まるで月の様だと。
理解できないオレに、笑って。
『月は、日の光を受けて、創めて…輝くことができるのです』
『太陽がなければ、輝くことが出来ない』
『この名も同じです。貴方が呼んで下さって、初めて――意味を成す』
『――朔夜、そう呼んでください』
名前が無いことを悲しげに謝られて、少し驚いた。
変化した様子に、気が付けば「なら付ければいい」と口走っていた。
ひどく驚いた顔をしていたが、自分も同じくらい驚いた。
なぜオレはあんな事を言ったのだろう?
理解できない。
けれど――――
『朔夜』
その名を呼ぶと、彼が笑うから。
悪くない、と
思ったんだ。
月と太陽――2――
「あっちの通路からは武器庫とトレーニングルームになってる」
「全部?」
「そうだ」
「具体的に、どんなことするの?」
「肉弾戦・射撃戦・戦略シミュレーション・体力作り・武器修練あと…」
「十分です」
「そうか。行ってみるか?」
「俺とは縁のない場所だと理解しました。次行こう」
「わかった」
手当たり次第説明していく志郎に、1つ1つ詳しく聞いて進んでいく。
その後を苦い顔をした直人・攻介・俊彦が距離を置きながら付いてきている。
好意を抱いた人間が、嫌悪を抱いた人間と同一人物だった。
どうしていいかわからず、無視もできずこうして付いて歩いているのだ。
「どうすんだよ」
「どうするって……」
戸惑いながらも朔夜に目をやると食堂に向かっていた。
「……行くしかないだろ」
「いいのか?」
無神要の行為に、1番嫌悪感を抱いたのは俊彦だ。
「最後はオレの部屋に行くらしいからな」
2人が食堂にはいるとザワっと騒がしくなった。
慌てて3人も食堂に入る。
一瞬、全員の視線がこちらを向いていたので、俊彦は少し怯んだが、違った。
視線は近くのカウンターへ向けられているのだ。
カウンター前で朔夜と志郎が見つめ合っている。
志郎は無表情だが、朔夜はさっき見た困ったような笑顔を浮かべている。
「なにか食べろ」
「じゃあグレープフルーツジュースで」
「食べろ」
「…………」
「朔夜」
「…………」
見つめ合いが続く。
「志郎~~。」
「ダメだ」
「……食べるのは嫌いなんだよ」
「知ってる。これは晃司の命令だ」
「げっ」
晃司の名に朔夜の顔が引き攣った。
「朔夜はほっとくとなにも食べないから、ちゃんと食わせろと言っていた」
「…………」
「……嫌か?」
「う゛っ……」
「ダメか?」
志郎のおねだり攻撃(朔夜にはこう見える/ハタ目には無表情)に負けた朔夜は、ヨーグルトを手に取った。
「これ以上は無理」
「……わかった」
2人は席に着き遅めの昼食を取り始めた。
「ちょっといいか、志郎」
「待て」
「食事中だ」と声を掛けた隼人に告げると、志郎は自分の分を素早く食べる。
食べ終わると、朔夜のヨーグルトを手に取った。
!!!!!!!!!!
戦慄が走った。
視線が集中する中、なんと志郎は匙を掬い、ジュースを飲むのを止めた朔夜の口元に持っていったのだ!!!!
声をあげる者こそいなかったが、誰もが驚きを隠せなかった。
ドラマの恋人たちがよくやっていることだが、それを志郎がやっているということに、異常な違和感がある。
「~~~~っ」
口元にある匙に、朔夜が顔を強張らせる。
しっかりと引き伸ばされた唇は無言の拒絶を示している。
頑なに口を閉ざす朔夜に重々しく志郎が告げた。
「食べろ」
数分後、譲らない志郎に朔夜は仕方なく口を開く。
志郎が匙をゆっくりと口に入れる。
食堂中の視線が痛いほど朔夜の口元に注がれる。
ゴクリ、と誰かの息を呑む音が響いた。
志郎が匙を引く。
ヨーグルトはない。
朔夜は苦い顔だ。
『はい、あ~んv』
『あ~んv』
パクっ♪
というバカップルめいた行為をしているだけなのに………
この緊迫した空気は何なのだろう?
誰もがこの沈黙を破る事が出来ず、2人を見つめている。
志郎がまたヨーグルトに匙を入れ掬う。
朔夜の口元に匙を運ぶ。
それを繰り返している。
「…………」
「…………」
ぱく。
「…………」
「…………」
ぱく。
朔夜が食べる度に、周囲の気温が下がっていくような気がする。
「ちょっといいかな」
静寂が支配する中、薫が立ち上がり2人のもとへ移動する。
誰も動けないこの時、2人へ近づく董に視線が集まる。
しかし、敵は手強かった……!
