~これまでの(ちょっと悪意の入った)あらすじ~
特選兵士の菊地直人は水場で朔夜に一目ぼれ!(*ノωノ)キャッ
つい意識してしまうのが恥ずかしくって朔夜から逃げ回る毎日。
疲れと苛立ちとやるせない気持ちの中で、射撃場から出てきた朔夜にプッツン大激怒!
照れ屋さんでも特選兵士。厳しい世界で生き残ってきた直人はプライドが高いんだ。
おまけに他人にも自分にも厳しいし…………。~( ̄∇ ̄)~
壁に叩きつけた挙句、胸倉掴んで銃まで突き付けたんだよ!サイテー!!
朔夜はしょんぼりガックリして行っちゃった。ρ(・ω・、)イジイジ
でも射撃場で俊彦と攻介が誤解だったことを教えてくれたんだ!
朔夜、射撃場に入ってなかったんだってね。ヽ(゚∀゚
)アヒャヒャ
自分の失態に気付いた直人は果たして謝れるのかな?
謝れる?謝るべきだよね?謝って当然だよね?
でっ♪ きるっかな♪ でっ♪ きるっかな♪ さてさてふぉふぉ~♪
皐月の章~直人編~
「……なにか悪意を感じる」
「き、気のせいだろ」
「そうだよ! ……多分」
直人の『うっかり勘違いしちゃったよゴメンネ事件』から一週間。
彼はまだ謝れないでいた。
あれから自分の誤解だったことを知った直人は、取り合えず後で謝ろうと思った。
これが悪かった。
鉄は熱いうちに打て。
思い立ったら吉日実行。
すぐ謝りに行けばそれで済んだはずが後回しにしたことによって、朔夜との遭遇率が一気に減ったのだ。
☆その日の食堂☆
「俊彦、朔夜はどうした?」
「まだ来てないのか? オレの部屋にはいなかったぜ」
夕食の時間、隼人の言葉に先に食堂へ向かったとばかり思ってた俊彦は食堂を見回す。
みんな適当な席で食事を取っているが、その中に朔夜の姿はない。
聞いてみても「見ていない」「会わなかった」とそっけない答えが返ってくるだけだ。
答えるどころか睨んでくる奴もいたが……。
「志郎もいないし、待ってるんじゃないか?」
「さっき呼ばれてたもんな」
俊彦と攻介の会話を聞きながら、直人は嫌な予感がした。
しばらくして志郎が姿を見せたが、朔夜の姿はない。
何気なく志郎を見ていると、カウンターで2人分のトレイを持ち食堂を出て行った。
「……なんだあれ?」
「さあな」
そのまま食堂に朔夜が顔を見せるのを待っていたのだが、朔夜は来なかった。
かわりに志郎がカラの食器を載せたトレイを返しにきた。
「志郎」
志郎に近づいた直人は、食器は既に洗われているのがわかった。
その丁寧さは志郎が進んでやることじゃない。
「どこで食ったんだ?」
「朔夜の部屋だ」
やはり。
集団生活の一環として2人一部屋の特選兵士たちと違い、イレギュラーな朔夜に部屋は無い。
特別施設はその名の通り、特選兵士の専用施設だ。
施設の殆どが訓練用や武器庫、情報室。残りはミーティングルームや談話室、反省室だ。
泊まれる人間が限られているので、特選兵士と教官以外の部屋で宿泊出来る部屋は少ない。
そして今期の特選兵士は12人全員が揃い、教官もそれに合わせて在住している。
空いている部屋が無いので、朔夜は宿泊用の部屋を自分の部屋として貰い受けていた。
今のところ宿泊用として朔夜に使われていないその部屋は、本来は来客用の部屋。
つまりここに入れるほどの高官が使用する部屋なのだ。
その為、部屋は広く内装は充実、冷暖房・防音・防御壁・非常扉完備という優れ物だ。
確か簡単な料理くらい出来るキッチンも備え付けてあったはずだ。
恐らくそこで食器類は洗われたんだろう。
「なぜここで食べなかったんだ?」
「おい、直人!」
止めに入った俊彦も攻介も不安そうだ。
直人を含む3人は同じ想像をしていた。
先程の件を気にして朔夜が食堂に顔を出せないのではないか。
しかし予想外の言葉が志郎の口から出てきた。
「キャンペーン中だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「ちょっと待て!」
「なんだよそれッ!?」
「……朔夜がそう言ったのか?」
思わず突っ込む俊彦と攻介。
直人の言葉に頷く志郎。
キャンペーン中?
