ドリンクとタオルを手にした美恵の周りに続々とテニスプレイヤー達が集まってきた。
「サンキュ美恵
ちゃん。ねえ、今度、俺とデートしようよ」
歩く女好き千石はいの一番に駆け寄ってきた。
「千石さん、合同合宿に来てまでナンパなんて見苦しいっすよ」
「そうそう。それはいけねえぜ、いけねーよ」
リョーマや桃城の批判にも、千石は全く動じない。
「そういうお堅いことは言いっこ無しだよ。こんな時でもなければ美恵 ちゃんとお近付きになれないじゃん」
「ふざけるな!いつ、どこでだろうと、うちの美恵
に近付くんじゃねえ!!」
跡部率いる氷帝軍団登場。
「さあ来い美恵
、おまえは氷帝のマネージャーなんだから、他校の奴等の面倒までみてやることはねえ」
跡部は美恵
の手を取ると強引に連れて行ってしまった。
「……あーあ連れて行かれちゃった。跡部って案外嫉妬深いんだよね」
「ほんとっすね。ちょっと露骨ですよ」
死神さんコンニチハ
「景吾、痛いわ。手を離して」
跡部は急停止すると美恵
を木に押し付けた。
「てめえは俺の面倒だけを見てればいいんだ」
跡部の顔が近付いてくる。美恵
は焦って顔を背けようとしたが、跡部がそれを許さない。
「け、景吾、何をする気なの!?」
「あーん、すぐにわかるぜ」
唇が後数ミリで触れるという、その距離。
「いい加減にしいや跡部、自分何してるのか、わかってるんか?」
突然、横やりが入り、途端に跡部はムッとした。
「忍足の言うとおりだぜ。激ダサだな跡部」
宍戸まで(跡部にとっては)余計なことを言い出す始末。
「だよなー。俺達を無視するなっての」
向日まで呆れて返っていた。
「さ、美恵
。こっち来い、俺が守ってやるからな」
忍足は美恵
の肩を引き寄せると、人気のない林の中に連れ込もうとした。
「ちょっと待て忍足。てめえ、どさくさに紛れて俺の美恵
に何をするつもりだ?」
「……人聞きの悪いこというなあ跡部。男と女ってのは意味もなく二人っきりになりたくなる時があるもんや」
氷帝恒例の跡部と忍足の喧嘩が始まろうとしていた。
「ちょっと待って二人とも、喧嘩はやめ――」
美恵
の言葉が途切れた。全員が異常を感じ美恵
に視線を集中させる。
美恵
がゆっくりと倒れた。跡部も忍足も、美恵
に駆け寄った。
跡部の腕の中で美恵
は目を閉じ、そして動かなくなった。
「美恵
?……おい、美恵
!!」
「美恵
ちゃんが倒れたまま動かなくなった?」
「そうなんすよ千石さん。跡部さん達が医者に見せても原因がわからないって大騒ぎっすよ」
「困るよ、そんなの。美恵
ちゃんは俺の天使なのに」
「千石さん、冗談言ってる場合じゃないっすよ」
「オモシロ君、俺は真面目だよ」
「……そうっすか。でも、それ氷帝の皆さんの前で言わない方がいいっすよ。殺されますから」
「美恵
、俺だ、わかるか?クソっ……何がどうなってやがるんだ」
跡部は美恵
の手を握り途方にくれた。あれほど元気だったのに、今では眠り姫のように全く反応がない。
「なあ跡部、ちょっといいか?」
忍足に促されて部屋を出ると、他校の選手達が心配そうに立っていた。
「跡部、美恵
さんの様子はどうなの?」
あの悪魔……もとい不二でさえ心配なのか殊勝な表情だ。
「僕が看病するよ。朝も昼も夜も」
「何?」
跡部の目つきが変わったが不二は続けた。
「だから跡部、すぐに僕のベッドを彼女の病室に移すよ。君たちは、心置きなく練習してよ。
美恵さんは僕の愛情で必ず目を覚まさせ――」
「それ以上ほざいたら、その顔に破滅への輪舞曲をいやってほどお見舞いしてやるぞ」
「……何それ?」
一触即発の空気が流れた。慌てて手塚が二人の間に割って入る。
「やめろ不二、跡部も勘弁してくれ」
「うるせえ、第一、てめえら青学のくせに美恵にマネージャー業させやがって。
あいつは俺専用のマネージャーなんだぞ!」
忍足が、「氷帝の……やろ」と訂正していたが跡部は聞いちゃいない。
「あいつが倒れたのは他校の分際で、あいつを働かせたおまえらのせいだ!
