「待てよ!」

七原は叫んでいた。握り締められた拳は怒りで震えている。
その怒りの対象である俊彦は立ち止まりはしたが振り向きはしなかった。
傍らではよつんばいになって崖下を覗き込んでいる少女が顔面蒼白になっている。

「何の用だよ」
「何の用だと……!?」

七原は俊彦に猛然と襲い掛かった。

「山本を殺しておいて、何だ、その態度は!!」

崖下には岩に叩きつけられ赤く染まった山本の死体があった――。




鎮魂歌二章―1―




――27時間前――

達は国防省の尋問を受け、ようやく懐かしい級友達と再会をはたした。
今だ逮捕されていない早乙女瞬を除けば全員揃っている。
しかし、そこに再会の喜びはない。あるのは、これからの自分達の処遇に対する不安だけだ。




、無事だったのね!」
「貴子!」

救いは少々やつれてはいるが五体満足だということ事だ。
誰もが早乙女瞬、そしてK−11の事をしつこい程に詰問された。
「あいつのせいで俺達こんな目にあったのかよ!」
「それなのにあいつだけ捕まってないなんて許せねえ!」
誰もが口々に瞬に対する恨みを吐き出している。無理もないが、それは嫌な空気だった。


「……早乙女君はどうしたのかしら?」
は小声で言った。
「さあね。あたし達には知るよしもないわよ。でも、あいつ一人が全ての原因とは思えないわ」
自分達に起きた不幸全てが瞬一人の仕業というには無理がある。
突然消えた城岩町、クラスメイトの大半が忘れているが、その謎が解明されていない。
町だけではない。家族も友人も、B組関係者がことごとく姿を消したのだ。
それが、たった一人の人間によってもたされたわけがない。
しかし、その事実を理解しているのは、いや気づいているのはほんの数人だった。




「私たち、これからどうなるのかしら?」
瞬の正体も知らず、K−11の情報も持っていない。自分達はもう用無しのはずだ。
だが現にK−11が自分を助けようとしてくれたのは事実。
国防省が躍起になって自分達を追い回したことを考えたら、簡単に無罪放免となるわけもない。
「大丈夫よ
妙な余裕を見せながら光子が言った。


「あたし達は助かるわ。今頃、あたしの奴隷……いえ王子様が救出作戦ねってると思うから」


確かに光子にめろめろになっている夏生が黙って見ているはずはない。
でも赤の他人が国防省を敵にまわしてまで助けてくれるだろうか?
は不安でたまらなかった。
やがてを逮捕した菊地直人が姿を現し、生徒達の緊張は再びピークに達した。


「わかってると思うが俺に逆らうなよ。最初に言っておく、質問は一切許可しない、それから勝手に動くな」

口調は静かだったが威圧感があった。

「おまえ達はどうやら本当に瞬のことについては何も知らないようだな。
だが正体不明の怪しい人間という事に変わりは無い。
何と言っても国家にたてつくテロリストどもとつるんでいたような連中だからな」
国防省の制服を着た数人の男が入室してきた。手錠で拘束された者を3人引き連れている。




「か、加奈さん!」
突然の再会には驚きの声を上げた。加奈と鉄平、それに泰三だ。3人も此方を見て驚いている。
「海原グループの幹部の身内だ。今さら紹介の必要もないだろう」
3人とも随分とやつれていた。それ以上に表情が暗い、圧倒的な絶望感が色濃く現れている。
「加奈さん、大丈夫!?」
駆け寄ろうとした途端に直人がスッと右手を挙手した。
それを合図に制服の男達がを押さえつける。


「勝手に動くなと言っただろう。おっと桐山和雄、おまえもだ」


菊地は懐に腕を伸ばしながら警告した。桐山は動きを止める、菊地が懐に銃を忍ばせているのは間違いない。
「そ、そうよちゃん、そいつには逆らわない方がいいわ……!」
加奈が悔しそうに声を絞り出しながら忠告した。いつも自信満々だった加奈らしくない怯え方だった。
(何があったの?)
そういえば木下がいない。それが気になった。
「二度と勝手なことをするな」
直人が右手を下ろすと制服の男達もから手を下ろした。


