ある本に、こう書かれていた。
『死ぬことよりも、生きることの方が、はるかにむずかしい――――』と。
俺にはわからない。
死ぬことを簡単だと思うことも、生きることをむずかしいと思うことも。

俺には、わからない。


ラビリンス 〜最後の迷宮〜



ぱららららららららっ・・・・・・・

何度目かわからないこの銃声。
そして、何体目かわからない死体。
桐山は、静かにその死体を見た。


流れ出る血。
紅い鮮血は、雑草と入り混じる。

雨が降っていた。
降り続く雨は、死体を洗い流していく。

死体―――相馬光子。
その美しい顔に、いくつも穴が開いている。


「・・・・・・・・・・・」
しかし、どうでもよかった。
桐山にとっては、どうでもいいことなのだ。
コインで決めることにした。
裏が出た―――だから、このゲームに乗る。
それだけなのだ。



杉村と琴弾の銃を手に入れる。
桐山は、三つの死体には目もくれず、この場を立ち去ろうとした。

―――――がさっ・・・・・

近くの茂みが揺れた。
桐山は、杉村から奪ったコルトガバメントを、そちらへ向ける。

「・・・・・・桐山く・・・ん・・・・・」

現れたその人物に、桐山はたいして表情を変えなかった。
名は
クラスの人気者で、何人かの男子からは告白もされていると聞いた。
それと・・・・・そう。
桐山は、とよく喋った。
不良のボスというレッテルを貼られていたにも関わらず、
は、少しも気兼ねせず、友人感覚で桐山に喋りかけていた。
もちろん桐山も、そんなをすんなりと受け入れた。
だがそれは、まるではるか昔のことのようだった。
たった、一昨日前だというのに。



パアンッ!! パアンッ!! パアンッ!!



容赦など微塵も無く、桐山はに弾丸を浴びせた。
の体は、成るがままに弾け、地面へ倒れ込む。
「・・・・・・・・・・・」
桐山は、なんてこともないようにに近づいた。
もしかしたら、いい武器を持っているかもしれない。
そう思った。


「桐・・・・山・・・・・く・・・・・・・・・・」


荒い呼吸をしながら、はそう言った。
本当に、命のギリギリを生きている感じだった。
容赦無く流れ出て行く血のせいで、の体はどんどん冷たくなっていく。
「桐山くん・・・・・・・よかっ・・・・た・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
桐山は、再び銃をに向ける。
「よかった・・・・・最後に・・・・あ、会えて・・・・・」
少し、桐山は首を傾げた。
が、いったい何を言っているのかわからない。
「探し・・・・・て・・・た・・・・・ずっと・・・・・・」
震える手を、必死に桐山へ向ける。
もうすぐ死ぬことを、はたしかに悟っていた。

ゲーム開始から、ずっとずっと、ひたすら桐山を目指した。
途中、人に会いそうになっては隠れ、逃げ、その繰り返しだった。
一人も殺さずにここまで来れたのが、何よりだ。

「桐山く・・ん・・・・・・さよ・・な・・・・・ら・・・・」

は、力いっぱい笑った。
わかっている。
自分なんかでは、桐山の心を動かすことなどできないと。
わかっている。
自分なんかでは、桐山の世界を見つけるなどできないと。
わかっている。
自分なんかでは、桐山の涙を止めることなどできないと。


「あ・・・りが・・・・・と・・・・・」

パアンッ!!





「・・・・・・・・・・・」
何度目かわからない銃声。
何体目かわからない死体。
その中に、の数も入っていった。
死んだ。
はもう、死んだ。
雨が頬を伝う。
冷たい冷たい雨が。

しかし―――――


しかし、桐山の頬を流れるしずくは、暖かかった。



「・・・・・・?」
桐山は、そっと頬に手を添える。
そして、暖かいそれに触れた。
雨となんら変わりの無いその水滴。
止まらない。
止まっては、くれない。


涙は、止まってはくれなかった。


「・・・・・・・・?」
らしくもなく、そんなことを口にしていた。
もう死んだと知っているのに、振り返ってを見た。
横たわっている
彼女の全てが、止まり果てている。
「・・・なぜ・・・・?」
わからない。
自分が何を言っているのか。
わからない。
自分がどうしたいのか。
わからない。
なぜ、涙が流れ続けているのか。
わからない。
わかれない。
わかるはずが、ない。


・・・・なぜだ・・・・?
 なぜ俺は・・・・・泣いているんだ・・・・?」


無意味なのに。
その問いは、まったくの無意味なのに。
なぜ自分は、死んだ相手に問うのだろうか。
いったい、何をやっているのだろうか。


「痛い・・・・・こめかみが・・・・・・痛いんだ・・・・・っ」


疼いたことは何度もある。
充が死んだ時も、いつもの疼きだった。
なのに今は、こんなにも痛い。
痛い。痛い。痛い。
なんで?
わからない。
どうして?
わからない。
なぜ?
わからない。わからない。わからない。


「・・・・・・・・・・・・っ」









『人は、いつだって心の迷宮を彷徨っている』

ある学者はこう言った。

『人は、その迷宮から抜け出すために、出口を探し続けている』

学者は続けた。

『その出口というのは、自分の、最も大切な人のことなんだ。
 わかるかい? それじゃあ和雄くん。キミの迷宮の出口は、誰だい?』

ああ、そうだ。
父親が、感情が無いとかなんとか言って、学者を呼んだんだ。
そして俺は、そんな質問をされたんだ。

『・・・・・和雄くん。無反応ということは、いないということでいいんだね?』

学者は、困ったように続けた。

『私はね・・・・・キミの父上が言うように、キミに感情が無いとは思っていない』

『キミはただ、気づいていないだけなんだ・・・・・・』

『いいかい? これだけはどうか、憶えていてほしい』

『キミは、愛されている。そしてキミは、他人を愛せる』

『キミの迷宮には、ちゃんと出口がある。
 ただ、気づいていないだけなんだよ・・・・・・』

その時学者は、俺を悲しげな目で見ていた。
そして学者は涙を流す。
わからない。

『和雄くん・・・・・どうか、その人を大切にしてくれ・・・・・・』

なぜこいつが泣いているのか。
わからない。
わからないことばっかりだ。











「・・・・・・・・・っ」
そうか――――――
俺はもう、出られないのか。
出口は、だったのか。
大切な人を、失ってしまったのか。
はいつも、俺を支えてくれていたのか。
はいつも、俺を助けてくれていたのか。
俺はそんなに、甘えていただけなのか。
俺はそんなに、気づきもしなかったのか。
・・・・・」
コインなんかではわからない。
表と裏なんかではわからない。

わからないんだ。



『桐山く・・ん・・・・・・さよ・・な・・・・・ら・・・・』





もう出られない。
ずっとずっと、迷宮を彷徨い続ける。
出口の無くなってしまった迷宮を。

ずっと、ずっと。






『HIDE and SEEK』の夜闇さまから、桐山命日のフリー夢を頂きました。
ヒロインの最後、そして桐山と学者の会話シーン……このくだりがせつないなす。
ヒロインを失って初めてその存在の大きさ、自分にとって迷宮の入口だったことを悟った桐山。
しかし、とき既に遅く、最後に涙を流す桐山。
感情を持たない桐山だからこその話ですよね。
夜闇さま、素敵な作品ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。