「今日ね,彼氏とデートなんだ!」
「えー,いいないいなー!私は今日部活だから会えないって。さみしいよー」
「私ね,昨日地下街に買い物行って,これ買ってもらっちゃった!」


指の中できらきらと輝く,可愛いリング。


「「いいなー!!!!」」


話に入っていけなさすぎる‥!






「ねえねえ,名前ちゃんは?彼氏とはどうなの?」


女の子特有のトークの輪にそれとなく混じっていたら,とんでもなく入れない話題になってしまった。かといって抜けるのもあからさまな気がして話が盛り上がっているのを横目で見ていると,ふと話を振られた。


「わ,私は‥」


こんなに盛り上がってる中言えない‥!言えない,けど‥!みんなの視線を一斉に浴びながら,私は勇気を出して言う。


「私,彼氏なんていないよ」
「え,そうなの?忍足くんと付き合ってるのかと思ってたー」
「え?!侑士?!私と侑士が?!ないよないよぜんぜん!何で?!」
「私も私も!忍足くん,いつも名前ちゃんにくっついてるし」
「うんうんっ,てかたぶん3年の人はみんなそう思ってると思うよー」
「え?!そうなの?!全然知らなかった‥」


衝撃の事実に驚いたものの,もうこれで私のターンは終わりかな?とほっとしていると,どうやらまだ終わっていないらしく話は続いた。


名前ちゃんは,忍足くんのこと好きじゃないの?」
「ぜんぜんそんなんじゃないよ!侑士はただのチームメイトだし。大体侑士だって,私のことただのマネージャーとしか思ってないよ!侑士モテるし」
「うーん,私はそうは思わないけど」
「うん,私も忍足くん絶対名前ちゃんに気があると思うな!」
「そ,そんなことないって,ほんとに」


こんな話全く興味ないのに,まだまだ終わらなかった。そして次のセリフで,私は硬直する。


「あー,そっかあ。名前ちゃん,罪な女なんだね」
「?どういうこと?」
「えー!だって,告白振りまくってるってことでしょー?」


‥!ついに逃げてしまいたくなった。


名前ちゃんモテモテだもんねー!」
「ねえねえ,実際のところ何人くらい告られたことあるの?教えて教えて!」


正直1番振られてほしくない話題だった。嘘をついてしまおうか悩んだが,見栄をはっても仕方ないので,正直に答えることにした。


「え‥っと,それが,ね。実は,誰からも告白とか,されたことないんだよ,ね‥」


しばしの沈黙が続き,みんな一斉に声をあげた。


「「「えええええー????!!」」」
「嘘だよ!そんなわけないじゃん!」
「そうだよ!秘密なら絶対誰にも教えないから,私たちだけに教えて!!」
「いや,その,‥ほんとなんだよね」


こんなこと嘘ついてどうするんだ,と思ったが,彼女たちはまだ疑っていた。嘘なんてついてないのに,と思ったが,まあ告白なんてされたことなさそうな感じだよね,と納得されるのも間違いなく良くないことなので,気にしないでおこうと思った。


「え,告白したことないって,前言ってたよね?」
「うん‥したこともないね」
「ってことは‥」

「「「誰とも付き合ったことないのー???!!!」」」


3人の大合唱にみんなが一斉にこちらを振り返ったので,あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたいとはまさしくこのことだ,と思った。たぶん3人とも自分たちが好き勝手にのろけ話をしていたことを慌てだして,とうとう最後の手段を切り出してきた。


「じゃ,じゃあ,名前ちゃんはさ,好きな人とかはいないの?」
「そうそう!いたら,私たち全力で応援するよ!ね?」
「もちろん!てか協力するし!」


好きな人。=大切に思っている人。そう聞いて,思い浮かぶのは1人しかいない。けれど相手は私のことなんて,眼中にもない。当たっていったところで玉砕するだけだ,私はこの気持ちをそっと胸にしまった。


「うーん,好きな人とか,いないんだよね。っていうかできたことなくて」
「え,そうなの?!名前ちゃんの周り,あんなにかっこいい人たちばっかじゃん!」
「うーん,チームメイトにはそういう感情沸かないし,部活が終わったら習い事や塾で潰れちゃうし,なかなかそんな時間もなさそうなんだよねー」
「そっかあ。早く好きな人,できるといいね!」
「もしできたら,すぐ教えてね!私たち絶対協力するから!」
「わかった!ありがとー!」