なんの?
部屋で飯食うキャンペーンってなにさ?
頭の中で疑問が渦まく。
俊彦は頭を抑えると志郎に夕食前に朔夜と交わした会話内容を尋ねた。
★朔夜と志郎の夕食前の会話★
「お帰り、志郎v」
「ただいま、朔夜」
「どうしたんだ? 食堂に行くぞ」
「ごめんね志郎。俺はいま一人反省キャンペーン中なの」
「?」
「だから食堂には行けないんだ」
「そのキャンペーンはいつ終わるんだ?(←キャンペーンは謎だが食堂に行けないことは理解)」
「ん~、特に決めてないかな」
「それまで何も食べないつもりなのか?」
「あー……食べる! 食べます! だからそんな顔しないで!!」
「わかった。じゃあオレが部屋に持っていくからそこで食べるぞ」
「うん。ごめんね、ありがとう」
「気にするな。オレの部屋でいいのか?」
「ううん。一人反省キャンペーン中だから俺の部屋にお願い」
「わかった。取って来る」
「ありがとう、志郎。デザート用意して待ってるね」
というものだったらしい。
結局、よくわからないことがわかった。
っていうかどんな顔したんだよ志郎!?とか、
こいつ一人デザート食いやがった!とか、
本題から逸れる感想しか抱けなかった。
「……取り合えず、とう分食堂には来ないって事だな」
「ああ、そう言ってた」
「そっか……」
それぞれ物思いにふける3人を置いて、志郎はさっさと食堂を出て行こうとした。
「そうだ俊彦」
「なんだよ」
「朔夜のキャンペーンが終わるまで、オレは朔夜の部屋に泊まる」
「えっ!?」
ラッキーと思ってしまった俊彦を誰も責められないだろう。
「キャンペーン中は部屋からあまり出ないみたいだからな。オレが傍にいる」
食堂という1番朔夜との遭遇率が高い場所が使えなくなった瞬間だった。
こうして、朔夜の『一人反省キャンペーン』が始まり、朔夜は特選兵士の前に姿を見せなくなった。
「今日で五日目か、いったい何があったんだ?」
「あー……さ、さぁ?」
「なんかキャンペーン中らしいし?」
「………………………………」
隼人の疑問に挙動不審な動作でとぼける俊彦と攻介。
ひたすら沈黙し続ける直人。
朔夜が全く姿を見せないことに、他の少年たちが不審に感じ始めていた。
少し前まで普通に生活していた朔夜。
それがいきなり引き籠もりのような生活を始めれば、怪しさを感じてもしょうがないだろう。
特に少し前まで追いかけっこを繰り広げていた直人に対して。
隼人や俊彦たちを除いて、不審に思ってもそれをどうにかしようと考えるほど他の少年たちは仲間意識に溢れているわけでもなく、元々個を優先する彼らはわざわざ首を突っ込みはしない。
しかし現状は把握したいらしく、こちらを窺っているのをひしひしと感じる。
直人もそれに気付いているので、けして口を割らない。
相談でもすれば解決も早くなるのかもしれないが、性格上、自分の弱みを曝すようで出来なかった。
直人本人が黙っているので、俊彦と攻介も自分が話すのは…と口を濁しているのだ。
科学省の二人を除けば晃司に一番親しいのは隼人で、俊彦と同じくらい朔夜と親しい。
晃司がいないときに何かあってはと気にしている隼人に、申し訳なさを感じながらも二人は最後までとぼけきった。
