黒いフード付きのマントに身を包んだ連中が窓や扉を破壊して一斉に屋内に飛び込んできたのは深夜だった。
俺は部屋の中央に位置する長椅子に腰掛け、その招かざる客どもを睨みつけた。
住人は就寝しているだろうと思いこんでいた連中は俺を見て驚きを隠せなかったようだ。寝間着姿の女達ではなく、兵士がいるなんて思ってなかったらしい。
計画通りにいかなくて気の毒だったが、俺は、てめえらにだけは同情しないし、哀れみもかけない。

「俺の家族は夜陰に紛れてとっくに、この家から避難させてある」

団長と兵長の話を盗み聞きした俺の行動は素早かった。
俺は兵士としての任務を放り出して実家に飛んで帰った。同輩の兵士には体調不良で一日休ませてもらうと言付けを頼んである。
半日ほどなら上をごまかせるだろう。もっとも母さんを 騙すのは一筋縄ではいかなかった。
何の知らせもなく帰宅した俺を見るなり「おまえに心配されるほど落ちぶれてないよ。さっさとお帰り」と窘められた。
身の回りの荷物だけをまとめ、二人は出発する直前だった。俺は命令で二人の護衛に来たと必死に説明したが、母さんは「何年、おまえの母親をやっていると思ってるの?」とぴしゃりと言った。




魂の継承




「お父さんは嘘なんかつかなかったよ。それなのに、おまえは……」

ああ、言われなくてもわかってる。
父さんは清く正しく美しく決して後ろ指さされるような行動はとらなかっただろ?
逆に俺は感情のまま動いている。短気で気性ばかり激しくて生意気で目上の者に対する敬語の使い方すらわからない。
おまけに今は親に嘘までついている。
俺は記憶にすらない父さんのような立派な人間には到底なれないひねくれ者だ。だが、それでいい。今の俺にとって最優先事項は任務でなく家族。
その命を狙うクソどもは一人残らずぶっ殺してやる。



「母さん。父さんのこと聞いたよ」

母さんがさっと顔色を変えた。常に冷静だった母さんが俺の言葉で動揺するのはこれが初めてだ。

「調査兵だったんだって?」
「……おまえ」
「俺の行動一つが父さんの名誉にかかわるんだ。以前のような勝手な行動とるわけないだろ」

我ながら最低最悪の大嘘だ。けれど利発な母さんを騙すには父さんの名前を出すしかなかった。

「俺は任務でここにきた。信じてくれ」
「父さんのこと……知ったのね、調査兵団に入った以上、遅かれ早かればれると思ってた。本当なら母さんの口から父さんのこと話すべきだった。悪かったよ」
「もういいから母さんたちは逃げてくれ」
「おまえは?」
「この付近を見回っている仲間と合流したら、すぐに追いかける」

無事に二人を逃がすことに成功した俺は多分悪魔のような面をしてたに違いない。
二人を逃がした理由はもう一つある。
これから俺がすることを母さんと妹にだけは見せたくなかった。

――巨人教徒ども、今夜は、てめえらの最後の夜にしてやる。










「こ、こいつ、調査兵だぞ!」
「巨人様に仇なす悪魔だ。殺すんだ!」

戦闘開始。勝負方法は只一つ。相手の息の根を止めること。

「殺すだと?こっちの台詞だ、皆殺しにしてやる!!」

完全武装して多勢に無勢なら勝利は確実だと思っているド素人どもが!
窓ガラスを突き破り屋外に飛ばされる仲間の姿に、巨人教徒の最初の威勢の良さは一瞬で消えた。
「……ひっ」
捕食対象だと見くびっていた未成年のガキが獰猛な肉食獣だったのだ。教徒たちは悲鳴をあげ逃げ出した。

「逃すか!!」

殺してやる!一人でも生かしておいたら、いつ、また俺の家族の命を狙うかわかったものじゃない!

物心ついたときから戦い方を教え込まれた。対人格闘技もそうだ。
恨み重なる狂信者どもを片づけるのに役立てる日がくるなんて、母さんにどれだけ感謝してもしきれない。
血反吐を吐き動けなくなった仲間を見捨てて逃げようとした野郎を俺はとっつかまえた。
火種は完全に消してやる。それが殺し合いの掟だ。


「てめえら巨人に喰われて死ぬことが教義なんだろ?今、ここで俺が殺しても同じじゃねえか」
「……ひっ」



「やめろー!!」
「そこまでだ。やめるんだ!!」

俺にとって想定外の事が起きた。分隊長AとBが血相を変え馬で駆けて来たのだ。

(……ばれた)

と、いうことは兵長にも全てばれている。


「巨人教の連中は全員拘束した。後はそいつらだけだ。憲兵団に引き渡して終わりにするぞ」
「……こいつらの処罰は?」
「数十年は外に出れないだろう」
「それだけか!」

冗談じゃない。完全に息の根を止めなければ、こいつらは、また同じ事をする!

