審判が宣言した途端、シーンと静まり返っていた試合会場に熱が込められた歓声が上がった。
中でも一際大きいのは氷帝テニス部員による盛大な跡部コールだった。
しかし跡部はその声をかきわけ、ただ一人の人間を捜していた。
『……景吾』
呟くような小声だったが、跡部の耳は確かにその声を捕らえていた。
彼女の姿を確認した途端、跡部は駆け出していた――。
昔日
名家の子女専門の名門学園附属幼稚園の門前に一台の車が停車した。
運転席から下車した女性に向かって園児が二人突進。
「ママ!」
一人が彼女の脚に飛びつくと、一歩遅れたもう一人のは悔しそうに地面を蹴った。
「いいこにしてた?」
「うん、でも景太は女の子泣かせたよ」
「景介なんか男泣かせたじゃないか!」
二人はお互いをぽかぽかと殴り出した。
「ほらほら喧嘩しない」
慌てて母親が間にはいる。
二人の顔はまるで同じリンゴを真っ二つにしたように瓜二つ、そう二人は双子だった。
「ママはどっちの味方なの?僕と景太どっちが好き?」
「僕の方が好きだよね?」
そんな微笑ましい口論も双子ならではだ。
同じ日に同じ顔を持って生まれたせいか、兄弟でありながら競争意識がとても高い。
そんな息子達を少々困惑しながらも美恵は頼もしく思っていた。
なぜなら、すぐそばにライバルがいることで彼らは常に努力を怠らない。
とても幼稚園児とは思えないくらいだ。
(彼の言ったとおりね。向上心を煽る相手がいることは悪いことじゃないって)
「ママはどっちも同じくらい好きよ」
その一言でどちらも満足して喧嘩をやめる。とても可愛い。
しかし二人は決まって最後に一言付け加えるのだ。
「「じゃあパパと僕達とどっちが好き?」」
こればかりは答えに困る。以前は「もちろん二人が一番が好きよ。ママの宝物だもの」と答えてやっていた。
ところがおおはしゃぎした二人は、それを父親、つまり美恵の夫に告げ口したのだ。
『ママはパパより僕達の方が好きだって』
普通なら何でもない言葉なのに、何と彼女の夫は本気にとって立腹した。
『ちょっと子供の前ではそういうのが当然でしょう。つまらないことでヤキモチやかないでよ』
『ヤキモチだあ?俺は常に№1でないと気が済まないだけだ!』
『……あきれた。まるで駄々っ子ね』
結局、夫の機嫌を直すために一晩中サービスしてやる羽目になった。
翌日、少し腰が痛かったことを思い出し美恵はぞっとした。
「「ねえねえママ、パパと僕達とどっちが好き?」」
「……えーとね。三人とも同じくらい好きよ」
それが精一杯の答えだった。
帰り道、美恵は子供達を連れてショッピング。新しい洋服を買ってやるつもりだった。
「ママ、僕欲しいものがある」
「僕も!」
普段、あまりおねだりのない息子達の要求に、美恵は目線を彼らに合わせて尋ねた。
「何が欲しいの?」
二人はそろって「「あれ」」と指差した。
「あれ?」
振り向いて驚いた。スポーツ品店のショーウインドウに飾られていたのはテニスラケット。
「あれやりたい」
「ねえママ、あれ買って」
――テニス
美恵は思わず絶句していた。双子の息子達は不思議そうに母親の顔を覗き込んだ。
「ママ、どうしたの?」
「あ……ううん、何でもないわ。でも、どうしてテニスなんか?」
確かに自宅の敷地内には立派なテニスコートがあるが、もう何年も使われていない。
「「よくわからない。でも、あれがやりたい」」
二人の曖昧な答えに美恵は昔を思い出した。
――血は争えないわね
「ママ、ここどこ?」
「あ、テニスコートだ!」
子供達を連れて来たのは、とあるテニスコート。全国大会の舞台にもなった由緒ある場所だ。
「二人とも本当にテニスやりたいの?」
「「うん」」
「テニスってカッコいいだけじゃないのよ。とても努力が必要なの、生半可な気持ちじゃ出来ないわよ」
「「うん」」
「だったらママは賛成よ。頑張りなさい、きっと世界一のコーチもついてくれるわ」
二人は大喜びで飛び跳ねた。
「昔ね……すごくテニスが好きな男がいたわ。いずれ世界的大企業を継ぐ身だからプロになれない人だったの。
学生の間だけテニスをやることを許されたわ。いつかやめなきゃいけないって最初からわかっていた。
それなのに、そのひとはね……」
美恵は息子達をそっと抱きしめた。
「そのテニスに自分の青春を全てかけたのよ」
『景吾、おめでとう。日本一よ』
『バーカ泣くんじゃねえ。俺様を誰だと思っている?当然だろ』
『でも、嬉しい……私、マネージャーやってて良かった』
『そのくらいで感動なんか早いんだよ。もっと良かったって思えることしてやるぜ』
「ママ?」
「どうしたの?」
「……あのね。この場所はね」
美恵の脳裏に、あの日の事が蘇る。あの素晴らしい昔日の思い出が――。
『俺と結婚しろ美恵』
「パパがママにプロポーズしてくれた場所なのよ」
END
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