「ねえねえ、今年はどうする?」
「あたしはねえ、奮発して高級チョコ買うことにしたの!」
この時期になると学園は冬にもかかわらず妙な熱気を帯びてくる。
それは、この学園の帝王こと跡部にも無関係ではなかった。

「今年もまた俺様が目立つ季節がやってきたようだな。あーん」

常に学園中の女生徒から熱い視線を送られている男・跡部景吾。

「今年は何百個いくかな」

もてることは男のステイタスの一つ。しかし、それも本命からチョコをもらえてこそ。


「あいつは、ちゃんと用意してんだろうな、あーん?」




聖バレンタイン




「皆、お疲れ!」
美恵は笑顔でレギュラー達にドリンクとタオルを配っている。
「サンキュ」
美恵、いつもおおきにな」
美恵、大好きだC」
跡部は面白くなかった。


(元はといえば、俺が美恵をマネージャーにしたんじゃねえか。
なのに今じゃあ、どいつもこいつも馴れ馴れしくしやがって)


跡部と美恵は幼馴染。ずっと二人は一緒だった。
小学生の頃から女に派手にもてていた跡部は中学に進学すると同時に女遊びに覚え出した。
そんな跡部とは反対に美恵は健全な学生生活を満喫していた。

(あいつは俺様に惚れているんだ)

そう確信していた跡部だが、ある日、とんでもないものを見てしまった。
美恵が男子生徒に告白されている場面に出くわしてしまったのだ。




(あいつが付き合うわけねえだろ。あいつは俺様に惚れてるんだ、あーん)

即座に断るだろうと思っていた跡部だったが、美恵は考え込んでいる。
「……えっと」


(……おい、何を悩んでやがるんだ。さっさと断りやがれ)


「とにかく考えておいてよ」
「……うん」


(ちょっと待ちやがれ!)


この日、跡部は生まれて初めて焦りを感じた。

美恵!」
「あ、景吾」

跡部は美恵に近付くと、男子生徒を突き飛ばすように美恵の手を取った。

「話があるから来い」
「ちょっと景吾、痛いわ」

突然のことに呆気に取られる男子生徒には、「こいつのことは諦めろ」と捨て台詞を吐いてやった。
そして美恵をテニス部の部室に連れ込んだ。




「何なのよ景吾」
「てめえ、まさか、あんな奴と付き合うつもりだったのか?」
「あんな奴って……いいひとよ。告白されたの初めてだったから、びっくりしたけど」
跡部は少し安心した。つまり美恵は突然の告白に途惑っていただけで、あの男子生徒に気があるわけではない。

(それにしてもだ。俺に惚れているなら、はっきり断るべきだろ)

「私のこと好きなひとがいてくれたんだ。何だか凄く嬉しかった」
跡部の眉毛が不快そうにピクッと動いた。
「ちょっとだけ、ときめいたかな?」
「……てめえは好きでもない野郎に告白されて嬉しいのか?」
「え、勿論嬉しいわよ。私、付き合ってる人も好きな人もいないし」
「……は?」

――てめえ、俺に惚れていたんじゃねえのかよ!!




跡部は思った。これは、まずい!と。
今まで自分という籠の中にいると思っていた美恵がフリーだと初めて気づいたのだ。

「てめえ、今日からテニス部のマネージャーになれ」
「え、どうして?」
「いいから、俺のそばにいろ。これは命令だ!!」














美恵を俺の目の届く距離においたはいいが、忍足たちという虫が付きまとうようになりやがった)

やはり部長とマネージャーという曖昧な関係では駄目だ。
正式に恋人というはっきりした形にならなければいけない。
バレンタインデーはそのいい機会。跡部は美恵からのチョコを楽しみにしていた。


「俺は甘すぎるのは嫌いだ」
「景吾?」
「愛情が詰まってるなら、多少味は悪くても勘弁してやるぜ」
「景吾、何の話?」


部誌を書き込んでいる美恵に、さりげなく手作りチョコをよこせとアピールした。
しかし美恵は鈍感なのか全く気づいてない。

「おい美恵、来週何の日かわかってるか?」
「バレンタインデーでしょ?あ、そうか、景吾ってチョコたくさんもらうものね。
今から楽しみなんでしょ?でも、だったら私じゃなくてファンの子にチョコの注文することね」


(……こいつ、もしかして俺のこと幼馴染としかみてねえのか?)

