夏がきた!
夏といえば青い空に白い雲、そして何といっても海!!

海水浴こそ夏最大の風物詩。
だが人混みにまみれるというきついものでもある。
しかし跡部の海水浴は違った。
跡部は一般庶民が味わう群衆に占領された海辺というものを知らない。

なぜならー。


「あーん。俺様の海水浴は常にプライベートビーチだからなあ」




夏のバカンス




「やっぱり持つべきものは金持ちのダチだよなあ」
「岳人、そういうこと言うもんやないで」
「だってよ侑士、こんな最高の海辺を広々とつかえるなんて、すっげえ気持ちいいじゃんか」
「まあ、それに関しては異論はないで」

氷帝テニス部の夏休みは跡部様の恩恵を受けまくり。
エメラルドグリーンの海に囲まれた跡部家所有の島でバカンスを過ごしていた。


「宍戸さん、スキューバーダイビングなんてどうですか?」
「いいじゃねえか」
鳳はすでに青春を思う存分味わい幸せそうだ。
ジローと日吉はすいか割り。
樺地はパラソルの下にいる跡部を大きな団扇で扇いでいる。
「樺地、飲み物追加だ」
「ウス」
一人になると跡部はトロピカルジュースを口に運びながら、ある不満を口にした。


美恵のやつ、ぐずぐずしやがって。何してやがるんだ?」

美恵の水着姿を楽しみにしていた跡部。
かといって美恵の水着サービスを不特定多数の人間に披露するなどとんでもない話だ。
このプライベートビーチならば、そんな心配はない(もっとも忍足という特定少数のガンはいるが)
思う存分、楽しもうと思っていた跡部は一分一秒が長く感じた。
女は男よりも着替えに時間がかかるといっても、さすがにかかりすぎだ。
跡部は我慢できなくなった。軽く舌打ちすると別荘に戻ることにした。














「……せっかくの海水浴なのに」

美恵は跡部からあてがわれた部屋のベッドに腰掛け残念そうに溜息をついた。

『俺様が選んでやったんだ。ありがたく着ろよ』

そう言って強引に渡された露出度満点のビキニも今となっては無用の長物。


「……気持ちいいでしょうね海水浴。私も泳ぎたかった」
「おい美恵!!」

ノックもなしに突然入室してきた跡部に美恵はびっくり仰天。


「け、景吾、どうしたのよ?」
「どうしてもへったくりもあるか!何だ、その格好は?
てめえ、俺様がせっかくフランスから取り寄せた水着を無駄にする気か!?」
「あの……ちょっと体調が悪くて」
「何だと?そんなこと俺が許すとでも思ってんのか?
泳ぎがだめなら水着になって俺と一緒にパラソルの下で寝てりゃあいいだろ。さっさと着替えろ!!」

跡部は美恵に飛びかかってきた。




「きゃあ!」
ベッドに押し倒され、強引にタンクトップを脱がされてゆく。
「ま、待ってよ景吾」
「うるせえ!」
ブラジャーまではぎ取られてしまった。
「ついでだ」
おまけに、どさくさに紛れて、景吾は美恵の胸を鷲掴みにしてきやがった。


「ちょっと、どこ揉んでるのよ!!」
「あーん、今更だろ?俺達はお互いの背中のほくろの数まで知ってるんだ間柄なんだぜ」
「いい加減にしてよ……あぁっ……!」
「素直になれよ。気持ちいいんだろ?」
「あ、あのね!あなた、何しにきたの!?」
「おっと、そうだった。てめえが挑発するから目的忘れるところだったじゃねえか」
「……何て勝手な男なのよ」

もう呆れて言葉もでない。
こんな男に惚れ抜いている自分は、もしかしてとんでもない過ちをおかしているのではと思えるほどだ。




「何で海岸に来ないで部屋に閉じこもってんだ」
「……だから体調が悪いって言ってるじゃない」
「嘘つくんじゃねえよ。俺様のインサイト見くびるな」
「……本当に都合のいい眼力よね」

跡部はてこでも動かない構えを見せている。もう真実を話すしかないだろう。


「あ、あのね……急にあれがきたの」
「あれだぁ?」
「私だって楽しみにしてたのよ。景吾のプライベートビーチで海水浴なんだもの。
でも、こればっかりは仕方ないじゃない」

跡部は怪訝な顔をしていたが、元々勘がいい男なのですぐに察した。


「……おい、おまえの予定は4、5日先だろ?」
「……そうなんだけど、女の体は機械じゃないんだから狂うことだってあるわよ」
「俺は今夜おまえと楽しむつもりだったんだぞ」
「……何言ってるのよ。忍足達だっているのに」

