ーーまた私から大切なものを奪ったのね。
それだけだった・・・。
その日は、ベッドに入ってテレビを見ていた。
本当は今ごろ、クラスのみんなとワイワイガヤガヤ修学旅行のはずだったのだが、
風邪を引いてしまって寝込んでいたのだ。
「あ~ぁ、行きたかったな・・・修学旅行」
そう。本当に行きたかった。
なにしろ、中学校生活最大のスペシャルイベントなんだから・・・。
それは、友達の存在もあったが、一番は勿論・・・
彼氏だ。
中学2年になって同じクラスになった、桐山和雄。
不良グループの頭をやっているせいか、
それともそのまわりを漂う強烈なオーラのせいか、クラスメイトは桐山を避けていた。
(それについて桐山は何とも思っていなかったのだろう、特に気にしていた風ではなかった)
女子の間では・・・
「桐山君ってさ、ハンサムだし、頭良いし」
「運動だって出来るし、お金持ちだけど・・・」
「あんなに恐い人がペコペコしてるんだから、きっと、凄く恐い人なんだろうね」
と囁かれていた。の耳にも度々入ってきていた。
そしてそれは、男子の間でも同じだった。
クラス替え直後、席替えして、は桐山の隣になった。
普通の女子なら恐がって肩身の狭い思いをしているのだろうが
・・・しかし、は違った。
「桐山君、おはよう」
「おはよう、美恵
」
いつも、積極的に話しかけた。それは、席が近かったというのも一理あるが、
初めて言葉を交わしたとき、あまり悪い人には思えなかったし、
第一、人を噂で判断するのは好きじゃなかったので・・・。
そしてそのうち、桐山のガラス玉のような目からは冷たさが失われ、
逆に、温かみが帯びてきた。そして2人は・・・
「美恵
、聞いてくれないか?」
「なぁに? 桐山君」
「俺、美恵
が好きだ、愛してる。だから、付き合ってくれないか?」
・・・こうして2人は付き合うことになった。
幼い頃に家族を全て失ったにとって、桐山は掛け替えのない存在だった。
そして、彼、桐山和雄から見たもまた、掛け替えのない存在だった。
そう・・・掛け替えのない・・・存在だった・・・。
そしてはベッドに入ってテレビを見ていた。
『プログラムの臨時ニュースです』
あぁ、プログラム・・・私と同い年の人が命を懸けて戦ってるんだ・・・可哀想に。
その時は、そのくらいのことしか考えなかった。
『対象となっていたクラスは、香川県の城岩中学校3年B組でした』
「えっ?!」
そう。この一言が耳に入らなければ・・・。
声も出なかった。何? 今、なんて云ったの? 城岩中学校? 3年B組?
それって・・・もしかして、それって・・・
和雄のクラスじゃない?!
「和・・・雄? 和雄?!」
『優勝者は・・・』
はハッとして画面を食い入るようにして見つめた。
誰が死のうとどうだって良い、お願い、和雄であってくれ・・・!
それはやっぱり昨日まで笑いあっていた仲間が死ぬ、というのはあまり気持ちの良いものでは
なかったが、和雄が帰ってくるならどうでもよかった。そう、和雄が帰ってくるなら・・・。
『優勝者は、川田章吾君です』
そんな・・・。
そんな・・・和雄は・・・和雄は死んじゃったの? 私をおいて、逝っちゃったの?
そんな・・・そんなのヒドイ、ヒドイよ!
私・・・私にはもう、あなたしか残ってないって・・・
そう確信してたのよ・・・なのに・・・なのに、どうして? どうして?
美恵
は泣かなかった。いや、泣けなかった。
何もする気になれなかった。何も考えることが出来なかった。
ただ心の中で、大切なものを失ってしまった悲しみと、
和雄の命を奪った政府に対しての怒り、それから・・・
ーーまた私から大切のものを奪ったのね。
それだけだった・・・。
あれから数カ月後・・・
美恵
は家族の墓参りに来ていた。思い出すだけでもゾッとする・・・あの死に様は。
何年前のことだろう? 美恵
は友達の家に遊びに行っていた。
そして普通に帰ってきた・・・吐き気がした。
父親は顔の原型が残っていなかった。
脳味噌と思われる灰色のゼリーがまわりに飛び散っていた。
隣におじいさんが倒れていた。心臓が飛び出していた。
そして、少し離れたところにおばあさんが・・・弟を抱き抱えたお母さんが横たわっていた。
そう、みんな死んでいた・・・
しばらくはそこに立ち尽くしていた。
そして、後々だったが、政府が殺した、ということが分かった。
しかも、理由が凄かった。
全く関係ないお父さんを根も葉もない噂で反政府運動に関わっていたとみなし、殺害。
それに逆上したおじいさん、そして、ただそこにいたからというだけで
おばあさん、お母さん、そして、まだ赤ん坊だった弟を殺した。
あげくの果てには私のその特殊な才能を買って、官営の孤児院に入れようとした。
冗談じゃない。そうして今では一人暮らしをしている。
ーー政府は奪った。私の大切なものを・・・
次は和雄の、だ。桐山家の人達が代々眠っているそこの、
一番高くて見晴らしのいい場所に、和雄もまた、眠っていた。
和雄の墓を綺麗に洗ってから、
結構高かった(女子中学生の一人暮らしだ、高いに決まってる)花をお供えした。
「和雄・・・」
急に悲しみがこみ上げていた。でも、泣くのは我慢した。
ーー和雄の前では笑っていたかったから・・・
和雄の前では常に笑っていた。
和雄は笑わなかったから。
何度お願いしても、笑ってくれなかったから。
だから、せめて私だけでも笑っていようと思って、いつも笑っていた。
笑顔を絶やさなかった。
何があっても・・・
「和雄、あのね、私、あなたが死んだって分かったとき、私も死のうかと思った」
そう、死のうかと思った。和雄の死を知ったとき、生きる希望が失せたのだ。でも・・・
「でもね、それはやめた。だって・・・」
「だって、あなたはそんなの、望まないと思うから・・・」
「私に一生生きててほしい、って云うと思うから」
「私、和雄が生きられなかった分、いっぱい生きるね」
そしてね、私、気付いたの。
今、自分が一番しなきゃいけないこと。
政府は私の全てを奪った。だから・・・
今度は私が、奪う番。
『Cherry』の桜桃さまがフリー配布されていたものを頂いてきました。
シリアスな作品、しかもプログラム物です。
ヒロインの桐山への想い、桐山を死に追いやった政府への憎しみが切々と現れてます。
ヒロインの語りが詩のようで、余計にせつなく感じます。
桜桃さま、素晴らしい作品をありがとうございました。