『遺言、聞いてくれる?』
『何故オレに言う』
『遺言って「言い遺す」って書くんだ。
……………………………言えなかったから、言い遺しておこうと思って。』
『伝えて。それに君は――』
―――― 僕の言葉を、忘れたりしないでしょう? ――――
木々の間から漏れる月明かりが不思議な陰影を作り出していた。
光のあたらない場所は闇への浸食を深め、
彼を飲み込んでいくようだった。
かつて太陽のようだと思った笑顔はそこにはなく、
天上に輝く月のような、微笑みがあった。
月と太陽――1――
「これで三ヶ月か。何時になったら戻ってくるんだ、あいつら」
「なんだ。1人が寂しくなったのか?」
「違う! 科学省の問題もあるだろうけどさ、あいつらだってオレたちと同じ特選兵士だろ?
任務や訓練はどーなってるのかって思ったんだよ」
「無理すんなよ俊彦、寂しいなら素直にそう言えって」
「違うってんだろ!!」
からかう攻介に真っ赤になって怒鳴る俊彦を眺めながら、直人は溜息をついた。
プログラムで優勝した晃司が、優勝商品としてプログラム参加者を選んだ。
残った科学省のメンバーは緊急に呼び出され東上。
それから何の連絡も無く、三ヶ月が過ぎようとしていた。
任務で不在というのなら半年だろうが一年だろうがかまわないが、個人的な事情でいないのだ。
最初は不在を喜んでいた人間も、訝しみだした。
だが、教官に尋ねたところで梨の礫。
元々情報の少ない科学省のことなので、実は教官も知らされていないのかもしれない。
最近は誰もがこの話題を避けているが、気にしているのはみんな一緒だ。
「おい直人、あれっ!」
特別施設の正門の桜。
春には見事な花を咲かせる八重桜も、5月の今は夏の準備をするように、若葉を広げ日の光を一心に浴びている。
1人の少年がジッと桜を見ている。
「志郎……?」
それは昔見た光景にとてもよく似ていた。
もっとも少年は志郎に似てるどころか、蒼い髪の全身白尽くめで、このうえなく怪しかったが。
ゆっくりと桜に近づき、そっと幹にふれる仕草は労るように、優しい。
「なあ、おまえ」
昔と同じ、最初に言葉をかけたのは俊彦の方だった。
「この施設に従事する軍人の関係者か?面会だったら場所が違うぞ」
俊彦の台詞が昔と同じだったので、直人はこいつも思い出しているんだろうか、と少し可笑しくなった。
「違うよ」
耳に心地よい、透き通るような声だった。
相手の台詞まで同じようなものだったので、2人は揃って苦笑し攻介が不思議そうな顔をしている。
「俺はここに用があってきたんだ。でも、ここに入るには許可証が必要だって番兵に言われて、だから……」
どこまでも昔と同じような少年の台詞に直人と俊彦の顔色が変わる。
この少年もあの時の秀明と同じ事を言うのか!?
「おい、どうしたんだよ」
2人揃って笑ったり焦ったりする様子に攻介だけが理解できず不安そうだ。
あの時の秀明の言葉と少年の台詞が重なる
”不法侵入したんだ”
「許可証を待ってるんだ」
「「はっ?」」
「だから、ここに入るには許可証が必要なんだろ?