唯一の窓口になっている志郎から、一応元気で過ごしていることはわかるのだが……それ以上は聞いても要領を得ない。
(志郎もよくわかっていないらしく、けれど彼自身は朔夜と一緒なので気にしていないからだ)
勿論、直人だって何もしなかったわけではない。
日頃から積極的に行動するタイプではないのに、今回は、頑張った。
とても頑張った。(俊彦&攻介承認)
一日目。
「……………………」
部屋の前で断念。
二日目。
ピンポーン。
「はーい」
ガチャ。
「徹?」
「やぁ、朔夜」
「どうかしたの?」
「いや、ノックしたのはオレじゃないよ」
「?」
「気にする事は無いよ、いい年してピンポンダッシュするただの不審者がいただけさ」
「? まっいいや。お茶していく?」
「そうだね、頂くよ」
しばらく部屋の前を往復し続け、何度もためらった後、ようやく意を決してインターホンを押す。
扉が開く寸前に視線を感じて、そちらを見ると徹と目が合う。
いつから見られていたのか、(一方的)気まずさから逃亡。
近くに身を潜め様子を窺い(この時、徹の「不審者」発言にショックを受け)、今日は諦める。
三日目。
部屋の前でピッキング中の雅信と遭遇。
気まずさと(お互い)相手に対する不信感から、衝突。
(この間、戦闘の騒動は完全防音完備な朔夜の部屋の中まで届かなかったらしい)
無言で戦闘が始まり、隼人の仲裁後、あらぬ疑いを避ける為に今日は部屋に近づくのを止める。
四日目。
ピンポーン。
シーン。
返事が無い。
キャンペーンは自分を避けるためではと思っていた直人はその思いを強くする。
拒絶されていると感じちょっと傷心。
部屋に近づけなくなる。
翌日、その時間は部屋にいなかった事が判明。(情報提供者:俊彦&攻介)
六日目。
こんこん。
「誰だ」(←志郎の声INスピーカー越し。どうやら雅信の件で警戒しているらしい)
「オレだ」
「オレオレ詐欺というやつか?」
「…………(どこで知ったんだそんなこと)菊地直人だ」
「直人か、なんだ?なにか用か?」
「朔夜に用だ。いるのか?」
「いる。ちょっと待て」
間
「ごめん、おまたせっ!」
ガチャ。
「……………………」
「菊地君?」
「……………………」
「どうかしたの?顔紅いよ?」
「……………………!」
「菊地君 っ!?」
「朔夜、なんだったんだ?」
「……なんだったんだろう?」
首を傾げる二人。
「くしゅっ」
「もう一度あったまったほうがいい。泡もまだついてる」
「頭洗ってる途中だったんだ。うわー床濡らしちゃったな」
「オレが拭いておく。朔夜は風呂に戻れ、風邪を引くぞ」
「うん、ごめんね、ありがとう志郎」
入浴中だったらしい。
覚悟を決めて部屋に行くも、風呂途中(?)の朔夜のあられもない姿に硬直。
素顔全開の上、壮絶な色香に逃亡。
頑張っていたのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・報われなかったが。
こうして一週間たち、上記の台詞になる。
「き、今日こそは謝れるといいな!!」
「全くだぜっ!頑張れよ……って直人!どこいくんだよ!?」
二人の無理をしての応援に、疲れ果てた顔をした直人は簡潔に告げた。
「仕事だ」
まだ謝れて無いというのに!