こうして跡部の夏休み最大のイベントは開始早々頓挫した。














夕食の時間になった。跡部は、はたからわかるほどピリピリしている。
目の前のご馳走にも手をつける気配はない。

「なあ侑士、跡部どうしたんだよ?」
「知るか。とにかくさわらぬ神に祟りなしや」

忍足達がおそれるほど跡部は不機嫌な態度だった。


「ねえねえ跡部、何怒ってるの?」
怖いもの知らずなのか、全く気づいてないのか、ストレートに質問したのはジロー。
「別に怒ってなんかねえよ」
「えー、そんなの嘘だろ?跡部怖い顔してるもん」
跡部の形のいい眉がぴくっと動いた。
「それに美恵も様子がおかしかったC」
跡部はその時初めて美恵の姿がないことに気づいた。

「さっき外に出ていったけど、どうしたんだろう?」
美恵が?」

もしかして俺のせいか?

跡部は立ち上がると部屋を飛び出していた。














「……綺麗」

東京とはまるで違う。満天の星空に美恵は魅入られていた。

「それに海も綺麗」

月明かりに照らされて、きらきらと輝く様は、まるで宝石を散りばめたようだった。
昼間とは全く違う美しさに美恵はうっとりしていた。


「泳ぎたかったな」

サンダルをぬぎ、波打ち際に足をつけると心地よい冷たさを感じる。

「気持ちいい。それに波しぶきがキラキラ光って、まるで真珠みた――」


美恵ー!!」

ロマンティックな静寂をやぶる跡部の大音響。


「え、景吾?」
「はやまるな美恵!!」
「はやまる?」

きょとんとする美恵に血相を変えた跡部が飛びかかってきた。




「きゃあ!」
バランスを崩し、そのまま跡部ごと砂浜に横たわる羽目に。
「ちょっと何するのよ景吾!あーあ……服がびしょ濡れになったじゃないの」
「何するのじゃねえよ!」
「何よ、突然」
「何って、ジローがおまえの様子がおかしいっていうから、まさか昼間の俺の態度に傷ついて……。
俺は……俺は、こんなに焦ったことはなかった……!」
美恵は砂浜に横座りの体勢で体を起こした。


「あの……まさか、景吾」
「おまえが海に入っていくのが見えて心臓が止まるかと思った」
唖然としていた美恵だったが、やがて吹き出して大笑い。
「何だ、俺は真剣なんだぞ」
「ごめんなさい。でも早とちりもいいとこなんだもの」
美恵は口元を両手で押さえた。それでもなかなか笑いは止まらない。


「おい、笑いすぎだ」
「だって、いちいち、あなたが不機嫌になるたびに海に飛び込んでたら、命がいくつあっても足りないわよ」
「……何だ、それは。まるで俺がいつも不機嫌な人間みたいじゃねえか。あーん」
「いつもとは言わないけど、景吾って子供みたいに、すぐに駄々こねるじゃない。根っからワガママなんだもの」
跡部は少し考えて、「……そんなに俺はワガママか?」と、真顔で尋ねてきた。
美恵は再び大笑いしていた。














「エメラルドグリーンの海や白い砂浜ばかり想像してたけど、それに劣らないくらい綺麗な夜空よね」
「ああ、そうだな」

美恵と跡部は砂浜に並んで座り空を見上げていた。


「昼間に海ではしゃいでいたら、今頃つかれて別荘の中だもの。
もしかして、この美しい夜空に気づかずに眠りについていたかもしれない」

美恵は目を閉じた。微かに頬にあたる潮風はひんやりとして、これもまた気持ちよかった。




「ありがとう景吾、こんな素敵な思い出を私にプレゼントしてくれて」

「俺の方こそ」

跡部は、ふっと笑みを浮かべた。


「グランブルーの海を背景に月光に照らされるおまえは、まるで見たことのない魅力的な女だぜ」


「……何をいうのよ」

頬を染めて微かに俯くと跡部が肩に腕を回し引き寄せてきた。

「もっと顔をよく見せろよ」

いつもと違う雰囲気に美恵は戸惑いながらも跡部の瞳を見上げた。




「愛してるぜ美恵」

重ねられた手から伝わる跡部のぬくもり。

「……うん。私も愛してる」

跡部の顔が近づいてくる。美恵は、そっと目を閉じた。
バカンスはキスまでで終了。でも、たまには、それもいいと思う跡部だった。




END




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