「まずは貴様らの処遇だが」
全員が体を強張らせながら直人を見詰めた。
「貴様らは引き続き国防省軍事警察部が身柄を拘束する。なお6グループに分け収監する」
生徒達はお互いの顔を見詰め合った。
直人は桐山と川田、それにの名を呼んだ。どうやら、このクラスの頭らしいと思ったのだろう。
それから尋問中にクラスの中心物として何度も名前が挙がった幸枝と元渕も呼ばれた。
「あと一人は……そうだな、おまえでいい」
直人はたまたまそばにいた天堂を指名した。
「え、あ、あたし?」
思わず声を出した天堂だが、直人がぎろっと睨むと私語禁止を思い出し慌てて口を両手で塞いだ。


「温情をかけてグループ分けはおまえ達自身にやらせてやる。もっともこちらのルールに従ってもらうぞ」
直人は箱を取り出した。真ん中に穴が開いている、何だか商店街のくじ引きにも似ていた。
「金属製の玉が6個入っている。各自1個ずつ取れ」
「おい、どういう事だよ!」
は直人の意図がわからず思わず声をあげた。すぐに直人がを睨みつける。
杉村が駆け寄り「おい、よせよ」との肩をつかんだ。
親友の無言の忠告には悔しそうに唇を噛み口をつぐんだ。
そんなを余所に桐山はすぐに箱に近づくと中に手を突っ込んだ。
玉を1つとりだすと「これでいいのかな?」と淡々と言い放つ。


「そうだ。他の奴もさっさとしろ」
おろおろとする幸枝達。しかし川田が桐山に続くと途惑いながらも、各自玉を取り出した。
が取った玉は金色。桐山が取った玉は銀色。残りは赤黒い。
「まずは貴様に権利がある。1人選べ」
「ひ、1人?」
「そうだ。貴様が自分のグループに入れたい奴を指名しろ」
は反射的に生徒達を見渡した。


「さっさとしろ!」
「……じゃあ貴子さんを」

よく考える暇もなかったは咄嗟に貴子を選んだ。

「よし次は桐山貴様だ。自分の――」
でいい」

直人が言い終わらないうちに桐山はの名前を口にした。


「よし玉を元に戻せ」
言われた通りに全員玉を箱に戻した。
「わかったと思うが、金色の玉を取れば優先指名権を得られる、銀の玉は二番目、残りははずれだ。
この方法で順次自分のグループの人間を選べ。30分やるから急ぐんだな。
せいぜい後悔しないメンバーを選べよ。『この先、何があるかわからない』からな」
それだけ言うと直人は部下達だけを残し退室した。
直人が姿を消しても鈍い光を放つライフルを手にした男達が見張っているのだ、自由な事は何もできない。
仕方なくメンバー選びが続行された。次に金の玉を当てたのは桐山、そしてが銀の玉だった。
桐山は以外には大して興味がなかったようだ。
沼井や笹川が必死に「ボスボス!」とアピールしているものの振り向きもしない。




!」
光子が手を振っている。沼井達には申し訳ないがは光子を選んで欲しかった。
は相馬を選んで欲しいのか?」
桐山はどうやらの気持ちを優先してくれるようだ。
「相馬を選んだらは嬉しいのかな?」
「え、ええ。それは勿論」
「そうか、ならば相馬にしよう」
光子が「やった」と声を上げながらに飛びついてきた。
「これで一緒ね。どこの監獄に行ってもがいるなら寂しくないわ」
は迷っていた。親友の杉村か、三村、それに七原の誰を先にとるかで。


「ちょっと弘樹を選びなさいよ」
「……うーん、貴子さんがそう言うなら」

そして三度目。ここで金の玉を手にしたのは桐山だった。
の希望で、桐山はファミリーの一員でもある月岡を選択した。
「桐山君ってくじ運がいいのね」
も、そしてクラスメイトの誰もがそう思った。
だが、次の四度目に誰もがあっとなった。何とまた桐山が金の玉だったのだ。
月岡の強い希望で三村が選ばれたが、桐山のクジ運は凄いものだった。
しかし、このクジ運を別室からモニター越しに見ていた直人の意見は違った。




「凄いもんだね彼。どうやら気づいているみたいだ」
いつの間にか背後に立っていた薫。直人は不機嫌そうに「何しにきた」と言った。
「そんな怖い声ださなくてもいいだろ?僕達は同じ国防省の同士じゃないか」
実に白々しい言葉だが、薫の『気づいている』という意見には直人も同じだった。