四国諜報局から連絡が来て直人は行かねばならなくなったのだ。
その前に朔夜の元へ行こうと思ったのだが、想像以上に前回の衝撃が残っており、逃避に近い形で直人は四国諜報局へ向かった。
「なんかさ、やつれてきたよな…直人」
「けっこーキてるよな」
二人は同時に溜息をついた。
任務中ならともかく、プライベートでは不器用で繊細な友人を思い同情した。
せめて胃薬が必要になる前に、解決しろよと胸中で思いながら。
「了解しました。それでは」
昼頃、仕事専用の携帯を切り、薫はインターホンを押した。
ピンポーン。
「はーい」
「朔夜!」
「どっどうしたの薫!?」
先程のすました様子を一変させ、酷く焦ったように朔夜に詰め寄る薫。
「朔夜、すまない。お門違いなのは解かってるんだけど、君にお願いがあるんだ」
「お願い?俺に出来る事ならいいけど……」
「君にしか頼めないんだっ!!」
「う、うん」
切羽詰まった薫の表情に、思わず頷く朔夜。
内心ニヤリとほくそ笑むが、表では安堵の微笑を浮かべてみせる。
「ありがとう朔夜。これを四国諜報局に持っていって欲しいんだ」
少し厚めの封筒が手渡される。
「これを……?」
「極秘重要機密だから中身は見ないで欲しい。僕は連絡が入って出かけなければならないんだ」
「そんなに大事な物なら、俺が行くより誰かに取りに来てもらったほうがいいんじゃない?
それまで預かっておくけど?」
朔夜の正論に胸中で舌打ちすると、腕時計を見た。
「迎えの車が来るんだ。本当はそれに乗って僕が行くはずだったんだけれど、それでね。
書類だけ載せていくわけにはいかないから、それを持って君に乗って欲しいんだ」
「………………俺、施設周辺からあんまり出るなって言われてるんだけど」
「直ぐに済むよ。そうしたら乗ってきた車で帰ってくればいい」
「………………………………じゃあ、志郎に言ってから」
「あっ、着た!」
朔夜が言い終わる前に、薫は朔夜を引っ張って予定通り到着した車に朔夜を押し込んだ。
「頼んだよ、朔夜」
「え、あっ………うん」
朔夜が乗ると直ぐ車は動き出し、施設から遠ざかった。
薫は車が見えなくなると、仕事専用の携帯であるところへ電話した。
「無事『無神要』を車に乗せることに成功しました。直ぐそちらに着くことでしょう。
報酬は例の口座にお願いします」
電話を切ると次にプライベート専用の携帯で恋人の一人に電話をする。
最近出来た、新しい金ヅルだ。
「やあ、僕だよ。素敵な幸運に巡りあってね、今日は君と楽しい時間を過ごせって神様から休暇を貰ったんだ。僕の愛しいアフロディーテ、これから会ってくれるかい?」
芝居がかった口調で甘く囁くように告げると、電話の向こうで感極まった女の声がする。
都合のいいことに、向こうも休暇を取っていたらしい。
「どうやら幸運の女神は僕と君を祝福してくれているようだね。すぐ行くよ愛しい人」
電話を切っ誰にも見つからないように気配を殺すと、一度自室に戻り(この時間、晶がいない事は確認済みだ)準備を済ませこっそり施設を後にした。
「臨時収入も入るし、恋人との仲も深められる。ふふ、美しさは罪だね。幸運の女神も僕を愛してやまないんだから」
どうやって恋人と夜を過ごそうか、と考えながら薫は足を進めた。
こうして朔夜は直人がいる四国諜報局へ向かうことになった。
精神的に疲れ果てていた直人は、周りにそれを気付かれないよう気力で仕事を終えた。
しかし。
「……なんでいるんだ?」
「お遣い?」
なんで疑問系なんだ。
