雲雀はボンゴレボックスを、ただジッと見詰めていた。
「ミードリータナービクー♪」
愛鳥ヒバードが優雅に空を舞っている。いつもの光景だ。
ただ一つ違うのは、今の時代が未来だという事だけだろう。
屋上で眠っていた雲雀は、突然見知らぬ世界に引きずり込まれた。
見たことのない眉毛の男、見知らぬ世界、ボックスから現れた愛らしいハリネズミ。
状況を把握しない内に雲雀は突然恐ろしい事実を知ることになった。
(もっとも普通の人間ならともかく雲雀は恐ろしいとは思わなかったようだが)
人の気配を感じ、雲雀はトンファーを構えた。

「まあ待て恭弥、そう慌てなくても、みっちり鍛えてやるから」




奪還




「おい待て恭弥、俺の話を聞け」
「恭さん!いえ委員長、お待ち下さい!!」
雲雀はディーノや草壁が止めるのも聞かずに走っていた。
目的地は郊外にある小さいがおしゃれな一軒屋。センスのいい庭を一っ飛びして窓から家に入った。


美恵!」


誰もいなかった。人の気配が全くない。
部屋の中は乱雑だった。一目で何者かに荒らされたものだとわかる。
フローリングの床にはガラスが散らばっており、その破片の中央には写真立てが――。


雲雀は、その写真立てを手に取った。美しい女性が微笑んでいる。
その隣には美しい顔立ちだが無表情の男が立っていた。
今の雲雀より少しだけ年齢を重ねた彼自身だった。
「……美恵」

なぜ、こんな事になったのか?

雲雀は突然未来の世界に引きずり込まれた。
ディーノが言うには、またマフィア同士の戦いが始まるから、守護者として参戦しろというのだ。
それが雲の守護者の使命だと。
だが雲雀にとってはマフィアの抗争など興味はなかった。
雲雀にとって大切なのは並盛の風紀を――いや、彼女がすむ、この町を守ることだけ。


彼女とは天瀬美恵。雲雀にとって、たった一人の幼馴染。
いや、今では幼馴染だけではない。雲雀にとって唯一の愛情の対象。
彼女を守ること以外は、ただ趣味や気まぐれで戦うだけだ。
マフィアの抗争なんかに興味は無い。もちろん沢田綱吉のために戦う義理もない。
守護者などボンゴレが勝手に決めたことで、雲雀はそんなものどうでもよかった。
だが、どうでもいいと云えない事情が、ほんの数分前にディーノの口から語られたのだ。







「僕は僕が好きなときに戦うだけさ。ミルフィオーレなんて知らないよ」
「おい話は最後まで聞けよ恭弥、おまえが無視しても相手はそうじゃないんだ。
あいつらはそんな甘くない。ボンゴレファミリーと少しでもつながりがあった人間はボンゴレ狩りで殺された。
連れさらわれて行方不明になった人間もいる。恭弥、おまえの知り合いにも……」
そこまで聞いて雲雀の顔色が変わった。
「まさか……」
雲雀は全力疾走で走っていた。
そして彼女の家に辿り着いた時には、もう彼女の姿はどこにもなかったのだ。







「……恭弥、これでわかっただろう。おまえは戦うしかないんだ、同情するが、それが、おまえの運――」
雲雀の後に続き窓から入ってきたディーノの襟首を掴み上げた。
「……美恵は殺されたのか?」
「いや生きている。ただ……」
ディーノは黙り込んだ。どうやら雲雀には言えない事が起きたらしい。
「……何があった?美恵は、どこに連れて行かれた?」
「恭弥、落ち着いて聞いてくれ……彼女は」














「ひ、雲雀さんの恋人を白蘭が拉致した?」
入江から入手した雲雀関連の情報は深刻なものだった。
「ああ、そうなんだ。白蘭さんは、ボンゴレ狩りで君たちの関係者は、つかまえ次第、殺してきた。
でも、どういうわけか彼女のことは殺さずに、生け捕りにして自国に連れ帰ったんだよ」
「でも、どうして?まさか、彼女を人質にしてヒバリさんに何かしようなんて企んでいるんじゃ?」
「いや、それは無いと思うよ。白蘭さんは、僕がいうのも何だけど恐ろしいほど強いひとなんだ。
そんなセコイ手を使うより、正々堂々と盛大な嫌がらせをするのが好きな人でね」
ツナはわからなくなってきた。ならば、なぜ女を殺さずに生かしたままさらったのか?
「多分、殺されることは無いよ、しばらくはね……でも」














「白蘭様、今日のご予定ですが」
「ああ全部キャンセルしておいて。今日は忙しいんだ」
慌てる秘書を無視して白蘭はさっさと帰宅してしまった。
自宅にも白い制服に身をまとったホワイトスペルの精鋭が大勢いる。
壮麗な屋敷、いや宮殿と言っても差し支えない豪華さだ。
その白蘭邸の最も奥深い部屋、ドアの前には24時間体制で見張りがいる。


「今日は、もういいよ。邪魔だから、さっさと行きなよ」
白蘭の一言で彼らは姿を消した。部屋は寝室で、ベッドの上には美しい女性が横たわり眠っている。
白蘭は愛おしそうに彼女の前髪をかきあげた。
「薬がよく効いてるようだね」
その魅惑的な唇に自分のそれを近づけた。


「……きょう……や……」


白蘭の眉毛が不快そうにぴくっと動いた。
「……恭……弥」
寝言だろう。彼女が目を開ける気配は全く無い。
「彼が、この世から消えたら君は僕を愛してくれる?それとも今まで以上に憎む?」
白蘭は想像するだけでぞくぞくした。
それが愛情であれ憎悪であれ、彼女の感情が自分だけに向けられるのだから。

