「……じゃあ、あの話はマジだったんだ。超やばくね?」
本日は待ちに待ったテニス大会。関東の強豪校が続々と会場に集結。
立海のライバル校である青学や氷帝に注目が集まるのは当然だが、切原と丸井の視線は違う意味で怪しかった。
まるでおぞましい物を見てしまった。そんな感じ。
跡部がインサイトに長けてなくてもわかるほど露骨な目つきだった。
普段は笑顔で済ましている不二も開眼して訝しげな表情をしている。
当然ながら、跡部や不二は黙っているような性格ではない。
「てめえら、言いたい事があればはっきり言え」
「僕をまるで犯罪者を見るような目で見るなんて釈然としないね」
切原と丸井は触らぬ神に祟りなしとばかりに立ち去ったが。
「……何なんだ、あいつら。おい真田、おまえのところの部員は俺に文句でもあるのか?」
「なにぃー!跡部よ、貴様らは自分達のしたことを棚に上げてうちの部員を責めるつもりか!!」
「はぁ?」
「跡部、不二!!貴様らがどんなにドロドロぐっちゃぐちゃな人間かは、もはや天下の知るところだ!!
観念して前非を悔い頭を丸めて残る生涯を贖罪のためについやせ!!
さすれば、貴様らが犯した罪を俺も胸におさめてやろうではないかっっ!!」
「……罪?」
「そうだ!俺が何も知らないと思うなよ。貴様らの罪はすでに口伝えによって知っておるわ!!」
「……何の話だよ」
「人魚姫だ!!」
跡部と不二は唖然とし、真田だけがエキサイティングしていた。
人魚姫
――それは一時間ほど前に話が遡ります。
「あー、つまんないなあ。幸村部長、何か話して下さいよ」
「そうだなぁ、面白いやつ頼むぜ」
「そうだな。じゃあ俺が病院で盗み聞きした裏話を教えてあげるよ。
実は整形だったアイドルの実名がいいかな?それとも、あの女優は実は性転換した元男だっていうのはどう?
身近な話もあるけどそれでもいいかな、題して人魚姫」
「じゃあ、それでいいっすよ」
「これは正真正銘のノンフィクションさ。跡部財閥が金の力で揉み消したんだよ。
おまえたちも氷帝のマネージャー知ってるだろ?彼女は中学時代から、ずっと跡部を支えていたことも。
実は彼女は両親に逆らって家を出て一人暮らししながら跡部に尽くしていたほどなんだ。
けれども跡部は親が決めた婚約者がいて、それを隠して彼女との交際を続けていた。
……そう、可哀相に彼女、さんは、ずっと跡部に騙され続けていたんだ……」
「景吾、婚約者がいるって本当なの?!」
跡部は眉間を歪ませから目をそらした。
いつもは自信満々に真っ直ぐを見詰める跡部だからこそ、その態度は何よりも雄弁に噂が真実だと語っていた。
「……本当なのね」
「……悪い」
「じゃあ私はどうなるの?あなたと付き合うために……!」
は跡部との交際を家族に反対されていた。それでも跡部と別れず家を出てマンションで一人暮らしをしている。
『愛してるなんて若い者にありがちな幻想だ。遊ばれる前に目を覚ましなさい』
耳を貸さなかったはずの父の言葉が今になって氷の刃となりの心を突き刺していた。
「、悪い……聞いてくれ、俺は――」
「……いやっ!」
は走っていた背後から跡部が呼んでいるが止まらなかった。
(景吾の口から別れの言葉なんて聞きたくない……!)
