初詣に強引に誘った幼馴染に振り向くと、完全にムスッとした表情。
そりゃ、群れるのが大嫌いなあなたを強引に連れ出したのは悪かったけど、そんな仏頂面しなくても……。
美恵は、どうしてもこの並盛神社に雲雀と初詣に来たかった。
なぜなら、この神社には、ある伝説があるからだ。
それはカップルで初詣して絵馬に縁結びの願をかけると、そのカップルは結ばれるというものだった。
(どうか恭弥と恋人になれますように)
美恵は賽銭に千円を奮発した。
縁結び
「十代目、今年こそマフィア全国制覇っすね!!」
「ご、獄寺君、なんて不吉なことを!第一それ神社でお願いすることじゃないから!!」
ツナこと沢田綱吉は『どうか平凡な人生を送れますように』と願掛けにきたのだ。
そんな切実な願いをあざ笑うかのような友人・獄寺との温度差にツナは溜息をついた。
「どいたどいた。ぐずぐずしてるとぶっ飛ばすぞ!!」
何だろう?境内に溢れていた人ごみが左右に移動し、中央が開かれてゆく。
まるで映画『十戒』の海が二つに割れるシーンのようだ。
「……って、あれ風紀委員の人たちじゃないかー!!」
ツナは顔面蒼白になった。なぜ、めでたい正月早々、彼らと遭遇する羽目になるのやら。
おまけに正月早々、いつもと同じ学ランスタイルとは。
愛校心通り過ぎて、もはやマニアの領域にいっちゃってない?
「ど、どうして、あの人たち参拝客を避けさせて道つくってんだろ?」
「さあ、どうぞ委員長。心置きなくお通り下さい」
「……って、ヒバリさんのためー!?」
ムチャクチャな人間だと思っていたけど、まさかここまでだったとは!
あなたはどこかの国の王様ですか!?
「……ちょっと恭弥、他の人たちに迷惑よ。やめてよ」
「何言ってるんだい。僕は群れの中にはいるのはごめんだよ。
君がわがままいうから付き合ってやってるたんじゃないか」
雲雀は全く罪の意識はないようだが。しかし美恵は恥かしさと心苦しさで俯いてしまっている。
(恭弥の馬鹿……神社の境内で、こんな迷惑行為したら、神様だってご利益くれなくなるじゃない)
せっかくの千円も無駄になってしまう。
「ところで美恵、僕は学校に行くから一人で帰りなよ」
「え?」
学校!?今日は元旦よ、もちろん学校は休校なのよ!
「僕にそんなもの関係ないね」
雲雀は学校の鍵を取り出した。
「ちょっと待ってよ恭弥、今日は一日私と元旦を楽しむって約束してくれたじゃない」
「君がこんな人ごみに連れて来たからだ。気分を害したよ、だから気分転換するために学校に行く」
「……な」
何よ、それ!
「……わかったわよ」
温厚な美恵も、さすがに頭にきた。これが幼馴染に対する仕打ちだろうか?
思えば、幼い頃から美恵が雲雀に我侭いった事は一度もないが、雲雀はいつも美恵を振り回してきた。
「だったら好きなだけ学校にいなさいよ、一生!私は他の人と仲良くやってるから!!」
雲雀の口元が僅かに引き攣ったが、美恵は気づかなかった。
「最近近所に引っ越してきた銀髪のイケメンに誘われていたのよ、一緒に元旦の宴会しない?って。
私は恭弥との約束があったから断るつもりだったけど、ちょうど良かったわ!」
美恵は着物とは思えないスピードですたすたとその場から去ってしまった。
「……銀髪のイケメン」
後に残された雲雀はポツンと呟いた。美恵が自分以外の男を口にしたことはなかったからだ。
「……あ、あのヒバリさん、大丈夫ですか?」
あの雲雀が呆然と立ち尽くしているのだ。ひとのいいツナは気になり、つい声をかけてしまった。
「……美恵が銀髪のイケメンに誘われてるってさ。これは、どういうことだと思う?」
「……え、そ、それは……その~」
まさか、『それはナンパですよ』とは言えない!
(そんな危険な台詞吐いたら絶対にヒバリさんに咬み殺さ――)
「バッカじゃねえのか?そんなもの、下心があるからに決まってるだろうが」
ご、獄寺君!何てことを言ってくれたんだー!!
焦りまくるツナを余所に獄寺はさらに熱弁した。
「第一元旦ってのがポイントだぜ。酒を簡単に飲ませられるからな、酔った女なんか簡単に押し倒――」
雲雀の体からドス黒いオーラが!
「ひ、ヒバリさん、れ、冷静になって!話せばわかる、話せば――」
「……何よ、恭弥の馬鹿」
追いかけて来てもくれなかった……恭弥、やっぱり私のこと、ただの幼馴染としてしか見てなかったんだ。
私の片想いだったんだ……。
「……散々なお正月になっちゃった」
縁結びの神社というのも、結局は迷信だったと美恵は思い知らされた。
(恭弥が悪いんじゃないわ。しょうがないものね、私って魅力ないし……あら?)
いつの間にか頭上に小鳥がクルクルと円を描くように飛んでいた。
「ヒバードじゃない、どうしたの?」
ヒバードは美恵にも懐いている。手を伸ばすと、すぐにちょこんと掌に止まってきた。
「ミードーリータナービクー♪」
「恭弥とはぐれたの?」
美恵は困惑した。
(どうしよう、ほかっておくわけには行かないわ。恭弥のところに連れて行ってあげないと。
でも、今は恭弥には会いたくないし……困ったわ)
「美恵、美恵」
「……え?」
「美恵、美恵、ドコニイル?」
いつも並盛校歌しか喋らないヒバード、それが今美恵の名前を呼んでいる。
いや、それは妥当な言葉ではないだろう。
彼は人真似をする鳥に過ぎない、つまり誰かの台詞をまねているだけなのだ。
そして、その誰かとは、この世界に一人しかいない。
「美恵、ドコニイル?オコッテイルノカイ?」
「……恭弥」
――もしかして私のこと捜してくれているの?
「美恵、アイタイヨ」
――恭弥
『恭弥、恭弥……どこなの?』
『美恵!』
『……恭弥、どうしてここにいるの?』
『捜してたんじゃないか。さあ帰ろう』
ふいに幼い日の事を思い出した。迷子になって途方にくれ、ただ雲雀の名を呼んで泣いていた。
そんな時、雲雀はいつも最後には自分を迎えに来てくれた。
ずっと幼い子供が走り回って必死になって捜してくれたのだ。
そして疲れているにもかまわずに自分を背負って帰ってくれた。
(……恭弥はいつだってそうだった)
自分は大事にされたいた。いや、今だって大事に思われている。
美恵は、やっとそれに気づいたのだ。
――ごめんなさい、恭弥
美恵は走り出していた。雲雀の元に向かって。
もしかしたら、これは縁結びのご利益かもしれない。
めでたしめでたし
――おまけ――
「ギャー!」
「え……ヒバード?」
「ヒ、ヒバリサン、オネガイ、コロサナイデ!」
「……ええ!?」
「ウルサイヨ、キミタチゼンインマトメテ、カミコロス」
顔面蒼白になった美恵が走る速度を一気に上げたのはいうまでもない。
END
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