「……

黒己は俯いた。は、言い過ぎたと悔やんだ。
嘘偽りのない言葉だったが、ただでさえ危ない黒己に対しては挑発行為になってしまう。
黒己の感情が爆発したら、そのとばっちりを受けるのは間違いなく徹や直人だ。


「……思慮がなさすぎたわ」
小さな声で呟いたが、徹や直人には、しっかり聞こえてしまった。
「気にすることないよ、本当のことじゃないか」
「ああ、それに奴を刺激したとしても、それなら、それで結構だ。
冷静さを失った獣ほどしとめやすいものはない。さっさと片をつけてやる」


黒己が、ゆっくりと顔をあげた。
般若のような形相を予測していたは驚いた。
黒己は何と笑っていたのだ。殺気も感じない。しかし、それが返って不気味だった。


「言ってくれたな


と同じ不安を徹や直人も感じたらしく、二人ともに「さがってろ」と合図してきた。
「そこまで嫌われたしょうがない」
黒己は本当にさばさばした表情をしている。
今までの粘着質な執拗さが嘘のようだった。まるで別人だ。
「おまえは俺をあきらめの悪い男だと勘違いしているようだが、それは誤解だ。
そこまで嫌われているのなら、もう愛される努力はしない。絶対にしない。安心しただろう?」
は心の中で「いつ、愛される努力なんてしたのよ!」と叫びたかった。
「だから、もういい。おまえの愛情は欲しがらない。これで――」
黒己が、ゆっくりと歩きだした。




「何の未練もなく、おまえを殺せる。もう、おまえに愛はない。
可愛さ余って憎さ百倍。おまえを虐殺し死体をばらばらにして基地中にまいてやる。せいぜい怯えて死にやがれ」




「何だと!?」
徹が甲高い声をあげた。
「おまえにはもう愛がない。だから後腐れなく八つ裂きにできる。
おまえの残された使い道は]シリーズに対する嫌がらくらいだ。だから虐殺する。
俺を拒み続けた、おまえ自身が招いたことだ」
「……いかれてやがる」
直人が低い口調で言った。


「もう、許しをこうても遅い。さよなら、愛していたぞ」




Solitary Island―164―




先に体の自由を取り戻し始めたのは紫緒だった。
紫緒は、ゆっくりと近づいてくる。桐山は呼吸を整えながら構えた。
だが手足に、まだ痺れが残っている。とてもじゃないが、まともには動けない。

(まだだ。今のままでは勝てない)

本意ではないが、ここは一旦引いた方がいいと判断して後ずさりした。
しかし紫緒は逃がさないとばかりに間をつめてきた。
桐山はリモコンのボタンを押して、紫緒との間に壁を作ろうとした。
だが紫緒の動きの方が早い、素早く降りてくる天井の下をくぐり抜けられてしまった。


「やってあげるよ」
紫緒はピアノ線を取り出した。
「僕は殺すときはきっちり殺す。その首を胴体から切断してやるんだ」

(感覚が戻ってきている。だが、まだだ。今のままでは勝てない)

紫緒も桐山の復活を本能で感じたのかスピードをあげてせまってきた。
桐山は必死で紫緒を避けた。しかし、ぎこちない動きでは反撃できない。
それどころか紫緒に足を引っかけられ、桐山は派手に転倒してしまった。




「もう逃がさない、今度こそ!」
紫緒が桐山の首に素早くピアノ線を巻き付けた。
「切断、切断ー!!」
紫緒は狂ったように叫びながら両腕を左右に引いた。
だが桐山も大人しく殺されてやるような人間ではない。渾身の力で紫緒の手首をつかんだのだ。
「僕はやめないよ!」
紫緒は力任せに腕を動かした。桐山の首にピアノ線が食い込む。
僅かだが血が滲みだしていた。
一瞬でも紫緒から手を離したら、その瞬間に桐山の首は切断されてしまうだろう。


「粘るね。でも、これで終わりさ!」


腕力勝負では明らかに桐山が不利。それは桐山自身が誰よりも理解していた。
このままでは命の炎が消えるのは時間の問題。
桐山は紫緒の顔面に頭突きを食らわした。紫緒が一瞬体勢を崩すと、力を振り絞り今度はボディに蹴りを入れる。
紫緒が大きく体勢を崩した隙にピアノ線をふりほどいた。首には、くっきりと赤い線がついている。
さらに桐山は間髪入れずに紫緒の軸足に足をかけると、テコの原理を利用して倒した。
そしてナイフに全体重をかけて、紫緒のボディに突き刺した。




