「なんだいリヴァイ?」
「巨人どもを絶滅させたら、どうする?」
「うーん、そうだね……やっぱり外の世界を旅してみたいなあ」
「外の世界?」
「ああ、そうだよ。昔の文献で読んだんだ。
壁内は、この世界のほんの一部。外の世界には私たちがみたこともない景色が広がっている。
大陸を囲んでいる海や、炎の水、氷の大地、砂の雪原、それらを、この目で見てみたいんだ」
「……一人じゃ危ないぞ」
「……あなたも一緒にくる?」
「悪くない」
外の世界へ
「おいハンジ、てめえ、どういうつもりだ!」
巨人との最終戦争をめでたく勝利で飾り一ヶ月が過ぎた。
戦後処理のため相変わらず調査兵団は多忙だったが、ようやく業務に一区切りつけることができた。
そんな中、リヴァイがいつにも増して不機嫌な表情でハンジの個室に怒鳴り込んできたのだ。
「なにを怒ってるの?」
長年の大願だった人類の勝利を手にしてからというもの、さすがのリヴァイもそれなりにご機嫌だった。
二人の関係も良好で怒らせた覚えもない。
「てめえ、しらを切るつもりか」
「……いや、本当に身に覚えないから訊いてるんじゃないか。ちゃんと理由を言ってよ。私に非があるなら、謝るし償いもするからさ」
「だったら言うが――」
「ハンジさん!」
リヴァイとハンジの会話を中断させるほどの勢いで扉が開いた。
「ハンジさん、ありがとうございます。俺、本当に嬉しくて……あ、兵長もご一緒だったんですね」
最終戦争でリヴァイは人類最強の名に恥じぬ活躍をした。
それでも、この少年の存在は勝利には不可欠だったと認めている。
リヴァイの直属の部下でもあるエレン・イェーガーを。
勝利と引き替えに巨人の力を使いきったエレン。
15歳のふつうの少年に戻れたためか、以前より表情も態度も明るくなっていた。
しかし、今の笑顔は、それにも増して絶頂だった。
「エレン、本当に嬉しそうだね」
「だって夢だったんです。壁の外にでることは。ガキの頃、アルミンに教えてもらった海や砂の雪原や炎の山、それが、やっと見れるんだ。
アルミンやミカサと三人で、いつか旅にでようって約束してたんです。それがハンジさんのおかげで叶えられるんですから」
「はは、本当にエレンはかわいいね。こんな事くらいで感謝されたら照れくさいくらいだよ」
「そんな。だって、外の世界は巨人の驚異が無くなったとはいえ未知の領域。
だから、まずは研究者のハンジさんが先遣隊として調査してからじゃないと俺みたいな新兵には許可おりないって団長が言ってましたよ。
ハンジさんが熱心に上を説得してくれたから俺たちも同行させてもらえるんだ。本当にありがとうございました」
エレンは笑顔を振りまきながら退室した。
「ふふ、本当にいい子だね、彼は。あ、ところでリヴァイ、さっきの話だけど……」
ハンジはぎょっとなった。リヴァイの形相がさらに不快指数があがっていたからだ。
「……あ、あのリヴァイ?」
「……本来なら俺とおまえの二人だけの旅のはずだったのに」
ハンジはすべてを察した。普段はクールな兵士長であるリヴァイだが、まるで子供のようにわがままな面もある。
その欠点は主にハンジにだけみせるので兵士たちにばれていなかっただけだ。
「……それが怒ってる原因?」
「当然だ」
「だってアルミンやエレンだって私と同じように、いやそれ以上に外の世界に長年憧れていたんだよ。
置いてきぼりにするなんてかわいそうじゃないか」
「何がかわいそうだ!実質、俺たちの新婚旅行なのにガキを三人も連れていくなんていちゃつけねえだろうが!」
「……ねえリヴァイ、ちょっとおいでよ」
ハンジは椅子から立ち上がるとリヴァイの手をひいて調査兵団本部の裏手にある森に向かった。
「おい、どこに行く?」
