「リヴァイ兵長ってすごいよな。一人で一個旅団並の力があるなんて」
「あのひとはやっと現れた人類の希望だ。我々の救世主だ」


――人類最強。すっかり定番になった代名詞
――どいつもこいつも期待と羨望に満ちた目で凝視してくる
――「あなたなら巨人を絶滅させられる」、そんな目で
――入団当時とは正反対だ。


『おい、あいつだろ。エルヴィン分隊長が連れてきた特別待遇の野郎って』
『ああ地下街にいたゴロツキだったんだろ。何で、そんな奴が調査兵団に?』
『こっちは人類のために命がけでやってるんだ。ろくでもない奴にひっかきまわされるのはごめんだ』


――当時の俺はお世辞にも歓迎されていなかった。
――胡散臭いどぶネズミが崇高な使命感をもった兵士に紛れ込んだくらいに思われていた。
――実際、それは間違いじゃなかった


『おい、あの新入り、何なんだ?』
『まともな訓練も受けてないのに初めての兵器外調査で巨人を二桁討伐したらしいぞ』
『人間の中にも化け物がいたってことかよ』


――俺は人類に心臓を捧げた覚えはなかった。
――どうでもよかった。人類も巨人も。
――ただ俺は削ぐことしかできない人間だった。調査兵団にいてもいいと思ったのは……。


『リヴァイ、あなた、すごいよ。天才だ!』


――おまえが、そばにいてくれたからなのかもしれないな。




戦場の勇気




「大変です兵長!」
「どうした?」
「104期出身の新兵の中に巨人が三人いました!それも超大型と鎧です!」

さすがのリヴァイも驚きを隠せなかった。超大型巨人と鎧の巨人はまさに人類の仇そのもの。
そして、奴らのそばには――

「ハンジはどうした!?」

「ハンジ分隊長は兵士たちを指揮して奴らと交戦しましたが負傷しエレン・イェーガーを奪われました。
エルヴィン団長がエレン奪還の為の隊を組み奴らを追走中です」
リヴァイは、まだ痛みが残る脚を悔しそうに押さえた。
「ハンジはどこだ?」
「調査兵団の医療施設に緊急搬送されました。火傷を負っていますが命には別状がないということです」
「……そうか」
リヴァイは心の底から安堵した。










「目が覚めたか?」
薬で眠っていたハンジが覚醒した傍らにはリヴァイがいた。
「……エレンは?」
「まだだ。今はエルヴィンを信じて待つしかない」
「……そう」
リヴァイは感情を押し殺していた。
「もしもエルヴィンが、あのクソガキどもをしとめ損なっていたら、俺が奴らを八つ裂きにしてやる」
「ははっ……笑えない冗談だね」
「当然だ。冗談じゃないからな」
リヴァイはハンジの頬に手を伸ばすと、その痛々しい肌にそっと触れた。
「なんて面だハンジ」
幸い顔の火傷は痕が残らないということだが、それでもリヴァイには我慢ならなかった。
「顔は女の命っていうけどさ。男のなりしてる私にはあんまり関係ないから気にしてないよ」
「俺が気にするんだ。おまえは元はいいんだから、少しは自分を大事にしろ」
ハンジは「リヴァイって相変わらず冗談のセンスないね」と微笑した。
しかし、その言葉はリヴァイの本心だった。
女であることを捨てて兵士として生きているハンジだが、本来ならどんなに着飾った女より美しい女だと本気で思っていた。


「怖かったか?」
今回の相手は人類を地獄につき落とした張本人どもだ。鎧の巨人と超大型巨人。
その二体相手に接近戦を余儀なくされ、結果重傷を負った。
「怖いというより悔しいよ。もっとうまく作戦を練っていたら結果は違ったかもしれない」
「結果なんて誰にもわからない。おまえはよくやった」
「あなたから褒められるなんて超レアだよね」
ハンジは笑っているが、その口元はわずかにひきつっている。
「すまなかったな。おまえが一番大変な時に負傷兵なんてよ」
「あなたのせいじゃないよ。それよりも、これからのことを考えたいんだ」
ハンジはベッドの上でも休むということを知らない。
むしろエレン救出作戦に参加できなかった時間を惜しむように次々に今後の対策のアイデアを出した。
エレンを無事に奪回しようと失敗しようと、あらゆる可能性を予測し、不測の事態に備えようというのだ。