笑って答えるとちょうどチャイムが鳴り,みんなやば!次の先生超怖いじゃん!と散り散りに各々の教室へと帰っていった。一人になり,先ほどの話題について考える。
そうなのだ。私は誰からも告白されたことがない。そして,今まで誰とも付き合ったことがないのだ。そんなこと気にしたこともなかったのだけれど,1年,また1年と過ぎていくうち,まわりはどんどんカップルが出来上がり,別れ,そしてモテる子はまた新しい彼氏ができたりなんかするのに私は未だ未経験。普段気にしないようにしているつもりでも,コンプレックスに思っていたらしい。


「おい名前,どうしたんだよ?」
「岳人」
「元気ねーな。俺でよかったら言ってみそ?」


謎の語尾が気になりながらも,話してみることにした。


「私ってさ,そんなに魅力ないかなーって」
「は?」
「だって,私,誰とも付き合ったことないんだよ?誰からも告白されたことないし。侑士とかジローとかもちろん岳人も,同じ部活のみんなは何回も告白されてるのに,私ってそんなに魅力ないのかな,って。さっき友達と話してて,ちょっと卑屈になっちゃった」


初めは驚いていた岳人も,私が言い終えてへらっと笑うと,意味を理解したらしく,あの特有の悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「何だ名前,お前知らなかったのかよ。お前が誰からも告白されたことないのは――」


そして聞こえた,この世で1番憎たらしく,愛しいあの声。


「おい岳人,何そこで油売ってやがる!早く自主練に戻りやがれ」


岳人が不服そうにコートへと戻っていくと,次の矛先は無論私に向かった。


「おい名前!岳人をそそのかしてんじゃねえよ。しっかり仕事しろ」
「何にもそそのかしてなんかないよ!仕事だって一生懸命やってるから!」


私はぷいっとそっぽを向いて大量の洗濯物を抱えて物干しざおへと向かった。岳人,何か言いかけてたのに。何にも,私の気持ちなんてこれっぽっちも気付いてないくせに。
――景吾のばか。





景吾と私はいわゆる幼馴染で,お互いの記憶よりもっとずっと前からずっと一緒にいた。幼稚園,小学校,そして現在と多くの女生徒から絶大な人気を誇る景吾の幼馴染の私も,例にもれずずっと景吾だけのことを想っていた。それも,他の多数の女生徒のように憧れのみならず,尊敬,愛情,様々な感情が混ざった特別な感情を私は景吾に対してずっと募らせてきた。この気持ちだけは,誰にも負けない。それは間違いない。けれど,景吾はそんな私の気持ちなんて露知らず,それに女としてさえもきっと見てくれてはいないだろう。
挙句の果てに,景吾はモテるため仕方がないのか,それとも彼の人間性なのか,中学に入ってからというもの,言い寄ってくる女は顔がきれいであれば,性格なんてお構いなしに全て側に置いていた(というか,恐らく景吾はわがままな女の方が好きなのだ)。彼女たちと景吾との距離が縮まっていくにつれ,私と景吾の距離はどんどん離れていった。


「何や物騒な顔しとるで自分」
「‥侑士」


岳人といい侑士といい,今日の私はそんなに顔に出ているのだろうか。何にせよ,こうして声をかけてくれる友人がいることを幸せに思わなければならない。けれど――。


「‥景吾,いつになったら私のこと女として見てくれるんだろう」


本音がぽろりとこぼれた。きっと他の誰にどう見られようと,きっと私にはどうだっていいことなのだ。私が女の子として見てほしいのは,できれば,たった一人の女の子として想ってほしいのは――。しばらく沈黙が続いて,はあっと侑士がため息をついた。


「‥しゃーないなあ。落ちこんどる名字のために,ひと肌脱いでやるわ」


侑士はぽんぽんと私の頭を軽く叩くと,立ち上がって「ほな行くで」と手を差し出してきた。どういう意味かよく分からなかったけど,慰めようとしてくれてる侑士の優しさが嬉しくて,「うん!」と笑顔でその手をとった。?手を取った,んだけど――。


「‥どうしたの,侑士?」
「何がや,名前」


その胡散臭い笑顔に,先ほどまで見せていた笑顔が思わず引きつった。


「何がや,じゃなくってさ,その,手‥」
「ん?」
「や,何か長くない?私を立たせてくれるためじゃなかったの?離してほしいんだけど」
「ええってええって。名前は黙って適当に俺に話を合わせとくんや」
「ええってって,私はよくないんだけど!っていうかどういう意味?それとしれっと名前で呼ぶのやめてくれない?!」
「‥何やってんだ,てめぇら」