「この先にちょっと開けた場所があってね。あの子たちのお気に入りなんだ」
うっそうとした木々の間を抜けると、なるほど小さな花畑に出た。そしてエレンとアルミン、それにミカサの姿も見える。
三人は何かを中心にぐるっと円の形に座っていた。
「何をみてるんだ、あいつら?」
「ほらリヴァイ、かがんで」
ハンジとリヴァイは茂みから、その様子を伺った。
「楽しみだな。もうすぐだね、もうすぐ、この本に描かれているものが見られるんだ」
アルミンは頬を紅潮させていた。
「ああ、夢じゃなく現実になるんだ。やっと見れるな。
俺たちが見てきた土地すべてを覆い尽くすくらいの水があるなんて実際みてみねえと信じられねえよ。
なあ、ミカサ、おまえは何を見てみたいんだ?炎の水か、それとも砂の雪原か?」
「私はエレンがいれば、どんな景色だって素晴らしいと思うけど……できれば、地平線がどこまで続くか見てみたい。
エレンと一緒に……それからアルミンも」
「おい、あの本」
3人は一冊の本に夢中になっている。
会話の内容から、彼らが外の世界の知識を得ることができたのは、その本からだとわかった。
「禁書じゃねえのか?」
「多分ね」
地下街で育ったリヴァイでも、それがやばい代物であることは理解できた。
もっとも、それも巨人によって壁内限定の人生を余儀なくされていた時代までだ。
今では、もうおおっぴらに壁の外を語れる。
「……あいつら、ガキの頃から禁書に手を出すほど外に憧れていたのか」
「ああ、そうだよ。それにアルミンに聞いた話だけどね、彼の両親は空を飛行することで外の世界に行こうとして事故死したらしい。
エレンも幼い頃から調査兵に志願するほどだった。そんなエレンにミカサは一途についていっている。
私があの子たちを連れていきたいと思ったのはご褒美ってこともある。
たけど、何よりもあの子たちの幼い頃からの夢を知ってしまったからなんだ」
「外の世界を知りたがって異端児扱いされてきたのは私も同じだからね」
――ああ、そうか。てめえは、あいつらに昔の自分を重ねているんだな
「それに、何だか昔のあなたを見ているようで」
「何だと?」
リヴァイにとっては思ってもいない言葉だった。
「だって、外の世界に行きたいって思いは誰よりもあなた自身が知っているはずじゃない」
ふいにリヴァイは忘れていた昔を思い出した。
薄暗く湿めった空気、腐敗した肉と血の混ざった悪臭、わずかな隙間からはいる光。
――壁に囲まれた土地だろうが、そこが太陽の下でさえあれば、俺にとっては外の世界、この世の全てだった。
――あの暗闇でもがいて人生を終わらせることを拒絶して俺は外に出た。
調査兵団に入ってハンジと出会い壁外の知識を教え込まれた。
当時は、夢というよりもハンジの妄想としか思わなかった。
だが、同時に地上に出ただけで広い世界に脱出できたと思っていた自分がちっぽけに思えた。
いつしか、真剣にハンジの話に耳を傾け、気が付けばハンジの夢はリヴァイ自身の願望になっていた。
――俺とハンジだけの夢ではなかった。
「ねえリヴァイ、二人きりの旅はまたいつか必ずするから、だから――」
「せいぜいこき使ってやる。それは、あいつらも承知してるんだろうな」
ハンジは少し驚いた表情を見せたが、すぐに「もちろんだよ!」と笑顔で答えた。
「それからテントは別々だからな」
「あの子たちの喜ぶ顔が今から楽しみだよ」
「……聞けよ、ひとの話」
――夢は夢のままで終わらなかった。
――どんなに絶望的な状況だろうと、信じて貫けば必ず現実のものになる。
機嫌がいいのか悪いのかわからない兵士長と満面の笑みを浮かべた分隊長が、大はしゃぎの三人の新兵を連れ旅立った。
その僅か一週間前の出来事である。
FIN
BACK