「おい跡部さんだぜ」
「さいてーじゃん。仲のよかった幼馴染を捨てるなんてさ」

本日は氷帝と青学の練習試合。そのため青学レギュラー陣が氷帝学園にやって来た。
だが、桃城と菊丸の跡部を見る目はやけに冷たい。蔑んですらいる。
跡部がインサイトに長けてなくてもわかるほど露骨な目つきだった。
当然ながら、跡部は黙っているような性格ではない。

「てめえら、言いたい事があればはっきり言え」

桃城と菊丸は跡部の迫力に怖気づいたのか逃げ出したが、跡部は釈然としない。


「……何なんだ、あいつら。おい手塚、おまえのところの部員は俺に文句でもあるのか?」
「いや俺は心当たりは無い。2人とも本当にいい子で他人にそんな態度とるはずないくらいなんだ」
「あれがイイコかよ」
「ああ、本当に情の厚い優しい子達だ。ここに来る間も電車の中で不二の話に耳を傾けて泣いていたくらいなんだ」
「泣いた?」
「ああ、確か……青い鳥だったかな?」




青い鳥




――それは一時間ほど前に話が遡ります。

「あー、つまんない。ねえ不二、何かお話してよ」
「そうっすね。不二先輩なにか喋って下さいよ」
「んー、そうだな。どんな話がいい?芸能界のアイドル虐め?平成の麻薬戦争?それとも童話系?」
「じゃあ童話系でいいっすよ」
「じゃあ今日は特別にノンフィクションの青い鳥をきかせてあげるよ。
実は跡部には物心ついた頃から仲のいい幼馴染がいたんだ。
ずっと彼女と一緒で周囲は将来2人は結婚するんじゃないかって思っていたほどだ。
中学にあがっても2人の仲睦まじさは変わらず、その子はマネージャーになって跡部を支えていた。
でも2年に進学した頃から跡部は次々に新しい恋人を作って、彼女をほったらかしにしだしたんだ。
跡部の女の入れ替わりは激しくて大抵の女とは一週間で終わってた。
それでも彼女は跡部を愛し続けていたんだ……」














は、とても疲れていた。何だか胸がきりきりと痛む。まさか病気だろうか?

(……最近多いわ。部活休んで病院に行こうかしら?)

は溜息を吐いた。テニス部が正常であれば、とっくに病院に行っていた。
それが出来ない理由は、こともあろうにの幼馴染でありテニス部の帝王である跡部のせいなのだ。




「ひどいわ跡部君!あたしの事は遊びだったのね!!」
「あーん、遊びでいいから付き合ってくれっていったのはそっちじゃねえか」




(……またなの)
は回しかけた部室のドアノブから思わず手を離してしまった。
跡部は女癖の悪い男だった。だが女好きというわけではない、あまりにも魅力的すぎるので女の方から寄ってくるのだ。
彼女達は跡部目当てでマネージャー志願してくる。
氷帝の帝王の女になりたいというだけあって、どの女も自分に自信を持っている。
美人でスタイルが良くて色気もあって、世間的にいえば『いい女』だ。
跡部も年頃の男として恋人の1人や2人欲しいのだろう。だから外見がよくて勝気な女が言い寄るのは悪くないらしい。
しかし跡部だけが目当ての彼女達は真剣にテニスのサポートをする気など最初からない。
だから、すぐに跡部は愛想を尽かす。そして跡部にふられた女は退部、その繰り返し。
おかげで常にテニス部はマネージャー不足では休む暇など全くなかった。




「……景吾の馬鹿」
「あーん、誰が馬鹿だって?」

はしまったと思ったが後の祭りだ。
「何、陰口たたいてやがるんだ
「な、何よ。馬鹿を馬鹿っていって何が悪いのよ。いつも女をとっかえひっかえして」
「俺様のせいじゃねえ。悪くないと思ったから彼女にしたら実際は俺様に合わなかった。それだけだ」
「だからって……」
「付き合ってみねえと相手の人格はわからないだろ。俺様はたまたま外れが続いているだけだ」
「……景吾」
跡部の言い分も一理ある。
跡部から言い寄ったわけではないし、二股かけてるわけでもない。それでもは辛かった。


「俺の運命の相手はこの学園にはいねえようだ」
(何よ、ひとの気もしらないで……あっ)
また胸がきりりと痛んだ。
「おい、どうした?」
「何でもないわ。ただ最近調子悪いの。しばらく休部させてくれない?」
「あーん、甘えたことぬかすな。さっさと仕事しろ」
「……わかったわよ」




(……景吾、最近冷たいのね。それにしても、どうしたんだろう私の体。
私、持病も持ってないし、流行病だって今はないし……)

こうしては跡部が厳格なせいで病院にいかなかった。
自分の体が静かに蝕まれている事にも気づかず。そして数週間後――。




は相変わらず多忙な毎日を送っていた。跡部は忍足と供に用事があるといって早めに帰宅している。
「あ、いけないドリンクが切れちゃう。買ってこないと」
は駆け出した。その瞬間、心臓に今までにない痛みが走った。
「あ……っ」
呼吸ができない。激しい苦痛。
やがては意識を失い、その場に倒れた――。














「坊ちゃま、これを!」
「あーん、何だミカエル。これは」
執事が差し出した時計。よく見ると小さなダイヤがついています。
「それは魔法の時計です。ダイヤを回すと本来見えないものが見えてしまうのです」
「はぁ?」
「どうぞ、お坊ちゃまの理想の女性を探しだすのに役立ててください」
跡部は執事の背中を見詰めながら「……ぼけたのか?」と呟いた。