ふと嫌な空気を感じて振り返ったら,ものすごい形相の景吾が背後に立っていた。


「よくも部活中にそんな余裕があるもんだなあ」
「ちょ,景吾!何でもないよ,ちょっと‥」
「“何でもないよ”て‥恥ずかしがり屋さんやな,“名前”は」
「?どういうこと,侑士?」


にやにやといやらしく笑う侑士の笑顔に,思わず寒気が走る。


「俺らの関係‥隠すことあらへんやんか。跡部と俺らの仲やろ?」
「え‥何が?」


恐る恐る尋ねてみると,恐ろしい返事が返ってきた。


「悪いなあ,跡部。俺たち付き合うことになったんや」
「‥何だと?」
「ええええ??!」


景吾と私は,ほぼ同時に言葉を発した。


「どういうことだ,名前」
「ちょ,ちょっと待ってよ!ほんとどういうことそれゆう‥」


侑士は笑顔を微塵も崩さずにこっそり耳打ちをしてきた。


「やーかーら,俺に話を合わせとくんや」
「ええ?!ちょ,」
「まあええからええから。ほな,俺は走り込み行ってくるさかい,またあとでな,“名前”」


混乱しすぎて現状を理解できずにぽかんとした私と,眉間に皺を寄せまくった景吾を残して,侑士は胡散臭い笑顔を振りまいて走り去った。ものすごく気まずい空気が流れる。ちょっと何これ‥!自分のせいなくせに,侑士絶対機嫌悪い跡部なんて面倒だって置いてってるじゃん‥!何と弁明しようかとあれこれ思案したけど,思い直してみると,私と侑士が付き合おうが景吾には何ら関係のない話だと思い,焦って釈明するのも何だか変な気がした。ちらっと横目で景吾の様子を確認してみるけど,ただ難しい顔をしているだけで動こうとする気配もなかった。いくら長年の付き合いの私だって不機嫌な景吾なんて相手にしたくないので,そっと気付かれないように仕事にもどろうとした。


「‥おいこら。何逃げようとしてやがる」


やはり私の忍び足程度じゃ,景吾の眼力にはかなわなかった。


「どういうことなのか説明してみろ」


景吾がまっすぐ私の目を見て尋ねてくる。先ほどの侑士の「話を合わせておけ」という言葉が引っかかって,その鋭い視線とは何となく目を合わせづらくて,私は視線を泳がせた。


「説明してみろって言われても‥」
「本当に忍足と付き合っているのか?」


いかにも私が悪いことをしたかのように,私を責め立てるような口調。自分だって散々激しく女遊びをしているくせに!と何だかカチンときた。


「何その言い方!私が悪いことしてるみたいじゃない」
「当たりめぇだ!何で忍足なんかと‥」
「当たり前って‥景吾だって色々な女の人と遊んでるじゃない!なのに何で私が侑士と付き合うのは悪いことなの?!」


私がむきになって言い返したのがよっぽど珍しかったのか,加えて私の意見が正論だったのが効いたのか,景吾には珍しく面食らったような顔をしていたが,もう一度眉間にしわを寄せると一度小さく舌打ちをして,コートの方に向き直った。


「‥どうでもいいからさっさと自分の仕事に取り掛かれ」
「‥!どうでもいいって‥」


その景吾の言葉を聞いた瞬間,すぐに涙が溢れてきた。さっきまで景吾には関係ないと怒っていたくせに,今度はどうでもいいと言われて泣くなんて,私はなんてめんどくさい女なんだろう。そんな自分が自分でも嫌になって,さらに涙が溢れてきた。


「‥!な,お前,何泣いて‥」


必死で顔を隠していたはずなのに,やっぱり景吾にはどんな私もお見通しらしい。確かに景吾にとって,私が誰と付き合おうが,どうでもいいことなのかもしれない。マネージャーだから当たり前だけど,仕事さえちゃんとしてくれたら,あとは私のことなんていいのかもしれない。けど私って,景吾にとって,ただ仕事をきちんとこなしていればそれでいいくらいの,自分の部活のマネージャーなのかな?確かに私は,並んだら絵になるほど綺麗で,勝ち気で自分への自信に満ち溢れていた景吾の今まで付き合ってきた人に比べたら,魅力なんてゼロだろう。誰からも告白なんかされたことない。かといって,好きな人に好きと伝えることができるほどの勇気もない。けど――。