なんで俺のマネージャーが、おまえらの世話までしなきゃいけねえんだ!!」
「……くどいようだけど跡部、美恵は俺達、氷帝、皆のマネージャーやで」
忍足の意見に宍戸や向日、普段は寝てばかりのジローまで頷いて同意していた。
「部員の管理くらいきっちりつけろ。それでも、てめえは部長か!?」
「すまん跡部、しかし俺には部員のプライベートにまで口出しする権限はないんだ。
特に不二だけは、とても俺の手には負えない。許してくれ」
「ふん、俺は氷帝じゃ公私の区別なく絶対君主だぜ」
いや、それは単なる我侭で、威張るところじゃないだろ――と氷帝レギュラー陣は思った。
「やっぱ丸井先輩が夜更かしさせてケーキ作らせたのが原因じゃないっすか?」
「おい赤也、それ言ったらおまえと仁王だって深夜に焼肉作らせたじゃないか」
「……あーん、何だって?」
跡部の視線が立海にロックオンされた。
「てめえらが俺の美恵をこき使ったのが原因だったのか!幸村、てめえは部員にどういう躾してやがる!!」
「やだあ、これだから体育会系って駄目よねえ。アタシ達は美恵ちゃんと仲良くしてあげてたわよね」
「そうやな小春。俺らのお笑いの新ネタの客第一号にして朝まで笑わしてやってたもんな」
ゲイカップルの雑談に、今度は忍足の眼鏡が怪しく光った。
「……何やて?謙也!自分とこの部員はどういう神経してんのや!!」
「わりー侑士、でも六角の連中なんかもっと最悪。仕事でヘトヘトの美恵ちゃんを潮干狩りに連れ出したんやで」
跡部の視線が今度は六角にロックオン……と、思われたが、すでに逃亡していた。
唯一、残っているのは乾汁によって倒れている首藤だけだ。
「とにかく、もう他校の奴らは美恵に近付くな。看病も俺がやる、とっとと立ち去りやがれ!」
跡部の凄い剣幕に全員逃げ出した。
「……全く、ハイエナどもめ」
やっと静かに美恵を看病できる。跡部は部屋の扉を開けた、そして固まった。
美恵の枕元に大鎌を持った黒ずくめの服をまとった男が座っていたからだ。
「……だ、誰だ。てめえは?」
その男が此方に振り向いた。その顔を見た瞬間、氷帝レギュラー陣は一斉に男に強襲した。
「不二ー!!てめえ、性懲りもなく美恵に手を出しにきやがったのか!」
「おまけに何や、そのコスプレは!自分、趣味が悪すぎるで!!」
「激ダサすぎるぜ!!」
「クソクソ、不二め!さっさと出てけよ!!」
「眠い……跡部ぇ、俺、美恵と一緒に寝ていい?」
「……さっきから何言ってるの?僕は不二なんてひと知らないよ」
「……不二周助じゃないのか?」
「僕の名前は不死死助だよ。職業は死神なんだ」
「不死死助だあ?紛らわしい名前しやがって……ん?」
跡部達は顔面蒼白になった。
「死神だとー!!?」
「うん、そうだよ」
「ふざけるな!美恵は、まだ若くて健康そのものなんだ!てめえなんかの出る幕じゃねえ!!」
「わかってるよ。でも仕方ないのさ、僕が選んだからね」
不二……もとい死神・不死は語り出した。
「僕だって人生の伴侶欲しくてね。そろそろ新しい奥さん捜してたんだ」
氷帝レギュラー陣はギョッとした。そして美恵の左手の薬指に髑髏の指輪がはめられている事に気づいた。
「そういうこと。僕と結婚するから彼女死ぬんだよ」
「ふざけるな!美恵から手を引け!!世の中、女なんか腐るほどいるだろう、他を当たれ!!」
「……そう言われても死神の花嫁になる条件ってのがあるんだよ。
美しいこと。心も美しいこと。そして純潔であること。彼女は条件にぴったりなんだ。
とにかく今夜の午前零時に迎えにくるから、よろしく」
お騒がせな死神は消えてしまった。残された跡部達は当然ながら騒然とした。
このままでは午前零時をもって美恵は、あの世へ嫁入りする羽目になってしまう。
「何とかしねえと」
「何とかって宍戸、相手は死神なんだぜ」
「……一つだけ手はあるで」
全員が忍足を見つめた。
「美恵を助ける方法を思いついたよ。俺を信じろ」
「忍足、本当だろうな?」
「勿論。今から、それを実行するけど、一つだけ約束してや。絶対に中をみないって」
忍足は、まるで鶴の恩返しのような約束をさせ、一人で部屋に入った。
「……嫌な予感がする」
だが跡部は、忍足が入室して三分もしないうちに我慢できなくなった。
「忍足、やっぱり、てめえにはまかせ――」
ドアを開いた跡部は絶句した。忍足が裸になっていた。
そして、美恵の服を脱がせていたのだ。何をするつもりなのかは火を見るより明らか。
「ぶっ殺してやる!!」
当然のごとく跡部は忍足に飛び掛っていた。
「落ち着けや跡部、俺の話聞け!」
「どんな理由があって、俺の美恵に、こんなマネしやがった!」
「俺はなあ……」
「美恵とセックスしようと思っただけなんや」
「やっぱり殺してやる!!」
「話は最後まで聞けや!!」
跡部は怒りを抑えて、もう一度だけ忍足の言い分を聞くことにした。
「あいつが言ってたやろ、死神の花嫁の条件ってのを。美人で性格よくて、そして処女。
つまり俺と美恵が結ばれたら、もう死神の花嫁になる資格はなくなるから死ぬこともないってことや」
「…………」
「ようやく理解したようやな跡部。俺はあくまで人命救助の為にこんな事すんのや」
「ふざけるな、最後まで話聞いたが、やっぱり許せねえ!!
