一体何がどうなっているのか。
天瀬美恵はその時、理解できなかった。
確か私―体育出てて...それから...?
何で私こんなとこ居るの!?
Parallel world
目を覚ますと、そこには見知らぬ風景が広がっていた。
昼間だった筈なのに。
辺りはもうすっかり暗く、欠けた所の無い満月だけが煌々と怪しげな光を放っている。
「ちょっと...ここ一体...」
ゆっくりと身を起こす。身体についた草と埃を払う。
夢にしてはリアル過ぎはしないだろうか。
「誰も居ないのかな...」
美恵は困った様に辺りを見回す。
視界の隅にあまり高くは無い山が見えた。
少し離れたところには民家が点在していた。
だが、人の気配というものが、全くない。
不気味な程静まりかえって、物音ひとつしない。
「どうしよう...」
どうしてこんな所に来てしまったのかわからない。
それでも、こんな所で野宿するなんて真っ平だった。
...家の人に頼んで泊めてもらおう。
そして、出来ればここがどこなのか聞いて...。
中学生とは思えない程落ち着いた思考で美恵はそう結論し、
民家のある方角を目指し歩いて行った。
少し歩き、民家のひとつに近づきかけた時、何か言い争うような声が聞こえて来た。
何だ、人居たんだ。良かった...。
美恵は喜んで、声のした方へ早足で近づいていった。
その時だ。
ぱらららららっ!
―え?
壊れたタイプライターみたいな、奇妙な音が聴こえて来た。
これって...。
美恵が驚いて、思わず足を止めると、続いてドオン、という鋭い音。
今度こそ美恵は硬直した。
銃声...!
なんでこんなとこで銃撃戦やってるの!?
ぱらららら、という音が絶え間なく響く。
あれ、思い出した。昔映画に出てた。確か、マシンガン...!
美恵は背筋に寒気が走るのを感じた。
どうしよう、逃げなくちゃ...。
体の向きを変え、もと来た道を引き返そうとするが、体が震えて上手く足を踏み出すことが出来ない。
やだよ、怖いよ...どうしてこんな目に...。
美恵は泣きそうになっていた。
その時、震える美恵のすぐ前を、黒い影が走り去った。
ものすごいスピードで。
―え?今の誰...?
なんか髪が長かったみたいな...。
美恵が戸惑っていると、今度は少し小さいけれど、幾らか早い足音が近づいて来た。
それは段々と速さを増してきた。
―え?今度は誰?
美恵は振り向いた。
そして目を丸くした。
美恵の前方にある井戸の真上。
黒い何かが宙に浮いていた。
それは満月の逆光で良く見えない。
けれど。
それは。
とっ、軽やかな音を立て、それは井戸の四方に突き出した杭の一つの上に降り立った。
それ―、否、「そのひと」は。
その時になって、ちょうどいい感じに月明かりがそのひとの顔を照らし出した。
「あれ...もしかして」
美恵はまた目を丸くしながら、呟いた。
「...桐山くん...?」
杭の上に人間技とは思えない―なんと言うか、もう仙人か何かの様に見事に片足だけを乗せて
垂直に立っている(浮いている、と行った方が正しい気がする)その人、美恵と同じクラスで、
いわゆる「友達以上恋人未満」の関係にある筈の男子―桐山和雄は、自分の下方に居る美恵の
方に視線を落とし、ククッ、と首を傾けた。
あれ...でもなんか変...。
桐山をもう一度目を凝らして良く見ながら、美恵は訝しげな表情を作った。
確かにそこに居るのは桐山。だが、どこか様子がおかしいのだ。
桐山くんて、あんなに背高かったっけ...?
それに。
桐山くん、あんな学ラン長くなかった...!