知り合いが上に話を通して番兵に許可証を作ってもらってるんだ。
邪魔しちゃ悪いし、この桜の周りまでならいてもいいって言われたから、ここで待つ約束をしたんだよ」
あの時と違い、はるかに穏やかな返答に2人は揃って息を吐いた。
だからどうしたんだおまえら!っとツッコむ攻介には曖昧に笑って誤魔化した。
「いや、悪い。ちょっと昔を思い出したんだ」
「それにしても凄い髪だな。それ地毛か?」
「だったら楽しいね。染料だよ」
「へぇー、キレイに染まるもんだなー」
「ありがとう」
長めの前髪に今時あり得ないような丸メガネ。
顔のほとんどが隠れてしまっているが、少年が笑ったのがわかった。
特選兵士は既に12名いる。
これ以上増えるわけがないし、ましてや目の前の少年が科学省のXシリーズなわけがない。
おどけた仕種に穏やかな空気。
こんなに人間臭い人間兵器はいないだろう。
軍の人間にはない、柔らかな雰囲気を持つ少年に3人は好意を抱いた。
「あっオレ、瀬名俊彦。よろしくな」
「オレは蝦名攻介」
「菊地直人」
少年はゆっくりと3人に視線を移す。
顔と名前を憶えようとしているのだろう。
「俺は……「朔夜!」」
聞き慣れた声が少年の言葉を遮った。
「「「「志郎」」」」
4人の声が重なり、思わず顔を見合わせた。
志郎は3人など見向きもせず真っ直ぐに少年の元に駆け寄る。
「待たせた」
「そうでもないよ」
「コレが許可証だ。無くすと大変らしいから気を付けろ」
「うん、わかった」
「じゃあ行こう」
「え、あ、いや、志郎……えっと、聞いての通り朔夜です。よろしく」
「「「おいっ」」」
3人がいっせいに待ったを掛けた。
「なんだ?」
「何か言う事はないのかよ、おまえっ!!」
「別に」
こいつ……!
三ヶ月も音沙汰無かったくせに、何事もなかったかのような顔をしている。
ほんのちょとでも心配した自分が馬鹿だった。
こいつらはこーゆー奴なんだ!
「晃司と秀明はどうした」
「任務だ」
「へっ? もしかしてずっと任務についてたのか?」
「今回の件が片付いたから、今日任務に向かったんだ」
「ってことは三ヶ月も揉めてたのか!?」
「科学省の奴らが文句を言ってただけだ」
「揉めてたんじゃないか……。それでどうなったんだよ、例の件は」
「問題ない」
答えになってねぇ。
久しぶりの遣り取りに俊彦は頭が痛くなってきた。
言ってやりたいことがたくさんあるが、朔夜の手前、我慢した。
「行くぞ朔夜」
「うん」
志郎と手を繋ぎ、空いた方の手で3人に手を振ると朔夜は連れて行かれてしまった。
間。
「ちょっと待て志郎ぉぉーー!!!!」
「そいつどこまで連れて行くんだよ!!」
思わず見送ってしまったが、朔夜を連れてどんどん奥へ進んでいく志郎に、堪らず俊彦と攻介が叫んだ。
「俺の部屋だ」
(俺の部屋かよ!<by俊彦)
いくら許可証があっても入れる場所は限られている。
特に特選兵士が生活している場所なんて重要機密もいいトコだ。
教官や他の誰かに見つかって、運悪く殺されるような事があったらどうするのか。
「一般人の入場は規制されているだろ! 知らないのかよ!?」
「知っている」
「許可証はもらったけど?」
「持っててもダメだ!」
「それじゃあ今日から俺野宿?」
「朔夜にそんなことはさせられない」
「別に平気だよ。俺」
「だめだ」
「呑気に話してる場合か!」
「ヘタすりゃ殺されるんだぞ!!」
「あ~っ、それは困る」
「朔夜を殺させはしない」
無表情だが、心外そうな口調だ。
「朔夜は俺が守る」
言い切った志郎に朔夜が感激して抱きつく。
「志郎ー! 流石は俺の1番ハニ~v 大好き!!」
「俺も朔夜が大好きだ」
志郎が無表情に抱きしめ返した。
なにか、聞き捨てなら無い台詞があった気がする。
「いや……そういう問題じゃねぇって」
「なんなんだこいつら」
「バカップルってやつか……?」
2人のピンクオーラに(志郎は無表情だが)毒気を抜かれた3人は同時に溜息をつく。
「そもそもこいつはなんなんだ?」
「朔夜だ」
「さっき自己紹介したのに……」
「そうじゃなくてっ……!」
悲しげな様子の朔夜に焦る。
(天然か! こいつも天然なのか!?)