「あの時から僕はすごく楽しいよ。こんな気持ちは生まれて初めてだ」














――十日前――

白蘭が来日したのは気まぐれだった。
たまにはモニター越しではなく直接入江をいじめてみようかなという悪戯心に過ぎない。
ボンゴレ狩りにお忍びで参加したのも気まぐれだった。
「で、今日の獲物は?」
天瀬美恵です。我々の調査では、あの雲雀恭弥が唯一心を開いた相手とか」
「ふーん、そんな大事な相手なんだ。じゃあさ、さっさと見つけて消滅させちゃってよ♪」
白蘭にとって美恵と云う名の女は興味すら湧かない相手だった。その時までは。
だが、突然、ざわめきが起こった。と、同時に何かが空を裂き飛んで来た。
白蘭の白い肌に赤い線がはいる。直後、地面にぽたっと赤い点がいくつか染み込んだ。


「白蘭様!」
周囲の護衛達は慌てふためいた。絶対君主とも云うべきボスが攻撃されたのだ。
相手の姿は見えない。どうやら遠距離射撃してきたようだ。
だが銃を使うということは、相手はボックス兵器の使い手ではないらしい。
狙撃犯が捕獲されるのに時間はかからなかった。
白蘭を暗殺しようとした相手は女。
しかも懐から自爆用の爆弾が出てきたとあってホワイトスペルは騒然となった。
マフィアとは無関係のカタギの女が白蘭と刺し違えようとしたのだから。
彼女は白蘭の前に引きずり出された。
美しい女だった。だが顔形などよりも、白蘭を射抜く冷たい目が印象的だった。


「こ、この女は!」
女の顔を見るなり側近が驚愕の声を上げた。
「雲雀恭弥の女です」
カタギの女なんて怯えることしか出来ないか弱い生き物だと思っていた白蘭は、ほんの少しだけ驚いた。
「ねえ君、どうして逃げなかったんだい?」
美恵は怯えた様子もなく淡々と答えた。
「周囲を囲まれて蟻の子一匹逃げられないわよ。だったら、こっちから出向いてやろうと思っただけ」
「ふーん、ヤケになったのかい?まさか本気で僕を殺せると思った?」
絶体絶命の状況だというのに美恵はニッコリ笑って見せた。その笑みに白蘭はぞくっとした。


「もちろん、それがベストだと思ったけど、やっぱり無理だったわ。
せっかく恭弥が護身用にって精度のいい銃を持たせてくれていたのに」
「何とか僕に近付いて僕ごと死ぬ気だったのかい?そんな無茶なことしたら君の彼氏が悲しむよ♪」
「何もしなくても、どうせ殺されるんでしょ。だったら少しくらい、仕返ししてやりたいじゃない。
恭弥が悲しむ?あなた達、あいつのこと全然わかってないわね」
美恵はおかしくてたまらないといった感じで笑い出した。




「私が死ねば恭弥は哀しみなんかに浸る間もなく怒り狂うわよ。そして、必ず、あなた達を殺すわ。
それが私のささやかな復讐。私は命と引換えに、あなた達に雲雀恭弥という最強の死神を紹介してあげるのよ」




「…………」
「目的は果たしたわ。さあ、殺しなさいな」




白蘭の中に生まれて初めて他人に対する興味が湧いた。
その興味は瞬く間に、もっと貪欲な感情に急激に変化したのだ。
白蘭は美恵を殺さなかった。ただ意識を奪い、そのまま美恵を抱き日本を後にした――。














「白蘭は彼女を欲した。だから恭弥――」
雲雀はディーノの襟首を掴み壁に叩きつけた。
「やめて下さい委員長、ディーノさんを責めても美恵さんは戻ってきません!」
慌てて制止する草壁もトンファーで殴られ床に沈む。


「どこにいる?」

雲雀の目は赤く染まっていた。


美恵はどこだ!美恵をさらった男はどこにいる!!?」


落ち着けと説得したところで、今の雲雀には通用しないだろう。
「知ったらどうするつもりだ?」
「奪い返す。これ以上、美恵が他の男の手の中にいるなんて僕が許さない」
「今のおまえじゃあ殺されるだけだぜ。それこそ白蘭の思う壺だ」
ディーノは雲雀の襟を掴み返した。


「今のおまえは怒り狂っているだけの、ただの獣だ。白蘭には絶対に勝てない。
本気で彼女を愛しているなら、どんなことをしてでも取り戻したいならボンゴレとして戦え!
奴らは個人で倒せる敵じゃない。それとも感情のまま、あいつらに特攻仕掛けて犬死したいか?
だったら俺は止めないぜ。だが、これだけは覚えておけよ」


「おまえが今死んだら、彼女は一生白蘭のものだ」


雲雀は俯いていた。ディーノを掴む手だけが微かに震えている。

「……どうすればいい?」
「……強くなれ。おまえは、修行次第でこれから何倍にも伸びる。
ボンゴレリングとボンゴレボックスがおまえに力を貸してくれる。
いずれ白蘭から正式な宣戦布告があるだろう。その日に備えて特訓するんだ」
「わかったよ」
雲雀は顔を上げた。その表情は可愛げの無い、いつもの雲雀だった。


「こんなものどうでも良かったけど」

雲雀はリングとボックスを見詰めた。

「何でもしてやるよ。それが美恵を取り戻す最短距離ならね」

美恵を奪還する。その為なら手段なんか選ばない――。
どんなことでもしてみせる――。
再び美恵を、この腕に抱くためなら――。


「雲の守護者にでも何でもなってやるさ」


END




Back