「うわぁぁぁ幸村だぁぁぁー!!」
「で、でたぁ!!き、菊丸先輩、1人で逃げるなんてずるいですよぉぉぉー!!」

本日は立海と青学の練習試合。そのため青学レギュラー陣が立海大にやって来た。
だが、桃城と菊丸は先方の部長・幸村を見るなり逃亡。
それは、まるでホラー映画の登場人物さながらだった。
当然ながら幸村はいい気持ちがしない。これではモンスター扱いではないか。


「……何なんだい、あの坊や達は。手塚、おまえのところの部員は俺を何だと思っているんだい?」
「いや俺は心当たりは無い。2人とも本当にいい子で他人にそんな態度とるはずないくらいなんだ」
「あれがイイコだって?」
「ああ、本当に情の厚い優しい子達だ。ここに来る間も電車の中で不二の話に耳を傾けて泣いていたくらいなんだ」
「泣いた?」
「ああ、確か……青ひげだったかな?」




青ひげ




――それは一時間ほど前に話が遡ります。

「あー、つまんない。ねえ不二、何かお話してよ」
「そうっすね。不二先輩なにか喋って下さいよ」
「んー、そうだな。どんな話がいい?麻薬レシピ?政治家の死の真相?それとも童話系?」
「じゃあ童話系でいいっすよ」
「じゃあ今日は特別にノンフィクションの青ひげをきかせてあげるよ。
実は立海の幸村は氷帝のマネージャーに横恋慕してたんだ。
はっきりいってストーカーのレベルにまで達していたほどの一方的で迷惑な狂愛さ。
そんな、ある日、氷帝と立海は練習試合をすることになり、氷帝のメンバーは立海大にきた。
もちろんマネージャーである彼女も一緒さ。優しい彼女は幸村をいいひとだと信じていた。
だが、幸村はついに本性を現したんだ……」














美恵ははりきっていた。氷帝はもちろん立海大の世話までかいがいしくしていた。
そんな彼女を幸村は、まるで獲物をねらう爬虫類のような目でじっとみていた。

「おい美恵、奴はやばい。いいか、俺がいないところであいつとは話をするなよ」
「景吾、なんてことをいうのよ。幸村君は――」
「お優しい人間なんて俺は信じねえ。奴の本性はドス黒だ」
「……景吾」

美恵には跡部の忠告は悲しい言葉だった。
幸村はいつも親切で礼儀正しくい。そんな幸村を美恵は信用していたのだ。
幸村自身、美恵に好意を抱いてくれているようで、ライバル校の人間でありながら本当によくしてくれる。
切原が「俺達にドリンク?まさか下剤なんか入ってないよな?」などと言えば、
即座に「彼女はそんな卑劣な人間じゃない。赤也、反省しなよ」と注意してくれるのだ。

(そういえば、その後、幸村君、切原君を連れてどこかに行ったわよね。
戻ってきたとき、切原君、随分傷だらけになってたけど……)

幸村は「転んだんだよ」と笑顔で言っていた。切原は何だか青ざめて以後美恵に舐めた口は一切言わない。




「皆さん、お疲れ様。はい、タオル」
美恵がタオルを配布しようとすると、真っ先に幸村がやってきた。
「今日は君のおかげで、すごく快適だよ」
「ありがとう、幸村君のおかげよ。あ、皆さんもタオル……」
他の立海メンバーにもタオルを渡そうとしたところ、幸村がさっと残りのタオルを受け取ってしまった。
「幸村君?」
「いいんだよ。君は忙しいから他の連中には気遣い無用。俺だけお世話になるよ」
幸村はベンチにタオルをおき、「さっさと取りなよ」と部員に指示をだした。
自分に気を使ってくれているのだと美恵は思った。


「あ、そうだ。美恵さん、これ」
幸村が鍵の束を差し出してきた。金属がこすれあうじゃらじゃらという特有の音がする。
十個以上もある鍵。その中に一つだけ金色の鍵があった。
自然とその鍵に目がいってしまう。
「立海大テニス部の鍵なんだ。これがあれば、うちの部室はどこにも入れる」
「どうして、そんな大切なものを私に?」
自分は仮にも氷帝のマネージャーだ。その自分に立海の全てをさらけ出す危険性があるではないか。

「君を信用してるからいいんだよ」
「……幸村君」

美恵は少し感動した。幸村は本当に自分を信じてくれている。
でも他の部員の手前、大丈夫なのだろうか?
「いいんだよ。それに君は今日一日は俺達のマネージャーも同然だったんだ。
緊急の場合、部室に入れないんじゃ困るだろ?」
幸村は笑顔で言った。
「じゃあ……」
美恵は幸村の好意に甘える事にした。




「ただし、その金の鍵の扉だけは絶対に開けないで欲しいんだ」




「……え?」
気のせいだろうか?何だか一瞬、幸村の表情が怖かった。
「部室の地下の倉庫なんだけど、ここばかりは部外者入室禁止でね」
「わかったわ。安心して絶対に入らないから」
幸村はまたニコッと微笑んだ。