跡部は不安になってきた。














――バレンタインデー当日――


「ええ、嘘でしょ!?」
「本当よ、跡部様がチョコ受け取ってくれないのよ!」
跡部不特定多数の大勢の女の子のチョコよりも、美恵のチョコを選んだ。

「俺様は今年は本命の女のチョコしか受けとらねえからな」

美恵からも毎年チョコを貰っていたが、どう考えても義理チョコだった。
忍足や宍戸と同じチョコを貰っても嬉しくない。今年こそ本命チョコが欲しかった。
美恵はというと、義理チョコをレギュラーに配っている。

「はい、亮」
「お、サンキュ」
「こっちは岳人ね」
「ありがとな!」
「これはジローに、それに侑士」




(……ん?)
少し離れた場所から、その光景を見ていた跡部。忍足に差し出されたチョコを見て目の色が変化した。
忍足へのチョコは明らかに他のものより大きい。ラッピングからしてレベルが違った。

「あーずるいC!忍足だけずるい!」
「ジロー、しょうがないのよ。これは特別なんだから」
「えー、特別って何だよ、それ!」
跡部は頭の中が真っ白になった。特別とは本命という意味以外になにがある?


(……美恵は忍足に惚れているのか?)


「……あ、景吾いたの?」
美恵がにこにこしながら近付いてきた。そして、「はい」とチョコを差し出してきた。
宍戸達と同じサイズ、同じラッピング、それが何を意味するか考えなくてもわかる。
「景吾、どうしたの?怖い顔して」
気づかないうちに表情が固くなっていたらしい。
「大丈夫景吾?」
心配そうに美恵が手を伸ばしてきた。


「さわるな!」


思わず美恵の手を振り払ってしまった。チョコが地面に落ちた。落下の際、随分な音がした。
跡部はさすがにしまったと思った。しかし悲劇はそこで終わらない。
つい足を引いた瞬間、チョコを踏んでしまったのだ。さらに悲惨な音がした。

「……景吾」

美恵が俯いている。そして――。


「景吾の馬鹿!」


美恵は走り去ってしまった。
後に残されたのは呆然とする跡部と、気まずそうなレギュラーと、粉々になったチョコだけだった。









「ねえねえ跡部、食べないなら貰っていい?」
あれから何があったかというと、跡部は部室のソファで憮然としている。
忍足が必死になだめる横で、ジローは破壊されたチョコをねだっていた。
「せっかくのチョコなのに食べないなんて勿体ないC。いいよね?」
「好きにしろ!」


――俺が欲しかったのは本命チョコだ。義理チョコなんかに未練があるか。

今年のバレンタインデーは最高のものにするはずだったのに……。


「あーあバラバラだね。せっかくの手作りなのに」
ジローはジグソーパズルのようにチョコで遊び始めた。




「なあ跡部、自分もしかして美恵が俺に惚れてる思ってるんか?」
跡部は、フンと忍足から顔を反らした。
「……やっぱりそうか。ほら、よく見てみ」
忍足は先ほど美恵からもらったチョコを跡部に見せた。カードが張り付いている。
「……ん?」

『忍足君へ。ずっと好きでした。B組の佐藤より』

跡部はそのカードを奪い取ると、もう一度まじまずと見つめた。

美恵の友達なんやて。美恵はこの子に頼まれて俺に渡しただけなんやで」
「……じゃあ、あいつは」




「あれー、このチョコなんか書いてあるよ」
ジローがすっとんきょうな声を上げた。レギュラー達はジローの周りにパッと集まる。
「ほらホワイトチョコで書いてる」
サイズもラッピングも同じ。でも、跡部のチョコは他のものとは違った。
市販のものではない。少々形も悪く味も今ひとつかもしれない、しかし美恵が一生懸命作った手作り。
「これで完成だね♪」
ジローによって復元された手作りチョコ。
そこに書かれていたメッセージを見た瞬間、跡部は部室から飛び出していた。


『I LOVE KEIGO』


ジローが忍足に「これ何て意味?」と尋ねていた時、跡部は美恵を探し当てていた。
そして、数分間の口論の後、手をつないで家路につきましたとさ。




めでたしめでたし




END




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