「みんなー、休憩よ」

美恵の呼び声に氷帝テニス部のレギュラー達は笑顔で駆け寄った。
美恵は氷帝のマネージャー&マドンナだった。
優しくて綺麗で働き者の彼女にレギュラー陣は夢中だった。
女には不自由してない跡部や忍足ですら美恵に好意を持っているくらいなのだ。
それは硬派な宍戸といえど例外でもなかった。

そんあ、ある日――悲劇は起きた。




宍戸の悲劇




「宍戸さん、しっかりして下さい!!」
鳳が号泣していた。一撃必殺のサーブが、こともあろうに宍戸の脳天に炸裂したのだ。
「どいて!」
美恵が救急箱を抱え慌てて駆け寄ってきた。迅速な処置のおかげか宍戸はすぐに目を覚ました。
「亮、大丈夫?」
憧れの美恵の膝枕に、宍戸の心臓は大いに高鳴った。


「そこまでだ」
美恵。さ、離れるんや」


しかし、すぐに跡部や忍足に引き離されてしまった。
「……ちっ」
宍戸は内心悔しかったが、彼は跡部や忍足のように恋愛に押しの強いタイプではない。
悔しいが、ここは引くしかなかった。


「気にするなよ宍戸、あいつら特殊だから」
岳人が宍戸の肩に手を置いて、「俺と一ゲームしようぜ」と誘ってきた。
「ああ、やろうぜ」
宍戸も岳人の肩に手を置いた。その時だった。

『くそくそ侑士め!俺だって美恵の事、好きなのに!』

「……岳人、おまえ今何か言ったか?」
「は?何、言ってんだよ、おまえ?」
(気のせいか……そうだよな)
宍戸は気のせいと思い岳人と練習することにした。




「宍戸さん、次は俺と下克上しませんか?」
そこに日吉が現れた。長太郎と違い可愛げこそないが、それでも大事な後輩には違いない。
「ああ、いいぜ。若、来年はおまえ達が氷帝の看板を背負うんだ。頼んだぜ」
宍戸は日吉の肩にポンと手を置いた。その時!

『ついでに恋愛も下克上して美恵先輩と付き合ってやりますよ。だから、あんたもさっさと身を引けよ』

「……ひ、日吉!おまえ、何て事を言いやがるんだ!!」
「何のことですか?俺、何も言ってませんけど」
「はあ?」
先ほどの岳人といい何かが妙だ。宍戸は不安になった。


(……そういえば頭うって気絶してから変だ)


宍戸は考えた。こんなに考え込んだのは生まれて初めてかもしれない。
そして一つの結論を出し、それを確かめる事にした。




「長太郎!」
鳳の肩に手を置いた。すると、またしても声が聞えた。

『宍戸さん……俺、あなたへの愛の為なら死ねます』

宍戸は反射的に十数メートル後ずさり壁に激突した。
「宍戸さん、どうしたんですか?」
「……い、いや……何でもない」


(こ、これは気のせいだ!いや、気のせいであってくれ!!)


気を取り直して宍戸は滝の肩に手を置いた。

『……僕からレギュラーの座を奪いやがって。君のシャワー隠し撮り写真ばらまいてやるからな』

「……俺の隠し撮り写真?おまえ、そんな事考えてたのかよ」
「ど、どうして僕の秘密を知ってるんだ!?」
宍戸は確信した。


――俺は頭を打ったショックでテレパス能力が身についたんだ!


(と、いうことは!)
美恵が誰を好きなのかわかるじゃないか!
ふと見ると、美恵はジローとじゃれあっていた。
(あーあ、ジローの奴……よく、あんな簡単に美恵に抱きつけるよな。羨ましいぜ)
試しにジローの肩に手を置いてみた。すると宍戸の脳裏にある映像が流れた。
それは木陰で美恵に膝枕され、スヤスヤと眠っているジローの姿だった。
美恵ー、俺、美恵大好き」
本当に美恵に懐いているジロー。宍戸は思った。
どうやら、この能力は他人の心の言葉が聞えるだけではなく、願望までわかるようだ。
それも鮮明な映像付きというリアルなもの。

(すごい能力だ……ん?)

跡部と忍足が美恵を見詰めている。そういえば、この二人も美恵に惚れていた。
(あの跡部が、あんな優しい表情できるなんて……忍足の野郎も、随分爽やかな笑顔じゃないか)
宍戸にとって、この二人こそ最も尊敬する仲間であり、そして強力な恋敵。
(女癖悪いと思っていたけど、おまえ達、本気なんだな)
何考えているかわからない二人。しかし美恵に対する愛情は純粋なものなのだろう。
美恵を、そんなに熱い眼差しで見詰めるなんて、おまえら何考えているんだ?)
宍戸は微笑みながら、二人の肩に手を置いた。














「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」














宍戸は、その場に思いっきり倒れこんだ。
「し、宍戸さん!」
鳳が駆け寄った。
「亮、しっかりして!」
美恵も、そして岳人やジローも。
そんな中、跡部と忍足だけが平然と宍戸を見ている。


「あーん、宍戸、てめえ何やってるんだ?」
「おもろいやっちゃなあ」


宍戸は見てしまったのだ――決して覗いてはいけないパンドラの箱を。




「それにしても、相変わらずいい女だ美恵。近いうちに必ず俺様の性技に酔わせてやるぜ」
「ほんま、ええ肉体してるわ。むしゃぶりつきたくなる」




健全な精神をもった宍戸に、跡部と忍足の願望はあまりにも刺激が強すぎたのでした。

宍戸は真っ暗な底無し沼をまともに垣間見てしまい、ショックでその時の記憶を失ったのです。

そして目覚めた時には、能力も失っていたのでした。


メデタシメデタシ




END




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