予感はしてたんだ。

「皆さんは本年度より改正さた、プログラムの対象クラスに選ばれました」

強制参加のスキー研修、学校のクラスとは違う「特別」に編成されたクラス。

「おめでとうございまーす」

生きるか死ぬか、騒がしくなるクラスを特に何か思うことも無く、眺めていた。
自分にはどうでも良いことだった。


「次に転校生を紹介するぞー」



      君に会うまでは。




月と太陽――――




翌日、食堂にて。
「志郎!」
「朔夜!」

抱き合う2人。

「おはよう♪」
「おはよう」
「……おまえらもうちょっとPTOってものを考えろよ」
どこか諦めた様子で俊彦は呟いた。

晃司・隼人と一緒に食堂に入った朔夜は、全員に挨拶をしていた。
返事をするもの、目だけで応えるもの、思いっきり無視をするものといたが、志郎と秀明には熱烈な挨拶をしていた。
(秀明に抱きついた時、勇二が持っていたトレイを落としたが2人共気にしなかった)

「昨日は晃司たちの部屋に泊まってたんだ♪ 2人の部屋と感じが違うよね」
「おまえ自分の部屋があるだろ?」
「一人寝は寂しいからヤダ」
「……意味無いだろ、それ」
志郎にご飯を食べさせてもらいながら、普通に会話する朔夜。
けして自分から食べようとしない姿勢に、もはや誰も文句を言わない。

「朔夜」
「なに?」
「連絡が入った。オレと晃司はこれから空軍基地に行く」
「帰ってこれる?」
「夜には帰る」
「うん、わかった。気をつけてね、行ってらっしゃい」
「ああ、行って来る」
……夫婦の会話みたいだ、少年たちは密かに思った。
それよりも自分の予定を一々朔夜に伝えている秀明に驚きを感じた。
科学省の3人は聞けば答えるが、自分から告げることなど無く、勝手にいなくなるのが常だ。
もっとも、他の少年たちもごく親しい友人くらいにしか任務があることを教えないし、大体は特になにも言わず任務に赴くのだが。

「朔夜」
「行ってらっしゃい晃司、気をつけて」
「ああ」
晃司と秀明が食堂から出て行き、朔夜の食事が終わる頃、薫が近づいてきた。

「朔夜は屋敷でどんな生活を送っていたんだい?」
財産調査…もとい朔夜の屋敷での生活にチェックを入れる薫。
「1日中、色んな先生について稽古ばかりしてたよ」
「稽古?」
「舞の稽古だよ。無神家は日本舞踊の家元だから。
でもどんな舞も出来るようにって、色んな舞の先生がいたよ。あと茶道とか華道も」
「ふぅん、優雅な生活だね」
「舞にも種類があるんだな」
感心する俊彦は「舞?」と疑問顔の志郎に踊る事だと簡単に説明した。

「神楽・舞楽・白拍子・曲舞くせまい幸若舞こうわかまい・能・地唄舞が一般的かな。
創作舞踊なんてものもあるけど、舞1つとっても流派とかあるからね。
男舞も女舞も習ったけど、先生が反対の事を言ったりして大変だったよ。
男舞は猛々しく、力強くとかって言われるし、女舞は儚げに、柔らかく、艶やかにとか言われるし……」
「武道系は習わなかったのか?」
「弓道とか剣道、体術に馬術も習ったけど、こっちは少しだけ。
そういったものはやり続けると、独特の筋肉や、身体に癖が付くからって」

武道系のものは基本を習っただけらしい。

「だからおまえ細いのか?」
「華奢な体付きをしているように見えるのはそのせいだな」
「朔夜は細いから、筋肉は付けるべきだ」
「身体が重くなるし変な癖が付いたり、不格好に見えていけないって言われ続けてきたから、もう習慣になってるんだよ」
「随分厳しいんだな」
「1日中そんな生活だったから、中学校に入るまで決められた敷地から出た事無かったし」
さらりと告げられた爆弾発言に少年たちは呆気に取られた。(志郎は無表情だったが)

