坂持金発!!あの脂ぎった中年野郎!
誰が、おまえたち薄汚い政府の言いなりになるかよ!!
沼井充(男子17番)はワルサーを握り締め走っていた。
向かっているのは南の端。 その場所には沼井が誰よりも敬愛する偉大な男がいる。
「充」
その声に沼井は反射的に振り向いた。
「ボス!」
プログラム。この狂った国の最も狂った法律。
その中に投げ込まれたというのに、その少年は冷静そのものだ。
「オレはコインを投げたんだ。裏が出たらゲームに乗る――」
沼井は一瞬言葉を失った。 スッと立ち上がると少年は岩から飛び降りた。
月明かりに反射して、砂浜のコインが波間から光を発している。
そのコイン、そして少年を交互に見詰める沼井。
「――表がでたら政府と戦う」
それが全ての始まりだった。
桐山和雄(男子6番)――それが少年の名前だった。
Solitary Island―1―
すでに桜の木々も若葉が目立つ5月。 あちこちの観光地で学生の姿が最もよく見られる。
そう、季節は修学旅行シーズンに突入したのだ。
中学生最大の思い出を作ろうと張り切る学生たち。
それは広高市立春見中学校の3年B組の生徒諸君も例外ではない。彼等は今、船上だ。
ちょっとした豪華なフェリーで船旅といえば聞こえはいいが、観光先は政府が推奨する島なので期待出来そうも無い。
何でも、その島は本島とは少々離れた場所にあり、普段は漁師でさえあまり近寄らない無人島だったらしい。
あるといえば海くらい。本当に何も無い所だったのだ。
しかし近年海底に遺跡らしきものが発見されたことがきっかけで、その島を一大観光スポットにしようと政府が乗り出した。
ホテルも完成、道路や港も整備された。
そして、そのモニターに全国の学校、いやクラスから彼等が選ばれたというわけだ。
だが、今は五月。その島がどんなところかはわからないが、元無人島というからには、やはり海水客相手の観光地だろう?
夏ならともかく、春のこの時期に楽しめる道理がない。 それにしても、なぜ彼等がモニターに選ばれたのか?
それには色々と事情があるが、春見中学校が普通の中学校とは少し異なることも理由の一つだろう。
春見中学校3年B組生徒42人。内男子生徒32人、女生徒10人。
随分と男が多いクラスだ。 いや、春見中学校全体から見ても、女生徒は三割程度しかいない。
この地域には余程女が少ないのか?いや、そうではない。
この中学校は以前は全寮制で、他県からの学生も受け入れていたが、その対象は男子のみだった。
と、いうのも、この大東亜共和国という国は軍国主義で、政府は軍に莫大な予算をつぎ込んでいる。
それは教育界でも例外ではない。 この国で一流校とは士官学校を指す。
そのため、士官学校予備校のような校風を持つ中学校も存在する。春見中学校がまさにそれだ。
そして軍とは一部に女性もいるが、その多くは男性によって構成されている。
その為、春見中学校もほんの二年前までは男子中学校だったのだが、近年少子化が進む昨今、男子のみを対象としていたのでは学校経営が成り立たないと、共学になり全寮制も廃止になった。
しかし、二年前まで男子中学校。それも士官学校の進学校だった春見中学には相変わらず男子生徒が多かったのだ。
船の後にたつ白波。まるで飛行機雲のように海原という空に白い一本の線を引いている。
「美恵
」
その声に天瀬
美恵【女子10番】
は振り向いた。
「カイ」
その相手、寺沢海斗(てらざわ・かいと)【男子18番】とは親友だ。
ちなみに『カイ』とは海斗が美恵にのみ許しているニックネームで、このクラスでそれを使用しているのは美恵、ただ一人だ。
「客室に入れよ。天気が悪くなりそうだ」
「ここでいいわ」
美恵
は、フェリーに乗り込んでからというもの、ずっと外で海を眺めている。
「何かあったのか?」
普通なら『船酔いか?』と聞くところだが、海斗は美恵
のことをよく知っていた。
特別船酔いに弱いタイプではないのに、この旅行が始まってからというものずっとこうだ。
いや社会見学、キャンプ……とにかく学校行事で出掛ける時、美恵はいつもこうなのだ。
「とにかく入れよ。さっき船員が話してるのを立ち聞きしたんだけど、どうも荒れるらしいぜ」
「……そう、すぐに行くわ」