「……あいつ、玉の重さが微妙に違う事に気づいていやがる」

「それに、あの連中の中で使える奴ばかり選んでいる。
これから自分達がされることに気づいているんじゃないのかい?」
「それは買いかぶりだ。だが何かあることはわかっているんだろう、おまえだったら、この後どうする?」
「なるべく足手まといは選びたくないけど、律儀にルールを守っていたら、お荷物はついてきてしまうものさ」
「そうだ。本当に奴が気づいているなら、あいつは最後に非情な選択をするはずだ」




桐山は、またしても金の玉を取った。残っているのは標準的な中学生の面々。
「…………」
「桐山君、どうしたの。早く選ばないと」
「……彰、おまえだったら、こいつらの中で誰が使えると思う?」
「え、この子達の中で?」
桐山ファミリーの参謀・沼井はすでに川田に選ばれている。
笹川は……仲間とはいえ、正直使えない。


「そうねえ……体力的にも七原君がいいかしら。荷物運びに使えるでしょ?」
「そうか、ならば七原にしよう」
七原を取られた幸枝が複雑そうな目で見ていたが、もちろん桐山はそんなものに動じない。

「桐山、次は豊を頼む」
「そんな三村、慶時はどうなるんだよ!」

豊や国信が此方を見詰めている。典子と知里は好きな男がいるためか、縋りつくような目をしていた。
桐山は残っている生徒達を一瞥した。そして国防省の男達にとんでもないことを言った。




「俺はもういい」


「……桐山君?!」
「もういいんだ。限定人数まできっちり選べとは言わなかったな、だからもういい」




(あいつ、やはり気づいていやがった)
「ふふ、賢明な判断だね。人数は多いほどいいけど、役に立たない人間はいないほうがいい。
僕だって彼と同じ事をするよ。足手まといはいらないさ」




三村と七原が盛大に文句を言ったが桐山は何も答えなかった。
そしてグループ分けが終わると、制服の男達は「10分後に少尉がおいでになる」といい残し退室した。
「加奈さん!」
はすぐに加奈に駆け寄った。手錠を外してやりたかったが当然外れるわけがない。
「木下さんはどこに?ごめんなさい、何もしてあげられなくて」
「いいのよ……それよりも、あいつには逆らわない方がいいわ」


「あいつって?」
「あいつよ。あの特選兵士、菊地直人っていう悪魔よ!」


加奈は悔しそうに顔を背けた。
「加奈さん、何があったの?」
加奈はそれ以上何もいえなかった。代わりに答えたのは鉄平だった。


「俺達、見たんだ。見せられたんだ、あいつが……あの菊地って奴が……信じられない!
あ、あいつ強すぎる。とてもじゃないが勝てない……俺達、あんな悪魔を相手にしてたなんて。
やっぱり国家に逆らうなんてできるわけなかったんだ。革命なんて無茶だったんだ、不可能だったんだよ!」


あれほど、この国を民主主義にすると熱い志を持っていたのに、その変わりようには驚いた。
「……木下さんが負けた。その映像を見せられたんだよ」
木下は特選兵士など足元にも及ばないほど強いと何度も熱弁していた鉄平の同じ口から全く逆の言葉が飛び出していた。
「……俺、木下さんより強い奴なんて見たことなかったんだ。
あ、あんな俺より年下のガキなんかに……あんなガキ相手に……」


「15分ももたずにボロボロにされたんだ!!」




「やはり、あいつは特殊すぎる。K−11と関係があるのは、あの桐山って奴なのか?」
直人は桐山に対し空恐ろしいものを感じた。
「彼らの観察はそれくらいにして、そろそろ水島先輩に引き渡さないと」
「……ちっ、悪趣味だ」
「駄目だよ直人、恐れ多くも総統陛下も楽しまれる高尚なゲームにケチつをつけたら」