「……マジ?」
「遊びに行ったこともないのか?」
「うん」
「いままで、一歩も? 山に囲まれてたって言ってたよな、人里離れてるんじゃないのか?」
「うん。離れでは女中さん、本殿では先生とお弟子さんと、一族の関係者以外は会ったこと無いかな」
「それで中学に?」
「人の多さに驚いたよ。あと洋服、初めて着たからすごい違和感あった!」

朔夜の何気ない第二の爆弾は食堂をなんとも言えない空気で満たした。

「洋服に違和感って……」
「家ではずっと着物で過ごすのかい?」
「うん、それか稽古着の袴くらい。洋服って楽でいいよねー、着るのも簡単だし♪」
「おまえ……そんなだから常識薄いのか?」
「むー、そりゃ電化製品も知らなかったけど」


      


続く信じられない発言に俊彦や攻介が畳み掛けて尋ねる。
「電化製品って…テレビとか電話か?」
「屋敷にはなかったのか?」
「さぁ? 見たことなかったし。電子レンジも、エアコンも、洗濯機もパソコンも知らなかった」
「一昨日はドライヤー使ってただろ」
「教えて貰ったんだ♪」
「ならコンビニやゲームセンターやデパートは?」
「車とか電車、バス、バイクの乗り物は?」
「中学デビューです」



完璧だ……………!



「どこの時代の人間だよ!」
「一応、現代」
「説得力無ッッ!!」

薫の調査結果は朔夜が「世間知らずの箱入り息子」だったということが判明した。





訓練中の少年たちの何気ない会話は朔夜のことが中心だった。
「野外訓練場に射撃場があったな」
「晶?」
「ちょうどいい。歓迎会代わりに、朔夜に射手でもやってもらおうか」
「おい、朔夜は晃司の……」
「怪我でもさせたらどうするんだよ、危ないだろ」
「別に構わないだろ。あれで大体の武道も習ってたみたいだしな」
「まぁ、出来ないとは思わないが……」
「お手並み拝見ね……」
「悪くないな」
晶の言葉は少年たちに興味を持たせた。

俊彦や攻介などは反対したが、全く経験のない初心者というわけでもないし、大丈夫だろうと押し切られた。
「志郎、朔夜を連れて来い」
「わかった」
午前の訓練が終わり、休憩時間中にいつもは食堂に移動し昼食を取る。
だが、今回は皆が昼食を後回しにして、野外の射撃場の一つへと足を向けていた。



晶は1人、武器庫へ弓を取りに行った。
晶は武器庫で、殆ど使われることの無くなった年代物の弓を眺めていた。
「晃司の商品に怪我をさせるわけには行かないしな」

ハンティング・ボウの1つであるコンパウンド・ボウという複合式材料弓を手に取った。
偏心滑車ホイールが取り付けてあり、引尺が一定するし、引尺まで引くと弓を引く感触を軽減してくれる。
照準器サイトにスコープ(2倍~8倍)と水平器がつくので的が拡大され狙いやすい。
リリーサの使用でリリース(弦を放す段階のこと)が高い精度で行なえるという優れものだ。
経験者がコレを使えば、まず外すことはないだろう。

少しつまらないが、仕方がないと晶が踵を返そうとしたその時。
1本の弓が晶の目を引いた。
「……使い慣れている弓の方がいいだろうな」
コンパウンド・ボウを元の場所に戻すと、その弓に手を伸ばした。



朔夜は志郎に連れられ、射撃場へ向かっていた。
「志郎」
「どうした?」
「俺さ、晃司に『騒ぎを起こさず大人しくしてろ』って言われてるんだけど……これって『騒ぎ』になるんじゃないかな?」
「………………………………わからない」
「あ~どうしよう、晃司が怒ると怖いんだよね…」
想像して朔夜は蒼くなった。今度はカツ丼だけでは済まないかもしれない。(←1番の恐怖)
「だけど、やらないほうが騒ぎになるんじゃないか? みんな朔夜を気にしてるみたいだからな」
「そっかー、……じゃあ頑張ってみよう!」
「オレに出来ることがあったらなんでもやる」
「ありがとうv 志郎vvv」
両手が塞がっているので、抱きしめられないのが惜しかった。





