銃声と、鋭い痛み。
二度と目覚める事はないと思っていたのに。
自分は何故かベッドの上で。


『お前はオレの商品になった』

と、彼が告げた。

『言いたいことは、自分で言え』

と、さらに彼が言ったから。

笑ってしまった。





月と太陽――――


「他に質問は?」
「どうやってクラスメイトの80%を殺した?」
ちょっとクセッ毛で、背の高い少年が、興味深くこちらを眺めている。
「君は?」
「周藤晶だ。どうやってクラスメイトを殺したんだ」
「「晶!!」」
俊彦と功介が咎めるように名を呼ぶ。直人も視線が厳しい。
「おまえが本当の”無神要”なら答えられるはずだろ?」
「知らないの? それとも俺試されてる?」
「さあな」
「朔夜を苛めるな」
朔夜から晶の視線を遮るように前に出る。

志郎だ。

「晃司と秀明がいない間、朔夜を守るのはオレの役目だ。朔夜を苛めるのは許さない」
「相変わらずの忠誠心だな。だがオレは別に喧嘩を売ってるわけじゃない。
質問を受け付けると言ったのはあいつだ。オレはただ質問しているだけさ」

「なら答える必要は無いね」

志郎を後ろから抱きしめるように腕を回しながら朔夜が言った。

「……なぜだ?」
「周藤君、質問っていうのは”わからないところや疑わしい点について問いただすこと”を言うんだよ。
君の質問は質問にならない。
なぜなら君はちゃんと答えを知っているし、わからないところや疑わしい点なんか持っていないんだから」

「守ってくれてありがとうv」と見上げてくる志郎に微笑んだ。
志郎も安心したのか、回された朔夜の腕を掴み身を任せた。

「聞きたいなら言ってもいいよ。俺が作った3つのグループの在り方?
あの戦場で1番激しかった地区? 一気にグループが潰れた経緯?
それとも、たった1人、俺が殺した人の名前?」

ざわりっと周りが騒いだ。
晶と朔夜の視線が交錯する。
先に逸らしたのは晶のほうだった。

「そうだな。今おまえが言った情報なら俺は知っている。質問は撤回しよう。
おまえが普通じゃない事もわかったしな。軍人、それも特選兵士と睨み合って平然としてる一般人はいないぜ」
大人しく身を引いた晶に一瞬緩みかけた空気は、彼の余計な一言でさらに硬くなった。
だが、朔夜の一言は一気に空気を凍らせた。





「俺は晃司と5時間睨み合ったことあるよ」





………シーーーーン………





「あれは朔夜が悪いんだ。オレたちがいない間、3日間なにも食べなかったから
食わず嫌いもここまでくると英雄レベルだ。
「だからってカツ丼はないだろ! あんなデカイどんぶり誰が用意したのさっ!?
食べ終わる頃には死ぬかと思ったよ!! 気分はまさに犯罪者だね!
しかも苦しんでる俺に『吐いたらもう1回食べさせる』なんて言うし!!!」
睨み合いは朔夜の負けだったらしい。

こいつはひょっとしたら並みの軍人よりすごいのかも知れない。
少年たちはそう思った。





「他に質問はありませんか~。無いなら名前教えて~、知らない人限定で」
固まってしまい、反応のない少年たちに飽きたのか、志郎の頭に顎を乗せたり、腕を動かしたりと遊び始めた。
志郎は無抵抗・無表情だ。

「晃司とできてるの?」


……なんてことを聞くんだ薫。



「質問の前に名乗ってください~」
志郎の両腕を薫に向かって伸ばす。

遊びを止める気はないらしい。

「そういえばさっきも名乗らなかったね。僕は立花薫」
「できてるってなにが~?」

考える人のポーズを取る志郎。無抵抗・無表情。

ひょっとし楽しんでいるのだろうか?

「志郎はきみの1番ハニーで秀明は1番ダーリンなんだろ? じゃあ晃司は? まさか2番ってことはないよね」
だったら面白いけど、と目が語る。
「晃司は晃司~。」
「なんだいそれ、答えになってないよ」
「だってそうだも~ん。俺にとって晃司は『晃司』だから~。俺の~♪」
「朔夜は晃司の『朔夜』だからな」
「そうそう~♪」

頬に手を当ていやんいやんと身をくねらせる志郎。
可愛い女の子がやるならかまわないが、無表情の志郎がやると怖い。

「…………楽しいのか、志郎」
「面白い」

面白いのか!!!???