次の日、B組生徒達は目隠しをされ車に乗せられた。
発車した事はわかるが、どこに行くのか見当はつかなかった。














「奴等を『餌場』に放つのかね?」
「はい、たまには彼らに『狩り』をさせないと本能が鈍ってしまいますからね。ちょうどいいでしょう。
K−11は必ず駆けつけますよ。奴等の仲間が誰かは知りませんが、この事を知れば救出に来るはず。
早急に救出しなければ無残な死体になってしまいますからね」
軍の幹部を前に冷酷な提案をしていたのは、達の処遇を一任されていた水島だった。
「しかしだね。まだ『ワールド』は未完成だ。奴等がフェンスを突破して外に出たら困る。
だからこそ完成するまで地下に閉じ込めておくことにしているんじゃないか。
K−11が来るのなら奴等を捉えなければならないが、奴等も馬鹿じゃないだろう。
軍隊でワールドを囲ったら警戒して近付かないかもしれない。そうなったら元も子もない」
「閣下、お忘れですか。その為の特選兵士です」














「降りろ」
停車と同時に目隠しが外された。目の前にそびえ立つのは巨大な壁だった。
「……でかい」
は思わず息を呑んだ。まるでダムの様な建造物、しかしその長さは果てしない。
どうやら、この向こうの地所をぐるりと壁で囲んでいるようだ。

(20、いや30メートルか?なんて高い壁なんだ)

これだけ高くて頑強な壁を作らなくてならないほど、向こう側には危険な何かがあるという事だ。
その答えもでないうちに達の眼前の巨大な扉がゆっくりと開いた。
まるでアメリカのパニック映画ジェラシックパークだな、とは感じた。


(まさか恐竜なんていないだろうから大袈裟な表現だよな。それにしたって拘置所にしちゃあ厳重すぎるぜ)


正体不明とはいえ、自分達が国家をひっくり返すような大それたテロリストかどうかは見ればわかるというものだ。
年端もゆかない少年少女を、こんな場所に閉じ込めておこうなんてオーバーとしか言いようがない。


「『ワールド』だ。たまに国家にたてついた犯罪者をここに放り込むことがある」


直人は淡々と説明した。相変わらず冷たい口調だったが、今までのような蔑む雰囲気はない。
むしろ哀れみすら感じるくらいだ。直人の態度の変化には何か不気味なものを感じた。


「中央部は完成しているが、昨年敷地を広げた為、この壁の一部は未完成だ。
貴様らはしばらくこの中で過ごしてもらうが、脱走しようと思えばできるぞ」
思ってもみなかった直人の言葉に桐山以外の誰もが驚いた。
「脱走って……本気で言ってるのかよ?」
「ああ、実際に俺なら可能だ。だが貴様らには無理だろう」
直人の見下すような言い方にはムッとした。


それにしても壁の中は刑務所かと思ったが、どうもイメージが違う。
草木が生い茂り、森林が広がっている。自然の宝庫と言ってもいい。
遠目に建物らしきものは見えるが、管制塔のような高い建物で、どう見ても刑務所には見えない。
とりあえず直人の指示で軍用トラックの荷台に揺られながら、ある建物まで連行された。
その建物は一階建てで、窓にはガラスがなく鉄格子がされている。
それでも、やはり刑務所とは違う。そして建物の周囲は電流フェンスで囲まれていた。


「さっさと入れ。死にたくなければな」
生徒達は慌てて直人の言葉に従った。殺されてはたまらない。
しかし直人の言葉の意味は生徒達が考えているものとは全く違う。
生徒達は『自分に従わなければ殺す』と解釈していた、だが直人の本意はむしろ逆だった。
『俺に従わなければ、今すぐ奴等に殺されるぞ』、それが直人の言葉の真意だった。




(……ちっ、もう出てきやがったか)

直人は忌々しそうに背後に殺意を向けた。
そんな直人の様子の微妙な変化に気づいたのは桐山だけだった。
そして桐山も気づいた。直人が注意を向けている方角から生々しい気配を感じることに。
殺気や闘気とは違う。もっと禍々しく、もっとおぞましい何かだ。
まるで唾液がたっぷりついた舌で舐められ牙で骨ごと引きちぎられそうな思いするする。
桐山が平然としていられるのは感情が希薄だったからに違いない。
そんなドロドロした気を、ここにいるごく平凡な生徒達がまともに感じたら恐怖でショック死するだろう。
それほどの何かがいる。そして此方を茂みの中から見詰めているのだ。


「……うざい奴等だ」

直人は建物の中央ルームの壁に設置してあるボタンを拳で叩いた。
すると妙な音がして壁がまるでシャッターのように上っていった。
生徒達はあっと息を呑んだ。彼等の前に現れたのは銃だ。
まるでコレクションされているかのように銃が壁にかかっている。
「俺は少し外に出る。貴様らはここにいろ、有事の際にはこれを使用することを許可してやる。
だが、この建物からは絶対にでるな。もしバカな考えをおこしたら、今よりもっと立場が悪くなると思え」
直人は懐から銃を取り出すと外に飛び出し森林の中に消えた。




「……ど、どういう事なんだ?」
は混乱した。それは他の生徒も同じだ。
壁には立派な銃がたくさん掛けられている。どれも殺傷能力の高いものばかりだ。
自分達がこれをもって脱走しないと思っているのだろうか?