桐山は不良なのは髪型だけで、あとは大体校則に従っていた。
他の男子が大抵開けている詰襟のホックもきちんと締めていて。
なのに。
あの学ラン...マントみたいだよ...。
袖を通していないので、ずり落ちてしまっても不思議ではない学生服は、桐山の肩の所できちんと固定されて、風に優雅に靡いていた。
絶対、変。
美恵は思わず後ずさった。
桐山くんなのに、桐山くんじゃない。
美恵が言い知れぬ恐怖を感じ始めたとき、杭の上に立っていた桐山がとん、と美恵の前に降り立った。
美恵はびくりと身体を震わせた。
桐山は黙って、美恵を見詰めていた。
美恵は恐る恐る桐山の顔を見た。
―やっぱり変だ。
桐山のトレードマーク、いつも乱れる事無く整えられている筈のオールバックの前髪は一房だけ不自然にはみ出している。
睫も外人並に長い。
そして何より瞳に生気が全く無い。
「何だか容赦を知らない爬虫類って感じよねvゾッとするわv」
月岡だったらそんな事を言うかも知れない。
桐山は音も立てず、更に美恵の方へと歩み寄った。
美恵は桐山の片手に、無骨な鉄の塊が下げられている事に気付いた。
...マシンガン...。
美恵は凍りついた様に動けないで居た。
さっきの銃声。
桐山は、これを撃っていたのだ。
私も撃つのかな...?
不安げな瞳を桐山に向ける。
桐山は相変わらずの無表情でじっと美恵を見詰めていた。
それはいつもと同じだった。
桐山はいつまで経っても銃を持ち上げる事は無かった。
桐山が撃つ気が無いのだと言う事を悟り、美恵は警戒を解いた。
いったいどうして、桐山くんがこんなとこでマシンガン持って闘ってるのかわからない。
いつもと違うし、なんか怖かったけど。でも。
安心から、自然に笑みが零れた。
この桐山くんも...桐山くんだ...。
桐山はその美恵を見て、黙ったまま、再びククッ、と首を傾け、それからスウッっと目を閉じた。
「...桐山くん?」
桐山は俯き、すっと左手を自分の腹にあてがった。
幾度か撫でさする様な動作をした。
「どうしたの?痛いの?桐山くん」
「...」
美恵の問いにも、桐山は黙っていた。
相変わらず自分の腹を押さえたまま、じっとしている。
美恵は心配になって、桐山に近づき、桐山の顔を覗き込んだ。
見上げればすぐにあった筈の桐山の顔が、今は美恵の頭一個分は上にあった。
「怪我してるの?大丈夫?」
「...」
桐山は答えない。
美恵はまた不安になった。
もともと無口だったけど。
...言ってくれなきゃ、わかんないよ。
その時だった。
―え?
美恵はびっくりした。
「...桐山くん...?」
何の前触れもなく。
桐山に美恵は抱き寄せられていた。
桐山の逞しい腕が、しっかりと美恵の背に回っていた。
「こうしていれば治る」
桐山が低い声で囁いた。
桐山の手に僅かに力が篭もり、美恵は桐山の胸に顔を埋める形になった。
...やっぱり変だ...桐山くん、こんな事しないもん...。
そう思いつつも、美恵は自分の頬がどんどん熱くなっていくのを感じていた。
桐山の胸板はとても厚く堅くて、何だかとても頼もしいような感じがした。
むむ...こんな所で恥じらいの無い...!
盛りのついた下品な奴僕どもめが...!
桐山と美恵がいい雰囲気になっているまさにその時、
今の今までだらしなく大の字で横になっていた(死んだ振りをしていた)
蛙男―失礼、織田敏憲は、いつまで経っても撃ってこない桐山にしびれを切らして
身を起こしながら、心の中でそう呟いた。
彼の瞳はその光景を激しく羨ましいものとして捉えたのだが、彼のプライドはそれを認めていなかった。
下品な隙だらけ奴僕め!生き残るのは高貴な俺だっ!
織田は銃口を桐山のがら空きの背中に向けてポイントした。
―しかし。
「あれ?」
織田は瞬きをした。
桐山と美恵の姿が忽然と消えていたのだ。
織田は背後に恐ろしい殺気を感じた。
振り返った。そして硬直した。
「ひっ...」
桐山和雄のとてつもなく冷たい眼差しが織田を正面から捕らえていた。
いつのまに背後に...!