口実作って美恵に手を出そうなんて、俺が許すとでも思ってんのか!
そういうことなら俺がやる、おまえは出て行け!」
「そんな事許されると思ってんのか跡部!これ考えたんは俺や、俺に権利ある!!」
「美恵は俺の女だ!」
「それは自分が勝手に決めただけやないか!!」
「クス、喧嘩はよくないよ」
その声に全員一斉に振り向いた。不二……ではなく死神が立っていた。
「てめえ、何で舞い戻ってきた!まだ十分しかたってねえじゃないか!!」
「うん、今夜迎えにくるつもりだったけど、やっぱり我慢できなくて予定早めることにしたんだ。
彼女を運ぶから、よかったら君たち手伝ってくれないかな?」
「……てめえ、誰に向かって、そんなお願いしてやがる」
氷帝レギュラー陣は切れる寸前だった。当然といえば当然だろう。
「いいか不二もどき、よく聞きやがれ。美恵には、もう心に決めた男がいるんだ、てめえは潔く身を引け!」
「え、恋人?」
「跡部の言うとおりや。俺と言うれっきとした彼氏が――」
「てめえは黙ってろ!」
跡部と忍足が大喧嘩を始めたので、宍戸が死神と交渉を開始した。
「見てのとおり、こいつらが美恵をやるなんて承知しねえよ。諦めてくれ」
「嫌だよ。それに占いの神も、彼女と僕の相性はぴったりだって保証してくれたんだ。
僕達は運命の相手なんだよ」
「何だ、その占いって?」
「僕との相性がぴったりの相手は5月21日生まれのA型、両親と兄の4人家族の右利きだって言ったんだ。
その条件に合う相手がここにいるっていうから来てみたら彼女がいた。運命の出会いだよ」
「……ちょっと待てよ。美恵のプロフィールと違うぞ、それ」
「……何だって?」
と、その時!
「たるんどる!貴様ら、いつまで油を売っているつもりだ!
いくらマネージャーが寝込んだからといって練習をさぼるとはテニスプレイヤーにあるまじき所業!
監督に代わって俺が気合いれてやる、さあコートに来い!」
全員が、その男――真田――を見つめた。
「ん?何だ、その目は」
5月21日生まれのA型……以下略……。
「……こいつだよ、この、体育会系野郎」
「……ああ、そう」
不死はガクっと、その場に項垂れた。その姿は哀れですらあった。
「……僕、帰るよ」
「……ああ、そうしろ。元気だせよ、世の中、女は美恵だけじゃないんだから」
「……うん」
こうして、真田のおかげで死神は立ち去ったのだった。
「何だ?一体何なのだ、あの男は……不二に双子の兄がいたのか。それも服装のセンスが悪い」
「……気にするな真田。とにかく、美恵は助かったんだ」
宍戸は溜息をついて振り返った。そこには、今だ激しい喧嘩をしている跡部と忍足が……。
「……後はこいつらを何とかしないとな。……はぁ」
――1週間後――
「皆さん、本当にお疲れ様」
合同合宿も、つに最終日を迎えた。妙な死神騒動を除けば順調だったと言えよう。
「これで他校の連中が美恵に近寄る事もねえわけだ」
「これで、やっと安心できるわ。世の中、変態が多すぎる」
跡部と忍足の言い分に宍戸は思った。おまえらが一番やばいんだよ、と。
「でもさー。これでやっと帰宅できるC。あれ、美恵は?」
美恵の姿が消えていた。
「……あ、あの」
青学の副部長・大石が済まなそうな表情で立っていた。
「……大変申し訳ないんだが、うちの不二が、その~」
大石は、その場に土下座した。
「お姉さんの占いで美恵さんとの結婚の相性がぴったりだと言い出して拉致してしまいました!
非常識な部員に代わって副部長の俺が謝罪します、本当にすみません!!」
――本当の恐怖は、架空の魔物ではなく、現実の人間の中にいる。
と、いうことを跡部達は知ったのでした。
メデタシメデタシ。
END
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