「……有能だったが年には勝てなかったか」
跡部は溜息をつきダイヤをいじった。するとくるっとダイヤが回った。
その時、跡部は驚愕した。何と周囲の木々や鳥の声が聞こえ、テニスラケットが踊り出したのだ。
「……本物だったのか」
驚き冷めやらぬ跡部。そこに忍足がやってきて「さあ行くで」と引きずるように跡部を連れ出し合コン会場に出発した。




忍足が紹介してくれただけあって、会場は美女だらけ。
しかし跡部にとっては化粧おばけにしか見えない。おまけに着飾っているだけで気品というものが足りない。
その上、魔法の時計のせいで彼女達の本性が見えてしまう始末。
「性悪」「媚」「虚栄」「金目当て」ets……中には「病気持ち」や「淫乱」まで揃っている。
次々に口説いてくる女達を押しのけ、跡部と忍足は次の会場に向かった。




「今度は金持ちのお嬢さんが多いから跡部も満足すると思うで」
確かに言葉遣いや所作はいい。言葉の端々にも教養がある。しかし跡部は何か気に入らなかった。
絹のドレスをまとい、宝飾品を身につけ、全く荒れてない白い手を持つ女性達。
贅沢三昧が普通で当たり前。何の努力もなしに所持できる権利と信じて疑わない人種。
ダイヤを回し見ると会場は一転。跡部の周囲をとりまいていた彼女達は一瞬でボロ布をまといガリガリに痩せた貧者となったのだ。





「おい跡部どないしたんや!」
呼び止める忍足を無視して跡部はさっさと会場を後にした。
醜いものを見すぎたせいで疲れた。誰もいない公園のベンチに溜息を吐きながら腰掛けた。

(……この世に本物の愛なんかないっていうのか?)

跡部はダイヤをそっとまわした。その時見た光景はとても美しいものだった。
木々の間から光の精が現れ美しいダンスを踊る。鳥達が奇麗な声で歌い、公園のいたるところで花の精が軽やかなステップを踏んでいる。
妖精たちは言った。この世には幸福があふれている、人間はそれに気付かないだけだと。

「あーん、俺様もそうだっていうのか?」
『もちろん』

妖精達は声を揃えて跡部に本当の幸福がなんであるのか教えてくれた。


『こっそりテニスの練習をしてるとき、いつもタオルとドリンクが用意されていること』
『病気で寝込むとすぐに駆けつけ、夜遅くまで看病してもらえること』
『試合の時、いつも勝利を神様に祈ってもらえること』
『誕生日に手作りのセーターをもらえること』
『落ち込んでいる時に何もいわず握ってくれる手がとても温かいこと』 ……他にもたくさん。




――俺は随分幸せ者だったんだな。でも、当たり前だと思っていた。
跡部はようやく気づいた。本当の愛は一番近くにあることに。

!」

俺は馬鹿だった。愛なんて見つけるもんじゃない、一番そばで育てるものだったんだ。
おまえと一緒に過ごしてきた時間。それに代わる女なんているわけねえ!


跡部は走った。は部室にいるはずだ。
自分達がいつも気持ちよくテニスができるように全力でサポートしてくれている。


「俺の運命の相手はおまえだったんだ!!」

部室が見えてきた。跡部はさらにスピードをあげ、勢いよくドアを開けた。


、俺は……!」

跡部の思考は一瞬停止した。

「……?」

幻をみてるのか?それとも夢か?だとしたら最悪の悪夢だ、早く目覚めないと。

「……嘘だ」

だが、目覚めない。何も消えない。
部室の床に転がっている冷たくなった


「うわぁぁー!ー!!」


どれだけ強く抱きしめても、何度名前を呼んでもの目が開く事はなかった。永遠に――。














「……こうして跡部は本当の幸せは近くにあると気づきましたが、時すでに遅し。
心臓を患っていたさんは永遠の眠りについていたのでした」

根が単純で優しい桃城と菊丸は大号泣したのでした。

「うわぁぁーーん!!ひどい、ひどいっすよぉぉーー!!」
「跡部は鬼だよ、鬼畜だよー!!

「桃城、菊丸、一体何があったんだ?!」
手塚が慌てて駆け寄ってきた。
「それが、青い鳥の話をしてたら泣いちゃって。2人にはまだ刺激が強すぎたみたいだよ」
「なぜ青い鳥で……感動して泣いているのか?さあ、もう泣くな。
年齢の割には気の強い子だと思っていたが、まだまだ子供だな」
その後、桃城と菊丸は駅に到着するまで泣き続けたのでした。














「……何か、腑に落ちねえな」
「優しい奴等なんだ。気にしないでくれ」


「景吾、青学の皆さんは到着したの?」

愛らしい声。 跡部と手塚の真横を不二はニッコリと笑いながら、さっさと通過した。

さん、久しぶり。合同合宿以来だね、会えて嬉しいよ!」
「こんにちわ不二君、私も会えて――」


「そこまでだ!」

凄い勢いで跡部が二人の間に割り込んできた。

「俺の女に近付くんじゃねえ!」
「……何それ?」

不二はあからさまに不愉快そうな表情をした。


「いいか、よく聞け!こいつは物心ついた時から俺様にメロメロのベタ惚れで心底愛しまくって夢中になってるいやがるんだ。
すでに、こいつは俺様なしじゃ生きていけない肉体なんだ。
それが気に入らないって言うんなら今すぐ決着つけてやってもいいんだぜ?」


「ちょっと景吾、何言ってるのよ!不二君ごめんなさいね、ほら行くわよ景吾」
「気にしてないよ。僕は争うのは苦手だから身を引くよ」


跡部は満足そうにニッと笑みを浮かべると、の肩を抱き行ってしまった。
不二は微笑んでいたが、2人の姿が小さくなると冷たく開眼した。



「僕は争いはしないよ。ただ外堀を少しずつ埋めているだけさ。クス」




FIN




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