いつもすぐそばにあった優しい手に気づかなくて。
幸福論
人生ってどうしてこうも上手くいかないのかしら。
知らぬが仏って格言よね。
別に知りたくも何もないのに。
何で彼氏が他の女とデートしてる風景なんてのを。
この瞼にまで焼き付けなくちゃいけないの。
どうして、あたしが隠れなくちゃいけないの。
付き合って2ヶ月。
3つも年上の人で、いつも追いつく事に必死だった。
あたしは子供だけど。
それなりに必死に好きだったのに。
バカヤロウ。
「美恵、今日元気ないけどどうしたの?」
「ん~・・・。何でもない~」
クラスメイトの典子が、話し掛けてくる。
「何でもないって顔じゃないけど・・・」
でも・・そう。なんて言いながら。典子は必要以上のことは聞こうとしない。
出来た女だわ。好きよ。
「・・・典子」
「ん?」
「あたし、やっぱ何でもなくない。早退する」
「え?美恵?」
「先生には何とか言っといて。ゴメンね」
あたしは適当にカバンに荷物をつめて足早に教室を抜け出した。
いつもはこんな悪い子じゃないのよ。
ただ。
今日はもう。
イイコではいたくなかっただけ。
ほんのちょっと疲れただけ。
とりあえず。行く当てもなく帰り道を歩いてた。
何となく。このままココには居たくなくて。
流れるように駅に歩いていった。
ゴトゴト電車に乗って。
「あー。買い物でもするかー」
独り言を言いつつ。
駅を出発した。
「こんなときに限って買いたいものすらないのね…」
溜息をついて、ベンチに座り込んだ。
周りを見渡すと、結構な数のカップル達。平日の昼間にみんな何やってんだか。
ともかく彼らは、クリスマス色に着色された街にすんなり溶け込んでいて。
色に馴染めない自分が何だかちょっと空しくなって。
「帰ろかな……ん?…!」
クリスマス色にそぐわないあの人影。
美恵はそれに気づくと、すぐさまその影に走りよった。
「充―!!」
そう叫びながら美恵は、充に後ろからジャンプで抱きついた。
「グ?!…ゲホ!!な、何だ?!」
「学校サボって何してんの~?何で制服じゃないのー??」
その日の充の格好はグレーのパーカに膝の色落ちしたジーンズ。それに赤いザクザクしたマフラーを無造作に巻いて、腰の横にヒップバッグを携えていた。
「あ?制服だったらサボりだってバレんだろが。ちょっと打ちに行ってたんだよ」
「勝った?」
「おー。今日はバッチリ」
「じゃ、おごってねv」
「は?!ちょ、オイ!大体お前なんでこんなとこいんだよ。まだ学校終わってないだろ」
「いーじゃん。あたしだってたまにはサボったって。それよりさ。ご飯食べよ―よ。あたし、実はまだ食べてないんだよねー。おいしいパスタのお店があるんだ。そこいこーv」
「……」
充とは小学校から友達だった。母親がママさんバレーつながり。
小学校の頃から、こんな感じで、あたしが充を自分のペースに巻き込んでいた。
文句を言いながらも付き合ってくれる、充がすごく心地よかった。
「あー、おいしかったv充、ご馳走様vv」
「あー、そりゃどうも…。つーかさぁ、お前なんでここにいんの?」
「さっきも言ったじゃん。サボったんだって」
「はー・・・サボったねぇ・・・」
「たまにはいいでしょー」
「もしかしてお前さぁ・・・」
充は見た目と違って、勘がいい。
もしかしてバレたかもしんない。
前に彼氏と2人で撮ったプリクラ(無理矢理)見せたし。
やたら、ノロケを充に聞かせたし。
バレたかもしんない。
「あ!タイヤキv充、アレ買って来てvvあたしカスタードのやつ食べたいv」
「あぁ?!おま、今メシ食ったばっかだろー!」
「だってデザート食べてないし。はい、さっさと行く!」
「・・・今度ゼッテェ何か奢れよ」
渋々と、充はタイヤキ屋サンの屋台のほうに走っていった。
だってこのままだと彼氏の話をしないといけないムードだったから。
まだ人に話せるほど、傷は閉じてない。
タイヤキ屋さんでの充の後姿を見ながら、ふと視線の端っこ、見慣れた顔が見えた。
「美恵?」
それはまぎれもなく、彼氏で。
あたしに浮気がバレてるなんて微塵にも思っちゃいない自信気なその顔。
どうしようもないくらいムカついてる。
「何してんだよ、こんなとこで。あ、お前今日メル無視しただろ」
「電源切ってたから気づかなかった」
「なぁ、どうせヒマなんだろ。一緒にどっか行こうぜ」
「いや」
「何でだよ」
「友達といるから。それに幸博は他に女の子いるじゃん」
「何言ってんだよ、お前」
「見たんだから。昨日、女の子と手ェつないで、歩いてるとこ」
「え…あぁ、アレか。何だよ、嫉妬とかしてんの?可愛いやつだなー」
「嫉妬なんかじゃない。あきれてるの。はっきり言って冷めたの」
それはかなりの虚勢を含んだ言葉だったけど。
「何だよ、お前…。ちょっとこっち来いよ」
「ちょ!やめてよ、離してよ!!」
「おい。何やってんだよ」
あたしが幸博に腕掴まれて、どうしようもなかった、そんないい所にタイヤキの袋持った充が駆けつけた。
「充!」
「は?誰コイツ」
「天瀬七瀬、何やってんだよ。こんなとこで」
なんだか三つ巴?ってこういう状態?
