食堂での散々な騒ぎの後、朔夜は志郎と同室者の俊彦と一緒に、2人の部屋へ案内された。





月と太陽――3.5――
~その夜の俊彦との会話~





「お風呂上がったよ~」
一緒に入ろうとした志郎を俊彦があわてて止め、お客さん優先という事で朔夜が先に風呂に入っていた。
科学省からの連絡が行き届いていないのか、朔夜の待遇については何もなかった。
なので志郎と朔夜の希望から、今日は俊彦と志郎の部屋に泊まることになったのだ。
風呂上りの朔夜を見て俊彦は赤面したまま驚いた。
濡れた髪を拭きながら現れた朔夜はメガネをしておらず、長い前髪も上げていたので素顔だった。
志郎ではサイズが合わないので俊彦のパジャマを着ている。

自分のパジャマを着た湯上り美人。
それも絶世の。

たとえ男だとわかっていても見惚れずにはいられない。
だが俊彦に驚きを与えたのは顔ではなく朔夜の髪だった。

鮮やかな蒼色の髪は純白へと変化を遂げていた。

「最初に会った時に言ったでしょ。染料だって」
唖然として見つめる俊彦に悪戯っぽく笑ってみせる。
湯上りなせいかひどく扇情的に映る笑顔に、俊彦の頭に血が上る。

(落ち着け、これはだ! なんだ……!!!!!)

鼻を押さえながら呪文のように自分に言い続けた。
男を見て鼻血を流すのも、雅信の二の舞もごめんだ。
気を抜くと転がっていきそうな理性に、俊彦は必死にしがみ付いていた。

「次はどっちが入るの?」
「オレが先に入る」
蹲りぶつぶつ言い始めた俊彦を置いて、志郎はさっさと風呂場に足を進めた。
「100数得るまで湯船からでちゃダメだよ! それから耳の後ろもちゃんと洗ってね!!」
「わかった」
……お前はどこの母親だ。
湯冷めしないように気を付けてぇ~!と言って志郎を送り出した朔夜は、俊彦に近づいてくる。
「平気?」

屈むな。(頼むから)

これで女の子なら申し分ないのだが、朔夜はそれを補って余りまくる美貌の持ち主だ。
覗き込むような姿勢に動揺した自分に、俊彦は軽い自己嫌悪に陥った。

「なあ、聞いてもいいか?」
何とか正常に戻れた俊彦は自然に距離を取り、一度洗面所へ行くと、ドライヤーとブラシを持って戻ってきた。
朔夜は礼を言うと手早く髪を乾かし、予想通り前髪で顔を隠したので俊彦は安堵した。
「……なにを?」
志郎が風呂に入ってるせいで手持ちぶさなのか、クッションを抱きしめソファーに座る朔夜。
疑問系だが予想が付いているのだろ。先ほどの騒がしさなど微塵も感じられぬほど、静かな様子だった。
俊彦は備え付けの冷蔵庫から缶ジュースを2本取り出し、1本を朔夜の前に置くと自分も座る。
「その髪は元々のもんなのか?」
朔夜の瞳は黒いからアルビノではない。
「まさか。抜けちゃったんだよ。……前の、プログラムの時にね」
小さく苦笑する朔夜に、切り込むように本題に入った。
「なんで殺したんだ?」

当たり前なはずなのに、聞かずにはおられない。
あの狂った戦場において、「生きる為」大半の行動が正当化されるだろう。
誰だって死にたくは無い。生きる為に自分がやれる精一杯のことをする。
その行為がどれほどのことでも。
人間なんてそんなもんだ。

ただ、朔夜は何故かそんな人間に見えない。
会って数時間しかたっていないが、俊彦は自分の観察眼が間違っているとは思わなかった。
むしろさっさと死んでしまいそうな気がする。
だが実際、彼は大勢のクラスメイトを殺したのだ。
――――何故?