(この女にだけは頭がさがる)

地下街時代を含め、多くの女をそれなりにみてきたリヴァイが唯一『こいつにだけはかなわない』と思った相手がハンジだ。
もっとも、そんなこと口が裂けても言えないが。


「どうしたの?」
「何でもない。おまえは調査兵団の頭脳だと再認識しただけだ。
おまえなしでは調査兵団は機能しない。さっさと回復しろよ」
「代えのきかない人間はあなたの方でしょ」
ハンジは微笑しながら言った。
「あなたは誰よりも高く速く飛べる。巨人討伐数にいたっては桁が違う。
そんなあなたを調査兵の誰もが憧れ信頼している」
「てめえもか?」
「違うと言えば嘘になるね」
「おまえは俺を頼りにしてないのか?」
「もちろん頼りにしてるよ。って、いうか、あなた以上の兵士はいないでしょ。
ただね……人類最強なんていっても生身の人間には違いないんだ。あなただって死ぬときは死ぬ。
不死身じゃない。あなた一人に全てを押しつけられないよ」


「私はあなたの背中についていくより、あなたの隣に立っていたいんだ」


人類最強の肩書を背負ってからというもの、女たちから熱い眼差しを向けられるようになったリヴァイだったが、そんな彼が唯一惚れたのは後にも先にもハンジだけだった。
なぜ、こんな変人の女でないとダメなのか、改めて理解した。
誰もが自分を慕い頼ってくれる。英雄、いや、まるで神を崇めるかのように。
しかし自分は人間だ。完璧などでは到底ない。
部下たちに、そんなつもりはなくてもリヴァイに対する期待は重圧となっていた。
頼られるのも度をすぎれば苦痛になる。
大勢の人間に崇拝されるということは、自分が孤独だと思い知らされることでもあった。
しかしハンジだけは違う。
ハンジは自分を一人の人間として扱い、支え、同じ位置から手をさしのべてくれる。
何百という仲間の中でただ一人、ハンジだけがリヴァイを孤独から解放してくれた。



「どうしたのリヴァイ?」
突然抱きしめられハンジは少し戸惑いながらもリヴァイの背中に手を回した。
「エレンが……な」
リヴァイはハンジの肩に頭を埋めた。
人類最強が女に甘えるなんて部下はもちろんエルヴィンにも見せられない姿だ。
「あいつがさらわれた時の連れの様子は異常だった」
「連れ?……ああ、ミカサのことか」
「あいつはエレンを家族と言ったが、あれは、兄弟同然に育った幼馴染なんて範疇を越えた感情だ」
「恋する乙女は激しいからね」
「それも違うな」
リヴァイは「恋なんてのは、脳が分泌する自家製麻薬に一時的にらりっているだけだ」と言った。
「あなたらしい考えだね。まあ、私も、基本的には、その意見に同意するけど。
私みたいな女には、そんな経験なかったしね」
特に理由もなく、突然、盲目的なほどに他人に激しい感情を持つ、それが恋。
だから燃え上がるのも早い分、鎮火も早い。
熱が冷めると、なぜ好きだったのか自分でもわからないほど不思議な現象。


「六年間、継続して想い続けているんだ。恋なんて生やさしいもんじゃない。あいつはエレンを愛してる」
「そうだね……もっとも長く続く男女の愛情は、信頼や友情から生まれるっていうしね」
まして家族として暮らしてきたのだから、その愛の深さははてしないだろう。
「あなたはどう?」
ハンジがいつになく熱を込めた瞳で見つめながらリヴァイに訊ねた。
「あなたにも、そんな相手がいた?」
「俺の過去が気になるのか?」
「ああ、質問がまずかったかな」
ハンジは苦笑いすると再び真剣な眼差しでリヴァイを見つめた。
「私はあなたにとって、そういう存在なの?」
リヴァイは「バカなことを聞くな」と返答にならない返事をしてハンジの胸に顔を埋めた。
「……ハンジ、おまえは俺にとって」
人類最強の英雄が発した言葉は長年生死を共にしてきたハンジですら驚くものだった。