「判ったでしょ?こういうことだから。手、離してよ」
幸博の手を振り解いて、充の側に行った。
「充、行こ」
充の手をとって、そのまま幸博の所から逃げようとした。
「いい身分じゃねーかよ。何?自分が相手してもらえないからって、さっさと別の男見つけてるっつー訳?」
かなり泣きそうにムカついた言葉だった。
でも振り向いたら負けだ、なんて言い聞かせながら進もうとした時。
掴んでいた手が離れた。
自分の背中越しに、鈍い音と倒れる音がした。
「うっせーんだよ。お前が相手されてねーんだよ。消えろ」
その一言がすごく。
すごく嬉しくて。
不覚にも振り向いてしまった。
アスファルトに尻持ちついたような幸博。
あたしのムカついた気持ちは一気に消えた。
「じゃね。バイバイ」
「お前バカすぎ」
「うるさいなぁ。いいでしょー、別に」
「男見る目もうちょっと養えば?」
「だからうるさいってば!」
帰り道。ちょっと冷えてしまったタイヤキを頬張りながら。
「あ。天瀬、ここんとこついてる」
「え?どこ??ここ?」
「ちげーよ、ココ」
そう言って、あたしの口の端っこについてたクリームを充の指が拭った。
それを何の気なしに充が、自分の口に運んだ。
何だかなぁ、もう。
ちょっとは、意識しなさいよね、バカ。
「充。今の間接キスだよ」
「はぁ?!バカ言ってんじゃねーっつの」
「マジだって」
「うるせ!黙れ」
「やだー。照れてんじゃんv」
「照れてねーよ。あーもう!お前うるさい」
「アハハハ。充って純情―v」
そっぽを向いてしまった充に、笑いが止まらない。
こんないい男が、ずっとすぐ側にいたなんて。
全然気づかなかったなぁ。
「充、今日アリガトね」
「別に」
「それとね、あたしもう好きな人出来た!」
「立ち直り早い女だな…また失敗すんじゃねーの?」
「それはどうだろねー。今回はマジで見る目のある選択だと思うよ」
「どうだか」
「ひっどー。見てなさいよ。すぐに落としてやるから」
「誰を」
「アンタを」
「………」
「ちょっと…何とか言いなさいよ」
「は?」
「ね。見る目あるでしょ?」
「おま…本当、立ち直り早いな…」
紅い顔は、可能性アリの証拠でしょ?
「覚悟しといてね。あたし結構トバすからv」
「やれるもんならやってみろー」
いつもすぐそばにあった優しい手に気づかなくて。
気づいた今は、何としても、その手をつなぎたい。
あたしの幸福論。
あなたの幸福論。
おんなじだといいね。
こちらのドリームもきーこ様がご好意で下さったものです。沼井とヒロインのほのかな純愛物ですね。
思えば、管理人の私は沼井ドリームほとんど書いてません。管理人が想像力貧困ですので偏ってますからね。うちの書物。
こうして、沼井ドリームおけるのは、きーこ様のおかでです。ありがとうございます。