「何?」
朝日が綺麗な海岸線を見つけたので、彼氏を半ば強引に引っ張り連れて来た。
ところが肝心の彼は朝日そっちのけで、美恵の横顔を見詰めているのだ。

「こんな素敵な景色なのよ。あなたの情操教育のために連れて来たんだから、ちゃんと見てよ」
「くふふ、面白い事を言いますね。僕はどんな綺麗なものを見ても今さら変わったりしませんよ」

何度も転生を繰り返してきた。しかし、このドス黒い性格は何も変わらない。
「どうして、あなたっていつもそうなの?あなたは変わらないんじゃなくて変わろうって意識がないのよ」

ずけずけと物を言う美恵に彼は少し複雑そうな目を見せた。

「骸、どうしたの?」
「いえ、何でもありませんよ。ただ――」




輪廻転生




――いつから前世の記憶を捨てることを拒むようになったのか思いだした。
――その、きっかけとなったのは彼女…… 美恵と出会ったからだ。




「骸さん、最近様子おかしくないか?」
「……あの方は底の知れない方だ。俺達が口出すことじゃない」
「そうですよ。下手なことしたら殺されますよ、師匠は手加減しないひとですからね」




美恵との出会いは本当に偶然だった。人気のない夕暮れ時に、街中で躓き買い物袋を彼女が落とした。
足元に転がってきたりんごを拾い美恵に差し出した少年が骸だった。
美恵は驚いた。そのくらい美しい少年だったのだ骸は。
だが美恵が息を飲んだのは彼の表面の美貌ではない。
憂いを秘めたその瞳に何か懐かしい不思議なものを感じたからだ。
骸は外見は美しいが中身は反比例して恐ろしい男だった。彼の本性を知れば、まともな女は逃げ出すだろう。
いや本性を知らなくとも、異形ともいえる赤い瞳を見れば慄然として近付かなくなるはずだ。
でも美恵は、そのどちらでもなかった。骸の本当の姿をそのまま愛し、そばにいる。


「不思議なんだけど、骸とはずっと昔にどこかで会った事があるような気がするの」


きっと笑い飛ばされるだろうと思って吐いた言葉なのに骸は笑わなかった。
ただ、切なそうな目をして、じっと美恵を見詰めた。


「骸、どうしたの?」
「……いえ、何でもありませんよ」
「それより骸、いい加減にマフィアの世界から足を洗ってちょうだい」
骸はちょっとムッとして、「僕はマフィアではありませんよ」と反論した。
「何言ってるのよ。マフィアって一般人に暴力ふるう連中なんでしょ。
あなたはマフィアに暴力ふるってるだけじゃない。
あなたはマフィア専門のマフィアよ。暴力ふるうし人殺しはする、どこがマフィアと違うのよ?」
骸は美恵の胸元を掴みあげた。美恵はさすがに驚いている。


「僕を怒らせない方がいい。マフィア風情と一緒にされるなんて心外だ」
「……そう」

美恵は静かに目を閉じると、今度は開眼してキッと骸を睨みつけ右手を大きく振り上げた。
骸の頬目掛けて振り下ろされた手だったが寸前で止められた。

「か弱い女性の平手打ちを黙って受けるほど僕は落ちぶれていませんよ」
「あ、そう。じゃあ私も一つ教えてあげるわ、あなたが見くびっているほど私は弱くないわよ」


骸は俯いた。
「……くふふ」
「もしかして泣いてるの?」
「笑ってるんですよ。全く、あなたってひとは――」
骸はじっと美恵を見詰めた。

「……どうして、こんなにも違うんでしょうね。顔だけはそっくりなのに」

「何か言った?」
「何でもありませんよ」

骸はずっと笑っていた。誰よりも彼をわかっているはずの美恵にも、その理由は全くわからない。














――それはボンゴレファミリー結成当時の昔のこと。
ボンゴレⅠ世の元に集まった6人の守護者。その中でボスに忠誠心を全く持ってない人間が二人いた。
雲の守護者と霧の守護者。前者はファミリーに入る事を拒み、後者は裏切り者としての道を選んだ。
裏切った理由については後世のファミリーの憶測を色々とよんだ。
しかし誰も真実を知る者はいなかった――。