「朔夜も科学省の人間なのか?」
2人のボケに「科学省の人間はズレている」という認識を持っている俊彦。
志郎が懐いている事や、特別施設に連れてきた事から、科学省の研究員か何かかと思ったのだ。
それならまだここに来た疑問は残るが、居る事に問題はないだろう。
「違う」
「デッカイ誤解だよそれ」
「じゃあなんだよ!?」
「朔夜はなにをしにここまで来たんだ?」
攻介はキレそうな俊彦を目で制し、朔夜に聞く。
正しい判断といえるだろう。
「特別何かをする気はないんだけど」
困ったように告げる朔夜に3人疑問は増々大きくなった。
「しいて言えば引っ越し……かな?」
「「「はぁ?」」」
どこの世界にこんな物騒な所に引っ越してくる奴があるか!!
「ふざけるな」
「直人!!」
胸倉を掴もうと伸ばされた直人の手を素早く志郎が捕らえる。
「朔夜に手をだすな」
「志郎!」
一気に険悪なムードが漂ってきた。
「あの、菊地君!」
睨み合いを始めた2人を止めるべく、名前を呼んだ。
無視が出来ない、強い声だ。
「俺はふざけている訳でも、嘘を言っている訳でもないよ。
今日からここで暮らすんだって言われたから、ここに来たんだ。
志郎は俺を案内してくれる事になってる。本当だよ」
「朔夜は嘘を付かない」
不満そうに朔夜の言葉を肯定する志郎。
朔夜の言った事を疑われたのが不満らしい。
「志郎」
朔夜に名を呼ばれて志郎は直人の手を離した。すぐに朔夜を後ろに隠す。
表情に出ないが、既に戦闘態勢に入っている。
「誰だよ朔夜にそんなこと言ったの」
危機が回避されたのを感じ、明るい口調で俊彦が聞いた。
俊彦の気遣いに笑みを浮かべ、朔夜はゆっくりと喋った。
「誰が決めたのかは知らないけど、俺に言ったのは晃司だよ。
知ってる?高尾晃司って人なんだけど」
――時が止まった。
「朔夜、こいつらはみんな晃司と同じ特選兵士だ。晃司の事なら知ってる」
「ああ、秀明が言ってたやつか。3人共強いんだな」
「晃司ほどじゃない。晃司は最強だ」
「うん。知ってる。話、こっちに入ってないのかな?」
「科学省から連絡が行ってるはずだ」
「何時?」
「今日」
「……まだ来てないみたいだね」
和やかに話し合う志郎と朔夜だが、直人達3人は強張ったままだ。
頭が冷えている。
喉がカラカラだ。
無意識に頭に浮かんだ可能性を必死に消していく。
まさか。
まさかこの少年は。
彼はとても優しく笑う。
柔らかな雰囲気を纏う。
穏やかな彼、が――。
「朔夜と晃司って、どーいう関係?」
直人と攻介の、息を飲む音が聞こえた。
聞きたくは無いが、聞かないわけにはいかない。
答えが返ってくる数秒間。
まるで判決を待つ被告人のような気分で2人を見つめた。
「俺は――」
「朔夜は――」
2人の声が唱和する。
「「晃司のプログラム優勝商品だよ(だ)」」
判決は有罪――。
俊彦達の様子に気付いているのだろう彼は。
困った顔で。
優しく微笑んだ。
続く
けむけむさまから頂いたキツネ狩りキャラのSS『月と太陽』第一話です。
けむけむさまのオリキャラにて、このSSの主人公・朔夜くん登場。
科学省組と普通に仲良くお付き合いしているだけあって少々不思議な彼。
次回ではさらにはじけてます(笑)何しろ他の特選兵士との触れ合い(なんて微笑ましいものではないかも知れませんが(笑))がありますから。
でも設定ではかなり悲劇的な過去を背負っているとのことだそうです。
けむけむさま、続き頑張ってくださいね。