「おい!どこ行くんだ!」


声をあげて泣いてしまいそうで,そんなみっともないところは景吾に見せられなかったから,私は何も考えずにただ景吾のいないところを求めて走った。私の脚力が景吾にかなうはずはなかったけど,一生懸命校舎の影なんかを利用していたら,どうやら撒けたらしい。ようやく一人になれたことへの安心感と寂しさで,しゃくりあげそうになる喉を必死で堪えた。けどやっぱり,


「‥何やってやがんだ」


小さいころから景吾にかくれんぼで勝ったことなんて一度もなかったけれど,それは大きくなっても変わらなかったらしい。


「ったく,心配かけてんじゃねえよ,バカ」
「バカって何よ,バカって!」
「バカだろお前は。何いじけてんのか知らねぇが,大して体力もねぇくせにむやみに走るんじゃねぇ」
「私の体力がないんじゃなくて景吾の体力が無尽蔵なだけでしょ!それにいじけてませんから!」
「いじけてんだろ」
「いじけてない!」
「それをいじけてねぇっつったら何になるんだよ」
「だからいじけてないって!!」


景吾が追いかけてきてくれたのが嬉しくてたまらないくせに,つい意地をはってしまう私に,景吾は小さくため息をついて,ぽつりとつぶやいた。


「‥約束,忘れてんじゃねぇよ,バカ」


小さすぎて聞き取れなかったけど,何か約束‥?みたいなこと言ってた‥?約束?景吾と約束なんかしてたっけ?一言つぶやいてからあとは不機嫌な表情を浮かべる景吾に,


「え‥?景吾,今なんて言ったの?」


と何度も尋ねてみたけれど,景吾は教えてはくれなかった。




名前ね,おおきくなったら,けいごくんのおよめさんになる!」


小さいころの名前の口癖だった。いつも満面の笑顔でこう言いながら俺の後をついてきていた。これに対して,俺は,


名前が俺様と釣り合うくらいいい女になればな」


とまあ随分子供らしくない失礼な返しをしていたにもかかわらず,名前は,「うん!がんばる!だから,やくそくだよ!」と笑顔を輝かせた。


「景吾,ねえねえ,どうしよう,景吾‥」
「何かあったのかよ」
「あのね‥さっきね,‥いわれちゃったの‥」
「何をだよ」
「あのね,‥すきって,いわれちゃった」


そんな平穏な日々を壊されたのは,名前が5歳になったばかりの頃だった。真っ赤な顔をして近づいてきた名前に何があったのか尋ねてみると,何と名前に告白してきたやつがいたらしいのだ(そうだろうとは思ったが,聞いてみると,隣のクラスの何か最近やたら名前にシロツメクサの冠を持ってきたりして絡んでくる男だった)。名前に関わらせないようそれとなくガードしていたつもりだったが,俺が少し目を離していた隙にやってきたらしい。


「‥嬉しいのかよ」


名前は困ったようにうーん,うーんとうなって,俺の目をまっすぐ見つめて,恥ずかしそうにこっそり耳打ちしてきた。


「わかんないけど,私は景吾がすきなんだ」


「当たり前だろ」,と自信満々に言ってみたものの,やはり内心少しほっとしてしまった。


「それだったら,さっさとそいつに言ってこい。私は景吾くんが好きですって」
「わかった!」
「お前が結婚するのは,俺なんだからな」
「うん!」


さっきの不安げな表情はどこへやら,とても嬉しそうに走って行く名前の後姿を見て,「二度と男どもには名前に近寄らせない」と誓った(もちろん,名前に好きと言ってきた男には,きっちり話をつけに行った)。




景吾が近づいてきた。ふわっと抱きしめられる。最後に抱きしめられたのって,いつだったかな。


「‥心配しなくても,お前みたいな女,俺しか相手にできねぇよ」


私のことなんて,景吾にはすべてお見通しなんだな。胸がとってもあたたかくなって,昔とは全然違う景吾の厚い胸板に体を預けて,どきどきとうるさい心臓の鼓動に耳を傾けながら,ゆっくりと目を閉じた。






「おい侑士,よかったのかよ,あれで」
「‥ええんや。名字の幸せが,俺にとっての幸せやからな‥」
「いや‥何かかっこつけてるけどよ,侑士何もしてなくね?てかむしろ二人のことひっかきまわしただけのような‥」
「な‥!なんてこというんや,岳人!」
「てか名前に,跡部が名前に告白しようとした男全員追い払ってるからお前告白どころか男が寄り付きさえしねーんだよって教えてやらなくていいのかな」
「いや,まあ,名字それ聞いたらさすがに怒るやろうしええんとちゃうか‥」
「‥そうだな。そっとしといてやるか」







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