「オレが考え付かない動きするから飽きない」

両腕をしっかり伸ばし、回す。
仮面○イダーに変身しそうだ。

…………確かに、志郎には考え付かないだろう。



魔窟に迷い込んだような気分になった少年たちの中から、隼人が軽く手を上げた。
「氷室隼人だ。 なぜ晃司がおまえを助けたのか、知っているなら聞きたい」
パラパラを踊っていた志郎が止まった。腕を下ろす。
朔夜は顔を上げて、質問者を見つめた。


「晃司が俺に一目惚れしたからです」


隼人の目を見て言い切った。
その瞳には欠片のやましさもない。
「そうか、それは考え付かなかったな」

誰もが「嘘だ」と思ったが、質問者の隼人が苦笑して認めたのでそれ以上誰も聞こうとはしなかった。



「和田勇二。おまえは旧プログラムに優勝したとき軍事推薦を受けていたはずだ。どうやって断った」
微妙な空気の中、今度は和田勇二が名乗り出た。

その時朔夜は志郎で遊び疲れたのか、椅子に腰掛けていた。
勿論、志郎を抱きしめたままだ。
志郎は無抵抗・無表情のまま、朔夜の膝の上で大人しくしている。

「どうやってって……丁重にお断り申し上げたんだけど?」
とたん、睨んでいた勇二の目つきが更に険しくなる。
「科学省の戦闘マシンでお人形遊びかよ! 高尚な趣味だな!!
断ったくらいで連中が引くわけないだろ! しかも生かしたまま!!! 何をやったんだ! 言えッッ!!」

ぱふっ。

志郎が口を挟もうとしたが、朔夜の手によって塞がれていた。
俺はなにもしてないよ。ただ俺の一族の誰かが何かしたのかも知れない。
無神家は旧家の中の旧家ってくらい古い家らしいから。
俺は一族の事殆んど知らないけど、一族の人間や一族と係わりのある軍のお偉いさんはいても可笑しくないしね」
「……そんなにすごい家なのか?」
「んー? 基準になるかわからないけど、本家は山に囲まれてて、その山ごと全部本家の敷地だったよ。
他にも敷地があったのかもしれないけど、それは知らないしな。
分家は分家でいっぱいあったから財産とか結構あったんじゃない?」
「山ごと!!」

異常な金持ちだ。

「屋敷も、本殿とか、離れとかいっぱいあったけど」
「本殿……」
「離れ……」
「それぞれの演技場とか修練場とかがあって、庭園もいくつかあったみたい。俺は見たことなかったけど」
「……それぞれのってなんだよ?」
「弓とか馬術とか剣道とか……色々? 
俺、離れに住んでて本殿とか庭園って行ったことないし、行くとこ決まってたから詳しく知らないんだよね」


………シーン………


「……………おまえ、お坊ちゃまだったんだな」
「う~ん、そうなるのかな。普通じゃないっぽいとは思ってたけど」
「普通じゃなさすぎだ。でもまあ、それならその一族の誰かが軍に金でも積んで断ったんだろうな」
「それか上層部に彼の一族の人間がいて、握りつぶしたのかもしれないね」
「多分そうなんじゃないかな。……それと、和田君」

勇二を呼ぶ時だけ、声のトーンが下がった。

口元には笑みがあるが、先ほどから浮かべているものとは180度違う。

「君、晃司達のこと嫌い?」
「ああ、大嫌いだ」
志郎を睨み付ける。

それには無表情だった志郎だが、口から手を離した朔夜が頭をなでると僅かに目を細めた

「そう。人の好き嫌いに口を挟む気はないけど、俺の前で3人の悪口は辞めて欲しいな」
「お前には関係な……」
「呪うよ」






………シーーーーン………






「さっきも言ったけど無神家は旧家の中の旧家ってくらい古い家でね、そういった呪術的な物も伝わってるから

ぐだぐだ言ってると呪っちゃうよ♪

「君にとって嫌いな奴かもしれないけど、俺には大切な人達だから」

悪口や侮辱を許す気はないしね?