「ああ、早く来いよ」
そう言うと海斗はその場を後にした。
しかし、美恵
は一向に動く気配がない。
ちなみに場所こそ違うが、大人しく客室にいることを拒み外のデッキにいるのは美恵
だけではなかった。
「どうだ様子は?」
高尾晃司(たかお・こうじ)【男子15番】、その両脇には堀川秀明(ほりかわ・ひであき)【男子26番】と速水志郎(はやみ・しろう)【男子23番】がいる。
「異常は無い」
「本当に、このクラスで間違いないのか?」
「さあな。オレにはわからない」
この3人は去年、そう二学期が終る頃に突然転校してきた。
元々、このクラスは去年の夏頃から転校生が何人か転入してきたのだが、それでも3人まとめてというのは珍しい。
しかし、クラスメイトが驚いたのはそんな些細なことではない。
3人が教室に入ってきたときの美恵
の態度だ。
特に、高尾の顔を見た途端、驚愕の表情で突然立ち上がったのだ。
「……そんな」
その声はあまりにもかそぼく隣の席の者ですら聞き取れなかった。
だが、美恵
の態度にクラス中は思った。
美恵
は1年の終わり頃に転校してきてから誰とも親密な付き合いをしようとはしない。
その為、クラスの女子の誰とも友達とは言えず、その美貌から交際を申込んできた男子生徒も何人かいた。
だが、誰とも付き合おうとはしなかった。
高尾晃司は教室に入った瞬間、クラス中の女が思わず瞳を拡大させてしまったほどの容姿の持ち主だ。
おそらく美恵
が転校する前の学校での顔見知りだろう。
もしかしたら恋人かもしれない――と噂された。
しかし放課後、クラスメイトたちに質問攻めにされた美恵 は『知り合いと思ったが人違いだった』と、その可能性を全面否定。
そして晃司の方も、美恵
に近づこうとはしなかったので、やがて噂も自然消滅した。
美恵
は、ふと左方に視線をやった。
少年がいる。自分のように海を見詰めているようだ。美恵 は、彼に近づいた。
「桐山くん」
その少年の名は桐山和雄(きりやま・かずお)【男子6番】
「天瀬
」
「ここで何してるの?もうすぐ荒れるみたいよ、客室に入ったら?」
「天瀬は入らないのか?
」
「私?」
「ああ、そうだ」
「私はここでいいわ。外にいたい気分なのよ」
「そうか。天瀬がそう言うのなら、それも悪くないんだろうな
」
美恵
はほんの少しだが笑みを見せた。
桐山は不思議な少年だ。何を考えてるのかわからない。何も考えてないのかもしれない。
しかし、そばにいて不快に思ったことは一度もなかった。むしろ居心地がいい。
他の女生徒たちは桐山を近寄り難い存在と思っていたが、美恵
はその反対だったのだ。
そう言えば桐山の素性は誰も知らない。
この春見中学校は全寮制こそ廃止したが、今でも寮を存続させている。
士官学校絡みと言うこともあって軍関係者の子供が多いも特徴だが、寮制ということでわけありの生徒も少なくない。
家庭に事情があり他県からやってくる生徒が一人や二人ではないのだ。
桐山も他県から来たらしく、誰もそれ以前の経歴を全く知らない。かと言って寮にも入っていない。
中学生にしては贅沢すぎるくらいのマンションで一人暮らしだ。
ちなみに桐山の境遇は特別だろうが例外というわけではない。
美恵
の親友の海斗も家庭に事情があり父親に用意させたマンションに一人暮らしだ。
桐山がお金持ちの息子と言うのはわかる。しかし、それ以上のことは誰もしらなかった。
「天瀬
」
「何?」
「おまえはオレの知らないことをよく知っている。だから、もし知っていたら教えて欲しい」
桐山はそっとこめかみを押えた。
「ここが疼くんだ」
「……………」
「クラスメイト全員で出るときはいつもそうだ。なぜなのか何度考えてもわからない」
「……桐山くん、それは……」
「おーい、おまえたち」
それは担任の渡辺正道先生だった。
「すぐに船内に入れ。どうやら嵐が来るようだ、すぐに近くの島に寄港するぞ」
黒雲が天を覆い始めていた。
「天瀬、中に入ろう
」
「……ええ」
空が闇に覆われるのと同時に海が踊り狂い出した。
それは、これから始まる悲劇の序章でもあった。
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