『あなた、もうマフィアなんてやめて』

彼の妻は何度も泣きながら懇願した。
夫が血生臭い抗争で死ぬかもしれない可能性に耐えられる女性ではなかった。
本当に美しく、そしてか弱い女性だった。とてもマフィアの女になれる人間ではない。
彼女にとっては、たまたま愛した相手が偶然マフィアだったに過ぎない。
物静かで優しい性質だった彼女は、どんどん精神的に追い詰められていった。
そんなある日ボンゴレファミリーは敵対していたマフィアと戦いの火蓋を切った。
敵の魔の手は裏の世界と直接かかわっていない、ボンゴレの家族や友人にも及んだ。


霧の守護者に妻がいることはボスや守護者ですら知らない。
彼は妻を決して裏の世界と係わらせなかったからだ。
だが、どこで情報が漏れたのか敵に彼女の存在がばれた。
霧の守護者はファミリーを見殺しにして、彼女のいる隠れ家に向かった。
仲間よりも妻一人を選んだのだ。
辿り着いた時には、すでに大勢の敵がぐるりと家を囲んでいた。
彼はそのほとんどを一瞬で八つ裂きにした。そしてドアを蹴破ると彼女の部屋へ続く階段を駆け上がった。
彼女が無事なら、もう何も望まない。ボンゴレファミリーとは縁を切る、二度とマフィアには係わらない。
部屋に駆け込んだ瞬間に視界に入ったシーンは彼の心を凍りつかせた。
彼女が白い絨毯の上に横たわっている。白い絨毯なのに、彼女の周囲だけ紅に染まっていた。


「……嘘だ」


昨日まで彼女は笑っていた。
彼女の身体は温かかった、なのに抱き上げた手から伝わったのは冷たさだけだった。
生気がまるで感じられない。閉じられた瞼は開く気配が全くない。
「お、俺じゃない!」
背後から聞えてきたのは怯えきった敵ファミリーのチンピラの声。
「その女、自殺したんだ。俺が殺したんじゃない!!」
その言葉は真実だろう。彼女の胸を一突きしたナイフの柄は、彼女の右手に握られている。
「ボンゴレ本部は奇襲された。だから、おまえの夫も死んでるはずだって……!
そう言ったら自分で胸刺しやがったんだ!」
彼は、冷たくなった妻を抱きしめ立ち上がった。
「だ、だから見逃してくれよ!俺は何もしてな――」
男は、その瞬間八つ裂きになっていた。














「ねえ、私の顔に何かついてるの?」
「いえ何も」
「だったら、どうして私の顔見て笑うのよ」
「さあ、それよりも一つ伺っていいですか?」
骸はくふふと笑いながら問うた。

「君には前世の記憶はありますか?」
「あるわけないでしょう」

「でしょうね。でも僕にはあるんですよ、もっとも全ての記憶を失っていないわけじゃない。
一番大切な記憶だけです。他の記憶は邪魔なので捨てました。
ただマフィアは嫌いだという事だけは何度転生しても変わりません。
きっと前世で余程嫌な思い出があったんでしょうね」


――足元に転がってきたりんご。追いかけてきた君を見たときの僕の気持ち、君にはきっとわからない。




「やっと見つけた」
「何か言った?」




「いえ何も……でも」
骸は美恵の顔をじっと見詰めた。


「一目見てわかりましたよ。ああ、彼女だって……」

美恵は不思議そうに骸を見詰めた。彼の目は、とてもせつなそうだった。

「……外見はそっくりなのに中身は全然違うなんて」


「……骸?」
「あなたは僕が死んでも、絶対に後追い自殺なんかしないでしょうからね」
「何、変なことを言ってるのよ?」
「……本当に、彼女とは似ても似つかないですよ」
「悪いものでも食べたの?そろそろ帰る?」
「そうですね。君の手料理で朝食もいい、僕の舌の許容範囲が広くて良かったですね」
「どういう意味よ、それ」
頬を膨らます彼女は可愛かった。どちらともなく二人は手をつないで帰途についた。


「僕が死んだら、君はどうする?後を追ってくれますか?」
「そんなことするわけないでしょ。私が死んだら、誰があなたのお墓守るのよ」


骸は頼もしそうに笑みを浮かべた。彼女なら心配ない、彼女は強いひとだから。
砂浜に点々と二人の足跡が続いていた。


――今度こそ僕は君を守り抜きますよ。




END




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