リヴァイ一人ならともかく家族を連れての逃亡生活など不可能だ。どれだけリヴァイが強く、どれだけハンジが頭がきれようとも、だ。
「ハンジを拉致されたらどうなるか私の予想を聞かせてやろうか?
子供は対人制圧部隊の中で育てられ、ハンジは人質として監禁されるだろう。そしてリヴァイは妻子の身の安全と引き替えに奴らの望みに従うしかなくなる」
「やめてくれ!」
ハンジは両手で耳を塞いだ。
「脅すつもりはなかったんだ。ただ私は大袈裟でも何でもなくこのままでは起こりうるであろう現実を言っているんだよ」
リヴァイはハンジを抱きしめると、意を決してエルヴィンに問うた。



「どうすればいい?」
「簡単だよリヴァイ。ハンジとおまえはただの同僚で、ハンジが生む子はおまえとは何の関係もない、ということにすればいい」
リヴァイは僅かに震えた。予想した通りの答えだったとはいえ、あまりにも冷たい刃に心を突き刺されたような痛みだった。
「幸い、おまえたちの関係は調査兵団の中でも信頼できるごく一部の人間しか知らない。隠し通すんだ。子供が生まれても……」
エルヴィンはいったん言葉を止めた。その行為が次に出てくる言葉が冷酷なものだと物語っていた。
「父親として名乗ることは勿論会うことも禁止だ。遠くから見ることもダメだ。徹底して距離をもて。
子供の父親は書類上は壁外調査で殉職した兵士として処理しておこう」
血を分けた我が子を他人として垣間見ることすら禁じられた。リヴァイは否とは言わなかったが、これにはハンジが反対した。
「待ってよエルヴィン、いくらなんでもそれは!」
「ダメなものはダメなんだ!子供を奪われて奴らの都合のいい人間兵器として利用されるよりマシだろう?」
「でも……!」
さらに反論にでようとしたハンジをリヴァイは止めた。
「……もういいハンジ。エルヴィンの言うとおりだ、俺はかまわない」
「リヴァイ!」
「俺は地下街のゴロツキだった。いつどこでのたれ死んでもおかしくない生き方をしてきた。
それがおまえと出会い家族までできた。それで十分だ」
もうリヴァイの瞳には一点の迷いもなかった。それを確認した以上、ハンジも何も言えなかった。
「辛い思いをさせるなリヴァイ。だが、それも巨人を絶滅させるまでの辛抱だ。それさえ成し遂げれば、おまえたちは自由になる」
その日がくるまで自由の翼を背負い戦い続けるしかなかった――。










「あの子たちにも寂しい思いをさせてきた」
ハンジとリヴァイの顔つきは巨人と対峙している時の刺々しいものではない。すでに父親と母親の顔になっていた。
「巨人がこの世からいなくなればお父さんに会えるよって教えていたんだ。ただし、そのことは誰にも言ってはいけない。もし言えば、お母さんとも会えなくなるってね。年端もゆかない子供に思えば残酷な仕打ちだったと思うよ」
ハンジは両膝を地面につけ両腕を広げ、走り込んできた子供たちを思いっきり抱きしめた。
「ママ!」
「ひさしぶりだね二人とも。いい子にしてた?」
仕事に復帰してからは週末しか会えなかった。分隊長に就任してからは月に一、二度。最近はそれさえも困難になっていた。
数か月ぶりの再会。
母子の抱擁を少し距離をおいた場所からエレン達も目を細めて見守った。





「……ひどい話ですね。でも、これでハンジさんもこれからはお子さんとずっと一緒ですよね?」
「ああ、そうだ。私もリヴァイやハンジの親代わりとして、ようやく安心できるよ」
リヴァイの名前が挙がったことにエレンたちは、お互い顔を見合わせた。
「……じゃあ、やっぱり、あの子たちのお父さんって」
「ああ、そうだよ。あの子たちが誕生した日、たった一日しか過ごさせてやれなかった。今日まで、リヴァイは、ただの一度もあの子たちの成長した姿を見たことはなかったんだ」
いつも威勢のいいリヴァイが子どもたちとの距離を縮められず遠巻きに見つめている。
「リヴァイ兵長、どうしたんですか?早くお子さんたちと……」
アルミンが「ダメだよ、エレン」と慌てて制した。
「何だよ、アルミン」
「他人が口出すことじゃないよ」
「だって、せっかく会えたのに」
「わからないかな。だから、いいんじゃないか」



リヴァイは思いを馳せていた。この五年間、何度も夢に描いた瞬間を。
ハンジから何度も聞かされ、想像だけが膨らんでいた子どもたちがようやく実体を伴って目の前に現れた。
話したいことは山ほどある。
抱きしめたいのに身体が動かない。
そんなリヴァイの様子に気づいたハンジは、子どもたちを伴いリヴァイのそばに近づいた。
エレン達には聞こえなかったが、ハンジが二言三言、リヴァイと子供たちに言葉をかけた。
それが合図になったのか、リヴァイは子どもたちの目線に合わせるように地面に片膝をつくと、愛しい息子と娘を抱きしめた。
そして、娘の頬にキスをした。
ファーランから託された10個の夢。残された最後の願いが叶えられた瞬間でもあった。
その夢のタイトルは――


『世界一の美女にキスをする』


END




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