「てめえなんかに人類の命運かかってると思うとぞっとするぜ!」
「なんで、いちいち、てめえなんかに悪態つかれなきゃあならないんだ!」

「……またか」

訓練時代は日常茶飯事だったエレンとジャンの喧嘩。
調査兵団に入団してからはさすがにもうないだろうと高をくくっていたアルミンの予想は簡単に外れた。




ジャンの悲劇




「ねえ、ジャン。どうして、いつもエレンに喧嘩うるの?」
夕食時、アルミンは思い切ってジャンに切り出した。
「気に入らねえからだよ」
「ミカサがエレンにベタ惚れなのはエレンの罪じゃあないじゃないか」
「お、おまえ何を!」
アルミンはため息をつきながら続けた。
「バレバレだよ。気づいてないのはエレンとミカサくらいさ。 エレンは恋愛ごとは鈍だしミカサはエレン以外眼中にないからね」
図星を突かれたジャンはゆでだこのように赤くなって撃沈した。


「ヤキモチ焼く気持ちもわからなくないけど、エレンがかわいそうだよ」
「ふん、あんな死に急ぎ野郎なんか」
「それに、いい加減にしないとミカサに埋められるよ」
「……か、考えておく」
アルミンの脅しがきいたのかジャンは殊勝な面もちになった。
「けど、俺があいつを気に入らないのはミカサのことだけじゃあないんだよ。
あの野郎、巨人から逃げるために内地に配属希望してた俺を見下しやがって」
「見下してた訳じゃないと思うけど」
「俺は現実主義なんだ。最初から調査兵団に入るなんて野郎にはわからないだろうけどな」

「あのねジャン……エレンが巨人の駆逐に熱心な理由知ってる?」
「いかれてるからだろ」




「エレンは目の前でお母さんを巨人に喰い殺されたんだよ」




「……え?」

ジャンの表情は一瞬で凍り付いた。

「それからだよ。エレンが復讐の鬼になったのは……」

……お、俺のおふくろは……口うるせえけど、今もぴんぴんしてる。

それはジャンにとって衝撃の事実だった。
エレンはこの世の地獄を体験した。
そのエレンに自分は今まで何をしてきた?
ジャンは罪悪感で押しつぶされそうになった。














(ん、あれは?)
夕食後、ジャンはエレン発見。何やら座り込んでため息をついているようだ。
(今までいろいろあったけど同じ調査兵として今後はうまくやっていかなきゃならないし)
いい機会だ。ジャンは思い切ってエレンと仲直りすることにした。


「よぉ、死に急ぎ野郎」
「何だ、どんぐり頭」
「んだとぉ!?……はっ!」

い、いかん、いかん……これではいつもと同じじゃないか。

「あ、あのなエレン。悩みがあるなら相談にのるぞ」
いつもと全く違う態度にエレンは驚いている。
「そんなにびっくりすることないだろ。これから一緒に壁外調査する仲間じゃないか」
「まあ……そうだよな」

何だ、けっこう素直じゃないか。フィルターなしでみりゃあ、案外いいやつなのかもしれないな。

「はなしてみろよ。気が楽になるぜ」
「それじゃあ言うけどよ。ミカサのことなんだ」
「な、なにぃミカサだと!?」
これは棚からぼた餅か?ジャンの心はときめいた。


「あいつと最近こじれててさ」
「そうか、そうか」
ジャンは内心嬉しかった。だが、それは束の間の幸せだった。
「俺が巨人に喰われて死にかけたからって、以前より俺に執着するようになって大変なんだよ」
はぁ?ジャンの心は一瞬で硬直した。




「寝てもさめても俺のそばにいたがって、実際いるんだよ。朝、目が覚めたらベッドの脇にいて俺の手にぎってるんだぜ。
『エレンがいれば私は何でもできる、ので……エレンがいなければ何もできない。そばにおいて』
なんて言われたらつきはなせねえだろ?
俺のベッド、シングルだから自分の部屋に戻れって言っても床で寝るからいいってよ。しょうがないから一緒に寝てやるんだよ。
そういや『エレンが望むなら、この先もかまわない』って言ってたな。
何のことだか、さっぱりわかんねえ。
あいつ、俺の服めくろうとするし、この前なんかズボン脱がされそうになって焦った。
まあ、それはいいんだが、ついに風呂まで一緒にはいるとか言い出して困ってんだよ。
さすがにそれはやばいだろ?風呂は共同なんだから、他の奴に迷惑がかか……ん、どうしたジャン?」




「……か」
「おい、はっきり言えよ」


「おまえなんか大っっ嫌いだぁぁー!!」


ジャンは泣き叫びながら全力疾走でその場を後にした。

「……何だ、あいつ?」




思い知った!やっぱり、あいつは嫌な奴だ!!
それも悪意なく天然で俺の心をえぐってやがる!!
一時でも、エレンなんかと仲良くしてやろうなんて考えた俺が間違ってた!
二度と和解なんて考えてやるもんか!
ぬぐってやる!ぬぐってやるぞぉ!!




ジャンは走った。ひたすら走った。
垣根を越え、池を突破し、そのまま屋内に飛び込み廊下を猛スピードで疾走した。
曲がり角に人影が見えた。誰かは知らないが、あいつに拭ってやるとジャンはすでに決めていた。


「くそったれ!!」


その背中に思いっきりジャンは手に平をおもいっきり振り下ろした。
「やったぞ、拭ってやったぞ。ざまあみやがれ!!」
「……てめえ、ひとの服で何をぬぐってんだ?」
相手の男の口調はさも面白くなさそうだった。
当然といえば当然だが、今のジャンには相手の心情を思いやる余裕など全くなかった。


「はぁ?!何ってひととの信頼に決まってんだろ、この馬鹿野郎!!」
ジャンは気づくべきだった。この時、周囲のギャラリーたちが顔面蒼白で自分に視線を集中させていることに。
「文句あるなら人の目を真正面から見てから言え!」
すでに手遅れ状態なのだが、ジャンは気づくべきだった。
その後姿が誰のものなのか。
しかし、全てを知ることに数秒もかからなかった。
男が振り返ったからだ。




「ふざけてんじゃねえぞクソガキ。よっぽど削がれたいようだな」




ジャンは見た。静かだが確実に激怒している、その相手の顔を。
それは思わず頭の中が真っ白になるほどの衝撃だった。




「あ、あんた……!いえ、あなた様は……り、リリリリぃ……!!」




神様!!冗談ならやめてくださいっっ!!




ジャンは叫んだ。心の中で絶叫した。
だが、この世は残酷だ。神どころか髪(エルヴィン)の助けもなかった。
反射的に周囲に視線を泳がせると、すべての兵士たちは瞬時に目をそらし蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
そしてジャンとその男……いや人類最強と二人っきりになったのだ……。




「どうやら、てめえには特別な躾が必要なようだな」




薄れゆく意識の中、ジャンは心の中でつぶやいた。




俺の人生……終わったジャン!!




FIN




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