(きっと、それを見越して何か対策ねってるんだろうな)

そう考えていたのはだけではない。桐山や川田、それに三村だ。
もっとも大半の生徒はあわよくば逃げたいという思いしかない。
行動に移さないのは、逃げてもすぐにつかまるだろうという恐怖に縛られているに過ぎないのだ。
それから数十分ほど時間が過ぎた。直人はまだ戻ってこない。
部屋の隅で体操座りしていた元渕がふいに立ち上がって窓に近付いた。


「……いつまで、こんな所に」
その時だ!何かが窓に体当たりしてきた、突然の事で相手の姿は確認できない。
ただ黒っぽい物体で、凄まじい突進力、さらにギラッとした目だけが元渕の脳に焼きつけられた。
「ぎゃああー!!」
元渕の理性は完全に吹き飛んだ。次の瞬間、パンと乾いた音がしたのだが元渕の耳には聞こえない。
その代わりに目の前の謎の物体から大量の鮮血が飛び散り、元渕の顔を染めた。
その光景を目の当たりにしたB組生徒達はいっせいにパニック状態になった。
彼らを恐怖の底に陥れた謎の化け物は、そのまま地面に沈んだらしいが、誰も窓辺に近寄りその姿を確認しようとはしない。
唯一、桐山が壁にかかっている銃を手にすたすたと窓に歩いていった。




「桐山君、危ないわ!」
が止めるも、桐山は「心配ないだろう、多分」と曖昧な返事をして尚も歩く。
そして銃を構えながら窓の外を覗きこんだ。屋外には直人がいた、銃を手に立っている。
その足元には布を被せられた獣らしいものが横たわっていた。
「それは何かな?」
桐山は訪ねてみたが直人は「おまえが知る必要は無い」と冷たく突き放した。
「そうかわかった」
桐山もまた淡々と答えた。
「いいか、大人しくしていろよ」
直人は念を押し、また森の中に消えていった。残された生徒達は突然起きた惨劇に恐怖の頂点だ。


「な、何なんだ、今のは!」
「じゅ、銃!銃だよ銃!!」
誰もが片っ端から銃に飛びついた。
強力な武器だと言っても扱えなければ話にならない事に考えが及ぶほど精神的余裕は無い。
桐山はそんなクラスメイト達を見ようともせず、窓の外をジッと見詰めている。


「桐山君は怖くないの?」
は恐る恐る尋ねた。
「俺は怖いというのもよくわからないんだ。しかし命の危険は無いとは思う。
アレが何かはわからないが、政府が作った建物ならセキュリティーくらい考慮されているだろう」
「……そうね」
怖いのは外に出た時だ。それはにも理解できた。
しかし誰もが完全にパニック状態になっている。今度、大きな刺激が起きたら一気に爆発しかねない。


川田などは煙草に火をつけながら、「……まずいな」と呟いていた。
川田もクラスメイト達の精神的限界を危惧しているのだろう。
そして、それは程なくして起きた。20分ほどの静寂の後、正面の扉から大きな音が聞こえ出したのだ。
どん!どん!それは、まるで鉄球が廃ビルを壊すあの音にも似た激しいものだった。
当然、生徒達は恐怖で震え上がり次々に絶叫しだした。


「落ち着けよ!」
が怒鳴るように叫んだが一向に効果はない。
「フェンスが壊されている!」
誰かが叫んだ。確かに電流フェンスの一部が破壊されていた。
正面扉から聞こえる音はさらに大きくなっていく。
クラスメイト達は銃を手に雪崩のように正面とは逆、つまり裏に向かって走り出した。


