輪廻転生が真実ならばひとは一体何の為に生まれてくるのだろう?
ある男は一つの答えを持っている。
『前世の過ちを繰り返さないため――だ』
輪廻
「次!」
跡部は氷帝学園高等部三年。氷帝は何回も全国大会で優秀な成績を収めてきたテニスの強豪校。
跡部率いる現在のテニス部も例外ではなかった。特に跡部の強さは凄まじいものがあった。
だが今の跡部からはテニスをプレイできる悦びはまるで感じられない。
刺々しいオーラ。まるで自分を痛めつけるかのように過酷なトレーニングを課している。
見ている仲間が苦しくなるほど痛々しいものだった。
「どうした、俺様を待たせる気か?!」
「おい跡部、休憩時間も要れずにたて続けに試合方式なんて疲れるだろ。そろそろ休めよ」
「いいからさっさとしろ。次は日吉か!?」
「跡部、いい加減にし!自分を壊すつもりなんか?!」
「……何が言いたいんだ忍足?」
「自分、最近おかしいで。美恵がいなくなってから、ずっと自分責めてたけど最近は特に――」
美恵の名前を出した途端、跡部の形相が一変した。
「あいつの名前を出すな!!」
跡部は忍足の胸倉を掴むと噛み付くような勢いで怒鳴りつけた。
「おい、よせよ跡部!」
慌てて仲間達が跡部と忍足を引き離すが、凍りついた二人の空気まではどうすることもできない。
「二度とあいつの名前を出すな!今度あいつの名前を口にしたら――」
「跡部さん、もうやめてください!!」
声を張り上げたのは、いつもは無口で大人しい樺地だった。
感情を出す事などほとんどなかった樺地が大粒の涙を流している。
その姿は氷の扉に閉ざされたはずの跡部の心に微かに痛みを与えた。
「お願いです……もう、やめて下さい。昔の跡部さんに……戻って下さい」
幼少の頃から可愛がっていた弟分の涙。跡部は樺地の姿を直視できず項垂れた。
「そうだよ跡部!美恵は、いつかきっと戻ってくるよ。だから昔の跡部に戻ってよ!」
樺地だけではない。いつも明るくて呑気で涙とは無縁のジローまで号泣している。
「……跡部、辛いんは自分だけやない」
美恵が忽然と姿を消してから、跡部はずっと自分を責めてきた。
目先の恋に目がくらんで、ずっと大切にしてきた幼馴染に冷たい仕打ちをするようになった自分を。
そして、彼女をたった一人部室に残して帰宅したことを後悔してきた。
その夜、美恵は自宅に戻らなかった。誰も、彼女を見た人間はおらず、今だに行方不明なのだ。
「美恵は必ず戻ってくる。今の自分みたら美恵が悲しむやろ?」
「……あいつは戻ってこねえよ」
それは一種確信に満ちた言葉だった。決して諦めから出たものではない。
「跡部、それどういう意味や?」
「……なんでもねえよ」
――あいつは戻ってこない。あいつは別の世界にいる。
――そこで結婚して子供を生み家庭をつくって……。
――俺のことなんか、もう思い出しもしてねえだろう。
跡部は時々考える。
――もし、あの時、もっと早くあいつの手を握って離さなければ。
――もし、あの時、力づくでもあいつをこの世界に連れ戻していれば。
――もし……いや、もし何て言葉はねえ。
――全部、俺が自分でまいた事だ。
その夜、跡部は夢を見た。その中では、跡部は選択を誤らず美恵の手をとっていた。
大学に進学しても社会に出ても、そばには、いつも美恵の笑顔があった。
結婚して子供も生まれ、何一つ不満のない幸せな家庭がそこにはあった。
『景吾、愛してるわ』
『ああ、俺も愛してるぜ』
跡部は美恵をしっかりと抱きしめた。
『景吾、痛いわ』
『しっかりつかまえておかないと、おまえがどこかに行くような気がするんだ』
『私はどこにも行かないわよ』
『俺は怖い。幸せなのに時々たまらなく怖くなる、おまえを失うのが怖い』
『景吾?』
『こんなに怖いのは……もしかしたら、一度完全におまえを失った事があるかもしれないかもな』
『変な景吾』
美恵は跡部の腕の中で笑っていた――。
「……美恵……美恵」
『……景吾』
美恵が自分から離れていく。どんなに叫んでも彼女の背中が小さくなっていく。
「美恵!」
飛び起きた。月明かりの差し込んだ部屋はまだ暗く、夜明けには時間があると容易に理解できる。
「景吾、どうしたの?」
美恵が心配そうに跡部の顔を覗き込んできた。
「ずっとうなされていたのよ。怖い夢でも見たの?」
跡部は無言のまま美恵を抱きしめた。
「景吾?」
「……おまえが俺から離れていく夢を見た」
「バカな景吾、そんなことあるわけないじゃない」
そう言って跡部の背中に回された腕には確かにぬくもりがあった。
「……俺は二度とおまえを失いたくない」
「変なこと言うのね。私が景吾から離れたことなんて一度もないのに」
美恵はおかしそうに笑っている。
そんな美恵を跡部はさらに強く抱きしめると、ふいに押し倒して覆いかぶさった。
今は言葉より美恵の体温を全身で感じたかった。
やがて一つになり自分の腕の中で喘ぐ美恵の姿に跡部はようやく安心した。
美恵とは幼馴染。出会ってからというもの、束縛するようにそばに置いた。
テニス部のマネージャーにしたのも自分に一番近い位置だったから。
その頃、跡部の理想にぴったりの女が新しいマネージャーとして入部したことある。
美恵は不安そうに跡部を見ていたが、跡部はまるで意識しているかのように彼女との距離を置いた。
そして大学を卒業すると同時に美恵と婚約、今は結婚して子宝にも恵まれ幸せに暮らしている。
ある日、美恵は高校生の頃を思い出し言った。
『私、景吾は彼女と付き合うのかと思ってた。
彼女、景吾のタイプだったし、あなたに強く惹かれていたもの。
本当は景吾も少しは彼女のこと気になっていたんじゃないの?』
『そうかもな』
跡部は否定しなかった。代わりに美恵を抱きしめて言った。
『けど俺は二度と選択を誤らないと決めたんだ。今度こそ後悔しないために。
俺の魂があいつを拒否していた。俺の運命の相手はあいつじゃなくおまえだと叫んでいたんだ』
美恵は『キザね』と笑っていたが跡部は本気だった。
――俺はずっとおまえを捜していた。
――おまえに、もう一度会う為に転生を繰り返していたんだ。
――やっとみつけた。だからもう二度と間違えない。
――二度と、おまえを離さない。
END
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