射撃場では武器庫へ行った晶も、不満そうな顔をしている勇二もいて全員揃っていた。
「あ、きたきた!」
「遅いぞおまえら!!」
ようやく姿を見せた2人は、両手に大きなバスケットを持っていた。
朔夜の頭もベリーピンクになっている。
「ごめん、ごめん」
「急げよ、昼飯抜きは辛いからな」
「そう思って持ってきたんだよ」
バスケットにはピクニックセットと言わんばかりのお弁当が入っていた。
「おおッ!!」
「朔夜、偉い!!!!」
昼食抜きを半ば覚悟していた少年たちは、喜んで食べた。
育ち盛りな分、朔夜と志郎が持ってきた大量の食料は数分で無くなった。

「ほら」
昼食も終わり、晶は朔夜に大きな黒塗りの弓を渡した。
「うわぁ、年代物だね! ちゃんと竹で出来てる。重いなー。オレ志郎より重い物、持ったことないんだけど
「十分持てるんじゃねぇか」
「だってこれ本当に重いよ。ほら」
弓を手渡された俊彦は思ってた以上に重い弓に驚いた。
「……おい、これ五十キロくらいないか?」
「ほらね、志郎より重いでしょ」
「おまえの基準はそこか」
「晶」
「洋弓より使い慣れた和弓のほうがいいだろ」
直人の厳しい視線も軽く流し晶は平然としている。

「かなり古い物みたいだが、大丈夫なのか?」
隼人が俊彦から弓を受け取り、軽く弦を引いてみる。
「う~ん、ちょっと引くらいならなんとか。どれくらいの距離を打つの?」
「あれだ」
指された方向の30m程先に射撃用の薄い的が立てられている。
「近的か…なら大丈夫かな」
「近的…………?」
「近的競技。的までの距離が近いんだよ」
「これで近いのか!?」
「遠的競技は距離が60mあるから。そのぶん的は四倍近く大きくなるけど」
「なんか当たりにくそうだな」
銃でも40m先の的に当てれば上出来だ。

「うん、難しいよ。的に届かなかったり、届いても弾かれたりすることがあるからね。
志郎、これ巻いてくれる? 怪我した時に、包帯を巻くみたいに」
朔夜はバスケットの中に入っていた大きめのナプキンを志郎に手渡し、右手に巻いて貰っている。
「それは?」
「ゆがけの代わり」
「ゆがけ?」
「弦を引く手に付ける厚手の手袋みたいなやつ。弦を素手で引くのは痛いから」
親指と人差し指の間を重点的に巻いてもらい、礼を言うと的のほうへ歩いて行く。

「頑張れー、朔夜ー!」
「怪我すんなよー!!」
応援に笑いかけると、意識を的に向けた。



朔夜は立ったまま弓に矢を宛い、右手で持つと、弓矢を頭より上に上げ、矢をすい、と引いた。
背筋をぴんと伸ばして矢を番える様は凛として緊張感溢れ、清々しい。
先ほどまでの顔とは明らかに違い、静かな横顔は清廉としたイメージを見るものに与えた。
右手が動き、射撃場に緊張が走った。

ガッッ!

音が射撃場に響く。
ぶれずに矢は的の中心に寸分違わず中り、的を倒した。

ワッと歓声があがる。

「すっげぇ……」
俊彦と攻介が感嘆し、隼人や晶、直人たちも感心している。
「これでいいかな?」
「朔夜、おまえすげぇぞ!!」
「ど真ん中ぴしゃりだ!!」
「たいしたものだな」
「遠的もできるのか?」
「引くだけなら」

60mほど離れた所に的が用意された。
ただし、弓道用の大きな的など無いので、先ほどと同じ射撃用の的だ。

「………大丈夫か?」
「う~ん、外しても怒らないでね。かなり久しぶりだから」
「遠いよなー。マジであんなとこに当たるのか?」
攻介が先を見てげんなりする。

背筋の伸ばし、矢を番え、的を見定める。
少しざわめいていた射撃場が、しんと静まった。
勇二までも黙って大人しく見ている。


矢から手が離れ、恐ろしく速い矢が空へ打ち上げられた。

カッ


矢は空に弧を描き空気を裂き、的の中心に中たった。
射撃場に歓声が溢れる。
「刺さったーー!!」
「すげぇ!!!」
「…………ッ!」
「鮮やかだな」
「お見事」
「ふんッ! まぁまぁだ」
「やるね」
「上出来だ」
「朔夜!」
飛びついてくる志郎に弓を遠ざけ片手で受け止める。