その後も氷帝と立海の練習試合は続き、両校とも白熱。その最中、とんでもない事が起きた。
「うわぁ!!」
誰かの叫び声、ただならぬ予感を感じ美恵はコートに走った。

「だ、大丈夫っすか仁王先輩!膝がぱっくり割れてるじゃないっすか!!」

駆けつけると仁王が足をかかえてうずくまっていた。
試合中にこともあろうにポストに激突したらしい。激しい流血、早く止血しないと!
美恵は、すぐに救急箱を持ってきた。しかし仁王が傷口をみせてくれない。
「仁王君、早く手当てしないと!」
「ぐっ……痛いんじゃ。まずは痛み止めを……」
「痛み止め?」
そんなもの救急箱には入っていない。


「部室の地下の倉庫にあるんじゃ。早く持ってきてくれ……!」
「でも、あそこは……」

幸村が絶対に入ってはいけないと念を押していた部屋ではないか。

「痛みでどうにかなりそうじゃあ!!」
「待って、幸村君に許可を」
ところが肝心の幸村がこんな時に影も形も無い。
「ぐだぐだいってないで、早くもってきてくれ。気が狂いそうなんじゃ!!」
仁王は暴れ出した。これは一大事、もう幸村の許可をとっている暇も無い。

「わかったわ仁王君、待っててね、すぐに戻るから」

美恵は全速力で走った。その数十秒後、仁王が起き上がり膝につけた絵の具を拭いてるのも知らず――。




禁断の金の鍵……でも今は緊急事態。美恵は、ついに開かずの扉を開いてしまった。
光が一切入っていないそこは真っ暗闇で何も見えない。
美恵は部屋に飛び込むと電灯のスイッチを探した。なかなか見付からない。

(どうしよう。こうしている間にも仁王君は流血してるのに……!)

その時、パッと室内が明るくなった。

「……え?」

同時に背後からバタンと扉を閉める音が聞こえた。
明るくなった室内……そこは美恵のイメージとかけ離れていた。
物置だと思っていたのに荷物らしきものが全く無い。
あるといえばベットにサイドテーブルなど、数点の家具。実に殺風景、まるで病室だ。
その異様な雰囲気に美恵はおそるおそる振り向いた。




「俺のいいつけを破ったね美恵さん」
「……ゆ、幸村君」




そこには笑顔の幸村がいた。だが、いつもの幸村ではない。その笑顔には冷たささえ感じる。

「ど、どういうことなの?……この部屋は……」
「どういう事だって?見てのとおり監禁部屋さ」

幸村は狂気の笑みを浮かべながら扉の鍵をしめた。
閉じ込めれた!美恵は恐怖を味わった。
考えなくてもわかる。自分は今、とんでもなく危険な状況にいる。


「た、助けて!!景吾、皆、助けて……!!」


扉を叩き声を張り上げて助けを求めた。しかし誰も来ない。

「無駄だよ。防音設備はばっちりなんだ」
「……ゆ、幸村君、あなた」
「跡部たちには、君は先に帰ったって言っておいたよ」

美恵は幸村から離れた。しかし狭い部屋の中、その距離は長くない。

「……こ、来ないで」
「この日を夢見ていたよ」
「……お、お願い、幸村君、許して……」
「俺のいいつけに背いたんだから罰は必要だね。大丈夫、せいぜい可愛がってあげるよ、一生ね」


「いやぁぁぁぁぁー!!」














「……こうして、その後美恵さんの姿を見た者はなく、必死の捜索にもかかわらず行方不明のまま。
今でもこの学校のどこかで女の泣き声が絶えない日はないらしい。めでたしめでたし」

根が単純で怖がりな桃城と菊丸は大号泣したのでした。

「うぎゃぁぁぁーー!!ひどい、ひどいっすよぉぉーー!!」
「幸村は邪悪だ、悪魔だよぉぉー!!」

「桃城、菊丸、一体何があったんだ?!」
手塚が慌てて駆け寄ってきた。
「それが、青ひげの話をしてたら泣いちゃって。2人にはまだ刺激が強すぎたみたいだよ」
「そうか、あれは怖い童話だからな……さあ、もう泣くな。
年齢の割には気の強い子だと思っていたが、まだまだ子供だな」
その後、桃城と菊丸は駅に到着するまで泣き続けたのでした。














「……何か、腑に落ちないね」
「優しい奴等なんだ。気にしないでくれ」
幸村は釈然としませんでした。


「そういえば幸村、先月氷帝と練習試合をしたようだな。跡部から聞いたぞ。
それにしても、何だか跡部の様子がおかしかった。
他校との練習試合には二度とマネージャーは出さないと言っていたぞ。何かあったのか?」
「知らないよ。嫉妬深い器の小さい男さ。ふん!」

そんなやり取りを不二はニコニコして眺めていた。

「……何笑っているんだい。俺を馬鹿にしてるのか?」
「別に。僕のスマイルはいつもの事じゃないか」
「……気に入らないな」

幸村は、まだ何か言いたそうだったが、手塚に促され歩き出した。
不二は微笑んでいたが、2人の姿が小さくなると冷たく開眼した。



「僕は何もしてないよ。ただ邪魔者の悪評をちょっとたててやっただけさ。クス」




FIN




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