「ダメだ」
即答した志郎により、さらに気温が下がる。
サムイ。
「……僕は君じゃなくて彼に用があるんだけど」
「後にしろ。今大事な所なんだ」
(なにが!?)
曲者ぞろいの少年たちの心が初めて1つになった。
「志郎、オレは別に…「ダメだ」」
美しい顔を引きつらせた薫を無視し、匙を持っていく。
言い切られて諦めたのか、朔夜は黙って口を開く。
ぱく。
ぱく。
ぱく。
ぱく。
最後の一匙を口に含む。
「終わりだ」
「はぁ~~~」
朔夜は一息つくと残りのジュースを飲み干した。
「もういいのかい?」
「ああ」
「はぁ、どうも………」
「随分と見せ付けてくれるけど、志郎の彼女かい?」
爆弾投下。(食堂にいる全員が立ち上がった)
「いえ、彼氏です」
地雷暴発。(食堂にいる全員が引いた)
「へえ。晃司だけでなく志郎もそうなんだ」
「???」<志郎
「そうなんです」
「おまえ意味わかって言ってんのかよ!!」
堪らず俊彦が叫ぶ。
「いや、全然」
「だったら同意すんな!」
「わからない事を聞かれたら、その場のノリと気分で答えとけって昔親友が……」
「よくないだろソレ!」
「そうなの? ところでいいの瀬名君」
「ん? なにがだよ」
「君、俺の事嫌いになったと思ってたから」
話すの嫌じゃない?
「あっ…………」
「無理しなくていいよ」
「オレは……」
「なに、三角関係?」
「違う」
「まあそんなことはどうでもいいよ。
僕が聞きたいのは晃司と彼の優勝商品のことさ」
直人・攻介・俊彦の視線が朔夜に向けられる。
「晃司と優勝商品はいつここにくるんだい?」
笑顔で訊ねる董に志郎は淡々と答えた。
「晃司は任務だ。終わったら帰ってくる。朔夜はここだ」
「どうも」
軽く会釈する朔夜に、董が不審そうな顔をした。
「……どういうこと? 優勝商品は”無神要”なはずなんだけど」
「一応、同一人物です」
朔夜を薫が凝視する。
・
・
・
・
・
数秒後。
「そんなわけないだろう」
鼻で笑われた。
「いいかい、”無神要”は自分のクラスメイトの80%を殺した、狡猾で残酷で卑劣なやつなんだよ。
少なくとも、ヨーグルト1つ満足に食べられず、へらへら笑っているような男じゃないのは確かだね!」
勝ち誇る薫。
(ノンブレスで言い切りやがった!)
(褒めてんのか? 貶してんのか?)
(あの薫にそこまで言わせるとわな……)
(なんであいつが勝ち誇るんだ?)
「あ~、どうしよう瀬名君?」
「オレに振るのかよ!!」
「”無神要”と俺は同一人物だけど、あそこまでキッパリと否定されたらそうかな~って気がしない?」
「するか!! おまえ”無神要”なんだろ!!」
「うん」
「だったらもっとしっかりしろ! 他人に自分否定されて受け入れるなよ!!」
俊彦の言葉に朔夜が目を見開いた。
「……うん」
「だあああああああああ!!!! しゃんとしろ、しゃんとっ!!」
「…………」
「返事!」
「はいっ!」
「よし! 行けぇ!!」
(どこにだよ)
また全員の心は1つになった。
「瀬名君」
「なんだよ」
「瀬名君はいい人だねぇ……」
のほほんとした笑顔に顔が熱くなる。
「なっ……」
「そうそう、こいつってばいいやつでさ~」
「攻介!」
素直な称賛に赤面した俊彦の後ろから、攻介が顔を出して茶々を入れる。
逃げられないようにしっかり肩を掴んでいるのが侮れない。
「いつも文句言いながら、同室の志郎の面倒見てるんだぜ」
「よけいなこと言うな!」
「同室なの?」
「オレは面倒をかけた憶えはない。12人の特選兵士は2人で1部屋だ。集団生活の一環らしい」
「なっ!!! 志郎おまえっ!!!!!」
「落ち着け俊彦!」
俊彦の頭に志郎のせいで受けた被害と苦労と迷惑の数々が走馬灯のように走っていった。
思わず掴みかかろうとした俊彦を、肩を掴んでいた攻介がそのまま押さえ込んだ。
「放せ攻介! オレが今までこいつのせいでどんな目に合ったか……!」
「わかったから落ち着けって!!」
「何を怒ってるんだ?」
「「!!!!!!」」
騒ぐ3人(志郎は騒いでいないが)を置いて朔夜は直人に声を掛けた。
「菊地君」
返事はなかったが、視線が向けられたので続ける。
「2人で1部屋ってことは晃司と秀明も誰かと同室なんだよね」
「……ああ」
「誰か教えてくれる?」
「晃司の同室者は氷室隼人だ。あそこにいる」
直人が示した先には、整ったほりの深い顔立ちの大人びた少年だった。
「秀明の同室者は和田勇二…いまこっちを睨んでるやつだ」
「氷室隼人、和田勇二……うん。わかった、ありがとう」
ふわり、と朔夜が笑った。
直人が目を逸らす。
長めの前髪と丸メガネのせいで顔がわかりにくはずなのに、彼はひどく優しく笑う。
そしてそれが伝わりやすい。
「とりあえず、最初は挨拶からだったな。
菊地君、晃司と秀明以外の特選兵士さんはここにいる人で全員、でいいのかな?」
頷く直人。
「よし!! それじゃあ……」
朔夜は大きく息を吸った。
「はじめまして! 無神要です!!」
朔夜のデカイ声にビックリした俊彦たちも騒ぎを止め、朔夜を見る。
「戸籍上、死んだ事になっているので「朔夜」って呼んでください!
