「景吾、頑張ってね。」
 「ああ。」


 この風景は、テニス部部長の跡部とマネージャー山森との会話。
 山森は跡部と同じ3年で、美人だからか跡部はよく気に掛けている。跡部ファンは、「ひっつかないで~~~!!」など、毎日叫んでいる。
 そんな様子を冷静に見ているのは、同じく3年の鮎川悠。跡部の幼馴染でもある。
 悠は密かに跡部に思いを寄せていたが、跡部は悠をいつまでも、単なる幼馴染としかみておらず、女扱いさえしてくれない有様であった。


 だが、思わぬ事が起きた.
悠自身初めて聞くのだが、母親から「実はあなたには許婚が居るの」と言われたのである。





      二人の物語





 「はぁ・・・。いきなり婚約者って言われても・・・。」
 悠が自分の部屋でコタツに潜って悩んでいると、携帯が鳴った。
 「もしもし~?」
 半分どうでもいいやと思って、携帯に出た悠に、『しゃきっとしろ!』という声が、悠の耳に響いた。
 

 「景吾?」
 『そうだ。』
 「どうしたの? こんな夜に。」
 『実はな、明日、マネージャーの山森の誕生日なんだ。何をプレゼントしたら良いと思うか?』
 「はぁ?」
 『はぁ? じゃねぇよ! 同じ女だろうが! たまには女らしい意見聞かせてくれよ。』
 「薔薇の花束でも贈っとけば!?」
 悠は、そう言うと電話を切った。
 明日は、悠の誕生日でもあった。それに全く気付かない跡部に、悠はイライラしていた。


 「あーもー許婚でも何でも、景吾の事を忘れさせてくれる人であればいいや。」
 悠はすっかり投げやり。
 親は早いとは思いつつも、お見合いの席を作りましょう、と元気にはしゃいでいた。


 そうこう親がはしゃぎ、お見合いの日程が、あっと言う間に決まってしまった。それも、次の日曜日。
 いくらなんでも早いぞ、と言う父親は、早くて損はしません、という母親の意見に負けた。
 当人である悠は、跡部が山岡に熱中している以上、お見合いを断わる理由も無いだろうと思い、お見合いをOKした。



 そうしてお見合いの日。
 悠は母親が選らんだ淡いブルーの大人っぽいAラインのドレスを用意し、悠は抵抗も無く、それを着た。
 鏡で見てみると、高校生とは思えない程大人っぽいドレスであった。そして、渋々母親に化粧までさせられた。


 お見合いは、高級展望レストランで行われた。
 

 悠の相手は、大手企業の跡取りの息子。蒼川茂という名前の大学生で、女性が苦手なのか、なかなか悠の顔を見ない男性であった。
 会話は、専ら親同士。当のお見合いの二人は、無口なまま食事を続けていた。


 そんな時、勇気を出してか茂が悠に声を掛けた。「趣味は何ですか?」と。
 まぁ、お見合いの席なので、お決まりの台詞だなぁ、と悠は思ったが、「趣味は読書です。」と答えた。
 「僕もなんです! 好きな作家は」誰ですか?」
 明るい笑顔で茂が聞いてきた。
 「特に誰って事は無いんですけど、ホラー小説は好きです。」
 「ホラー・・・ですか・・・。」
 茂るの明るさが、一気に暗くなった。


 男の癖になによ・・・! ホラー位で暗くなられたら困るじゃない・・・! 景吾なら・・・!