ロビーで座っている朔夜を見つけたときには正直、どうしていいかわからなかった。
「お遣い……?」
「うん。薫に頼まれて書類を届けに来たんだ」
直人に会ってしまったせいだろう。ちょっと困ったように笑う朔夜。
見つけてしまった直人もなんだか気まずかった。
ついでに心の中で盛大な罵声を薫にぶつけた。
話を聞いたところ、受付で特別施設の許可証を見せ、薫の名を出し書類を渡したところ、確認の為といって色々質問され、更にしばらく待って欲しいと言われたらしい。
「……どれくらい待ってる」
「5時間くらいかな」
直人は溜息をついた。
重要だったのは書類ではなくそれを持ってきた朔夜自身ではないだろうか。
朔夜は知らないだろうが、高尾晃司は特選兵士の中で、否、軍人の中で最強の男と言われている。
その高尾晃司が新プログラムに参加し、優勝商品を希望したという話は有名だ。
高尾晃司を知る多くの者が、彼が何故「そんなもの」を望んだのかと騒然となった。
科学省のX5はただでさえ情報が少ない、様々な軍部の上層部では件の少年を調べる動きが出ている。
そんなことで、朔夜は自身の知らないうちに軍の中では密かな有名人なのだ。
薫が売ったのか、上からのお達しかは解からないが、ここにいるのはそのせいだろうと直人は推測した。
「帰るぞ」
「え、いいの?」
「これ以上ここにいたら帰れなくなる」
「えっそれは困る! 志郎や俊彦に何も言ってないんだ」
「……黙って施設から抜け出してきたのか?」
「いや、堂々と施設から出て行ったよ。
けど……すぐ済むって聞いたし、急に車に乗せられたから、誰にも言ってない」
知っているのは薫だけ、あの男がわざわざ教えるとも思えない。(寧ろ逃亡してそうな気がする)
「……心配してるかな?」
「(間違いなく)多分な」
「じゃあ帰る!! すいませーん、遅くなると困るんで帰ります!」
もう十分遅い、と心の中で突っ込んだ直人は朔夜を連れ外に出ようとした。
「なぁ!? ちょっと待て!!!!」
「そこを動くな!!!」
「困りますよ直人さん!!!!!!!」
慌てて三人の男が止めにきた。
「何か問題でもあるのか?」
「せめて局長が戻るまで待ってください!!!」
男の言葉に直人は朔夜がいままで待たされていた理由がわかった。
直人の養父、中国諜報局局長・菊地春臣は現在ここにはいない。
養父に高尾晃司の優勝商品が中国諜報局にいることを知らせたらしい。
戻るまでここに留めておけという命令が成されているようだ。
しかし、これを聞いた直人は躊躇った。
相手があの養父なのだ。ここにいれば朔夜がどんな目に合うかわからない。
晃司の優勝商品ということで命の危険はないだろうが、安全の保証もない。
一刻も早く施設に連れて帰るべきだが、直人の立場が養父の命令を拒む事を許さないのも事実だ。
立ったまま考え込んだ直人の袖を朔夜が引いた。
「もう少しここにいるよ」
「……いいのか?」
「うん。その代わり電話貸してもらえるかな? あと施設の番号も教えて欲しい」
「悪い……」
「菊地君のせいじゃないよ」
朔夜は自分が中国諜報局局長の息子だと知らない。
迷惑かけてごめんね、と謝る朔夜に「おまえのせいじゃない」と言うのが精一杯だった。
電話を掛け終わりロビーに戻った朔夜がソファーに座る。
隣に座った直人に不思議そうに首を傾げる。
「菊地君?」
「なんだ」
「何で座るの?」
「悪いか」
憮然とした直人に慌てて否定する。
「違うよ! いてくれるのは俺が嬉しいんだけど、菊地君は残る必要がないでしょ?