前髪とメガネに隠されているはずの瞳が、突き刺さりそうなほど勇二を睨み付けているのがわかる。
得体の知れないオーラを感じ、勇二は蒼くなって黙った。



少年たちは、軍事推薦を断れたのは、これのせいではないかと思った。



「あっと二人~♪ 質問がないなら名前だけでも………」
「鳴海雅信」
金髪フラッパーパーマの端正な少年が立ち上がって近づいてきた。

「朔夜ですー。よろしくー」
ずんずん。
「えーっと……」
ずんずんずん。
「あ~の~」
ずんずんずんずん。
「質問?」

ずずいっ!!

「まっ雅信?」
慌てた俊彦の声も無視して、雅信は息が掛かる程近くにきた。
「近すぎるだろ、雅信」
隼人の忠告にも耳を貸さず、じっと朔夜を睨み付ける雅信。

するとなんということだろうか!!!



ぶふぉん!!!!!



力強く腕を振り上げ朔夜に向かって拳を打ち付けたのだ!!!

「なっ!?」
「朔夜!!!」

バシッ!!!!!

素早く立ち上がった志郎が腕をクロスさせ、朔夜に当たる前に雅信を止めた。
ギッと聞こえた音に雅信が本気で殴ろうとしたのがわかった。
しかし、雅信の本当の狙いは朔夜を攻撃する事ではなかった!


がばっ!!!


志郎の両手が自分の腕を止めた瞬間、もう片方の手が朔夜のメガネを奪い、前髪を払った。




!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




白磁の肌。
形の良い眉。
漆黒の瞳。
尖った鼻梁。
櫻色の唇。

緻密にして精細、完璧なまでの左右対称の顔。
神の祝福を受けたかのように、圧倒的な、美貌。

驚いたのか、瞬きを繰り返す様子まで優雅だ。

朔夜と呼ばれる”無神要”であった少年。
彼は端正な顔立ちの多い特選兵士の少年たちですら息を呑むほどの、美貌を持つ少年だった。



「…………………………」



息をすることも、動く事も忘れた少年たちに空気が止まった。



最初に動いたのは志郎だ。
朔夜の美貌に喰い付くように魅入られた雅信から、さっさとメガネを奪い返し朔夜に掛けてやる。
乱れた前髪を手櫛で梳き、もとの状態に戻す。

隠された美貌に少年たちが安堵の息をつく。

「マジ……?」
「なんっかもう……すげぇとしか言えねぇ…………」
功介と俊彦は興奮し、いまも朔夜を見つめている。

「さすが晃司だな」
「……あの顔で晃司を落としたのか?」
何故か納得する隼人に、考え顔の晶。

「…………っ!!」
「くっ……この僕が男の顔に見惚れるなんてっ!!!!」
男に見惚れた事が恥ずかしいのか、俯く直人とプライドか傷つけられ憤る薫。

「へぇ…………凄い美形じゃないか」
なんとか落ち着きを取り戻そうと、からかうように褒める徹。
(よりによって晃司の男に見惚れるなんて!!!!!)
今にも噴火しそうな勇二。


そして騒ぎの元凶、鳴海雅信はと言うと――――


「……気に入った」



……なんですと?



「雅信? 朔夜は晃司の連れなんだぜ、わかってるのかよ」
「関係ない」
「こいつは男だぞ!?」
「見ればわかる」
にやりと笑うと言い放った。
「こいつはオレが貰う」
……どうやら酷く朔夜の顔を御気に召したらしい。

立ち塞がる志郎を無視し、顔だけ近づけると雅信は凄みのある笑いをした。

「オレのものになれ」

瞬間、打ては響くように爽やかな笑顔で返事がきた。

「間に合ってます」

新聞の勧誘を断るが如く、有無をいわさずきっぱり言い切られた。

この台詞の後、実に素早く朔夜は志郎を小脇に抱えるとダッシュで雅信から離れた。
タイミングの良さと朔夜の俊足に感心した少年たちだったが、雅信が追いかけようとしたのを慌てて止める。
「放せ」
「落ち着け雅信!」
「正気に戻れ!!」

言い合いが始まったのを、十数メートルの距離から窺う朔夜に声がかかった。
佐伯徹だ。
「オレは佐伯徹、よろしく。オレで最後だよ。
予想は付くんだけど、なんで顔を隠しているんだい?」
徹の言葉に朔夜は項垂れると、テーブルに「の」の字を書き始めた。
「その昔、親友に
『お前の顔は世界遺産的な価値と核兵器並みの破壊力がある! 世の為人の為、なにより俺の為に頼むから封印してくれ!!』
と懇願されたのです……」
それ以来、こうして隠しているらしい。
「それは……すごい言われようだね」
親友の台詞とは思えない。

