クフフフフ
愚か者の話をしましょうか?
くだらない感情に囚われて
はたすべき目的を忘れかけた
愚か者の話を――
Memory
「骸、おまえはどうしてこんな酷いことができるんだよ!」
「それがマフィア風情のいう台詞ですか。とことん甘い男ですね、沢田綱吉」
「仲間まで操るなんて、こんな戦い方酷すぎる」
「おや、戦いにあるのは二つだけですよ」
「勝利か敗北、手段や経過は問題じゃない」
ツナは、表情を歪ませた。
この六道骸という男には負の感情しかないのだろうか?
マフィアの世界に引きずり込まれて数ヶ月。
ツナは、今までの平凡で退屈ながらも平和な日常とおさらばさせられた。
その後はハードな毎日を送っている。
しかし、こんな過酷な戦いをしたのは初めてだった。
(六道骸、何て男なんだ。こいつに比べたら雲雀さんは、まだ優しい……のか?)
気絶しているはずの雲雀がむくっと起きて言った。
「沢田綱吉、今、僕のことで嫌なこと考えているだろ?
そんなに僕に咬み殺して欲しいのかい?」
「ひぃー!!ひ、雲雀さん、どうして俺の考えが!?」
「つまらないくらい単純だからわかるんだよ」
雲雀はチラッと骸を睨みつけた。
「けれど君はわからない。何なんだい君は?」
「あなたに言われたくありませんよ、雲雀恭弥」
(ひぃぃぃ、やっぱ、この二人こええ。俺、呑み込まれそう。
……って、そんなこと言ってる場合じゃない!!)
ツナは勇気を振り絞って声を張り上げた。
「雲雀さんでさえ、自分の大事なものは体はって守るんだぞ!」
「『さえ』?」
「うわっ、ご、ごめんなさい雲雀さん!
と、とにかく、おまえには大事な存在ないのかよ!」
骸の顔色が僅かに変化した。
ツナの超直感はそれを見逃さなかった。
冷酷非情なはずの、この男にも大切な存在はあるのだ。
「おまえにもいるんだろ、大事なひと。だったらわかるだろ。
大事な人間を傷つけられる痛みがどんなものか!」
「さあ、全くわかりませんね」
「僕もいまいちわからないよ」
「ひ、雲雀さんはちょっと黙っててください……」
「特別なひとはいました。でも僕は自らの手で彼女を壊しましたから」
ツナの目の色が変わった。強すぎるショックを受けたようだ。
雲雀はちょっと眉を動かしたくらいで平然としている。
「どうしました、沢田綱吉?」
「じ、自分の手で壊した……って?」
「詳しく知りたいですか?いいでしょう、では昔話をしてあげますよ。
昔といっても、まだ一年ほど前のことです。
愚か者がいました。つまらない感情に囚われて
本来の目的を忘れかけた愚かな男がいたんです」
――某病院にて――
「どう、具合は?」
「やれやれ、また君ですか。よく、飽きもせず僕なんかにかまいますね」
「だって他に話をするひといないもの」
骸は当時、とある病院に入院していた。
マフィアに復讐する日々の中、骸はマフィア界のお尋ね者になっていた。
殺し屋たちに追われる日々、大抵は返り討ちにしてやった。
だが、中には手強い奴もいて、ある日、負傷しだ。
潜伏もかねて、一般人を演じて入院患者になることになったというわけだ。
彼女――美恵――とは、その時に出会った。
何年も入院しているというのに、彼女は明るい人柄だった。
同年代の友達がいないせいか、病室が近かった骸によく声をかけてくるのだ。
最初は疎ましいと思っていたが、最近は楽しくなっていた。
そんな、ある日の事だった。
「可哀相にね666号室の女の子、あんなに、いいこなのに」
「一番辛いのは自分なのに、それをおくびにもださず……」
骸は偶然にも看護士達の会話を聞いてしまった。
「元気そうに見えるのに心臓が悪いなんて」
「そう。手術にも耐えられないから手の施しようがないんですって」
「三ヶ月もつかどうからしいわ。本人も知ってるのよ」
美恵が、あと三ヶ月で死ぬ?
「あ、骸、見て」
中庭に出ると美恵が駆け寄ってきた。
(馬鹿か、走ったりしたら……!)
「ほら、見て」
美恵が指差したのは、花壇の隅に咲いている小さな花だった。
「種がどこかから飛んで来たのね」
美恵は本当に嬉しそうだった。
「この花壇ね。あと半年くらいすると、すごいのよ。
毎年、綺麗な花がいっぱい咲くんだから。骸にも見て欲しい。
あ、骸は、もう退院していないよね。残念だな」
(半年だって……見れるわけないのに)
「骸さん、聞いてるんですか?」
「……あ、ああ、何ですか犬?」
「だからあ、もう、そろそろ病院抜け出して復讐再開しましょうよ」
「……復讐」
「そうですよ。何か、最近、骸さん上の空だよ。
まさか、マフィアたちをぶっ殺すのやめたんすかぁ?」
「馬鹿な。僕は、そんな優しい人間じゃないですよ」
「だったら、さっさと退院してくださいよ」
「犬のいう通りですよ。最近の骸様は以前の骸様じゃないみたいですよ」
「以前の僕じゃない?」
「……なんていうか。穏やかになったっていうのか……平和的っていうのか」
「千種……僕を怒らせて死にたいんですか?」
「すみません、失言でした」
「まったく失礼な奴だなぁ、骸さんが平和ボケするわけねえじゃん」
二人にとっては笑い話だったが骸は笑えなかった。
――僕は弱くなったということなのか?
