「何の用だエレン。こんな早朝からひとをたたき起こしてくだらねえ用件だったら削ぐぞ」
「……えっと、その……団長から緊急会議の連絡がきて二時間後にと」
「ああ、わかった」
扉を閉めようとするリヴァイ。
「あ、あの、ハンジさんに」
「俺から言っておく。昨夜は無理させすぎたから、ぎりぎりまで寝かせておく。わかったら、さっさと消えろ」
「は、はい」
扉が閉められた後、エレンは腑に落ちない面もちで廊下を歩きだした。

(……あそこってハンジさんの部屋だったよな?)

団長から緊急連絡をハンジに知らせるようにと言われハンジの部屋に行った。
しかしノックの数秒後に顔を見せたのはリヴァイだった。


「……何で兵長がハンジさんの部屋にいるんだ?」




キューピットの継承




「……何でって、それは、やっぱりそういうことじゃないの?」
昼食の席でする話じゃないよとアルミンは赤面しながら言った。
「やっぱりって。兵長とハンジさんが恋人ってことかよ?」
「エレン、いくら君がこういうことに疎いからってわかるだろ?
どんなに親しい仲間でも男女が同じ部屋で一晩すごすなんて特別な関係でない限りありえないよ」
「でも信じらんねえよ。だってハンジさんは――」


「何が信じられねえんだエレン。他人のプライベートを飯のタネにしやがって」


エレンの背中に走る恐怖の旋律。
顔面蒼白になったアルミンは「じゃ、じゃあ僕はこれで」と、とっとと席を外して逃げていった。
エレンは心の中で叫んだ。 「アルミン、この裏切り者がぁ!!」と。


「おいクソガキ。まさか言いふらしてねえだろうな?」
「ま、まさか。話したのはアルミンだけです」
「本当だろうな?」
「はい!」
リヴァイの目は疑り深そうにエレンを射ぬいている。 その迫力にエレンは目眩がした。
「まあいい。あの金髪の小僧は後で口封じするとして」
「……え、口止めじゃなくて口封じですか?」
「同じだろ」
「……いえ、お言葉ですがニュアンスが違います」




リヴァイ班に配属されて数週間。
審議所での折檻ゆえに最初は恐怖の対象でしかなかったリヴァイ兵士長。
しかし言葉は乱暴だが何かと自分を気遣ってくれる。
先日も巨人化実験で先輩たちに敵意を向けられた時守ってくれた。
元々エレンにとって憧れの人類最強の兵士だったということもあり今では尊敬する上官だ。
そのリヴァイと只ならぬ仲のハンジ。
ミカサとアルミン以外で最初から自分に好意を持ってくれた変わり者。
ありがたい反面、時々ついていけない思考の持ち主だと何度認識させられたことか


「い、意外でした。その……」
「悪趣味だとでも言いたいのか?」
「いえ、ハンジさんは頭はいいし女性の身で分隊長が務まるような立派な兵士ですよ」
第一、リヴァイの理不尽な性格についていけるのはハンジのような変わり者くらいと思ったが、それは心の中だけにとどめておくことにした。
「気に入らねえな」
本心を見透かしているのかリヴァイは疑り深い視線を向けてくる。


「しかたねえな。俺自身、あいつと出会ったばかりの頃は、こんな仲になるなんて考えてもみなかった。
てめえとミカサみたいにはなっからそういう関係なやつが理解できないのは当然だ」
「ミカサは家族です。恋人とかそういう関係じゃあ……」
否定すると、リヴァイは「だったら、他の奴にとられる前にさっさとモノにしろ」と言い放った。
「な、何を言うんですか」
「簡単だろ。向こうはおまえが誘えば喜んでとびついてくるぞ」
「そ、そんな……ミカサとは兄妹みたいなもので、そんなこと……」
言葉につまったエレンをみてリヴァイは「ガキだな」と辛辣な台詞を吐いた。


「まあいい。俺はてめえの監視役だが、プライベートにまで口出しする気はないからな」
「一時間後に模擬訓練を行うから遅れるなよ」と告げ、リヴァイは踵を返した。
「一つだけ言っておくが、もし本心であいつに気があるのなら、てめえみたいな死に急ぎ野郎こそ、さっさとけじめつけておけ。
居場所をつくっておくのが一番生還できる材料になるもんだ」
リヴァイの言葉に今まで考えてもみなかったミカサの女としての存在を意識しはじめ、エレンは自然と顔が赤くなった。














「ねえリヴァイ」
リヴァイが食堂をでるとハンジがニコニコと笑顔を振りまき待ちかまえていた。
「起きたのか」
「まあね。それより、あなた」
「何だ、そのニヤついた顔は」
「私は嬉しいな。あなたが部下思いなのは知っていたけど、私の想像以上だったってわかって」
「見てたのか、悪趣味な奴だ」
「エレンとミカサ、お似合いだもんね。私も気になっていたんだ。
特にミカサは一途すぎるくらいエレンにぞっこんだから気の毒なくらいだった。 エレンも罪な男だと、ずっと思ってたよ。
あんなにはっきりと愛情表現されてるのに気づかないなんてさ」
リヴァイはムッとした。
「……てめえがそれを言うのか」
どちらが先に惚れたのかはわからない。
だが自分の気持ちに気づいてアピールしたのはリヴァイが先だった。
当時、恋愛ごとに疎いハンジはリヴァイの努力をことごとく台無しにし、そのあおりを受けた周囲はリヴァイ怖さに恐怖の日々を送っていたものだ。
助け船をだしたのはエルヴィンだった。


『おまえたちはお似合いだと思うよ。私は君たちより長く生きているからわかるんだ』


ずばりと言われたリヴァイは思わず否定して、ハンジは初めて意識するようになった。
結果的にエルヴィンのおかげで程なく二人は結ばれ結果オーライだった。
エルヴィンは得意そうに、「私は正しかっただろう」とほざいた。
あまのじゃくだったリヴァイは、それだけは認めなかったのだが――




「今のあなたって、あの時のエルヴィンの立場なんだよね」
リヴァイは何も言わず窓から外を眺めた。ミカサが見える。彼女にエレンが駆け寄っているではないか。
「否定しないんだね。あれ、エレンじゃない。かわいいな、自分の気持ちに気づいたら即行動なんて」
エレンがミカサに何か言って、ミカサが真っ赤になったかと思うと泣き出した。エレンはあわてている。
やがて二人は真っ赤な顔をしてお互いを抱きしめあった。
「青春だねえ。ハグだけで、あんなに赤くなっちゃって」
「俺が後押ししてやったからだ。両想いのくせにぐずぐずしてるなんて、見てるこっちがいらいらするからな」
ハンジは思わずクスクスと笑いだした。


「何がおかしい」
「だって、昔エルヴィンが同じこと言った時、あなた何て言った?」




『見てるほうが気になって仕方ないんだ。だから後押しをかってでたんだよ』
『余計なお世話だエルヴィン。だから中年は嫌なんだ』




「あなたも、すっかりそういう年齢になったってことかな?」
「ちっ……うるさいな」




少年は大人になる。
自分がそうだったように、いつかエレンも――




「今度はあいつらが次代のガキに――」
「同じことを言うかもね」





――その日が訪れるように、自分たちの代で巨人を絶滅させる。
――そう新たに決意したリヴァイだった。




FIN




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