タクシーに乗り込むとすぐに発車させた。バックミラーには全力疾走する跡部が映っている。
しかし、さすがの跡部も車のスピードには勝てず、その姿はどんどん小さくなっていった。
「お客さん、どこに行きますか?」
「……あ、海へ」
気がつけばは海辺に来ていた。そこは跡部と初めて出会った場所でもあった。
幼き日に海で溺れかけたに跡部が浮き輪を投げて助けてくれた。その日以来、ずっと一緒だったのに――。
「……私、どうすればいいの?今さら家族の元には戻れない」
跡部家と家はライバル会社。その跡部家の息子の為に家を出た、跡部に捨てられたら帰る場所などない。
「跡部に制裁を与えてやればいいんだよ」
その恐ろしい言葉には一瞬心臓が凍りつくような感覚を覚えた。
驚愕して振り返ると冷たい眼で開眼している不二が立っていた。
「……不二君」
「聞いたよさん、跡部の事。絶対に許せないよ、君を裏切るなんて」
不二はを抱きしめ、「僕がいるよ。だから悲しまないで」と囁いた。
「不二君……!」
は不二の胸の中で号泣した。
「これからは僕が君を守るよ。手始めに跡部を殺してやる」
「……え?」
盛大に涙を流したせいか冷静さを取り戻したは、ぎょっとなって不二を見上げた。
「ライバル会社の跡継ぎを亡き者にすれば、きっと君の家族も過去の事は水に流し、君を受け入れてくれるさ」
「……ふ、不二君……何言ってるの?」
「大丈夫、君に迷惑はかけないよ。僕がやるから」
「不二、てめえ俺の女に何していやがらる!!」
声の方角に顔の角度を合わせると、いつの間にいたのか跡部が立っていた。
「景吾、どうしてここに……」
「ずっと探していたんだ。もしかしたらと思って来てみたら……どういうつもりだ不二!」
「どういうつもりだって?」
不二は懐からナイフを取り出した。
「こういうことさ!!」
不二はナイフを構え跡部に一直線に向かっていった。
ドス!そんな鈍い音が波の音の合間に聞こえた。
不二の手には嫌な感触。跡部の両目はこれ以上ないほど開かれている。
ぽたぽたと鮮血が砂浜の上に落ち、押し寄せる波に消されていった。
「……?」
跡部に痛みはなかった。
「……さん?」
不二が手にしたナイフは跡部に届いてなかった。
「!!」
「さん!!」
の目から生の色が消えると同時に彼女の体はガクッと沈んだ。
「、しっかりしろ!!」
「……何て事を……僕は何て事をしてしまったんだ……!」
はたとえ裏切られても、愛したひとの命を奪う事なんてできなかった。
反射的に2人の間に、その身体を割り込ませていたのだ――。
「……こうしてさんの命は不二の凶刃から跡部を守る為に泡のように消えてしまいましたとさ」
いくら根が単純とはいえ、いくらなんでも殺人事件がニュースにならないわけがない。
切原と丸井は内心疑心暗鬼。しかし跡部家の財力をもってすれば……。
限りなく黒い灰色な考えが脳裏にこびりついてはなれない。
「ちょ……ちょっと待って下さいよ幸村部長。脅かしっこは、なしでお願いしますよ」
「そ、そうだぜい……い、いくら跡部や不二が鬼畜でも、まさかそこまでは……」
「ぬおぉぉぉー!!許せん、跡部、不二ぃぃー!!」
「「え”?」」
いつの間にいたのか、事もあろうに実直すぎる単純男・真田が話を聞いていた。
「落ち着いて下さいよ真田副部長。まだ事件の裏もとれないじゃないっすか」
「なにぃ!貴様はこの話のどこに怪しい点があるというのだ!!
よもや仲間の幸村の言動に嘘偽りがあると思っているわけではあるまいな!!」
「……い、いや、その」
「年齢の割にはしっかり者だと思っていたが、まだまだ子供だな、おのれらは!!」
真田のあまりの強引な迫力におされ、切原と丸井の疑心も駅に到着する頃にはすっかりできあがっていたのでした。
「……何か、腑に落ちねえな」
「……そう思ってるのは君だけじゃないよ。ところで跡部」
だが不二には、もっと気になる事があった。テニスの試合と同じくらい楽しみにしていた事なのだ。
しかし、その肝心の相手の姿がない。
不二はきょろきょろと辺りを見渡しながら「さんは?」と尋ねた。
「あーん?は来てないぜ」
「な、何だって!今日は久しぶりに彼女と会うのを楽しみにしてたのに!!」
「ふざけんじゃねえ!!てめえと幸村のストーキングがうざいから置いてきたんじゃねえか!!」
「……やってくれたね跡部。忘れない、僕はこの日を忘れないよ」
そんな2人のやりとりを少し離れた位置から幸村が眺めていた。
「……ふーん。俺と彼女を引き離したんだ」
「あーん?何だ幸村、俺様に文句でもあるのか?」
「別に」
「てめえらが生きてる限り、二度とは他校との交流の場に出さないから、そう思え」
跡部は嫌な捨て台詞を吐き、さっさとその場を後にした。
「俺は文句は言わないよ。けど、それなりの腹いせくらいはさせてもらうからね。必ず」
FIN
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