「軍の人にさー、プログラムの終わったあと言われたよ」
クッションを掴んだままソファーに横倒しになったまま、ポツリと呟いた。
視線は自分の前に置かれているジュースに向けたままだ。

”君の行動は実に素晴らしかった!”
”とても見事な作戦だったね!!”
”今までプログラムの中でこんなにも巧妙な戦略を発揮したのは君が始めてだよ!”

「大絶賛って感じでさ、むちゃくちゃ褒められた。でもあの作戦……失敗作なんだよね」
「……どこがだよ? 成功してるじゃないか。現におまえは優勝して…」
「だからだよ」
俊彦の言葉に被せるように告げられた言葉に、俊彦は一瞬の間を置いて理解した。
「まさか……!」
「俺が生きて優勝してる。作戦は大失敗だ」
起き上がって驚愕の表情を浮かべる俊彦を見やって、そっと指を口元へ持っていく。


――――志郎には秘密ね。


「帰してあげたい人がいたんだ」
「……親友、か?」
「うん。彼はね、頭の回転も速いし、運動神経もいいし、その気になったら優勝できる人だったと思うけど…」
「”その気”にならなかったのか?」
「そんな人じゃなかったしね。物凄く御人好しで、女性に優しくがモットーで…人を殺して自分が生き残ろうとする人じゃなかった、だから……」
「…………」
「だから俺が全員殺して生き残らせよう思ってたんだ」
「っっ……!!!」
予想していたが辛い真実に、手に持っていた缶が音を立てた。

彼は。
親友を生き残らせる為に、クラスメイトのほとんどを殺したのか。
最後には自分も死ぬつもりで。

「他のクラスメイトを全員殺せば、残るのは俺と彼だけ。
ソコで俺が死んだら、自動的に彼が優勝できる。それでいいと思ってたんだ……」
朔夜は小さく笑った。




朔夜はグループを作りながら、親友を探す為”偵察と交渉”をする立場をとっていたらしい。
1番危険が高い役でもあるから、進んで危険に向かう朔夜を疑うやつは少ないし、長くチームから離れても不自然ではない。

「俺は定期的に死んだ人間を聞かされる放送の中で、彼の名前が無い事だけ祈ってた。
他のグループの人達にも、彼を見つけたら教えてくれって頼んで探し続けてた。
でも見つからなくて、殺し合いだけが進んでいった」

グループを作り、それ以外の人間をグループ総出で一掃する。
それが終われば、作った3つのグループ内での戦争が始まる。

「……うまくいきすぎた。 偶然も重なったんだろうけど、ほぼ同時に3つのグループが全滅した」
「…………どうせ殺すつもりだったんだろ? かまわないじゃないか」
「早すぎたんだよ。まだその時は自由区域が多かったから。
ほとんどのクラスメイトが死んでるなか、広い自由区域で24時間以内に誰かを探して殺さないといけなくなった」

冷静な指摘。
自分も死ぬつもりだったからなのか、それまでに利用し、死んでいったクラスメイト達に対する罪悪感は感じられない。

「放送を聞いて焦ったよ。生き残ってるのは3人だって言われて、……彼の名前が聞けてほっとしたけどね。
俺は24時間以内に2人を探して、彼以外の生き残りの1人を殺さなきゃいけないと思った」

広い自由区域を眠らず探し続けたが、結局見つけることが出来たのは時間ギリギリだったらしい。

「誰が生き残ってたんだ? 親友以外に」
「……女の子」
「…………」
「2人共見つからなくてね。いざという時は、しょうがないから俺が死のうと思ってた」
「いいのかよ、女だって自分が生き残るためなら親友を殺しちまうかもしれないんだぞ」
「3人同時に死ぬより可能性があるし、彼が彼女を殺して生きるならそれでよし。できなくて殺されてあげるんならそれもいいと思ったんだ」