「志郎見た!? 大当たり! ほめてほめてv」
「見てた」
腕を伸ばして頭を撫でる志郎に、朔夜は嬉しそうだ。
さっきまでの真剣で凛々しい様子は微塵もない。



唐突ではあるが、俊彦は窮地に陥っていた。



「ちきしょー! はーなーせーッ!!」
「悪い俊彦……おまえのことは絶対忘れない……!!!」
「皆、結局のところ自分が一番可愛いんだ」
「フフフッ、じゃんけんにも負けるし、きみ本当についてないね」
「なにか悪いものにでも憑かれてるんじゃないのかい?」
射撃場の40mほど先の木に俊彦がワイヤーでぐるぐる巻きに縛られている。
頭の上には真っ赤な、林檎。



『ウィリアムテル』ごっこの始まりだった。



なぜこんなことになったのか?
朔夜が遠的を無事終わらせ、志郎とはしゃいでいるといつのまにか『ウィリアムテル』の話になっていた。
ソレを聞いた朔夜が「オレが知ってる外人さんはボブとジョンとキャサリンとウ〇ーリーだけだよ」と言った。
そして志郎に「ウ〇ーリーは大物時空犯罪者である」という話をし始めたのだ。
(ボブとジョンとキャサリンは英語の教科書にでてきたらしい)

朔夜の説明によると、ウ〇ーリーはタイムトラベラーを自称する時空犯罪者らしい。
曰く、自分のファッションを流行らせる為、シマシマTシャツ革命を起こそうとしている人物。
曰く、人口密度が異常に高い場所にしか姿を見せず、タイムパトロール(時空警察)が探している間に逃げられてしまう。
曰く、指名手配されるも、その指名手配写真も多くの人が写ってる中に紛れた姿の物しかない。

しかも彼はそれを逆手に取り、指名手配写真を利用し、本を出版。
自分を探させ、自分のファッションをサブミリナル効果のように人の意識に残るようにしたのだ。
ちなみにベストセラーになった時代の印税を使いまわす自費出版らしい。
本は確実に売れ、一人、また一人と洗脳されていく人が増えていくという……。

「同じシマシマファッションの犬とか」
(ウーフだ)
「ウォーリーの女の子版みたいな人とか」
(ウェンダだな……)
「魔法使いや、親衛隊だっているんだ!!」
朔夜はなおも力説する。
「ウォーリーに対抗して黒と黄色のシマシマファッションを流行らせようとしている男だって現れて大変なんだよ」
そんな彼はオズローという。

聞いているとうっかり信じてしまいそうな話に(志郎は信じているようだった)、危険を感じて『ウィリアムテル』の話に戻したのだ。

すると晶が実際に出来るのか試すかと言って……。
手には林檎があって……。

………………………………………………





おまえのせいか晶!!!





かくして、じゃんけんで負けた俊彦は、実写版『ウィリアムテル』の息子役をすることになったのだ。
俊彦は知らない。

じゃんけんで勝った数名は後出しだった事を……。

特選兵士、それは少年兵たちの憧れ、選ばれた12人のエリート。
勝つ為の努力(手段)を怠らない彼らはどんな時でも常に最善を尽くす。

根性で半ば自棄になって言った。
「くそーッ、朔夜ー! 絶対外すなよ!!!」
「あー、うん……」
「不安そうな顔すんなよッッ!!!!」
「大丈夫! ……だといいなぁ

微妙。

「この弓重いし…実はさっきから腕、震えて…………誤って別の場所に中ったら、ごめんね」
困った顔で笑う朔夜。
青褪める俊彦。
「弓も矢も無茶苦茶ゴツイし、当たったら腕だろうが首だろうが吹っ飛ぶんじゃないのか!?」
「うん」
「あっさり言うなーーーーーー!!!!」
「それじゃあ、いっきまーす!」
「わぁぁぁ! 待てッ! 頼むからちょっと待て!!! 位置が下がってるだろ!? 手! 手!!
しかもこの距離でわかるくらいブルブル痙攣してるぞ!!!」

特選兵士、実写版『ウィリアムテル』ごっこにて死亡。
うわぁ、カッコ悪ッ!っていうかありえないだろその死に方ッ!!!