仕事も終わって帰ろうとしていたんじゃないの?」
「…………いんだろ」
「え?」
小さな声で朔夜には聞こえなかった。
「オレがいたほうが嬉しいんだろ」
「うん」
「……だったらいい」
迷わず即答された返事に恥ずかしくなって、直人は顔をそらした。
「菊地君」
「…………直人でいい」
「うん。ありがとう、直人」
見えないが朔夜から嬉しそうな空気が伝わってきて、顔の熱が高くなるのを感じ直人は顔を戻す事ができなくなった。
二人は2時間ほど待った。
最初の1時間は色々な話をして(朔夜が話す事の方が多かったが)過ごした。
キャンペーンの謎も解明された。
あとの1時間は二人とも何も言わず黙ったまま。
喋ったり、動き回るイメージの強い朔夜が大人しくしているのは少し意外だった。
そういえば、ぼうっとしているのが好きだと言っていた事を直人は思い出した。
普段の勢いが嘘のように静かな朔夜に、こんな感じで一人で5時間も過ごしていたのかと納得した。
口下手な直人にもその静寂は心地良く、静かな時間を過ごしていた。
数台の車のエンジン音と人の出入が激しくなったことで、二人は中国諜報局局長・菊地春臣が戻ってきた事を知った。
立ち上がり入口のほうへ近づいていく直人に、朔夜も大人しく付いていく。
数人の部下を連れ、スーツに身を纏った男が入ってきた。
40歳くらいの、威厳があり、落ち着いた風貌をした男だった。
視線一つで口々に報告を告げる部下を黙らし、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「親父……」
直人の呟きに朔夜が意外そうな顔をしたが、すぐ視線を目の前の男に戻した。
食い入るような鋭さを見せる養父の眼光に直人は戸惑いを隠せなかった。
自分がそんな目で見られることには慣れていたが、その視線は一心に朔夜だけに向けられていた。
染められた臙脂の髪と丸いメガネで録に見えないはずの朔夜の顔を、穴が開きそうなほど見ている。
一言も発する事無く朔夜を睨みつける姿に、部下たちも直人も何も言えないでいた。
空気が張り詰められていくのを感じる。
破ったのは朔夜の方だった。
「こんばんわ」
ふわり、と笑ったのがわかった。
まるで現状を理解していないような柔らかな雰囲気、けれど張り詰めた空気をゆっくりとほぐしていった。
「あ、ああ……」
朔夜の様子にビクリとした菊地局長は、すぐにいつもの調子を取り戻すと付いてくるように告げた。
返事も聞かず素早く歩いていく様子に慌てて部下が追いかける。
朔夜はどうするべきかと直人を見やったが、直人が促すので後を追いかけることにした。
局長室に着くと、同行していた部下と直人は中に入る事を許されず、朔夜だけが入るよう言われた。
養父が何かするのではないかと不安に駆られる直人に、「大丈夫だよ」と軽く笑いかけ朔夜は部屋に入っていった。
部下達は訝し気ではあったがそれぞれ仕事に戻り、仕事を終えていた直人はその場で朔夜を待った。
中で何を言われているのか、殴られたりしていないだろうか?
いくら義父が中国諜報局局長という地位があっても、管轄違いの晃司の優勝商品である朔夜を勝手に出来るはずがない。
そう思う反面、今まで義父の恐ろしさを身に染みて知っている直人は不安を消すことが出来ない。
いくら晃司の優勝商品でも武術の心得が合っても、朔夜は一般人なのだから。
人払いをしたことで拷問などといった事はされないと思ったが、あの部屋で養父と二人っきりというのは朔夜には十分拷問ではないだろうか。
長かったのか短かったのか、とくに外傷も見当たらず朔夜が部屋から出てくると、直人は安堵の息をついた。
外はすっかり暗くなり、車で施設まで送迎された。
「……親父に何もされなかったか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうか…ならいい」
「直人も待っててくれてありがとう」
「べつに……」
こうして二人は無事施設に戻る事が出来た。
帰ってみると直人の予想通り、薫はいなかった。
そして、心配した志郎により「無断外出禁止」と「保護者無しの施設外の移動行動禁止」を期限を決められないまま言い与えられた。(晃司と秀明には承認済みだった)
騒がせていたキャンペーンも直人との関係の修復により終了し、俊彦と攻介を安心させた。
余談だが、諜報局へ行っていた朔夜は昼食を食べていなかった事が判明し、夕食を志郎の手によりしっかり・きっちり・たっぷり食べさせられていた。
直人は気付かなかった。
いつ時もと違う義父の様子や朔夜の身を案じていたから。
朔夜が義父に「初めまして」とは言わなかった事に 。
続く
直人編もいよいよ佳境ですね。
ついに親父も登場ですし、直人にとっては親父との確執は外せないでしょう。
直人と朔夜も顔見知りの様子だし、今後どうなるのか気になります。
とりあえず直人と朔夜が仲直りしてよかったです。
直人は意地っ張りだからどうなるかな、と心配してました。
次回で直人編も終わりとのことですし、どんな話になるのか楽しみです。
けむけむさま、どうか次回作も頑張ってくださいね。

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