「うっ……!」
紫緒は僅かに呻いたが断末魔どころか悲鳴すらあげなかった。
桐山は紫緒のボディの違和感にきづいた。肉を切り裂いた手応えが全くない。
何よりもナイフが服を通過した瞬間にぴたっと止まった。
「防弾チョッキか」
桐山は今度は紫緒の頭部に攻撃を仕掛けた。だが紫緒の反撃が始まっていた。
ナイフの先端にメリケンサックが激突。科学省特製の特殊合金は簡単に刃を叩き折った。
さらに桐山のボディにメリケンサックが食い込む。桐山の眉が歪んだ。


「いつまで僕に馬なりになってるのさ。そんな事していいのは蒼琉だけだよ!」
先ほどのお返しとばかりに、桐山は紫緒に突き飛ばされ床に投げ出された。
「ふふふふふー!今度こそ!」
紫緒は、ほとんど体の自由を取り戻している。反して桐山の体は、まだ思うように動けない。
あまりにも不利だった。今は逃げるしかない。
リモコンを使い再度紫緒との間に壁を作ろうとしたが、それを察した紫緒の動きの方が早い。
リモコンを蹴りあげられた。もう逃げることもできない。


「今度こそ、きっちり殺ってあげるから」
紫緒が銃を取り出した。桐山は紫緒を見据えながら後ずさりした。
「君はしつこいからきっちり頭を撃つよ」
紫緒の腕がまっすぐ桐山に向いている。銃口からは不気味な光が放たれていた。


「綺麗な子は好きさ。だから僕は美しい子は可愛がってから殺すことにしてる。
でも不思議だな。君には妙な気持ちしかわかないんだ。すごく綺麗な子なのに敵対心と嫌悪感を覚える。
だから君の事は綺麗に殺してなんかやらない」

トリガーにかかっている紫緒の人差し指が動いた。


「バイバイ」














「八つ裂きだぜ!!」

黒己が飛んだ。徹や直人には目もくれない、目的はであることは明白だった。
空中でくるりと半回転すると、天井を蹴り三角飛び。
その到達地点に立っているのは、もちろんだ。

「貴様、をっ!!」

徹は銃を構えたが僅かに遅かった。弾道には、すでに黒己はいない。
黒己はに飛びかかっていた。その勢いでは仰向けに転倒。
黒己の手が首に延び、はすぐに呼吸困難になった。


「望み通り、殺してやる!」

黒己は力任せにの首をしめながら、頭を床に叩きつけた。
息苦しさと頭に響く衝撃での意識はあっと言う間に遠のいていった。

!!」

に危害を加えられ徹は半狂乱になって黒己を襲撃した。




から手を離せ!!」

黒己の首に腕を巻き付け、必死に引き離そうとする。
だが黒己は徹など眼中にないとでもいうかのようにの首をさらにしめた。

「貴様ぁ!!」

徹は黒己のこめかみに銃口を押し当てた。


「俺を撃てばも死ぬぞ」
「何だと?」

徹は、それを黒己の嘘だと思ったが直人は違った。


「徹、奴の手首を見ろ!」


黒己の指には、この男には不似合いな腕輪がはめられていた。
特選兵士の徹と直人には、それが何なのかわかった。




「……毒針仕込みか」
直人が声を絞り出すように言った。
「そうだ、科学省が開発したものだ。暗殺用じゃない、万が一の場合の相討ち用だ」
国防省であらゆる殺人小道具を見てきた直人は、それだけの説明で指輪がどういうモノなのか察した。
「……貴様の脈拍が停止したら毒針が作動する仕掛けなんだろう?」
「鋭いな。ご名答だ」
黒己は笑っている。


「猛毒だ。の首にぶすっといくぞ」
「……貴様」
徹は、これ以上ないほど憎々しげな目で黒己を睨みつけた。
「銃を離せ」
「……よくも」
難しい判断を徹は迫られた。銃を離せば毒針の出番は、とりあえずはなくなる。
だが毒殺か絞殺かという違いだけで、このままの命の灯火が消えることに何の代わりもない。


