「侑士、何をにやにやしてるんだよ?」
「わからんのか岳人?今日は何の日や?」
「ああ、そういうことかよ」
本日はバレンタインデー。年に一度、女の子から愛を告白する日。
美恵がな、俺のために手作りチョコ用意してくれるんや。手作りやで、手作り!」
あれだけ毎年大勢の女の子からチョコを貰うくせに、やはり愛しい彼女の手作りチョコは特別らしい。
「ちぇ、自慢したいのかよ」
「そうやない。貰うだけじゃ悪いやろ?俺もお返ししなあかん思ってな、協力して欲しんや」




眼鏡を外した夜




「よし、行くで」
「お、おお」
二人は美恵が一人暮らししているマンションの前にいた。
「ふふふ」
忍足は懐から合鍵を取り出した。
「ええな岳人」
「ああ、わーってるよ」
忍足のラブラブ大作戦(汗)に向日は加担する事になってしまった。
それは、ほんの十分ほど前の出来事だった。









美恵に指輪プレゼントする?」
「そうや、美恵が俺にチョコ渡したら俺がこの婚約予約指輪を渡す」
「婚約予約?何だよ、それ」
「鈍感なやっちゃな岳人は。本当なら今すぐ婚約したいところやけど、俺には婚約指輪を買う金はない。
だから、それまでの仮の婚約指輪としてバイト三か月分の給料で買うたコレをプレゼントするんや。
当然、美恵は感激するやろ?
で、俺らが抱きしめ合ったら、おまえがベランダからリビングに飛び込んでバラの花びら撒き散らすんや」
「……何で俺がそんなこと」
「ダブルス組んでる宿命ってやつや」
こうして向日はバレンタインデーをロマンティックに迎えたいという忍足の我侭に付き合う羽目になったのだ。









「いいか、俺が美恵の気を引くからその間にベランダに行きや。頃合を見計らって俺らがリビングに行くから頼むで」




「ふんふんふーん」
美恵は鼻歌交じりにクッキング。
「侑士、喜んでくれるかしら?早く作って持っていってあげなきゃ。
でも心配だわ。侑士の口に合えばいいけど……」
「何、言うてんの?美恵の手作りが俺の口に合わんわけないやろ」
「ゆ、侑士!」
突然の忍足の登場に美恵は慌てた。


「侑士、どうして!?約束の時間には、まだ一時間もあるじゃない!」
「待てなくて来てしまったんや」
「そんな、困るわ。約束のチョコまだ完成してないのよ」
テーブルの上には溶かしたチョコが型に流し込まれたばかり。
「ええやないか。俺は美恵の気持ちだけで十分やで」
「侑士がよくても私がよくないのよ」
頬を少し膨らませる美恵はいつも以上に可愛かった。


(……あかん)

エプロン姿だけでも、すでに忍足の本能……もとい心の琴線に触れているのだ。

美恵がこんなに可愛いかったやなんて……どうせなら、何で裸エプロンしてくれんかったんや?)


忍足の理性はあっと言う間に崩壊し出した。元々危ない性癖の持ち主、その速度は常人の数倍だ。
「なあ機嫌直してくれや、な?」
「知らない」

つんと顔を背けるその仕草さえも愛しくて――。

「……もう我慢の限界や」
「え?」
美恵が悪いんやで……俺をその気にさせたからや」
突然、美恵はテーブルの上に押し倒され、忍足が覆いかぶさってきた。




「ちょっと何をするのよ!」
「食べたくなったんや」
「だからチョコはまだ未完成……」
「もっと甘いものが欲しいんや」
忍足の瞳の奥がギラッと怪しく光った。それは美恵の防衛本能を激しく揺さぶった。


「……ゆ、侑士、落ちついて……今の侑士普通じゃない。正気に戻って」
「俺はいつだって正気やで」
「……そう」
美恵は手を伸ばし砂糖をつかんだ。
「どこが正気よ!」
砂糖を思いっきり投げつけてやると、怯んだのか忍足の手の力が僅かにゆるんだ。


(今だわ!)
美恵はすぐに忍足の下からすり抜け逃げようとした。しかし忍足も逃すまいと腕を伸ばしてくる。
美恵は咄嗟に忍足の眼鏡を取った。
「な、何するんや!あかん……視界がぼやけて――」
美恵は勝利を確信した。咄嗟に思いついた作戦は大成功だったようだ。
(あとは侑士を何とか拘束して……え?)
もう安全だと忍足に近付いた美恵、だが、その瞬間抱き上げられていた。


「……ゆ、侑士?」
「なーんてなあ……忘れたんか美恵、俺はダテ眼鏡や」


し、しまった!慌てすぎて忘れてた!

「酷い、さっきのは演技だったのね。ひとを油断させて、馬鹿、卑怯者!」
などと罵っている間に美恵はお姫様ダッコで運ばれ、ソファに降ろされてしまった。
「こうなったら覚悟決めや……好きやで美恵」
「ちょっとどこに手を入れ……あっ」
忍足の手が美恵の感じる場所を刺激しだした。その上、唇を重ねてくる。
「愛してる美恵……チョコよりも甘いで」
「……もう馬鹿」
こうなっては仕方ない、美恵は覚悟を決めた。
やがてリビングルームは二人の愛を確かめ合う声で満たされ出した。
夜は始まったばかり外は雪。しかし二人の熱は一晩中冷めることはないでしょう。


めでたしめでたし




END




~おまけ~

「……美恵、最高やったで」
自分の腕の中で眠る愛しい恋人の髪の毛をかきあげながら忍足は嬉しそうに呟いた。
「そういえば何か忘れているような気がするけど……まあ、いいか」


その頃、ベランダでは――


(……ゆ、侑士の馬鹿野郎ー!予定変更してHに走りやがって!! 出るに出れなくなったじゃないか!
はーくしょん!……こ、このままじゃ俺、風邪ひいちまうよ)

向日の夜はまだまだ続くのでした――。




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