「いくら親友とは言え傷ついたね。人の顔がブサイクだからって、そこまで言う事……」
「ちょっとまて」
落ち込む朔夜の様子を見ながら台詞を止めさせた。
聞き捨てならない台詞が混じっている。
「……いまなんて言った?」
「いくら親友とは言え」
「そこじゃない」
「そこまで言う事」
「よれより前っ」
「傷ついたね」
「もっと後!!」
「だからって」
「……君、オレをバカにしているのかい?」
怒りを感じる笑顔に慌てて正解を告げる。
「いや、ただあんまり言いたくなかっただけ。……ブサイク
「それ! なんでそう思ってるんだい?」
「だってそういうことでしょう? 俺の顔は見ると正気を失うほど悪いから、隠しとけって意味だもん」

全然違う。

しかし、暴走している雅信を見ると、あながち間違ってるとも言い切れない。

(確かに人の正気を奪う顔ではあるよな……)

彼の親友の発言はある意味正しい。
彼が素顔を曝し続けているのは、別の意味で公害だ。

「いままでチカンに合ったり、襲われたり、誰かに告白されたこととかないの?」
「そんなのあるわけないじゃない。この顔で」
その顔だからだろ、と胸中で徹は突っ込んだ。
「ただ集団でどこかに連れて行かれそうになったり、手紙でよく呼び出されたことはあったけど。
単に俺が気に入らなくて文句が言いたかっただけみたいだし。
そんな時は必ず騒動が起きて、うやむやのまま終わるんだけどね」
嫌われる事が多くて好かれた事は無かったんだと寂しげに笑う。

……それは集団で襲われそうになったり、告白されそうだったのでは?
ただ彼に魅了された他の人間が邪魔をしただけで…………。

「俺はただ何の特徴も無い、つまんない顔だと思うんだけど、妙に人から嫌われるんだよね。
目が合うと固まったり、真っ赤になって逃げられるんだ」
その時のことを思い出したのか、どうせ俺はブサイクだもん!とヤケになってイジける朔夜を志郎が慰めている。

この自覚の無さ、無防備な様子。
今まで朔夜が無事だったのは、恐らく彼の親友が必死になって周りから守っていたからだろう。
その結果、彼は完璧な勘違いをしているらしい。

「朔夜、オレは朔夜が大好きだ」
「志郎~~~~。」
「オレも嫌いじゃないよ」
今の話を聞いていたのは自分1人。他は雅信に注目している。
彼はなにかと利用できるかもしれないと思い、徹は外面の良い顔で微笑んで見せた。
「その顔も嫌いじゃないしね」
「本当!?」
がばっと顔を上げ、こちらを見つめてくる朔夜に「別に悪い顔じゃないだろう」と適当な慰めを与える。
単純で無防備だし親友の言った事を全て信じている馬鹿な男だ。
ひょっとしたら晃司の弱点として使えそうだなと考えていると――――


「ありがとう!!」


徹の思考は止まった。

勢い良く顔を上げたせいで前髪が浮き、志郎に慰められている時にメガネを外していたのか、朔夜は素顔だった。

彼の親友の台詞は本当に正しかったのだ。

朔夜の核兵器並みの破壊力を持つ笑顔の直撃を受け、徹は外面の良い顔で微笑んだまま固まってしまった。

雅信たちの騒ぎが、ひどく遠いところの出来事のように感じる。


単純で無防備ですぐ人を信じる馬鹿な男だが、彼を利用するのは容易ではないらしい。

この後、固まった徹にさらに朔夜がショックを受け、志郎が慰めることになる。

こうして、互いに忘れられない出会いを少年たちは経験する。





続く


けむけむさま、いつもありがとうございます。
今回は何と言っても鳴海が怖いです。何しろキツネ狩り本編でも犯罪やってるくらいの男ですから(汗)
まあ相手が男なら実害もないしよしとしましょう(よくないこともないですけど(笑))
そして、いつも俊彦に迷惑かけてる志郎が他人の世話をみてやってるのをみて、成長したんだなぁ、とホロリときてます(笑)
朔夜くんのハジけたキャラの裏に隠されたシリアスな過去も楽しみです。
どうか、頑張ってくださいね。