朔夜が弓を引き矢から手が離れた刹那、予想外のアクシデントが起こった。


矢が朔夜の手から離れ、亜音速で迫ってくる。

「うわァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

ガシュッ

パタパタパタタタ………。

矢は林檎を粉々に砕いて、甘い果汁を俊彦の頭に降らせた。
無論俊彦に外傷はない

ほっとした俊彦だったが、「朔夜!」という志郎の叫び声に顔を上げて目を剥いた。

朔夜が片膝をついている。

頬を抑えている、手を包んでいたナプキンが紅く染まっていく。

「おい! どうしたんだよ!!」
「弦が飛んだ!!」
状況がわからず叫ぶ俊彦に、攻介が叫び返す。

慌てて朔夜の元に行こうとするが、ワイヤーが邪魔で動けない。

俊彦がもがいている間にも、他の少年たちが朔夜の元へ集まる。
「あー、ビックリしたぁ~」
「そりゃコッチの台詞だろ!」
「意外と呑気だね」
「大丈夫なのか?」
隼人が自分のハンカチを朔夜の頬に当て、素早く朔夜の手を離し、代わりにハンカチで頬を抑える。
空いた朔夜の右手に巻かれていた白いナプキンはべったりと血で汚れていた。

「……深いんじゃないか?」
思ったより多い血の量に眉を顰める隼人だが、「大丈夫、大丈夫」と朔夜は血だらけの右手をパタパタと振ってみせる。

「どうなったんだ?」
「弓の下の部分が壊れて、弦が顔のほうへ跳ねたんだよ」
少年たちの視線が左手に持っている弓へと注がれる。
弦にわっかを作って、弓にかける弦輪といわれる部分が壊れていた。

「けっこうな年代物だったからね、俺が無理に行使しちゃったんだよ」
矢を離した後で良かったとしみじみ語る朔夜とは違い、非難めいた眼差しが晶に向けられる。
明らかに晶の選択ミスだった。
晶としても、朔夜の実力を試す気持ちはあったが、晃司の商品を傷物にするつもりはなかったのでバツが悪そうだ。

「取り合えず医務室だな」
大人しく自分の非を認めた晶は、医務室に連れて行こうとしたが朔夜は首を振った。
「いいよ、たいした傷じゃないし。晶だってこれから訓練でしょ? みんな時間は大丈夫なの?」
気付かなかったが、実はかなり切迫していた。

「弓どうしたらいいかな?」
「ああ、こちらで片付けておく」
「朔夜、ちゃんと治療を……」
「本当に大丈夫だよ、志郎」
「でも……!」
自分がいながら朔夜に怪我をさせてしまったことが許せないでいる志郎。
誰が悪いという訳ではないので、朔夜は困ったように笑うしか出来ない。

「たいした怪我じゃないって本人が言うならそれでいいだろ。舐めてりゃ治るんじゃないか」
晃司の商品である朔夜が怪我をしたということでの騒ぎに、嫌気が差してきた勇二が吐き出すように言った。
しかし、その後勇二は自分の台詞を後悔することになる。

全員がギョッとしてその光景を見詰めた。


舐めたのだ。


志郎が、


      朔夜の頬を。


「ひゃっ……し、志郎!?」
「動くな。舐めにくい」
「いや、あの……」
シミ一つ無い、朔夜の白皙の美貌に付いた裂傷。
白を彩る紅を志郎の舌がゆっくり拭って行く。
腰を両腕でがっちりと押さえ込まれ、逃げられない。
相手が志郎なので突き飛ばす事も拒絶もできなかった。
血ではない赤で頬を染め、困惑する朔夜と傷跡を丹念に舐める志郎。
志郎の奇行に固まった中で、真っ先に正気づいたのは雅信だった。
自分も参加する為に。