「待つんだ!」
川田の制止も聞かずクラスメイト達は全力疾走だ。そう大きくない建物、すぐに裏口に辿り着いた。
扉は内側からは開くオートロック式だったらしく簡単に開いた。
そして複数のクラスメイト達はそのまま逃げ出した。
「まずいことになったな。連れ戻さないと危ないぞ!」
川田の言葉を聞き、反射的に七原が「俺が連れ戻す」と後を追っていた。
三村と杉村、そしてもだ。川田が素早く扉を閉め「殴られたくなかったら落ち着け!」と一喝。
顔面蒼白のクラスメイト達はその場に震えながら崩れ落ちた。
「……逃げたのは7人か」
探しに行った達を除けば、赤松、飯島、旗上、山本、さくら、有香、好美の姿がなかった。














俊彦は拡張工事の為の車両の陰に座り込んでいた。

(水島は胸糞悪いくらい嫌な野郎だぜ、本当に反吐がでる。
でるけど……敵にまわしたら本当に怖い野郎だぜ)

K−11が救出に来ることをみなしての作戦。餌をつかっての一網打尽。
その為に水島はもっとも残酷な方法を選んだ。
俊彦は彼らは未成年専用の拘置所にでもしばらくおかれると思っていた。
だが水島が選んだのは拘置所どころかワールドと呼ばれる危険な場所。
海軍の俊彦は詳しい事は聞いていないが、科学省の生物兵器を軍が何匹が譲り受け飼っている場所らしい。
ワールドは未完成なので普段は地下に閉じ込めているとか。


そいつらを久しぶりに地上に解き放つ。そんな場所に年端も行かない少年達がいるのだ。
この情報を裏社会に流せばK−11はすぐに駆けつけるだろう。
一刻の猶予もならない。相手は駆け引きの通用する相手では無いからだ。
じっくりと救出計画を練る暇もないだろう。
よって待ち伏せしていれば通常より簡単に捕獲できるというのが水島の狙いだった。


(理屈じゃわかるけど、そのために、あんな子供を……やっぱり、あいつは好きになれない)

遠くから足音が聞こえだした。それも2人分。
俊彦は銃に手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。走ってきたのは、どう見ても戦闘は素人のカップルだ。
そう走ってはいないはずなのに、かなり息が上がっている。
特に女の方は、その場に倒れこんでいるではないか。
(……おいおいマジかよ。脱走してきたらしいけど、ここまで来るには大した距離ねえはずだぞ)
俊彦の存在に気づかず彼らはネガティブな会話を始めた。


「さくら頑張って。早く逃げないと殺されるぞ!」
「……もう駄目。私にはわかるの、絶対に逃げられっこないわ。
私はもういいの。でも和君は……逃げて。私はここで終わりにするから……」
女はすぐそばの崖を意味ありげに見詰めている。俊彦は口の端が引きつっていた。
「さくらが諦めるなら俺も一緒に行くよ……さくらの価値観に殉じるよ」
おまけに男の方は、そんな彼女を励ますどころか、あっさり自殺に付き合うというではないか。
(……おいおい、よしてくれよ。恋愛ドーパミンにらりってる連中は理解できないぜ)
俊彦は頭が痛くなったが、とりあえず自分の任務を遂行する事にした。




「おい、おまえら!」
カップルは盛大にびくっと反応して此方を振り向いた。
「さっさと元の場所に戻れ。でないと再逮捕するぞ」
「う、うわぁ!」
男は銃を手にしていた。しかし恐怖で焦っているせいか、まともに構えることすらできない。

(コルト357マグナムじゃねえか……あんなへっぴり腰で)

麻薬の禁断症状のように揺れながらも山本はトリガーに指をかけた。
しかし俊彦は逃げようとしない。絶対に命中しないとわかっているのだ。

「痛い目にあわせることになるぞ。第一、おまえなんかじゃマグナムの威力に耐えられないぜ」
「く、来るなあ!」

男が発砲した。銃口が火を噴くと同時に男は背後に盛大に転倒、そのまま崖から落下した。




「や、山本!!」

2人を追いかけていた七原。全力疾走で崖に駆け寄った。
そして血まみれ死体を目撃する羽目になった。
「……やれやれ。しょうがねえな」
七原はゆっくりと振り向いた。男が携帯電話を取り出している。
「死人が出たから死体処理班寄こしてくれ」

――こ、こいつ!

七原の中で怒りの業火が盛大に燃え上がった。


「よくも山本を殺したな!!」




【B組:残り44人】




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