ただ決まっているのはその冷酷な、それでいてとても美しい顔だけで、
桐山はかなり不自然な格好をして(前屈みになって、その上背中に美恵を背負っていた!)
織田の前に立ちはだかっていた。
「目を閉じていろ」
「え?」
背中の美恵にそう言うと、右手に構えたイングラムM10サブマシンガンを、桐山は容赦無く
織田のある部分に向けてポイントした。
既に蛇に睨まれた蛙状態だった織田は最早逃げ出す事も出来なかった。
ぱらららららららっ!
「ひぎいいいいっ!」
たっぷりマガジン一個分の弾丸が、容赦無く織田を屠った。
全弾を撃ち終えると、桐山は何事も無かったかのように身を起こし、
背中の美恵を下ろすと、再び抱きしめた。
「き、桐山くん...今...誰撃ったの...」
「織田だ。だがもう終わった。見ないほうがいい」
美恵の視線をそのひどい(ある意味哀れな)光景に触れさせる事を厭うかのように、
桐山は美恵を自分の胸に大切そうに抱きしめた。
...すごい声だったけど...。
美恵は複雑な気持ちになりながら、桐山の胸に顔を埋めた。
「美恵」
「わっ...」
美恵は跳ね起きた。
「痛っ...」
重い衝撃が頭に響き、美恵は眉を寄せて頭を押さえた。
「まだ寝ていたほうがいい」
おっとりとした調子の声が聴こえた。
「桐山くん...私...」
「ドッチボールが頭に当たって、倒れたんだ」
桐山は淡々と言った。
美恵は辺りを見回す。
どうやら保健室のようだ。
やっぱ夢だったんだ。良かった...。
桐山の顔を見る。
無表情ではあったが、やはりいつもの桐山だった。
前髪ははみだしていないし、ちゃんとホックもとめている。
ほっとした。
ああ、あの桐山くんも格好良かったけど。
美恵が微笑むと、桐山はちょっとだけ眉を上げた。
やっぱり、こっちの桐山くんが良いな。
「美恵」
「え?」
「安心しろ、美恵にボールを当てた奴は俺が倒しておいた」
「え...それって...」
「美恵が受けた苦痛を返しておいただけだ」
桐山は機械的な調子でさらっと言ってのけた。
美恵は開いた口が塞がらなかった。
「私にボール当てた人って...」
「織田だ」
「...」
正夢だったのかなんなのか。
美恵の脳裏には無数のドッヂボールを喰らってひいひい泣き喚く織田の姿が浮かび上がった。
「...そこまでしなくてもいいよ。可哀相だよ」
「そうか?...美恵がそう言うなら、俺も次は気をつけよう」
桐山はじっと美恵を見て、言った。
「美恵にボールを当てるのを許してしまったのは、俺の不注意だ。すまない」
美恵はその桐山の言葉に、思わず顔を紅くした。
「ううん...いいよそんな事」
美恵がそう言うと、桐山は僅かに目を細めた。
「美恵、大丈夫かい?冷やした方が良いかな」
桐山がそう言って立ちかけたのを、美恵は引き止めた。
「美恵?」
美恵は身を起こして、桐山にぎゅっと抱きついた。
安心出来る身長差。
やっぱり、これが落ち着く。
「こうしてれば治るよ」
美恵はそう言って、桐山の胸に頬を寄せた。
夢の中の桐山より幾らか薄い胸。
それでもやっぱり、これが落ち着く。
「...そうか」
桐山の静かな声が聴こえ、桐山の腕がそっと美恵を抱き寄せた。
少し細くても、やっぱり一番安心できる様な気がした。
おわり
月乃宮さまの20000ヒット記念YCボス夢を頂きました。いつも、いつも本当にありがとうございます。
マンガと原作両方の桐山が堪能でき、まさに1作で二度美味しいお話です。
桐山がヒロインのことを大事に思っていることが、ひしひし伝わってきます。友達以上恋人未満どころが、すでにアツアツの非婚夫婦ですよ。
バトロワ9巻を読んでくだされば、さらに面白いですのおすすめします。