 思わず口に出しそうなところで、言葉が止まった。
 
 こんな場で景吾の事を思い出すなんて・・・。
  
 悠は相手の茂に、他の男性を思い出した事を反省した。


 「し、茂さんは、どんな本を読むんですか?」
 「僕ですか? 僕は純文学です。特に夏目漱石が好きで―――――」
 茂は楽しそうに語り始めた。
 悠は、退屈な話だなぁ、と思いつつも相槌だけは打っていた。
 「分かってくれますか!? 僕の趣味!!」
 「え?」
 「ここまで真剣に話を聞いてくれた人は居ませんでした!! 貴女とは上手くやっていけそうな気がします!! 正式にお付き合いをしてくれませんか!?」
 

 いきなりの茂の言葉に、悠は「嫌」と言えず、悩んだ末、「考えさせて下さい」と答えた。そんな話をしている時、悠は見慣れた顔に出くわした。


 跡部が山森と、同じレストランに入って来たのである。


 何でこんな時に・・・!!


 悠は顔を隠したい気持ちで一杯であったが、今がお見合い、という事を考えると不自然な行動は取れなかった。
 気持ちを落ち着ける為に、悠は「ちょっと化粧室に行かせて貰いますね。」と席を離れた。


 そして、最悪な事に化粧室のへ行くまでの廊下で跡部とばったり会ってしまった。


 「・・・何してんだ? そんなカッコして・・・。」
 跡部の第一声はこんな感じであった。
 「お見合い。」
 悠は堂々と答え、化粧室に入って行った。


 
 跡部は山森の居る席に戻っても、「心ここにあらず」であった。
 「どうかしたの?」
 「いや、何でもねぇ。」
 跡部は悠のドレス姿が、目に焼き付いて消えなかったのである。


 あいつ・・・あんなに大人っぽかったか?
 あいつ・・・あんなに魅力的だったか?
 あいつ・・・・・・・・・


 跡部の頭の中は、悠の事で一杯であった。目に前に山森が居るのに・・・。
 跡部は初めて気が付いたのであった。
 悠が女性で、魅力的だという事に・・・そして、一目惚れした事に・・・。
 

 そう思ったら跡部の行動は早かった。
 まずは山森に、「今日はこれまでだ。」と言い放ち、悠が化粧室から出て来るのを待っていた。
 

 驚いたのは悠である。
 化粧室から出て来たら跡部が待ち構えていたからである。


 「け、景吾・・・。何でこんな場所に・・・?」
 「お前を待っていた。」
 「え?」
 「そのドレス・・・お前に良く似合っているな。」
 「どうせ七五三って言いたいんでしょ?」
 「そうじゃない。綺麗だ。」
 「え?」


 跡部が悠の目を真っすぐ見据えた。
 悠は跡部の目から反らせなくなっていた。
 「あ、あの、私、お見合いの途中だから・・・。」
 悠はそう言って、その場を離れようとしたが、その悠の腕を跡部が掴んだ。


 「俺、お前に惚れてる。」
 

 突然の言葉に、悠は驚いた。
 

 「ちょっ、山森さんは?」 
 「さっき帰らせた。・・・なぁ、俺とちゃんと付き合わねぇか? これまで幼馴染として一緒に色んな事して来たが、これからは俺の彼女として、俺の傍に居てくれねぇか?」


 「か、勝手な事言わないでよ! 今まで女として扱ってくれた事無かったじゃない! それを今更? バカな事言わないで!」
 悠は跡部を突き放した。


 だが、跡部は悠の腕を放さなかった。
 「お前が付き合いをOKすいるまで、この手は放さねぇぜ?」
 「あのね、私、お見合いの途中なの!」
 「そんな事関係ねぇ。」
 「相手の男性は、私の事を気に入ってくれるかもしれないの!」
 「俺はお前を気に入ってる。」
 「私は――――」
 「『私は』・・・なんだ?」


 「景吾が・・・好き・・・!」


 悠の瞳から、大粒の涙が溢れ、頬を伝って行った。
 言いたくなかった、言いたかった言葉。


 跡部は悠を優しく抱き締めた。
 その腕の中で、悠は安堵感を覚え、ああ、やっぱり好き・・・と改めて思った。
 

 その後、悠はお見合いの席に戻り、楽しく団欒した後、母親に、「ゴメン、断わって。」と伝えた。


 
 そして、跡部と悠の二人の話が始まったのであった。
 





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