晃司のプログラム優勝商品になっちゃって、今日からここでお世話になります!!!
特に晃司達3人と同室者の人は、頻繁に部屋へ行くんで仲良くなれると嬉しいです!
趣味は寝ることと、志郎と秀明を愛でることです! 特技はありません!!
好きなことは何も考えずぼぉ~っとすることで、嫌いなことは食べることです!!
これからよろしく!!!! 以上!」
いきなりデカイ声で自己紹介を始めた朔夜に、全員が呆気に取られた顔をした。
………しーーーーん………
「なんですかこの沈黙は。 ……志郎、俺何か自己紹介間違えた?」
不安そうな朔夜。だが志郎に聞く時点ですでに間違っている。
「家族構成が抜けている」
「あ、そっか」
違う。
「俺はてっきりちゃぶ台返しやらなかったから、無視されてるのかと思った」
なんだそれは!!
「おい……」
最初に口を開いたのはやはりというか、志郎のせいで『突っ込みキング』の称号を密かに送られている俊彦だった。
「色々言いたい事がありすぎるんだが」
「うん。質問はフリーです」
「趣味は志郎と秀明を愛でることってどういうことだよ!?
特技はなくてもいいけどな、好きなことが無気力すぎるだろ!!!!!
嫌いなことは食べることっていつか死ぬぞ!!!!
なによりちゃぶ台返しってなんだ!?!?!?!?」
朔夜に負けないデカイ声だった。
「趣味と好きなことはそのまま。志郎は俺の1番ハニーだし、秀明は俺の1番ダーリンです。
好きなことは嘘ついてもしょうがないしね。基本的にぼぉ~っとするのが好きなんだ、昔から。
食べるのは嫌いだけど、死にたいわけじゃないよ? 世の中には点滴とかサプリメントとか素晴らしい物があるから大丈夫!」
爽やかに言い切る朔夜。
なんて不健康なやつなんだと誰もが思った。
「……ちゃぶ台返しは?」
「ああごめんね!! 自己紹介するときは必ずやらなきゃいけない礼儀作法なんだよね!?
でもここにはちゃぶ台が無いし、代わりに返すにはこのテーブル、椅子付きで大きいいし重そうじゃない。
無理かなぁと思って。…………やっぱやらなきゃダメ?」
「………………誰に聞いた?」
「親友に」
それは親友じゃねえ!!
思いっきり騙されてるよおまえ!!!
叫びたかったが、親友を信じきっているようすの朔夜に真実を告げるのは残酷すぎると思って必死で堪えた。
大きく溜息をついて肩を落とす俊彦に同情の視線がいくつか投げられた。
この時真実を告げなかったため、後に朔夜は別の場所で盛大にちゃぶ台返しを披露し、自己紹介を始めることを俊彦は知らない。
こうして、”無神要”改め「朔夜」の質問大会が幕を開けたのだった。
続く
無神要こと朔夜くんのぶったんだキャラクター。初めて見たときは大笑いするとともにびびったものです(笑)
私も何人もオリキャラ作ってきて、中にはとんでもないクセ者もいますが、こんな面白いキャラを作ったけむけむさまには脱帽です。
本当に天然なのか純粋なのかとにかく不思議な魅力を持った子ですね。
どうして、私の息子(秀明と志郎)をこんなにも気に入ってくれたのか、一度朔夜くんにじっくり話聞かせて欲しいです。
何しろ、親の私から見ても、愛想のない奴等ですから。
では、けむけむさま。続き頑張ってくださいね。私はかなり、この作品気に入ってるんです。
これからも宜しくお願いします。