「さあ、そいつをこっちへ」

俺の今の精神状態が異常だということに分隊長Aは気づいたらしい。

「……断る。こいつらには、ここで死んでもらうんだ」

くそったれ野郎の左腕をつかんでいる手に俺は力を込めた。腕は不自然な方向に曲がり、同時にぼきっという嫌な音が聞こえた。


「ぎゃぁぁー!!」
狂信者の悲鳴は耳障りなだけだった。可哀想などとは思わない、残酷なことをやってのけた自分に疑問もない。
俺の心は氷のように何も感じなかった。

「……や、やりやがった」
「お、おい……やりすぎだ」

分隊長AとBは、まるで怪物でも見るかのような目をしている。
実際、今の俺はモンスターかもしれない。復讐にとりつかれた怪物。だが、それがどうした?怪物、結構じゃないか。


「もう一本残っている」


俺は今度は右腕をとった。途端に狂信者は狂ったように命乞いを始めた。


「や、やめてくれ、いや許してください!」
「……十年前、てめえらは俺たち親子に情けをかけたか?」

こいつらゴミに生きてる価値なんかないんだ。やらなければ、こっちがやられる。
「やめるんだ。無抵抗な人間相手に、それ以上やったら、やばくなるのはおまえの方だぞ」
分隊長Aは普段の高圧的な態度が嘘のように優しい口調で言った。

「人間の体には200本以上の骨がある。1本くらいなんだ」

俺をなだめようと引きつった微笑を必死に維持していた分隊長AとBの顔が一瞬で凍りついた。


「い、いい加減にしろ。本気で殺す気か!」
「ああ、そうだ。こんなゴミ、死んだ方がいい」


俺は腰に差していた拳銃を取り出し、狂信者の頭に銃口を押し付けた。



「し、死にたくない……うぁぁぁー!!」
人間、死の世界を垣間見ると火事場の糞力を発揮するものだということを俺は知った。
ズタボロにしてやったはずなのに、このクズは素早く立ち上がり猛スピードで逃げ出したのだ。
「往生際の悪い野郎だ」
俺は奴の後頭部に銃の照準を合わせた。分隊長AとBが必死に何か叫んでいたが、もう俺の耳には届かない。
ゆっくりと引き金をひいた。
銃口が火を噴いた。これで俺は殺人者だ。
血しぶきが視界を染めた。しかし視覚の隅に映ったのは巨人教徒の死体ではなく、銃弾に腕をえぐられた兵長の姿だった。


「……なっ」

何で、あんたが!あんなクズをどうして庇う?!
一歩間違えれば死ぬところだった。何、考えているんだ!?

「……満足か小僧?」
「兵長……あんた」
「満足かと聞いてるんだ、このクソガキ!」

兵長に胸倉をつかまれた。その腕から地面に落下している血の滴に俺は絶句していた。



「訓練兵団でおまえの目を見た時、俺は予感した。おまえは凄い兵士になれる、と。
だから無理を通してでも、おまえを調査兵団に入団させた。訓練を重ねるた度に、俺は正しかったと確信していた。
だが、そんな日々の中で、俺はおまえの中に潜む危うさにも気づいてしまった。
他人を見下し仲間を信じることもできず、困難にぶつかるたびに自分の苛立ちを周囲のせいにし、挙句の果てに屑のマネだ。
おまえだって本当はわかっているはずだ。人生なんて望みの一割も思い通りにいかない、まして俺たち調査兵は。
ほんの一瞬、気を抜いただけで、あの世行き。それが調査兵なんだ。
巨人は、こんな連中より、はるかに巨大で容赦がない。屑を相手にして自分の人生をゴミ箱にすてる余裕なんて俺たちにはないはずだ。
どんな目に合わされようが、それが、どれだけ苦痛を伴うものだろうが歯を食いしばって巨人を駆逐することしかできない!
ひたすら辛酸を舐め、仲間の屍を超えた先に勝利があると信じてるからだ!!
自分の価値を信じるのなら、俺の言葉をきけ。
堕ちようとする自分を屑どものせいにするな。それは卑怯者のすることだ。
おまえは卑怯者なんかじゃない。あのひとの息子だ!!」

誰に何を言われようが俺の殺意が揺らぐことはない。ないはずだった――。


「あのひとが死んだとき、俺は誓った。もしも、おまえが調査兵になる日がきたら、俺があのひとの代わりになると。
俺なんかじゃ、あの人の代わりにはなれないかもしれない……それでも」

兵長につかまれた両肩に手の重量以上の重みがあった。


「おまえは……俺の息子も同然だ。どこの世界に息子が破滅する姿を見たい親がいる!」


……涙?


「……相手がどんな悪党だろうが、殺人者に堕ちた人間が、どんなものか俺は知っている。
おまえには、そうなってほしくない……おまえにだけは……」


こんな強い男が涙?ただ俺を殺人者にしたくない、ただ、それだけで涙を……。



俺は突然、思い出した。あの日、あの夜、あの瞬間。
俺と妹が今まさに狂った殺人鬼どもの手にかかって命を落としそうになった、あの時――。
そうだ……助けてくれたひとがいた。兵服に身を包み、鋭い眼光を放つ男だった。

『大丈夫か?!』
『う、うん……ありがとう、おじさん』
『間に合って良かった……本当に良かった』

あのひとがいなかったら俺と妹は間違いなく殺されていた。
危機一髪、死の淵から救い出してくれたそのひとは、俺たち兄妹を抱きしめると安全な場所に移動し名乗りもせず姿を消した。
完全に思い出した……あれは、あのひとは兵長だ。
今、目の前にいる、この人なんだ。


「……戻るぞ」
「……はい」


俺は自分でも信じられないほど素直に従っていた。
大人に叱られたことなんて山ほどある。
けれど、不快感をまるで感じなかったのは母さん以外では兵長が初めてだった。
軽蔑や憤怒など一切混ざってない叱責。心の底から俺のことを思って叱ったくれんだ。




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