初めての壁外調査は散々な結果で終わった。
多くの犠牲者をだし、巨人の驚異と恐怖を骨の髄まで染み込ませられた。
その上、突然の嵐という想定外の天災に見舞われ、挙句の果てに肝心のブツを回収できなかったことは痛かった。
こんな常に死と紙一重の危険な組織と、しばらくお付き合いしなければならない。
世の中、本当に計画通りにはいかないものだ。

「唯一の収穫といやあ、リヴァイ、おまえの強さを団員たちにわからせてやったことくらいだよな」

リヴァイは強い、最強だ。
たとえ相手が巨人でもそれは変わらない。それだけは証明できた。

「ま、しょうがないか。最初から成功するなんて考えてた俺たちが甘かったんだ。
金がかかる壁外調査なんて、そうそうあるもんじゃないし、ここは時間をかけてアレを確実に奪ってやろうぜ。
幸い、団員たちはおまえの強さを目の当たりにしておとなしくなってる。
おまえの立場は強くなったんだ。やりやすくなったとおもえばいいさ」

ファーランはリヴァイの戦闘力の高さを讃えたが、リヴァイは無口だった。
最強というものは本人には退屈なものかもしれない。




俺には見えない




「なあファーラン、兄貴、かわったと思わねえか?」

イザベルがクッキーをつまみながら言った。

「ん?」
「兄貴、最近、王都の話にのってこないんだよ」

地下街から王都へ。それは、犯罪者と蔑まれている自分たちにとっては千載一遇のチャンスであり、調査兵団に入団した理由でもあった。
最初から本気で調査兵になるつもりなんかなかったのだが、どうもリヴァイの様子がおかしい。
もともと情に厚いリヴァイのことだ。巨人に立ち向かう団員たちに何か思うところがあるのかもしれないが、それは困る。

(仲間意識なんかもったら、後で辛くなるのはあいつなのに)

一抹の不安を感じたファーランはリヴァイに忠告した。


「おまえ、最近この組織に馴染みすぎてないか?」
ファーランは己の懸念を率直に伝えた。
「さっさと例のモノを手に入れておさらばしようぜ。おまえは団員たちにそれなりに信頼されてるみたいだから、エルヴィンの情報を仕入れてくれよ。それで……」


「リヴァーイ!」


ファーランを突き飛ばす勢いで駆け込んできたのは風変わりな女、ハンジ・ゾエだった。
黙っていれば結構な美人なのだが、その性格から女らしさとは、まるで無縁といっていい。


「聞いてくれ、リヴァイ。私すごいことに気づいたかもしれない。実証してみたいんだ。あなたの力を借りたいんだよ」
「おまえほど頭の切れるバカないないな」
「それ誉めてるの、けなしてるの?まあ、いいや」

ハンジ・ゾエは異様なほどの高ぶりを見せながら巨人捕獲の必要性と、その為の作戦の説明を熱く語った。
巨人を捕獲、その突拍子のない発想にファーランは呆気にとられていた。何なんだ、この女?


「頼むよリヴァイ、あなたらならできるだろ?小さい奴でかまわないからさ」
「頼む相手が違うだろう。エルヴィンに泣きつけよ」
「実行できるあなたがまず『うん』と言ってくれないと意味ないだろ。無理してでもやらなきゃいけない根拠だってあるんだ。実は、この前の壁外調査で……」

リヴァイは変わった。中でも一番の変化は交友関係だ。ここ数ヶ月というもの、リヴァイとハンジは急接近している。それなりの年月をリヴァイと過ごしてきたファーランだったが、これほどリヴァイとの間に垣根をもたない人間は初めてだった。認めたくないが自分やイザベル以上だ。
おもしろくないことにリヴァイ自身、それを悪くないと思っているらしい。
文句を言いながらもハンジの話に耳を傾けているのが、その証拠だ。
リヴァイが、こんな一方的な長話の聞き手を延々とつとめるのをファーランは一度も見聞したことはない。


「リヴァイ班長、エルヴィン分隊長がお呼びですよ」
兵士が言付けを知らせにくるとリヴァイは「そんなぁ」と落ち込むハンジを残し、腰をあげるとさっさと立ち去った。
リヴァイは、その戦績が認められ肩書きを持つ身になっていた。もうリヴァイを悪く言う団員もいなかった。




「逃げられた……巨人の頭の話、もっとしたかったのに。私たちが見ているものと実際のものは違うかもしれないって仮説、まだエルヴィンにだって教えてないんだ。
リヴァイに最初に聞いてほしかったなあ。頭の固い上の連中相手じゃ精神病院に行けって言われておしまいかもしれないんだから」
「おい!横から出てきて勝手なこと言わないでくれよ。あんたのせいで俺はリヴァイと全然話できなかったんだぞ!」
「……え?」
ハンジが瞳を拡大させ固まった。ちょっと言い過ぎたか?
「あー……いや、怒ってるわけじゃなくて」
何、言ってんだ俺は。そうだ、リヴァイ。リヴァイに、もう一度話しなけりゃあな。
ファーランは「怒鳴って悪かったな」と気まずそうに一言伝えるとハンジから距離をとった。


「……何、今の?」










「なあファーラン、いつになったら俺たち、ここから出ていけるんだよ」
イザベルが胡座をかきながら、頬をぷぅっと膨らませた。
「しょうがないだろ。例のブツが手に入らないんだから。リヴァイと相談しようにも……」
ファーランは食堂の隅を牛耳っているグループを見つめ溜息をついた。



「リヴァイ、これ」
黙々と食事をとるリヴァイの隣でハンジがティーカップを差し出している。
「私が栽培したハーブで作ったお茶なんだ。あなたが気に入ればいいんだけど」
奇妙な光景だ。リヴァイの隣にハンジ・ゾエ。それが調査兵団ではお馴染みになりつつある日常風景だった。
「健気よねえハンジは」
「これで色気があれば文句なしだな」
その二人をハンジの親友だというナナバや、酒が入ると場を盛り上げるゲルガー、他にも精鋭といっていい調査兵たちが囲んで会話が絶え間なく続いている。



「……あいつ、その気もねえのに周りに人を集める才能みたいなのあるんだな」
おかげでファーランとイザベルは、リヴァイとまともに会話もできなくなっていた。
遠巻きに様子を見ては肩を落とし、イザベルはヤキモチをやく。その繰り返しだ。
「ファーランが悪いんだぞ。さっさとエルヴィンからアレを盗まないから!」
「俺だって毎日必死に探してんだよ」
「一年もたつのに全然見つからないじゃないか。役立たず!」
そう一年、一年だ。いくら計画は予定通りにいかないとはいえ、これはひどい。
「エルヴィンの私室、執務室はもちろん、直属の部下たちの大部屋まで調べ尽くしたんだ。これ以上どこ探せっていうんだよ」
「簡単だろ。それ以外のとこに決まってるじゃねえか、このバカ!」
むかっと胸に黒いものが渦巻いた。バカにバカ呼ばわりされるのは一番むかつく。しかし単純なイザベルが出した答えが案外正解かもしれない。
「……それ以外の場所か」
直属の部下でなければ、それ以外で信頼されている部下……思い当たる人間がいる。それも目の前に。
ハンジ・ゾエ。何で今まで気づかなかったんだ。
あの女、エルヴィン・スミスのお気に入りだって話じゃないか。
ファーランは、すでに、その日の夜、ハンジの部屋に侵入することを決意していた。






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