エレンは無事奪還できた。だが、その代償は大きかった。
団長のエルヴィンは腕を一本失い、調査兵団は多くの熟練兵士を失った。
作戦に参加した駐屯兵と憲兵に至っては全滅。
そして人類の仇である超大型巨人と鎧の巨人の生死は不明。
ハンジは本調子ではない体にムチ打って働いた。
突如としてローゼ内に沸いた巨人の謎の解明、何よりエレンとヒストリアの保護のため潜伏場所を探し出した。
ラガコ村の悲劇は巨人を実験対象として見ていたハンジには衝撃の事実だった。
だが立ち止っている暇はなかった。
調査兵団に協力していたニック司教が憲兵団により殺害された。表向きは強盗による殺人事件だ。
次は自分かもしれない。ハンジは謎の巨悪に恐れを抱きながらも、リヴァイのおかげで怯むことなく立ち向かう覚悟を決めた。

「今日は、もう遅い。泊まっていけ」
「そうさせてもらうよ。ありがとう」

リヴァイはハンジの肩に手を置いて、そう言った。
それに応えるように、ハンジは肩におかれたリヴァイの手に自らの手を重ねた。
色恋沙汰には最も鈍いサシャでさえ一瞬で気づくほど、二人の間に流れる空気は特別だった。



「兵長って、本当はすげえ優しいひとだよな」
調理中に、ふとコニーが、そう漏らした。
「俺さ、リヴァイ兵士長は、もっと怖いひとかと思ってた。でも、あのひと俺をねぎらってくれたんだ」
「兵長は、すげえ怖いけど、その分、部下思いだぞ」
エレンは自慢げに言った。
「そういやハンジさんも変人に見えて、かなり気遣いができるひとなんだよな。
あの二人、一見正反対に見えて人間の本質が同じなんだろうな。だから六年も続いてんだろうな」
エレンは、ハッとした。オルオに『内緒だけど兵長とハンジ分隊長は……』と、秘密で教えてもらったことを、もう暴露してしまっている。
けれども、そのオルオは、もういない。
「俺が意外だったのは、兵長が組織の規律や秩序を重んじるひとだってところだよ。
あの性格だし実力が半端じゃなくあるひとだから、上の命令に従順なんて思わなかった」

「入団当時の彼はエレンのイメージ通りだったよ」

突然のハンジの入室に新兵一同慌てて包丁を置き敬礼した。
「ああ、そのままでいいよ。何かしてないと落ち着かないから私も手伝おうと思ってね」
「ええ、分隊長がですか?」
さすがのコニーも驚いている。
「たまにはいいじゃないか。こう見えても一応女なんだから料理くらい」
ハンジは、じゃがいもの皮を剥きながら「話を続けなよ」と促した。


「昔の兵長は俺のイメージ通りってハンジさん言いましたよね」
「そうだよ。あいつゴロツキだっただろ?それが訓練兵の経験もなく特例で入団だったんだ。
兵士らしくないのは当然といえば当然だったかな。
討伐数が群を抜いていたから大目にみてもらってたけど、誰もが苦虫潰したような顔してリヴァイを睨んでいたよ。
ルールは守らない、人間関係も尊重しない、本当に自分勝手な奴だった」
「兵長にも、そんな時期があったんですね」
「エルヴィンは相当手を焼いていたよ。私とも、よく怒鳴りあってたな。時には掴み合いまでしてた」
「ハンジさんと?!」
エレンは思わず大声をあげた。
「今じゃあ、笑い話さ。あの時を境に急に兵士らしくなって、今やご立派な兵士長様だよ」
「あのハンジさん」
「何?」
「あの時って?」
「ああ、たいしたことじゃないよ」
ハンジは笑っていたが、その脳裏には懐かしい思い出が鮮明に蘇っていた――。




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