「多分殺されていただろうけど、女性至上主義だったし」と友人を思い出したのか、朔夜の口元に笑みが浮かぶ。
昔を懐かしむそれは、優しいものだった。

「5分前くらいに見つかってね。嬉しかった……。
ああいう時って、数日会ってないだけで何年も会ってなしような気がするって本当だね。
だから……油断したんだ」
「一人じゃなかったのか」
「彼と一緒にもう一人、生き残りの彼女がいた」
「守ってたのか、その女」
「そうみたい。怪我もしてたし。そばに行く頃には、時間はもう1分を切ってた。
俺は彼女を殺さなきゃいけなかった。でも一瞬、彼に会えたことで満足してしまったんだ。
このまま一緒に死んでもいいって……心の中では思ってたのかもしれない。
……気付かなかった、彼女が銃を構えてることに。
爆発何秒前かわからなかったけど、彼女が銃を、撃った」

こいつが、ここにいる。
なら、撃たれたのは………………

「…………今まで自分を守ってくれた男を…撃ったのか?」
「そう。 俺のやっていた事は、その時点で全て無駄になってしまった。
だから本当は、殺されても構わなかったんだけど……。
その後、俺が彼女を殺した。ゲームは終了、俺は優勝者になった」
突き放すような朔夜の言い方にカッとなって思わず叫んだ。
「殺されても構わなかったなら、殺されてやればよかっただろうッ!!」

俯いていた朔夜が顔を上げる。目が合う前に、逸らしてしまった。

「……うん。ごめんね」

(謝るなよ…ッ!)
ひどく、やるせない気持ちになる。
目の前で、親友が撃たれたとき、こいつはどんな顔をしたんだろうか?
どんな気持ちで、彼女を撃ったのだろうか?
俊彦は朔夜の純白の髪を見やった。
髪の白さが、当時の…彼の絶望の深さを示している気がした。

「そのこと、晃司たちは……」
「晃司は知ってる。秀明は話したことないけど、薄々は気付かれてるかな。志郎には言ってない」
だから内緒ね、と言って小さく笑った。



「上がった」
数分とたたないうちに志郎が出てきた。
「湯上り志郎だね♪ 髪拭いてあげるからおいで~v」
「ん」
先程の様子など微塵も感じさせず、明るくはしゃぎながら志郎を手招きする朔夜。
素直に寄って来た志郎を座らせると、頭を丁寧に拭き、ドライヤーで髪が痛まないよう気を使いながら乾かしていく。
美容師としてやっていけそうな慣れた手つきだ。
「…………うまいな」
「志郎の為だからね~v 憶えたのさ!!」
目指せカリスマ美容師!!と叫ぶ朔夜に「カリスマ……?」と志郎が疑問を浮かべる。
美容師界の晃司みたいな奴さっ!と適当な事を言う朔夜。

どんな奴だよ。

否定したかったが、すると自分が志郎にカリスマについて説明しなくてはならなくなるので、黙っておく。
「う~ん、サラサラキューティクルv」
きれいに乾かせてご機嫌な朔夜は、自分が手を付けなかったジュースを志郎に勧めると洗面所に向かった。
俊彦も風呂場に向かう。

洗面台に置いてあった所へドライヤーとブラシを片付け戻る朔夜に擦れ違い様、声を掛けた。
「なんでその女はおまえじゃなくて、その親友を殺したんだ? 今までそいつが自分を守ってくれてたんだろ?」
…………どうしてだと、思う?」
立ち止まってこちらを振り返った朔夜は、俊彦が今まで見たことがない顔をしていた。
「……おまえの事が、好きだったのか?」
なにも言わず、ただ、笑って――――――。

パタン、と扉が閉められた。



今回はシリアスでした。何しろプログラムの話ですからね……。
助けてやろうとしてた相手は呆気なく最後に死亡。
結果的に自分だけが生き残ってしまったなんてせつないです。
……好きだったんでしょうかね、その少女は。
かなり、気になったりしてます。