ヒュ~……ドォォーンッ!


「わぁ……綺麗」
夜空を彩る花火に目を輝かせる美恵。
しかし跡部にとっては美恵の浴衣姿の方が眩しく見えた。

「おまえの方が、ずっと綺麗だぜ」
「景吾、何か言った?」

「さあな」
テニス部の部長とマネージャーで、つかず離れずの関係だった二人が恋人に昇格して三年目の夏。
跡部が浴衣姿の美恵を見たのは初めてだった。




天上に散る華




「花火大会?」
「そうや、俺の親の実家が関西にあってな。とっても綺麗やで、来るか?」
忍足の下心みえみえの一言。喜ぶ美恵、反比例して不機嫌になる跡部。
「嬉しいわ。久しぶりに浴衣も着てみようかしら?」
「俺がホテル手配しておくから夏休みに着てや。な?」
忍足は美恵だけを誘ったつもりだったが、結局跡部まで着いてきてしまった。
中学、高校と六年間通じて恋敵だった忍足の本音に跡部は気づいていたのだ。
「……自分は誘ってないで」
「ふん、美恵を寝取られてたまるか」
「……ま、しょうがないなあ」
こうして跡部は愛しい美恵と花火大会を楽しむことになったのだが……。














「見て景吾、まるで菊の大輪ね」
常にテニス部のガードが固く他の男子生徒と接触のなかった美恵。
しかし大学に進学すると同時に誘惑が多くなった。焦った跡部はすぐに言った。
「ずっと俺の傍にいろ。他の男につけ込まれるんじゃねえよ」
美恵は、ずっと跡部のことが好きだった。
すぐに跡部の気持ちを受け入れ、二人の交際がスタートした。
二人の付き合いは順調だった。美恵は優しくて気遣いもよくできる最高の彼女。
その上、見た目も綺麗で、スタイルもなかなかときている。
周囲からベストカップルとして羨ましがられていた跡部だったが一つだけ不満があった。
それは美恵が今時珍しいくらい純情で健全だったことが災いしてキス以上の進展がなかったことだ。
(今夜こそ決めてやるぜ)
跡部は一つの決意をして、この花火大会観賞旅行に強引に同行したのだ。


「おい美恵、俺達が付き合いだして三年だ。そろそろ――」
「……本当に綺麗」
夜空を見上げる美恵。花火が空を彩るたびに、明るい光がその美しい表情を照らし出した。
「…………」
幻想的な美しさに跡部の欲望も自然と消えていった。
跡部は黙って繋いでいる手に、そっと力を込めた。









「本当に綺麗だったわね」
夜空は、ほんの数分前には花火で華やいでいたとは思えないほど静まり返っていた。
余韻が残っているのか、美恵は、しばらく空を見詰めていた。その横顔さえも綺麗だった。
しばらくすると夜風が冷たくなってきた。
「そろそろ帰るか?」
「そうね」
二人はしっかりと手をつないだまま歩き出した。
この小さな丘も、大勢の人々で埋まっていたが今は誰もいない。
どうやら美恵と跡部が最後らしかった。
月明かりの下、静寂の中を二人で歩くのも、また趣があってよかった。




「ねえ、景吾……私たちが付き合ってもう三年ね」
「ああ、そうだな」
「来年も景吾と一緒に花火を見たいわ」
「来年どころか一生一緒にいればいいじゃねえか。俺はそのつもりだぜ」
美恵はぱっと顔を赤らめた。
「……景吾ったら、まるでプロポーズみたい」
「そう思ってくれていいぜ」
跡部はそばにあった木の幹に美恵を押し付けると体を密着させて強引に唇を重ねた。


「……ん、景吾」
美恵、愛してるぜ」
何度も角度をかえ、歯列をなぞりながら跡部の舌は美恵の口内に侵入してくる。
「だ、だめ景吾……こんな所をひとに見られたら」
「あーん?いいじゃねえかキスくらい。見せ付けてやればいいだろ」
「ま、待って……」


「あ、あぁぁんっ!」


(……え?)
突然、近くの茂みから怪しい声が聞えてきた。

「あ、ああ、もっとぉ……ひゃん!」
「はあ、はぁ。気持ちいいか?」


喘ぎ声に激しい吐息。
(……こ、これって)
尋常ではない雰囲気に美恵はひどく焦り出した。
(ど、どうしよう)
予想もしてなかった出来事に美恵は驚いて声も出ず、ショックで足も動かない。
「こい美恵」
そんな美恵の気持ちを察したのか跡部が手を引いて歩き出した。
ホテルに到着しても、先ほどのショックで美恵は声もでない。
とんでもないものを見せてしまったと跡部は苦々しく思った。
これでは一線を超えるどころではない。美恵は衝撃を受けて男女の営みに対して引いてしまっている。
美恵、先にシャワーを浴びろ」
「う、うん……」
跡部の言葉に甘えて美恵は汗を流すことにした。




(さっきはびっくりした……でも)
美恵の気持ちをすぐに察して手を引いてくれた跡部の背中はいつもより頼もしく見えた。

(それに一生一緒にって……プロポーズだと思ってくれていいって)

跡部とはテニス部時代も含めると、もう十年近い付き合いになる。
お互いを理解し信頼しあっている。その上で愛を育んできた。
跡部の愛の言葉が本心からであることを美恵もわかっている。

(来年も次の年も……ずっと景吾と一緒、か)

想像した未来予想図はとても素晴らしいものだった。来年も再来年も跡部と二人。
結婚したら家族だって増えるかもしれない。
美恵はバルコニーに出て夜空を見詰めた。
もう花火はないけれど、きらめく星座は跡部との輝かしい未来に見えた。




「何を見てるんだ?」
いつの間にか背後に跡部が立っていた。
バスローブ姿の跡部は、やけに色気があって美恵は思わず赤面して顔をそらした。
「あーん、何赤くなってるんだ?」
「だって景吾が……」
「俺が何だって?言ってみろよ」
跡部は美恵を抱き寄せ、顎をつまみ顔を上に向かせた。


「……景吾、男のひととは思えないほど色っぽいんだもの」
「ああ?よく言うぜ、いつも俺様の本能をくすぐってるおまえが」


「私が?」
「……俺が何年我慢したかなんて、やっぱり気づいてなかったんだな」
跡部は美恵を見詰めて苦笑いした。

「あ、あの景吾……もしかして私のこと……その、あ、あんな風に抱きたいの?」
「はっきり言ってくれるじゃねえの。鈍感なおまえに一つだけ教えておいてやる」




「男はいつだって惚れた女を完全に自分のものにしてえんだよ。
それが心底愛した女なら尚更な」




美恵は真っ赤になって俯いてしまった。
「ちっ、安心しろ。とって喰ったりしねえよ。おまえの気持ちはもっと大事だからな。
待っててやるぜ、おまえがその気になるまでな。けど、そんなには待ってやれないからな」
「……うん」
「さ、中にはいるぜ。夜風で風邪をひいちまう」


「……景吾!」


美恵は跡部の背中に抱きついていた。
「……もう待たなくていいから」
跡部の心臓が大きく跳ねた。
「私、景吾のこと愛してる。だから景吾にならあげてもいい」
「……もう、駄目だといってもきかねえからな」

跡部は美恵をお姫様だっこで抱き上げ中に入った。
しばらくすると、部屋の電気が消えた……。




恋人達の花火は、その夜、盛大にあがったのでした――。

めでたしめでたし




END




BACK