雅信の不穏な空気にいち早く気付いたのは1番遠くにいる俊彦だった。
「誰か雅信止めろーーーーーーー!!!!」
俊彦の声にはっと正気づき、数人がかりで取り押さえられた雅信は、野望を果たす事は出来なかった。
微妙な空気に誰もが何も言えないでいると、気が済んだのか志郎は顔を離すと朔夜の手を引いてさっさと行ってしまった。
朔夜も抵抗する事無く、連れて行かれた。恐らく、向かう先は、医務室、で、あるはずだ。

「「「「「「「「「………………………………」」」」」」」」」

この日、彼らは初めて午後の訓練に遅刻した。





夜、食堂にて。
「お帰りなさい、秀明!」
「ただいま、朔夜」
「朔夜」
「お帰り、晃司」
帰ってきた晃司と秀明を笑顔で迎える朔夜の頬には、白いガーゼが貼られていた。

「どうした」
「ん? たいしたことないよ」
「そうか」
2人の視線が朔夜のガーゼに向けられ、志郎は少し気まずそうに目を逸らした。
そんな志郎に苦笑して、朔夜が抱きしめる。
「志郎のせいじゃないよ、だからそんな顔しないで」
すぐ治るから、という朔夜の言葉に志郎もようやく納得したのか、いつもの様子に戻った。
「そうだな。舐めたからすぐ治る」
「舐めた……?」
「志郎ッッ」
「勇二が舐めてれば治ると言ったんだ」
名指しされてしまった勇二は自分に視線が集まったことを感じたが、ぐっと堪えて無視を決め込んでいた。

「傷もそんなに深くないと、すぐ治ると医者も言っていた」
オレが舐めたからだっと、どこか得意気な志郎に納得したのか、秀明は勇二から朔夜に視線を戻すと、そっとガーゼに触れた。
「痛むか?」
「平気だよ」
「そうか」

ベリッ

「痛ッ! 秀明何を      

ペロ。

      ッッ!!!!」
「早く治るんだろう?」
「いや、血もそうだけど、消毒液も美味しくないから! 舐めるもんじゃないから!!」

そういう問題ではない。

その光景に少年たちは絶句。(目を逸らす者、顔を赤くする者、興味深げに見る者、反応は様々だ)
逃げられず、頬を赤くする朔夜がいたように、突撃しようとして取り押さえられた雅信がいたことは言うまでも無いだろう。

傷にしっかり舌を這わせた秀明はガーゼを元に戻す。
「浅い傷だ。数日で痕も残らなくなるだろう」
「うん……」
ガーゼの上から頬を押さえ、なにやら気恥ずかしくて視線を逸らすと晃司と目が合った。

「………………」
「………………」
「………オレも舐めるべきか?」
「聞くなぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!」
羞恥プレイかコンチクショウ!と朔夜の八つ当たりを受けた晃司が「羞恥プレイ……?」と数秒考え込む。

結果。

「………恥ずかしかったのか?」
「だから聞くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!」
志郎や秀明にぶつける事の出来なかった、何とも言えないやり場のない思いは、余す事無く晃司にぶつけられる事となった。

真っ赤になって怒鳴る朔夜と、その声を平然と聞き流す晃司に、少年たちは2人の関係に首を傾げるのだった。




続く


けむけむさま、いつも素敵なSSありがとうございます。
本当にうちのオリキャラたちを上手に書いていただき感謝してもしきれません。
それにしても……憐れな俊彦(笑)
でもまあ、それがもはや個性になりつつあるんだから頑張ってくれ。
所詮、この世は弱肉強食。勝つための努力(と、書いて手段)を怠らない奴が最終勝者になるのさ。
もっとも、それを考えても腹黒いやつが数人いるけどね(汗)

そして……志郎。そういうことは人の見てないところでやりなさい。
まあ、見てなければ言いというものではないですけどね(笑)
でも無垢なのでよしとしましょう(おい!)
とりあえず、雅信は絶対にそれ以上のことをするだろうから止めてよかったです(滝汗)

では、続き楽しみにしてます。頑張ってくださいね。