「徹が銃を離せばから手を離すか?」


「直人!こんな獣に交渉なんか通用しないぞ!!」
「……仕方ないだろう。それともを殺されてもいいのか?俺としては任務最優先で、それでもいいんだぞ。
も仮にも、こっち側の人間だ。覚悟はできているだろう」

「……俺はが殺される覚悟なんかできてない。そんなものくそくらえだ」

徹の迷いは微かに震える銃身を通して黒己にも伝わったようだ。
銃を突きつけられているにもかかわらず、余裕の笑みすら浮かべているのが、その証拠。




「……と、徹」
が弱々しい声を上げた。
……!」
「私にかまわないで。私は徹や直人の足手まといになってまで生きたいとは思わないわ……だから」
「冗談じゃない!」
徹は「ダメだ。君だけは絶対に見殺しになんかできない。絶対に死なせない!」と頭を左右に激しくふった。


「ふふふ、いいぞ。俺から銃を離せば、の首から手を離してやってもいい」
黒己が、余裕たっぷりの口調で言った。
「……貴様!」
徹の感情は殺意にあふれていたが、の命がかかっているせいで滅多な行動はとれない。
「さあ何をしている。さっさと俺から銃を離せ」
徹はくやしそうに黒己のこめかみから銃口を離した。
「銃を遠くに投げろ」
徹は躊躇したが、黒己が強い口調で「がどうなってもいいのか」と脅し文句を吐くと、悔しそうに従った。




「さあ立て
黒己はの肩を鷲掴みにし、強引に立たせた。
「銃は捨てたぞ。さあを離せ」
「ふん、誰が離すか。離した瞬間、貴様等は俺に飛びかかってくるだろう」
黒己は絶対的な切り札を手に入れた事をアピールした。
「いずれ、ここも爆発する。ぐずぐずしてられない。さっさと作業に戻れ」
「何だって、どうして俺達がおまえの命令なんかに!」
「……逆らったな」
黒己はの首筋に噛みついた。


「痛……あぁ……っ!!」
激痛には絶叫した。
「やめろ、わかったからに手を出すな!!」
黒己はから口を離すと、ぺっと血の混ざった唾を吐き出した。
の首筋には歯形と血液がしっかりついている。
「最初から大人しく俺の命令に従っていれば、の体に傷はつかなかった。わかったら二度と逆らうな」
徹と直人は怒りに震えながらも瓦礫をどかす作業に取りかかった。

「さっさとするんだな。逆らったら、次は耳に噛みついてやるぞ」














桐山は必死に逃げようとしたが、足が、もつれてバランスを崩した。
その瞬間、紫緒の銃が火を噴いた。
桐山のこめかみから血が噴出。そのまま、桐山は崩れ落ちた。

「……終わった。やっぱり素人、あっけなかった」

紫緒は溜息をつくと、「簡単すぎて物足りない」と呟くように言った。
「それにしても……」
紫緒は桐山に近づくと、その動かなくなった顔をじっと見詰めた。
「……やっぱり奇麗。僕の蒼琉には負けるけど」
いつもの紫緒ならば、剥製にしたい欲求を覚えるほどの桐山の美貌。
しかし、紫緒は「……本能的に嫌だな」と言った。


「でも、もう終わったんだから――」
全てが終了したと思い、無防備に屈んで桐山を見詰めていた紫緒の目が拡大した。
桐山の瞼が開いたのだ。
「な、何だって!!」
慌てて姿勢を正そうとするも、桐山の拳が顔面にヒット。
紫緒は、そのまま壁まで飛ばされて激突する羽目になった。


「ど、どうして……!?」
「きちんと確認するべきだった」


桐山が、ゆっくりと起き上がった。こめかみからは流血している。
それなのに生きている。つもり弾丸は、こめかみを僅かに削っただけで、脳には達してなかったのだ。
まさしく間一髪の幸運だった。
自由を失っていた桐山が体勢を崩したおかげで、急所が外れていたのだ。
そして、倒れている間に、体の自由を取り戻すこともできた。




「容赦なく反撃させてもらう。理解してくれるかな?」




【残り21人】
【敵残り6人】




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