「本当に美恵は幸せ者ね」
「本当、羨ましいわ。あんなハンサムで強い旦那様に、こんなに愛されてるんだもの」
「……そうかな」
「「だってそうじゃない」」

友人達の羨望の眼差しに美恵は苦笑いするしかなかった。


――私、本当に恭弥に愛されてるのかしら?




Reason




雲雀美恵(旧姓・天瀬)、ほやほやの新婚さんである。
旦那様は雲雀恭弥、地元を牛耳る権力者という年齢に似合わない要注意人物だった。
そんな凄い男と幼馴染の腐れ縁で結婚したものの美恵は正直複雑な気持ちだった。


――恭弥は本当に私のこと愛して結婚してくれたのかしら?


(私はずっと恭弥のこと好きだった。わがままで自己中心的で危険極まりない問題児だけど。
何考えているかわからなくて、はっきりとした優しさをみせるようなひとじゃないけど……。
子供の頃からずっと一緒にいる私は彼の長所わかってるつもりだった)


――でも恭弥が私のこと愛しているかだけは全然わからない。




友人達は口をそろえていう

『教会で2人っきりの結婚式なんてロマンティックじゃない』

――全然違うわ。単に恭弥は群れるのが嫌いだからお客様を大勢呼びたくないだけだったのよ。


『新婚旅行の為に南の島を1ヵ月貸しきるなんて凄いわあ。よほど2人きりになりたかったのね』

――それも他の観光客がうざいからしたことよ。恭弥は群れるのが嫌いなんだもの。


(恭弥って私でなくても相手誰でもよかったんじゃないかしら?
恭弥ほどのひとだと嫌でも縁談話が多くて五月蝿いから、とりあえず結婚しただけなのかもしれない。
幼馴染で、ただ近くにいただけの私がたまたま目に止まっただけかも……)
それを証明するかのように雲雀のプロポーズは淡々としたものだった。
(……あれ、プロポーズっていえるかしら?)














ある日、庭の木陰で読書をしていると、いつの間にか雲雀が立っていた。
そして、こう言ったのだ。
「二ヵ月後の第三日曜日は開けておけよ。僕の結婚式だからね」
「え?」
衝撃が全身を駆け巡り、 美恵はショックで固まった。
(……いけない。私は恭弥の恋人じゃないんだもの、ただの幼馴染なんだもの。
喜んであげなきゃ……祝福してあげないと……でも、でも……)


ずっと好きだった、その人から結婚式の招待受けるなんて……。
失恋って、想像するより辛いものなのね。


「……お、おめでとう恭弥。急だから、びっくりしたわ」
「ああ、そうかい。じゃあ行くよ」
雲雀は美恵の腕を取ると強引に歩き出した。
「待って恭弥、行くってどこに?」
「どこってウエディングドレスの試着だよ」
「試着?どうして恭弥の奥さんになるひとの試着を私が見なきゃいけないの?」
「……知らなかったよ美恵、君がそんな馬鹿なんて。君が試着するんじゃないか」
「……え?ちょ、ちょっと待って、どういうことなの?」
「鈍いね、最初から説明してるじゃないか。俺と君が結婚するんだよ」
「そんな話、私きいてないわ。第一プロポーズだってされてないのに!」

プロポーズって、ロマンティックなものだと思っていたのに。

「僕はくだらない常識にとらわれるのは嫌いなんだよ。僕が決めたら、それに従ってもらうよ。
ああ、君の異議申し立ては聞くつもりないから」


なんてムチャクチャな!でも、やり方は悪いけど、恭弥は私のこと好きなのかしら?


「ね、ねえ……どうして私を選んだの?」
「最近周囲がうるさくてね。僕のような人間は身を固めた方が風紀上いいっていうんだ」


なによ、それ……誰でもよかったって事なの?














「……はあ」
恭弥と結婚することが夢だったのに……それが叶ったのに、すごく憂鬱。
私って贅沢な女なのかな……。
恭弥は相変わらず群れる人間を咬み殺してばかりだし……。




「奥さん、どうしたんですか。溜息をついて」
沈んだ美恵に声を掛けてきたのは、雲雀の部下・草壁だった。
「何でもないわ。それより恭弥しらない?昨日から帰って来ないのよ、連絡もないし……」
「恭さんなら並盛の風紀を乱している麻薬組織にケンカ売りに行ってますよ」
美恵は頭痛がした。
「……恭弥は本当に私のこと必要としているのかしら?」
「何を言ってるんですか奥さん」
「きっと誰でもよかったのよ。たまたま幼馴染で目に付く事が多かった私に白羽の矢をたてただけで」
「まさか、群れるのが嫌いな恭さんが好きでもない女性をそばに置くわけ……」




「草壁、ひとの妻と何群れてるんだい?咬み殺すよ」




草壁は慌てて姿を消した。
「おかえり恭弥、昨夜は大変だったみたいね」
「ああ、眠いから、しばらく起こさないでね」
雲雀は美恵の膝枕ですやすやと眠り出した。
「……どうして群れる連中がそんなに嫌いなのかしら?」


昔から他人とつるむより1人でいるほうが好きなひとだったけど。
……待って、幼稚園の頃は、ここまで病的じゃなかったわよね。
いつから群れが嫌いになったのかしら……?




「……美恵」
「なに、恭弥?」
返事はない。どうやら寝言らしい、夢でも見てるのだろうか?









――今日から私達小学生だね恭弥。
――僕は好きな学年に在籍するつもりだよ。


それは小学校に入学したばかりの懐かしい時代の夢だった。


――あのね恭弥、私、いっぱい友達できたのよ。
――ふうん、そう。
――かっこいい男の子の友達もいっぱいできたのよ。
――……ふうん、そう。
――いつもね、教室で皆あつまってお話してるの。たまにデートしようって言われるけど、デートって何?
――……知りたくもないね。




……昔の夢か、嫌なこと思い出したな。美恵?




随分眠ってしまったのだろう。いつの間にか膝枕させていた美恵まで眠っている。


美恵に付きまとう男を全員咬み殺してやったけど、学年が変わることに連中は群れをなしてきてまいったよ。
面倒だから、群れと言う群れは例外なく潰してやることにしたけどさ)


美恵はしばらく起きそうもない、雲雀は美恵を抱きかかえて立ち上がり寝室に運んだ。
君は群れる必要ないんだよ。君と一緒にいるのは僕だけでいいんだ。




「……恭弥、大好き」


寝言だった。


「僕もだよ」




2人の気持ちが通じ合う日も、そう遠くないだろう。




BACK