骸は荷物をまとめて真夜中の病院を抜け出した。
これ以上、ここにいてはいけない。
本当は骸自身が一番わかっていた。
彼女は闇の世界で生きていた自分には眩しすぎる。
その光にあてられて、自分は知らず知らずのうちに影響されていた。
(……僕は闇の世界でしか生きられない人間。このままではいけない)
骸にとって平穏な日々に身をおくということは己を見失うこと。
修羅の道を捨てることは弱くなること。
そして、弱くなるということは生きる価値などないことだった。
「骸、どこに行くの?」
「……!」
骸の心臓が小さく跳ねた。美恵が近付いてくる。
「どこに行くの?こんな夜中に」
「……どうして」
「骸、今日、様子が変だったでしょ。気になってたの」
自分では、いつもと同じ態度のつもりだった。
それなのに、この少女にはお見通しだった。
自分の心を見透かされた――それは骸にとって許しがたい屈辱でもあった。
「そしたら、骸が外に出るのが見えて……」
「もう僕に近付かないでくれないか?」
「骸?」
「僕は君が思っているような人間じゃない」
「何を言ってるの?」
「僕は君とは種類が違うんですよ。見てごらん」
骸は美恵の前では一度も外した事がなかった眼帯を取り外した。
美恵の前に現れたのは、呪われた赤い瞳だった。
「見てのとおり、僕は異形の人間。君たちから見たら化け物でしょう」
美恵は言葉もなく、ただ骸を見つめていた。
おそらく自分を恐れて声も出ないのだろうと骸は考えた。
普通の人間には当然の反応。
それを予測した上での行為なのに、骸は胸が苦しかった。
「じゃあ、永遠にさようなら。もう二度と会うことはないでしょう」
平静を装い、骸は踵を翻すと走ろうとした。
だが、できなかった。
美恵が必死になって、腕にしがみついてきたからだ。
「行かないで!」
「…………」
「お願い……行かないで」
「……僕の正体を見たでしょう。僕は」
「骸が化け物だろうと、骸は骸でしょう。お願いだから一人にしないで」
生まれて初めて骸の中で迷いが生じた。
この少女のために、過去を、復讐を、全てを捨ててもいい。
一瞬だけ、そう思った。
「……ダメだ」
――僕は弱い人間になるつもりはない。
骸は美恵を突き飛ばした。その手には愛用の三叉の武器が握られている。
「……骸」
「僕は……」
骸の目から一筋の涙が流れていた。
「僕は誰かのために弱い人間にはならない!」
「そんなものになるくらいなら――」
「自分で元は断ち切る――!」
「これで僕がどういう人間かわかったでしょう沢田綱吉?」
戦いが終わった後、復讐者に引きずられてゆく骸にツナは叫んだ。
「俺は……!」
「俺は守るものがあったから頑張れたんだ!
おまえ勘違いしてる、大事な人間を捨てることは強さなんかじゃない!
だから、だから……もし、もし、おまえが……」
おまえが彼女を守る道を選択していたら
今、こうして立っていたのは、きっと、おまえだよ。
戦いが終わったのに、ツナは不思議と嬉しくなかった。
「あいつ、あんなに強かったのに、どうして……。
どうして……愛するひとを殺せたんだろう?
リボーン、俺わかんないよ。どうして、そんなことができるのか」
リボーンは帽子のつばをちょっと押さえた。
「あいつは、とんでもねーワルだったが……。
もしかしたら、俺達が思っているほど悪い奴じゃねえかもしんねえぞ」
「どういうことだよ?」
「気になって調べたんだ」
リボーンは封筒を取り出した。ツナは早速中を見てみる。
「イタリアの新聞の切り抜き?俺、イタリア語なんて読めねえよ」
「まったくしょうがねえ奴だな。俺が訳してやる」
「『奇跡、重度の心臓病の少女完治する』」
「……え?」
「ある夜、突然、健康になっちまったんだ。
ちなみに、同じ日に、患者が一人脱走してる。
正確にいえば完治したんじゃねえ。
骸の強力な幻術で心臓が保護されてるんだ」
あの夜、骸は美恵を殺そうとした。
しかし発作を起こして死に掛けた美恵にとどめをさせなかった。
そして、自分の術士としての力で美恵を助けたのだ。
「あいつ、どうして彼女を壊したなんて嘘をついたんだ?」
「壊れたものもあったのさ。今日が、その娘の退院日なんだ」
「美恵さん、退院おめでとう」
「ありがとうございます」
医師や看護士達に見送られ美恵は無事に退院した。
あの夜、美恵は中庭に倒れているところを警備員に発見された。
そして、目を覚ました時、医師が驚いて、こう告げた。
「信じられない。介抱に向かっている」――と。
あの夜、何があったのか……美恵は全く覚えていない。
ふと見ると、前方から薔薇の花束を抱えた少年が歩いてくるのが見えた。
(素敵なひと。でも、どこかで見たような……)
「美恵、退院、おめでとう」
(……え?)
「あの、どなたですか?」
少年は少し寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「すみません。人違いでした」
少年は、そのまま去っていった。
(……何だったんだろう。あれ?)
地面に雫が落ちていた。
「……私、泣いてるの?」
壊したのは記憶
もう、二度と思い出すことのない。
さようなら美恵
永遠に――。
END
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